10 一つ目の封印 (sideフリージア)
色々ありましたが、何とか最奥へと来れました。
目の前には綺麗な彫刻が装飾された重厚な扉。左右には仄かに発光する魔法石が燭台に鎮座しています。
この二つが封印するものかと思いましたが、魔法石は光属性付加されたものでした。
聖域の中枢を護るために、中と外の二重結界になっていると、レオ様が説明してくださいました。
「私の役目はここまでです。この先はお二人で進んでください」
レオ様が恭しくお辞儀をし、前方へ促します。
正真正銘、護衛はここまで。この先は私たちしか行けません。
護衛役はここまでとは知識として知っていましたが、こうして離れるとなると、心許なく不安で心細く思ってしまいます。
私はレオ様に向かい最上級のお礼として、スカートを持ち上げカーテシーをしました。
「ここまでの護衛ありがとうございました」
「あはは。そんなにかしこまらなくて結構ですよ。帰りもあるのですから。それに中々面白かったですしね」
あれを面白かった言える彼は大物です。さすが時期王弟殿下。
兄王子が即位した際には、レオ様が補佐を担うという話しですから、この国は安泰でしょう。
「あの、私からもお礼を!ありがとうございました!」
あら。シレネ様もカーテシーをしています。
お披露目の時にも思いましたが、大変綺麗な姿勢です。
あの時も下級貴族の身分ですが、礼儀作法は上級貴族にも引けをとらない完璧さなので感心していました。
「シレネ嬢まで。これからが本番なんですから」
「いいえ。ここまで無傷で来れたのは、護衛役の方がいらしたからです。きっと魔物のことがなくても、無事に来ることはできませんでした」
「あはは……。エスコートしていただけなのに、過大評価されてしまったな」
「あらレオ様。それは間違いですわよ。私は全てを知っているんですから」
そう言うといたずらっぽく笑う彼女に、レオ様の眉が僅かに動きニコリと綺麗な笑みを作りました。
そういえば、幻惑の魔法の時もシレネ様はそう言っていましたね。
彼女の言う全てとはどこまでのことを指すのか、私には皆目わかりません。
ですがレオ様には聞き逃すことのできない発言だったのは確かの様で、「その話はまた後日。今は貴女の儀式の途中ですから」と返されていました。
「……そうですね。まずは私の、いえ私たちの儀式が終わることが先ですよね。フリージア様、先を進みましょうか」
「え、ええ」
訳の分からないやり取りのあとに、怖い笑顔の応酬。
……と思えば切り替え早く、先に進もうと言うシレネ様に呆気にとられていると、彼女の笑みがさらに強まりました。
ニコリと笑っているのに、威圧感漂う雰囲気に頷くことしかできません。
私の様子を気にすることなく、シレネ様のはそっと重厚な扉に触れました。
瞬間、浮遊した感覚と共に一瞬で視界が変わりました。浮遊した感覚はこの教会に入ったさい、一度経験していますがここでもとは。
見回してみますが、それほど大きくはない部屋のようで、真ん中に小さな祭壇がありました。
祭壇には台座と赤い緑のクッションのがあり、魔法石がその上に置かれてあります。
魔法石は全部で五つ。うち三つは既に封印され、各々の魔力の形で結界が張られていました。
一つ目は魔法石を包み込むように、薄く透明な羽根が重なって、歪ですが球体の形で封印されています。
二つ目は魔法石の下からが装飾のない剣が三本交差し、こちらも少し歪ですがひし形で封印されています。
三つ目は魔法石の下から六枚花弁の花があり、丸く包み込むように細長い葉が上に三枚伸びています。
こちらは球体は言えないもので、前世好きだった肉まんを思い起こさせる形です。
二つは分かりませんが、三つ目の花なら誰の結界か分かります。
これは間違いなくルシアのもの。形を見る限り集中力を欠いてしまったようです。練習をさぼって剣術に走った結果、このような形になったと思われます。
エリス様の話では、うまく制御できれば綺麗な球体が出来るということでしたので。あとで叱りましょう。
第二王子ルートで判明する花、『アルストロメリア』の花がルシアの魔力の形です。
ゲームのヒロインらしく、彼女は初代と同じ魔力を宿しているという設定で、これが判明するのが第二王子ルートなのです。
そしてこのルートで、なぜこの花が重要視されるのかが語られます。
ちなみにゲームでは触れていませんが、のちに発売された設定資料には、既に彼女の名前でネタバレしてしまっていたと明かされています。
アルストロメリアは種類が多く、その中に『ルシア』という種類が存在していることを知っていれば、自ずと分かるのだそう。
当時それを見ていた前世の私は、そんなこと誰が分かるのかと呆れてました。
それにルシアというのは人名にも使われているため、普通に人の名前と認識していましたし。
まあ、とにかく、目の前にある三つの魔法石は既に封印済ということなので、私たちが最後ということになります。
シレネ様とレオ様の攻防や、魔物との遭遇で遅くなってしまったのでしょう。仕方ありません。
ともかく、私たちも封印すれば終わりです。
三つの魔法石を無表情で見つめ動かないシレネ様の横を通り過ぎ、魔法石の封印をします。
淡い光を放ち、少し歪ですが丸く包みこむようにフリージアの花が咲きました。これで私は終了です。
「どうしましたシレネ様?」
「……なんでもないわ」
なんでもないと言うわりには、封印されている魔法石を気にしていますが……。
私が何か言いたげにしているのに気づき、ハッと表情を取り繕った彼女は足早に魔法石に近づくとさっさと封印してしまいました。
シレネ様の魔力は蝶でしたので、どういった形で封印されるのかと思いましたが、一匹の透明な蝶が魔法石に止まり固まると、それを中心に球体が現れ蝶のオブジェが出来上がりました。
よく見ると球体には花の形に透かしが入っています。
「綺麗……」
「当たり前です。私は特別なんだから!」
ふん!と鼻息荒く胸を張る彼シレネ様に、苦笑だけで返すことにします。
彼女には何を言っても敵意しか向けられませんから。
それにしても、シレネ様はずっと「なんでも知っている」「自分は特別」と言っていますが、聞き続けていると自分は特別と思い込んでいるイタイ方にしか思えなくなってきてしまいました。
前世で言う所の中二病患者というものです。
でもよくよく考えてみると、空から来たことや、なんでも知っているという言葉。特別な存在と(思っている)いうこと。
それらを踏まえ考えると、前世読んだ様々な二次創作のオリジナル設定の登場人物たちと、彼女はよく似ている設定や環境なのです。
仮にそうだとしても、よくあるヒロイン成り代わりではないということは分かっています。
ルシアがいる時点で、成り代わりとは違いますから。
これはよく見かけた転移・トリップともいえるような感じでしょうか。二次創作だけでなくネットの一次創作にもよくある設定ですし。
そうであれば、彼女の発言も筋が通ります。
空から降ってきた!なんて某アニメのような展開はよく見かけましたし、一部ジャンルでは、その設定から魅了による崩壊及び排除的な展開にも発展していましたから。
……考えるのはやめましょう。
やはりこれはお義父様のいう通り、深入りはしない方がいいようです。
考えていることが当たっているのあれば、深入りすると身の破滅が待っていそうですからね。
「あら? 体が消えかけています」
「本当だ。教会に入った時と同じく、終われば瞬間移動するんだ」
「へぇ……!」なんて喜んでいるシレネ様とは逆に、私は扉の向こうにいるレオ様たちが気になります。候補者だけなんてことになったら、申し訳ないどころか謝り倒したいくらいです。
そんな私の心配など杞憂だったと分かったのは、転移した後。
眩しさに瞬間的に目をきつく閉じた耳に、同じく刺激で呻くレオ様たちの声が聞こえたからでした。
ゆっくりと目を開けると、そこは街道と森そして教会があり、耳には風で擦れる木の葉の音や鳥の囀りが聞こえました。
「戻ってる……」
「あ! フリージア姉様おかえりなさい!」
一瞬の出来事に茫然していると、背中に衝撃がきました。どうやらルシアが飛びついてきたようです。
振り向くとルシアが腰に腕を回し抱き付いていました。その後方では、簡易的な椅子にミュゲ様とアリッサ様が腰かけています。
その傍らには護衛役の方々も。皆さん揃って寛いでいますが、ここは一応魔の森と言われるほど危険なのですよ?とツッコミを入れそうになりました。
「フリージア姉様たちで最後なんですよ。みんなサクッと終わったのに、何かあったんですか?」
「え、ええ、まあ……。ルシア、とりあえずこの腕を離してくれるかしら?」
「もう!姉妹の感動的な再会なのに冷たい!」
「感動も何も、儀式のため一時的に離れていただけでしょう? それよりレオ様にお礼を言わないと」
「ああ、それは既にしていただいているので結構ですよ」
引っ付くルシアをどうにか離そうとしていると、レオ様が楽し気な声を出しながら首を振りました。
確かに一度すましてはいますが、私としてはもう一度お礼を言いたい所なのですが。
「それにしても私たちが最後とは。始まる前には気にしていませんでしたが、少し悔しいですね」
「それは仕方がないとしか……」
言葉を濁す私ににっこりと笑みを浮かべ、「そうですね」とレオ様も頷き返してきます。
今ここで魔物が出たことを言うべきではないと、私もレオ様も分かっているからです。
結界に守られ身の安全が保障されている場所で魔物が出たなど、他の方々を怖がらせてしまいます。
それに見たところ、簡易結界を張り森の中でも安全とはいえ、不必要に不安がらせるものでもありません。
私たちの会話に首を傾げているルシアに、小声で「イベント」と伝えました。
それだけで、同じ転生者の彼女には伝わります。
この教会のイベントとは、魔物との遭遇。魔物と対峙し、勝利することで絆が深まる展開なのだと彼女も知っているのですから。
ルシアはハッと目を見開き視線だけで問いかけてきました。
それに無言で頷くと、背中に顔を埋め腰に回していた腕に一層力が入ってしまいました。
しょうがないですね。最初は離そうと思いましたが、心配かけてしまったので甘んじて受けましょう。
少々苦しいですが……。
「無事でよかった……」
ぽつりと呟かれた言葉に、背中に感じる温もりに、ホッと肩の力が抜けていくのが分かりました。
この温もりが儀式が終わったと教えてくれます。安心したことで、今更ながら教会内部であの魔物と対峙した恐怖がこみ上げてきたなんて情けないですね。
何となく近くに佇むシレネ様を見ると、彼女はあの祭壇を見ていた時のように無表情で教会を見上げていました。
表情からは何の感情も読み取れなくて、魔物と遭った時のような恐怖がこみ上げてきます。
私の予想が当たっているのであれば、彼女と親しくなるのは避けた方がいいのでしょう。
あと三つある儀式の試練。あまり関わらないようにしましょう。
それにしても、彼女の目的は一体何なのでしょうね?