9 とある姉養女
キラキラ。フワフワ。
降り注ぐ蛍の光のような淡い光の中に、私とルシアは立っています。
今日は講義では分からない事象を学ぶため、実技のようなものをすることになりました。
今までの講義は全属性の相互関係や、光属性の特異性、国中に張り巡らされている結界のことや、それを維持するための聖女の役割などでした。
正直まだ子供の私たちが理解できる内容とは思えませんでしたが、教えてくださっているエリス様曰く私たちは飲み込みが早いので、あれもこれもと教えてしまったらしいです。
他の候補者の方はお一人を除き、光属性と他の属性の違いの講義を、ゆっくりと学ばれているのだとか。
喜んで良いものか内心複雑です。なにせ、私たちは身体は子供ですが、精神年齢で言えば大人の分類に入ります。
また他の方と違い、ゲームを知っているからこそ学ぶというよりは、確認するといった方が正しく、それが理解が早いと勘違いしてしまう要因なのです。
アドバンテージがある分、素直に受け取れないでいる私たちは、エリス様から見れば謙虚に映るらしく、賢く謙虚な姉妹として好意を持たれています。逆に嫌悪を持たれるよりはいいだろうということで、二人諦めて微笑むだけにしています。
それはそうと、光属性は魔防と浄化に特化しているとは聞いていましたが、こうやって幻想的な光景を作りだせるとは思いもしませんでした。
「フリージア姉様、キラキラしていて綺麗です!」
「ふふ。 ルシア、あなたもキラキラしていて綺麗よ」
お互い金髪なので、この光の中ではより一層光が反射し輝いています。容姿を褒め合っい笑う私たちを、エリス様が眩し気に見ているのに気がつきました。
エリス様は、今代聖女の補佐を担っている光属性の魔法師です。二十五歳と若く、子爵家に嫁いだため子爵夫人の身分をお持ちです。
容姿は少しウエーブがかかった黒い髪と、赤茶色の目をした女性で、どことなくお固そうなイメージがつく女性ですが、話してみると面倒見のいい優しい方でした。
間違っていた時には優しく教えてくださり、正解ならば褒めてくれます。やってはいけないことがあれば、たとえ格上の貴族令嬢といえど厳しく叱りもします。前世でお世話になったどの教師よりも「先生」な方を、私たちは直ぐに好きになりました。
きっと他の候補者の方々も、こんな風に教えてもらっているのでしょう。
現在、候補を除く光属性は聖女様を含め四人います。エリス様は私たちを教えてくださっていますので、他の候補者三名には一対一で講義を行っているはずです。
大国とはいえなくとも、それなりの面積を保有するネモフィラ王国ですが、現役で行使できる光属性はこの四名以外はおりません。元々光属性は発現する確率が低く、しかも女性にしか現れないためなのです。男女の人口比率は半々なので、もっといてもおかしくはないはずなのですが……。
さて話は戻りますが、今代は四人ですが、先代の時代は二人だったという話なので、本当に少ないのが分かります。しかも、その前はまさかのお一人だったとかいうのですから、ビックリしたものです。
そんなお一人聖女様が急逝してしまったため、二人しかいなかった候補者の中で魔力量が多かった方が聖女となり、もう一人が補佐をなさっていたとか。
そしてお二人だった時代の聖女様も急逝してしまったため、今代聖女様が十三という若さで聖女となり、候補だった方々は彼女を補佐する役目についたということです。
ですので、お二人だったころは手を取り合い、四人だった前回も競い合うことはなかった聖女候補たち。
今回候補が五名もいることや、候補同士で競い合うことに不安を感じているエリス様に、少なくとも私たち二人は仲良しですよ!と見せることは大事なのだと思っています。
「講義では魔防と浄化に特化していると話しましたが、魔力を具現化できる唯一の属性でもあるのです。
この光は私の魔力を可視化し、あなた方二人を包み込むように集めました。私はあまり魔力量が多い方ではありませんので、淡い粒上の光となって現れます。
きっと二人が具現化されたら、私とは違ったものが現れると思いますわ」
「具現化……!」
なんてことえしょう! まるでゲームの世界の様です!……いいえ、ここはゲームの世界に似たところでした。
私としたことが、年甲斐もなくはしゃいでしまいました。恥ずかしいです。
「光の玉が作れるなんてスゴーイ!エリス先生はとっても優しいから、だからこんなに綺麗な光なんですね!」
「……あ、ありがとうごいます。このようなことで、褒めていただくことがあまりありませんので、恥ずかしいものですね」
「なんでですか? こんなに凄いことをさらっとやっちゃうのに」
それは私も同感です。光属性が可視化できるなんて知りませんでしたし、それを息をするかのようにいとも簡単にやってしまえるのに。
ルシアの疑問に、エリス様はどこか諦めたようなお顔で力なく首を振りました。
「この国は光属性を尊んでいますが、それでも魔力量を重視する傾向が少なからずあります。
私は他の方々よりも魔力量が少ないこともあり、皆様よりできることが少なかったのです。ですので、魔力操作のコントロールに力を入れました。おかげで魔法師になることが出来ましたので、良かったのかもしれませんね」
「え? 光属性は自動で魔法師になると思ってたんだけど、違うんですか?」
「はい。魔法師の資格はあくまで、国家試験を通った者が名乗ることができるものです。
たとえ光属性、聖女候補といえど試験を通らねば「ただの光魔法を操れる人」でしかありません。
幸いにも現在の使い手は全員魔法師資格を有していますが、過去には試験を通れず魔法師を名乗れなかった者もいると記録にありました。 その者は一切表舞台には出ず、裏で聖女を支えたそうですよ」
それほど、魔法師の資格を有することは、名誉ということなのだそうです。
光属性で一度は聖女候補になったものの、資格がなかったために裏方として歴史に埋もれてしまった方。……きっと他にも同じ方々が大勢いたことでしょう。
少しだけ空気が重くなってしまいましたが、「ルシア様、驚いていても言葉遣いにはお気を付けくださいませ。崩れておりましたよ!」とのお叱りに、その空気も消え去ってしましました。
「そうなのですか……。あら? ですが具現化というと、火や水属性の方も炎や流水などを出しますが、あれも具現化ではありませんの?」
お義母様の風魔法は目に見えませんが、お義父様は水魔法を変質させた氷を作りだせます。
一度見たことがありましたが、見事な氷の剣を作って見せてくれました。剣が壊れたり、手元になかった場合に役に立つそうです。
あれも立派な具現化といえるのではないでしょうか。私の疑問にエリスは頷きました。
「そうですね。それも具現化といえますが、炎などは自身の魔力と空気中に浮遊する魔素を取り込み出現させています。空気中の魔素を取り込んで可視化しているのです。逆に言えば、取り込まないと、目に見えないどころか魔法すら出現しません。
それに対して、光属性の具現化は自身の魔力のみで可視化させています。例をあげるのであれば、国に張られている結界でしょうか。
上空にうっすらベールのようなものが見えますが、あれは純粋な魔力を可視化したしたものなのです」
エリス様は窓から空を指さしてみせると、ゆっくりとその指を下に向けて下ろしていきます。
指を追うように空から地上へ目を向けると、うっすらと空を覆っている結界が徐々に薄くなり地につくころには見えなくなっています。
生まれたころからソレが当たり前で、見慣れてしまい何の疑問も抱きませんでしたが、あらためてお話を聞くと結界がいかに凄いことなのか分かりました。
「地上に近ずくにつれ、見えなくなってしまっていますが、それは隣国といらぬ争いを生まないためと言われていますね。
目に見える形で境目をつけると、隣国が疑心暗鬼になるためなのだそうです。
それからあの結界は、聖女の魔力によって模様が変わっていくのですよ。
先代は花びらを重ねたような見事な結界でした。今代は繊細なレース柄の結界ですね。
先ほど述べたとおり、光属性の具現化は自身の魔力そのものが可視化したものです。
先代は花をこよなく愛した方でしたので、花のような結界になったのでしょう。今代はレース編みや刺繍などがご趣味の方ですので、自身の魔力もそれに影響されたのかもしれません。
ふふ。次代の聖女はどんな結界をお創りになられるのか、とても楽しみですわ」
そう言うとエリス様は朗らかに笑いました。そこに先ほど見せた諦念はありません。
きっとこころから、次代のことを楽しみにしているのでしょう。
エリス様はぱんぱんと軽く手を叩き、この話はここまでと話の内容を切り替えました。
「さて、それでは今日はこの可視化をフリージア様には挑戦していただきます。
ルシア様は空気中に浮遊する魔素と魔力を感知する訓練です」
「えー!私も可視化し……すみません」
今さっき言葉遣いを注意されていたというのに、また崩れてしまっていましたわね。
無言の視線にルシアの体が大げさなほど揺れてしまっています。
普段は優しく微笑んでいるエリス様が無言で目を細めている時は、叱る前触れなので、ルシアもその視線に気がつき素早く謝っています。
いつも思いますが、少しおバカさんなところが可愛らしいです。これで剣を持たせると勇ましさが加わるのですから、ヒロインとはいえ色々要素を詰め込みすぎていませんかと言いたいです。
そもそも原作主人公は、慈愛の心を持ち普段はお淑やかなのに、いざという時には勇気と決断力がある設定だったはずですのに。
今は見る影もなく、無邪気で少しおバカな剣術大好き少女ですからね。中身が違うと、こうも変化するものなのだと感心してしまいます。
「はい、よろしいです。よいですかルシア様、たとえ元平民と言えど現在は伯爵令嬢なのです。
今は子供であると多めに見てもらえていても、数年すれば礼儀知らずとして多くの貴族から侮られてしまいます。それはあなた様のみならず、伯爵家もなのだと肝に銘じください」
「はい」
項垂れるルシアは気の毒ですが、エリス様が言うことは事実なのですから、私は黙って二人を見るだけです。
無邪気な彼女には耳にタコ状態ではありますが、定期的に言い聞かせないといけませんからね。これは彼女にとって大事なことなので口出しはしません。
そうして静観していると、いつの間に科光の粒は消えていました。
少し残念ですが、あのような光景が私にもできるでかもしれないと思うと心が躍ります。
私の光はどんな形になるのでしょうか。楽しみですわ。
ワクワクさせている心の中で、ひとつだけ心の片隅にある不安には今は目を反らすことにします。
ガーナ子爵家に引き取られたという、天から降り立ったという少女。
年頃は私たちと近いという少女は、光属性をもっていることで子爵家に保護されていますが、彼女は異常に魔法のことについて理解しているらしいと、義父様がおっしゃってました。
教えてもいないことをスラスラと喋り、知っているはずのない貴族や王族のことを話しているというのです。
天から舞い降りたということで、クラリアス神の御使いか、または他国から御使いに見せかけたスパイかもしれないと、監視をしていると教えていただきました。
今は接触することはありませんが、数年後の候補者の顔合わせの際には気を付けるようにと言われています。
不安はありますが、子供の身ではどうすることも出来ませんので、顔合わせの時にどう対応していくか検討と対策をするしかありません。
どうかその少女が、ネットで流行りの逆ハーレム志望ではありませんようにと願うばかりです。