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アリス、反撃する。

 覆面男の動きに無駄はなかったが、対するアリスの行動の方が素早かった。覆面男が自分の前にたどり着く短い間に足を大きく開き、両手を構えると、前に出された右拳をためらいなく覆面男の腹に叩きこむ。


「がっ」


 うめき声をあげ、ひるんだ覆面男からナイフを手刀で叩き落すと、アリスはさらに顔面に裏拳を見舞った。覆面男の体は吹き飛び、胴体から着地する。アリスは深く息をつき、構えを解いた。


「ふんだ。おとといきやがれ、よ」


 階段の上から拍手の音がこだました。アリスはゆっくりと音のする方を見上げる。黒髪に琥珀色の瞳の男子生徒だった。彼は手を叩きながら降りてくる。


「お見事」

「どうも。こちら女子寮ですよ?」


 怪訝な顔でアリスが問いかける。男子生徒は吹き出した。


「強いけど察しは悪いな」


 男子生徒に言葉の続きを促すようにアリスは琥珀の瞳を見つめる。男子生徒は階段を下り切ると、伸びている覆面男を見ながら淡々と言葉を放つ。


「ここは女子寮でもなんでもない。取り壊し予定の旧礼法棟。あと俺のサボり場。刺客は退けたようだが、このまま部屋がないんじゃ帰るしかないぜ?」


 アリスはしばし考え込むと、突然パッと顔を上げた。


「それじゃ今から申告に行くわ。ここを今から第二女子寮にしますって。ね」


 男子生徒は目をぱちぱちさせた後、もう一度盛大に吹き出す。


「君面白いな」

「それは……どうも」


 間の抜けた談笑を繰り広げるアリスの背後に、覆面男は音もなく忍び寄っていた。笑う男子生徒に気を取られたアリスが覆面男に気付いた時、すでに男の拳は振り上げられていた。受け身を取りきれないとアリスが痛みを覚悟したとき、覆面男はぴたりと動きを止める。正確には動きを止めたのではなく、止められていた。圧倒的力量差を持つ存在の、プレッシャーによって。覆面男の顔を汗が伝う。一方の男子生徒は体勢を崩したアリスを支えていた。


「あ、ありがとう」

「お気になさらず」


 男子生徒はアリスに笑いかけると乱れた前髪を乱暴にかき上げる。さらされた額には大きな切り傷がついていた。覆面男は切れるほど激しく唇を噛む。その傷は、目の前の男子生徒が自分のよく知るルカ・テイラーと同一人物であると示していたからである。舌打ちをすると、覆面男は手早く逃走の手段を取った。覆面男の下の床が光りだす。アリスが思わず声を漏らす。


「あ」


 声とほとんど同時に覆面男は姿を消した。ルカはどうでもよさそうにつぶやく。


「おやまあ」

「転送術……」


 ルカと比べてアリスの声音はとても重たかった。ルカはなおも軽い口調で続ける。


「そうだな。転送術は一人では使えない。君の敵は少なくとも二人以上いるってことだ」

「なぜ……まだ入学してもないのに」


 神妙な面持ちのアリスを見てルカはくつくつと笑った。。


「君はすでに有名人だからな。アリス・リベラ嬢?」


 アリスは目を丸くする。


「どうして私の名前を?」

「そりゃね。通常と比にならない難易度の特待生試験でオール満点を叩きだした天才。人間側の新入生代表。嫌でも耳に入る。プライドの高い連中からは目の敵にされるだろうな」


 ルカは窓の外をぼんやりと眺める。


「そう、なのね」


 ルカの視線は目を伏せるアリスを素通りして玄関を向いた。


「ま、さっきのヤツじゃないけど、覚悟がないなら帰った方が良い。ここは階級意識に支配された獣たちの巣窟だからな」


 アリスがルカをのぞき込む。アリスとルカの視線が交錯した。


「あなたは優しいのね。どうして?」


 ルカの表情に一瞬だけ驚きがにじむ。しかしすぐにゆるい笑みへと変貌した。


「俺は生まれつき落ちこぼれだからな。誇りだの矜持だのとは無縁なんだよ。帰るなら送るぜ? どうする?」


 あごで玄関を指すルカに、アリスはにっこりと微笑む。


「ご心配ありがとう。でも平気よ。帰らない。私にはここでやることがあるの」


 ルカの顔から笑みが消えた。


「……聞いても?」


 笑顔で頷き、アリスは愛おしそうに言葉を紡ぐ。


「私の夢は実家の道具屋を国一番の道具屋にすること。そのために私は」


 そこでアリスは一拍置いた。両拳を胸の前に掲げる。


「この学院に通うお金持ちのご子息たちを一人でも多く! 未来のお得意様にするのよ!」


 ルカはまさしく、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。その次の瞬間、今までで一番大きく吹き出す。呆けるアリスをしり目に、ルカは声を上げて大笑いした。ひとしきり笑った後、アリスと目を合わせると、ルカは明るく声をかける。


「いいね。だけど道は険しいぜ?」

「平気よ。私結構タフだもの」


 アリスの声もつられるように明るくなった。


「ま、ほどほどにな」


 緩慢な動きで片手をあげると、ルカはのろのろと去っていく。小さくなっていく後姿に、アリスは元気よく手を振った。


「ええ。ありがとう!」


 室内に静寂が訪れる。数秒後、アリスはハッとした。


「名前聞くの忘れちゃった」


 彼にまた会えることを祈りつつ、アリスは第二女子寮の申請に向かう。あたりは夕闇に包まれていた。

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