4 とある伯爵
私エリウス・ヴィーランは妻マリアを愛している。家同士の政略的な婚約で、初めて顔合わせをした時から。
マリアは魔法師を多く輩出している子爵家の二女で、幼少期から魔法に精通している令嬢として知られていた。
余談ではあるが、魔法師とは、魔法を自在に操れ、時には天候さえ動かせる人物を示す。
魔力は誰にでもあり、魔法は誰にでも使えるが、魔力量が多ければ多いほど魔力操作が繊細になる。そして繊細でであればあるほど術者の技量が求められる。
魔法を自由自在に操ることが出来る人間が魔法師の資格を有し、魔法師の国家試験を通った者が魔法師と名乗れる。
マリアは封印が解かれた7歳の時には、魔法を自由自在に操れたという。まだ解けて数カ月しか経っていないにも関わらずだ。
彼女の魔力量は通常人と同じ平均的なもので、属性も特に珍しくもない風だった。
どこにでもいる、ありふれた属性と魔力量の人間だったはずの彼女は、魔法が使えるやいなや、魔力制御を早々と習得。さらには魔法具に興味を示し、自身で造りだそうとしたらしい。
魔法具は構造的精密が求められ、造りを理解できないと造れない。魔法は早期習得できても、魔法具までは構造が理解できなかったため、自作は出来なかったそうだ。
代わりにアイデアを提供し、職人と共に新たな魔法具を生み出していた。今使っている室内用の照明器具も彼女のアイデアを元に造られ、今や国中に普及している。
それまでの照明器具は、魔法石をランタン型の魔法具に取り付けるタイプで、あまり明かりは得られず薄暗いものだった。それがどうしたことか。今普及している壁付けや天井付け型の物は、部屋の隅々にまで明かりがとどくほど。
屋敷にこの魔法具を設置した当時衝撃を受けたものだ。しかもそれを考えたのは、自分とあまり歳の変わらない令嬢だったと知った時は、魔法具よりもさらに衝撃を受けた。
自分はと言えば、騎士家系の生まれなのだからと、剣術を習い始めてはみたものの、師から一本も取れず成長が見れない鬱屈した日々を過ごしていた。
あまり歳の変わらない令嬢が天才的な才能を見せつける一方、少しだけ歳が上の自分は何も変わらず成長もみられない。それが悔しくて会ったこともない彼女を一方的に敵視していた。
今思えば、10歳の少年だった自分に必要なのは技術ではなく体力で、師はそれを理解しているからこそ剣術指南は体力強化にあてられていたのだ。当たり前のことだった。自分はそれも分からないくらい子供だったのだ。
そんな日々が続いたある日、自分に婚約の話が舞い込んできた。しかも相手は例の子爵令嬢だった。
魔法に精通し歴代の中でも群を抜く才能を持つ彼女は女。しかし、我が国は例外を除き男しか爵位を継ぐことはできない。
あまりある才能を腐らせることなく、飼い殺しにするところなく、護り慈しむ嫁ぎ先を子爵家は探しだし、我が伯爵家を選んだらしい。
その打診は我が伯爵家にとってもいいものだった。
剣術と魔法を組み合わせ戦う魔法騎士の家系には欲しい逸材であり、有事の際には共に戦える者でければ嫁は務まらない。
実際母に魔法師の資格はないが、優秀な魔法の使い手であり、領地で魔物や盗賊が現れると自警団を引き連れ自ら討伐にいく女傑である。そして、そんな母を父は愛し慈しんでいる。出会いが魔物討伐で、ワイルドな戦闘姿に惚れ惚れし求婚したとか。
普段慎ましやかな母の話を話半分で聞いていた幼い頃の自分に言いたい。父の話は本当であり、今現在ワイルドどころか野性味あふれるベテラン戦闘員となっていると。
話はそれてしまったが、魔法学のガーナ子爵家には敵わずとも、剣術はもちろんのこと魔法も得意としているので、彼女の魔法の才能はいかんなく発揮されるだろう。
子爵家には嫁いだならば大切にすることは確実だと確信があったようだ。結果、双方特が得られるため婚約は決められた。
子爵家の予想通り、現在彼女は伯爵夫人として、そして才能ある魔法師として活躍している。活躍し過ぎて我が領地は発展しすぎてしまっている状態だ。
そんな自分たちの婚約の顔合わせは自分が11歳、彼女が9歳の時に。結婚はその八年後。
顔合わせと時の衝撃は今でも忘れない。噂でしか知らなかった才能ある令嬢。
才能者特有の傲慢な令嬢だと思い込んでいた自分の目の前に現われたのは、小柄で愛らしい少女だった。
サラサラな黒い髪と宝石のような緑の瞳。顔立ちは愛らしく、幼さのためか人形のような可愛らしさ。緊張からなのか、顔を紅潮させ俯き加減での対面に、自分の予想は裏切られた。
そればかりか、会うまで敵視していた愛らしい彼女の虜になったのだから笑えてしまう。
魔法と魔法具のことばかりで碌に茶会に参加していなかった彼女は、家族や親と同年齢の職人以外との異性と対面したことがなく、自分と対面するまで同じ年頃の子供と初めてまともに顔を合わせたという。そのせいか緊張しまともな会話もできなかった。
ただお互い好印象を抱き、婚約は成立。婚約後もしばらくは会話もままならなかったが、徐々に慣れていってくれたのか、三回目の訪問時には笑顔を見せてくれるまでになった。
それから月日が経ち、無事に婚姻を結び正式な夫婦になった。
そしてその婚姻初夜。緊張した面持ちの彼女から、実は彼女には前世の記憶があり、この世界はかつて生きた世界でやったゲームと似た世界だと告白された。正直ゲームと聞き理解が出来ずにいた。
自分が思い描くゲームいうと、ボードゲームや子供の手遊びのようなものなのだから仕方がない。そう言うと、彼女は言葉を詰まらせできるだけわかりやすく説明してくれた。
彼女のいうゲームというのは、乙女ゲームといわれるもので、自分が主人公となり美男子たちと出会い恋人になるというものらしい。
主人公は一人であり、攻略対象者といわれる男たちが四人。その全員と恋人になるわけではなく、共通の道筋を進み、途中で個別の道筋にそれていく。そして最後に一人の男性と結ばれハッピーエンドを迎えるというものなのだそう。
正直あまり理解できなかったけれど、真剣に話す彼女にウソではないのだろうと受け入れることにした。
4歳のころに前世を思い出した彼女は、いまの時間軸を割り出しゲーム開始までに魔法を自在に操れるようになりたいと、封印が解けると同時に密かに特訓し、今の生活が少し不便だからと、前世で使っていた道具を作りだそうと奮闘した。
彼女の奇抜なアイデアで生まれた魔法具は、前世の世界で使われていた物を参考にしたのだと懺悔にも似た告白だった。
前生の彼女は二十代前半の女性で、ダイガクセイという学生をしていたが通り魔に合い亡くなってしまった。死ぬ直前までやっていたのがその乙女ゲームだったという。
初夜とは思えない罰を待つ罪人のような悲壮な顔で語る彼女に、言いようのない感情が沸き上がってくるのが分かる。
いつも自信に溢れ天才的な発想で周りを驚かせる彼女が、たかだか一介の騎士である自分に嫌われるのではないかと怯える姿にゾクゾクと身体が震えた。もしここで彼女を拒否したら、彼女は泣くのだろうか。それとも縋ってくるのだろうか。
今の様子からいって離れていくことはないだろうが、一定の距離は置かれることは間違いない。きっと遠くから何か言いたそうにこちらを見つめてくるのだろう。そして彼女の心は自分だけで埋め尽くされる。
薄暗い思いに飲み込まれそうになる自分を、綺麗な緑の目が見つめてくる。不安で揺れ動く宝石のような瞳。初めて会ったころから変わらない、自分だけを見つめ続ける綺麗な宝石。
気がつけば彼女の頬に手を添え微笑んでいた。この顔を見ればこの告白がどれほど彼女にとって大事な事なのか分かる。一生秘密のまま過ごすことも出来たはずなのに、こうして秘密を打ち明けてくれた。
それが嬉しくて愛おしい。初夜のこともあり、その心のまま朝方まで彼女を離すことはなかった。
後日、なぜあの時告白したのかと問うと、夫婦となるからには秘密を持ちたくなかったと答えられた。
そして、原作で自分は騎士団長でとある人物を攻略する上で死んでしまう役であり、それを阻止したかったと泣きそうな表情で言われてしまい、思いっきり抱きしめたのは言うまでもない。なにせ奥さんが可愛らしすぎた。
それから時が過ぎ、副団長に任命され、双子の姉妹が生まれ、今は聖女候補の女の子が二人家族に増えた。
煩い一族連中からは、女ばかりの我が家に後継者がいないのは問題だと口うるさくいう者も、聖女候補の二人の後見人になったことで一応鳴りを潜めた。聖女候補というだけでも牽制の意味をもつということが分かった瞬間だった。
子は授かりもの。時と共に解決してくれるだろうし、もし仮に無理だったとしても分家から養子をとればいい。自分はそれほどこだわりはない。
ふと隣にマリアが座った。彼女の視線の先には先日後見を引き受けた二人の少女。書斎の窓から小さく見える少女たちは、庭師が丹精込めて整備している東屋で談笑をしていた。
孤児であり平民だった引け目で遠慮がちなルシア。元侯爵家令嬢で大人びた雰囲気のフリージア。
どちらも聖女候補であり訳ありの身である。その二人が顔を突き合わせ笑いあっていつ姿に、ほっこりと和んだ。隣で優しく見つめるマリアも同じなのか、嬉しそうに微笑んでいた。
マリアの告白で出て来た乙女ゲームの「ルシア」と「フリージア」。その二人と同一人物なのか自分にはわからない。
けれど彼女が優しく微笑にながら二人を見守っているのなら、きっとそうなのだろう。
ならば自分は彼女たちを護ることに力を注ぐとしよう。それが結果的にマリアとの幸せに繋がると信じて。