8 とある伯爵夫人2
「母様、その魔法具はなんですの?」
「キラキラしていてキレイ!」
先日、試験品が完成したと報告があった魔法具に双子が興味を示し、そっと覗き込んでくる。
片手におさまる透明な球体は、一見するとただの水晶玉。けれども、その中身はとても高度な技術が組み込まれているのは、家族のだれもが知るところ。
例の工房で作られた魔法具は、どれも最高傑作と言わしめるほどの出来をし、他国でさえ喉から手が出るほど欲しがるほど。それほどの貴重な品となれば、たとえ試作品であろうとも、おいそれと気軽に触れることはできない。
双子は覗き込むことはあれど、触れることはせずキラキラ目を輝かせ見つめ続けてくる。大きな目をさらに大きくさせている姿に、やはり女の子なんだなと微笑ましく思い口元が緩んだ。
「先日連絡がきたでしょう? おじい様のご依頼の品の試作品が出来たから、私の所に最終確認と調整の依頼が来たの」
「おじい様の?」
「ごいらい?」
「ええ。 戦いに使う対魔物用ではないから、中々難しいようで時間がかかってしまったらしいわね」
戦闘用ではないということで、同じくリビングルームにいる上の娘たちも興味を示し、読んでいた本や刺繍から目を放してこちらを見た。そして、双子同様水晶のような魔法具に目を輝かせる。
「あら? もしかして水魔法と風魔法を組み合わせてますの?」
私から少し離れて見ていたにも関わらず、仕組みが分かったのかフリージアが首を傾げ問いかけてくる。サラリと綺麗に結われている金色が揺れた。
あまり見ることのない幼い仕草に、思わず頬が緩み、少し大げさなほどの声を上げてしまった。
「まあ! フリージアは少し見ただけでコレの仕組みがわかるの?」
「い、いえ! ただとても澄んだ魔力を帯びていたので、もしかしてと」
「あらあら! それはスゴイわ! 一目で魔力を感知出るなんて、とても才能があるのね」
「……むう。私はわかんない」
「ルティも!」
「レティも!」
フリージアの言う通り、この魔法具は微量に魔力を帯びている。ただしこれは、漏れ出てしまった魔力であり、本来は漏れることはないよう設計されているはずだった。
つまり、その漏れ出た魔力を彼女は感知し、しかもどの属性をなのかが分かったということ。普通の人間ではできないことだし、魔力制御を苦手にしている人にもできないことを、いとも簡単に見抜いた才能に驚く。
同じ魔法師に師事しているルシアは、分からなかったことが悔しかったのか、むくれた顔で水晶を覗き込み「やっぱりわからない」とさらに唇を尖らせてしまっていた。
「ルシアはしょうがないわ。魔力封じされているから、感知する力もごく僅かですもの。封じが取れれば、きっと貴方にも感じることが出来るようになるわ」
「魔法師の私の言葉が信じられない?」と聞くと、勢いよく頭を左右に振った。
フリージアと共に、魔力操作の講義は受けているからきっとできるはず。そう言えば、ルシアは素直に頷いた。
少々納得していないようだったけれど、こればかりは仕方ないことだからと宥めるように頭を撫でてあげる。フリージアとは髪質が違うから、ふわふわとした金髪はとても触り心地がいい。
それを見て、双子も「わたしも」と頭を差し出してくるので、同じく撫でてあげる。双子は姉二人と違い少しばかり髪質が固い。私譲りの髪質に、また口元が緩んでしまった。
「義母様! そ、それでその魔法具はどいうったものなんですか?」
「うん?これはね、魔物観察魔法具という物なの」
「ま、魔物観察魔法具……」
仮名称を言うとルシアは引きつった顔で、フリージアは呆気にとられた顔で、双子は分からないためにキョトンとした顔でと、全く違う表情をしてくれた。
親ばかと言われようが、我が子たちがカワイイ。
「昔から魔物の発生と生態には不明な点が多くて、対処に困っていたの。
それで隔離するような物に魔物を入れて、生態を観察すれば何か分かるかもしれないという話になって作ってみたのだけれど……魔力漏れがあるってことは、衝撃が加わった場合、簡単に壊れてしまうってことね。強度か……」
「義母様。魔物は、地表から噴き出す魔素によって変異した動植物のことではありませんの? 私たちはそう教わりましたが」
「一般的にはそう言われているわね。でも誰もそれを証明したことがないの。魔素が多い所が森だと言われていて、そこに魔物がでるからそう言われているだけ。
魔素が噴き出す場所は森だけでないわ。都市部でも濃度に差はあるけれど噴き出しているのに、私たち人間に影響はないし、飼われている動物たちが変異した例もない。とても不思議でしょ?
それに魔物同士が交配し、新たな魔物の出現も確認されているの。これを脅威と考え、対処法を探るためにも、コレが必要なのよ」
今はまだ水晶玉のように澄んだ球体をテーブルに置き、難しい話はこれで御終いと魔封じの布をかぶせる。
ルシアもフリージアも難しい顔で黙ってしまったけれど、どうしたのかしら。頭のいい子たちだから、何か思う所があったのかもしれない。
首をかしげながら双子を見れば、彼女たちはとっくに難しい話に飽きてお菓子を頬張っていた。リスのように頬を膨らませて頬張っているのを嗜め、つつまれている魔法具に想いを馳せる。
なぜ必ず森の魔素に触れた動植物のみが変異するのか。
それを知れるかもしれない高揚。そして、もしかしたらこれが『乙女ゲーム』の結末を大きく変えるかもしれないと思うと、ゾクリと体が震えた。
なぜならこれは、人間さえも封じれるように作ったのだから。