16 魔物の証 (sideルシア)
赤い眼は魔物の証。
これは古来より知られている事実であり、現在領地で行われている魔法具実験でも証明されていること。
魔物は高濃度の魔素を取り込み魔物化しているといわれており、その多く取り込んだ魔素が凝縮する場所が瞳だと考えられている。
原因は未だに分かっていないけれど、魔素が集まりやすいのだろうと義母様は話していた。
そんな魔物の証である赤い眼。それを持つ人間が、なんの偶然か時折産まれることがある。それは生まれを問わず貴族平民どちらにも。
魔物の目を持つ子の末路なんてろくなもんじゃない。
貴族は子供が生まれると国に届け出る義務がある。国が貴族の出生や姻戚関係を把握するための制度で、その昔バカをした貴族たちがあちこちに婚外子をつくったからだそう。
自称貴族の子供が名乗り出て、爵位継承や遺産相続などでもめ事を起こしたんだとか。
種をばら撒いた張本人が認知するケースは極めて低く、大抵は名乗りでても門前払いで終わらせてしまう。
だから自称貴族が自分の権利を主張して、自分を認めてもらいあわよくば地位や財産を手にしようひと騒動がおきたと、貴族としての心構えの講義の中で教わった。
まあ、閑話休題。
とにかく、貴族は子供が産まれる国に報告する義務が生じる。
しかし赤い眼を持つ子供は不吉であり、届け出る前に殺されてしまうのだという。
もちろん妊娠していたことは周囲は知っているので、産まれてきた子供は死産だったという届け出を出すのだ。
平民の場合はさらにひどい。国に届け出る義務はないが、赤い眼だと判明した時には子を殺すそこまでは貴族と同じ。
でも平民の中には魔物を産んでしまったという恐怖と嫌悪で、夫婦が別れることや自死してしまうケースもあるそう。
でもあくまで平民のそれもいち夫婦のことなので、本当の所はわからないらしいが、そういった話は時折聞くらしい。
結果、現在赤い眼を持つ人間は一人もいない。公式では。
「丸い形じゃないのが、そんなにおかしいですか」
「いや、そうじゃないが……。光属性の魔法が何度となく見てきたが、ここまで見事な花を独特の形で形成していることがスゴイと感心していた。
円を意識していた形跡は見えたが、途中で集中力が切れたのか制御しきれてしないのが一目でわかる」
「集中力がなくてすみませんね!」
感心していると言うけど、どう聞いてもバカにしている。
むくれながらヘルトを見上げていると、ヘルトは観察し終えたのか見上げていた顔を私の方に向けてきた。
彼はハッと息をのみ慌てて一歩後退する。そのまま、一歩また一歩と後ろに下がり気づけば一メートルほどの間が二人にできていた。
「なんですかその態度。傷つくんですけど」
「いや、その……」
「何言っているのか分かりませんし、なに挙動不審なことしてるんですか。さっきまでの毒舌と饒舌さはどうしたんです?」
「……」
「はぁ、本当にどうしたんですか」
急に黙り込んでしまったヘルトに、今度はこちらがため息をつく番になった。
彼は今恐怖と葛藤と戦っているとは気づいている。だてに前世の記憶があるわけじゃない。それを抜きにしても、態度から戸惑いと怯えが見て取れるんだから。
私はあえて何も触れず、何も見ていないと態度と言葉で示す。
実際見たと言っても前髪の隙間からチラッと程度なんだし。それに一方的とはいえ、彼のことを知っている私としては、赤い眼のことなど当たり前のことだ。
「はは~ん。さては間近で見て私の可愛さに狼狽えましたねぇ」
「は?」
「姉には負けますけど、確かに私って可愛い顔をしていると思いますし」
「……お前、何言ってるんだ」
茶化すように可愛らしく小首をかしげ、くるりと一回転。ついでにふんわりと微笑んで見せる。
突然の私の行動に呆気に取られていたヘルトは、強張らせていた体から力を抜き、さっきまでと同じふてぶてし態度に戻った。
「この可愛い私に見惚れたからと言って、好きにならないでくださいね。私は顔より内面重視派なので」
「……わかった、お前はバカ決定だ。誰がお前なんて好きになるか」
「ああ! またバカって言いましたね! 確かにちょっと考えるのが苦手で、体が先に動いちゃいますけど、そこまで考えなしじゃないですよ!」
「さてどうだかな」
「あ、ちょっと! 先に進まないでくださいよ! デルクセン様!」
やばい、茶化しすぎた?
私の横を通り過ぎ、歩き出したヘルトを慌てて追いかける。
ここに来るまで小走りで疲れたのに、また小走りになるなんて辛い。ヘルトの性格上、揶揄った仕返しで歩くスピードを上げそうで尚更怖い。
自業自得なんだけど、でも彼のあの怯えはどうにかしたかったんだししかたないよね。私には怯えなくてもいいんだって思ってほしかったんだもん。
すぐに先を行くヘルトに追いつき隣を歩いていると、おや?と首を傾げそうになった。
歩くスピードがさっきよりも遅い。私にとっては丁度いい感じで、生まれたての小鹿は免れそうだ。
ヘルトに気づかれないように窺うと、彼の口元が僅かに緩んでいた。
笑ってる!!
口角を少しだけ上げただけの笑いだけど、出会ってからずっと無表情か、強く口元を引き結んだ強張った顔しかしなかったから、なんだか嬉しい!
私の歩幅に合わせてくれてるし、ちょっとだけ信用してくれたのかな。こちらもつられて、ちょっとだけ顔が緩んでしまうわ。
最初はどうなるかと思ったけど、なんとかなったし良かった!
その後、ヘルトのアドバイスがなくても他の仕掛けを解除していき、やればできる子であると証明してみせた私はウキウキで進んでいた。
でも「あれ?まてよ」ともう一人の自分が訴えかける。こんなにサクサク進むのは良いけど、他に何か重要イベントが待ち受けていたような……。
こう重大かつ深刻な事態に陥っていたような気が。歩きながらも考えていると、不意に「チュウ!」と動物の鳴き声が道に響き渡った。
「鳴き声?」
「ネズミが住み着いているのか。教会は常に清潔に保っていると思っていたが」
そうだ!魔物遭遇イベント!
ヘルトはネズミがいることが不快なのか、不機嫌な声で呟いていた。でも私にとっては思い出す切欠をくれたカワイイ小動物ちゃん。ありがとうネズミ!
原作ゲームではネズミの魔物が出てくるのは、全ての仕掛けを解除した後だった。つまり今がその時。
一応主人公だし、私の前に出てくるよね。出てきてもいいように警戒だけはしておくべきだよね。
剣だけでも出しておけば、すぐに対処可能だし身につけておこう。
馴染みつつある細身の剣を造りだし、ついでに腰に装着できるホルダーと鞘も造りだすと素早く身につける。
「これでよし!と」
「剣を造りだせると話に聞いてはいたが、本当だったんだな。だがネズミごときで剣はないだろう」
「え、あはは……」
いきなり帯剣しだした私に、ヘルトはネズミが怖いからだと勘違いしたみたいで腰元に視線をやっている。。
別に元平民で擁護院育ちにとってネズミはその辺にいる動物だったから、全然怖くないし苦手でもないんだけど、帯剣した理由が話せない以上苦笑いで無理やり誤魔化した。
魔物は森から生まれるが一般常識な世界、しかも神聖な場所とされるここで、魔物が出てくるんです!なんて言うものなら、頭がおかしい人認定されてしまう。
ただでさえバカだと思われているのに、これ以上おかしな人扱いはされたくない。
私の苦笑いにさほど興味を示さず、ヘルトは鼻を鳴らすと先に進み始めた。
それにほっと胸を撫でおろし、あちこち目を配りヘルトにバレない程度の警戒をしながら歩いていく。
なのに程なくして大きな扉が目の前に現われ、アホみたいにあんぐりと口を開け間抜け面をヘルトの目の前で晒してしまった。
だって警戒していたのに、魔物イベントどころか、ネズミ一匹遭遇しなかったんだよ。
ここは主人公補正が働いて、護衛役と力を合わせて一緒に倒そう!じゃないの!?
「何を驚いている」
「いや、だって……」
魔物と遭遇すると思っていたんだもん!とはいえず、口から出てきたのは、すんなり進んだからといった当たり障りのない言葉。
それと目の前の綺麗な彫刻がされた扉に圧倒されたと誤魔化せば、ヘルトは納得したのか「そうか」とひと頷きした。
「光属性の魔法石か。さすが教会だな」
「これってずっとここにあるんですかね?」
「だろうな。かなり古い時代に付与されたもののようだ。……一つは教会全体を覆い、一つは教会内部を覆っているのか」
「み、見ただけで分かるもんなんですか?」
「一目瞭然だろう」
「……」
さすが魔法師様。私には何が違うのか全然わからないわ。
ちょっとビックリしながら彼の凄さに引いていしまう。義母様とは違った方面で凄すぎるなぁ。
「ここが目的地だろう。行ってこい」
「あ、はいっ!」
淡々とした口調で命令され思わず頷いたけど、なんで彼に命令されなくちゃいけないんだろう。
最初からそうだったけど、顔合わせの時は大人しくて敬語だったはずなんだよね。
あの時は猫でも被っていたのかってくらい別人すぎるよ。
それはとにかく、ここを通って封印すれば終わり。中がどうなっているのか、他の候補者の人たちは終わっているのか気になりながら扉に触れた。
結果は一番乗りで封印。
台の上に鎮座している五つの石はどれも封印されていなくて、私が一番最初のクリアだった。
もちろん封印球は中華まんの形だった。
……面白いけど見栄え悪い。もっと頑張らなきゃ。