9 異形の魔物 (sideフリージア)
「ヒッ……!」
「これはまた、何というか……」
「キモ」
ズルズル奥から這い出て来た魔物。その姿はゲームとは全く違っています。
ゲームではネズミが巨大化しただけの姿でしたが、目の前にいるのは辛うじてネズミと思われるナニか。
頭が三つ。手足は一対。尾は五つ。それだけでも異様だというのに、上よりも下の方が大きくそれが引きずられてあの音を出しています。
「なんだこの異形は」
「――――殿下」
あまりの醜悪さにレオ様が引いています。
その時、シュッと何かかすれる音と共に、黒い服を身に着けた男性がレオ様の前に現われました。
もしかして、この方が影の護衛なのでしょうか。後姿なので黒髪と黒い服装、そしてレオ様よりも随分と身長が高いことくらいしかわかりません。
「異形は他属性攻撃ができる個体が存在します。殿下では荷が重すぎます。ここは私が」
「いや、私も戦う。聖域である教会の内部に、こんな魔物がいてはならないからな。
ただ自分の実力くらい分かっている。私は補助の方に回らせてもらうよ」
「わかりました」
影の方と話すレオ様の口調が、くだけたものになっています。
初めての方ではないのでしょう。目の前の魔物から目を放しはしていませんが、気安い雰囲気を纏っていました。
「シレネ嬢、そういう訳で彼の補助もお願いできますか」
「承知しました」
チリチリ。なぜか胸がチリチリとします。対魔物で攻撃が得意ではない私より、それに特化したシレネ様の方を頼るのは正しい判断です。
それなのにどうして。
「きゃぁ!」
三人のやり取りに気を取られ、不意の前方からの攻撃に備えられませんでした。
防御壁で守られているとはいえ、攻撃の衝撃は相当なものです。魔法維持に努めなければ自分どころか全滅。それだけは防がねばなりません。
「お二方!いきます!」
防御壁を再構築している隣で、シレネ様が叫びます。
瞬間、魔物に無数の光の刃が降り注ぎ、その隙を見逃さずお二人が剣を振りかぶりました。
「ギュゥウウ!!」
「チッ! 思った以上にぶ厚い!うわ!」
魔物が雄たけびを上げ、尻尾を振り回しレオ様を攻撃します。それを間一髪で避けました。
「複合体で皮膚が厚みを増したと考えるべきでしょう。しかも頭部が三つあるため、死角に隙がない。厄介な……」
「それなら光で目暗ましをたらどうですか」
「確かに効果はありそうですが、あのぶ厚い皮膚に傷を負わせられないので、一時しのぎにしかなりません」
シレネ様の提案に影の方が冷静に否定しました。
ですが彼女の提案は一理あります。目暗ましと無数の光の刃の同時に当てられれば、致命傷とはいかなくとも傷は負わせられるでしょう。
そしてレオ様と影の方、二人同時に攻撃を仕掛ければあるいは。ただネックとなるのはあのぶ厚さ。
仮に傷を負わせられたとしても、身動きが取れてしまえば瞬時に反撃されてしまいます。
となれば、目暗ましと光の刃の他に、拘束する術が必要。
私が考えている間にも、シレネ様が攪乱しお二人が攻撃をしています。そのどれもが上手くかわされるか、かすり傷を負わせるくらいでしかありません。
ほぼ無傷と言っていい敵と比べ、こちらは疲れ始めてきています。
私はぎゅっと口の端を引きむずび、シレネ様に声をかけました。
きっとまた睨まれたり、辛辣なことを言われるかもしれませんが、これ以上前線で戦う二人が傷つくのを見ていられません。
「シレネ様先ほどの提案ですが、攻撃魔法を加えたらいけるかもしれません」
「は? 何言って」
「目暗ましと光攻撃だけでは動きと止められませんが、それに拘束力のある魔法をかければ」
「確かに身動きは取れなくなるけど、それをやるには敵が大きすぎる。魔力消費が半端ないんだけど!」
「それは私がやります。私が目暗ましと拘束を、シレネ様は光の刃で攻撃をお願いします」
防御壁を展開しているだけなので、私の方が魔力はある。それならば、私が拘束も担った方がいいでしょう。
そう付け加えると、シレネ様が盛大に顔を顰め大きく息を吐き出しました。
「しくじったら許さない」
「しくじりませんわ」
ふん、と鼻を鳴らすシレネ様ですが何とか了承を得られました。
あとは前線で奮闘しているお二人。かなり傷つき、疲れています。これ以上は本当に危ないのが私でも分かるくらいです。
ああ! 風魔法の真空の刃が敵の右腕を襲いますが、パン!と乾いた音のみでかき消され、間をあけずに降り注いだ氷の刃を尻尾で粉砕されてしまいました。
これは一刻の猶予もありません。
「I think,therefore I am.」
有名な一文。これが私の武器解放のキーワード。
具現化する練習の時に何気なく口にした言葉だったけれど、この言葉がないと発動しなかったので使い続けています。
正直武器というのはおこがましく、ルシアのような実用的ではないのでちょっと恥ずかしいです。
大層なものではないですが、身の丈よりも長い杖は中々に見ごたえのあるようなもので、初見ではかなり驚かれます。
上部はまるでゲームに出てくるような装飾。錫杖のようなデザインだとルシアに言われてしまいましたが、私は気に入っています。
「それって……」
「あとで説明しますのでお二人に合図を」
「私に命令しないで!――――お二人とも後ろに跳んで!!」
シレネ様の指示に、瞬時にレオ様たちは後方に跳びます。
同時に長杖に魔力を集中させ、目暗ましの発光魔法と拘束魔法を同時に発動。シレネ様もほぼ同時に光りの刃を降らせました。
「今です!!」
「ハァッ!!」
「ギュゥウーーーッ!!」
二人とも私たちの考えを見抜き、光の蔦で身動きが取れない敵の腹部に切り込み、見事倒すことが出来ました。同じところを同時に切り込んで、厚みを貫いたのでしょう。
ネズミの異形種は叫び声をあげ倒れると、黒い光の粒を纏い消えていきます。
残されたのは普通サイズのネズミ三匹と、下半身のみの二匹。
一匹は姿かたちそのままに、他二匹は頭と尻尾以外黒く変色しやせ細っていました。
「……やっと倒せたか」
「はい。ほかの気配はありませんので、異形種はこの一体だけでしょう。お嬢様方の機転に助けられました。ありがとうございます」
「い、いいえ! 私たちは守って護ってもらっているばかりだったので、こちらこそありがとうございました」
「私からもお礼を。二人ともありがとう」
シレネ様が謙虚な態度で影の方にお礼を言いました。やっぱり私との対応と差がありすぎます。
レオ様からのお礼にも謙虚な態度を崩さず、手をあたふたさせ「お礼なんて」と言っていました。
強気で辛辣なのは私に対してだけ。それだけに、どうしてここまで嫌われているのかわかりません。
シレネ様の思惑がよくわからないままですが、私もお二人に「ありがとうございました」とお礼を述べました。
あんな敵と対峙して護ってくださったのです。お礼は大事です。
深い傷は見当たりませんが、ボロボロになってしまった二人にシレネ様がおもむろに回復魔法をかけてます。
魔力に余裕があるようでよかったです。私はというと、さすがに三魔法同時発動で微力程度しか残されていません。
「お二人が無事でよかったです」
回復魔法により傷がふさがったお二人は、シレネ様がこぼした言葉に苦笑いと肩竦めだけで答えました。
その視線の先にはあの三匹のネズミの死骸が。
「教会内部で魔物とは……」
「それも異形種です。教会の結界に異常があったのか調べる必要があるかと」
「ああ。これが終わり次第陛下に報告しよう」
レオ様と影の方の会話に疑問が浮かびました。
ゲームでは魔物登場と戦闘後はそのまま先に進み、奥にある魔法石を封印しクリアとなっていました。
ここでもそうだと思っていたのですが、魔物が出ること自体、異常な事のような口ぶり。もしかして本来魔物はでないのかもしれません。
ただゲーム上、試練を乗り越え絆を深める展開が必要だったため魔物をだした……と考えるべきでしょう。
そして、そう言った理由のため深く考えずストーリーが進んでいった。
ゲームではよくあること……と片づけるには、現実を生きる私たちには受け入れがたいことです。
「今回のようなことは初めてなのですか?」
「え? ああ、はい。私の知る限り、今回のようなことは報告されていなかったと思います。
教会には結界があり外部から魔物の侵入はありません。
また教会内部は、結界をつくる核から清浄な魔素の魔力を発生させていることから、内部に住み着く動物たちが魔素を吸収したとしてもごく微量で、魔物化する前に寿命で死んでしまうんです」
「教会内部には魔素溜まりのような特殊環境は存在していませんので、魔物が出ることなどあり得ないはずなのです。
仮に発生したとしても、内部結界により出現場所以外身動きが取れないなずなのですよ。
しかも異形となると、かなり濃い魔素溜まりがなければ出現しないのですが……」
レオ様の説明を補足する影の方が言葉を濁し、廊下の奥を見ています。
この魔物の発生の原因が奥にあると思っているのでしょう。奥から這い出てきましたので、その可能性は高いと思われます。
「この件は我らが責任をもって調査しますので、心配しないでください。お二人はこの儀式の試練をクリアすることだけに専念さなってください」
「国が調査してくれるのなら安心ですね。わかりました」
「よろしくお願いします」
私たちが頷くと、レオ様も安心させるような表情でにっこりと笑います。
この件は彼が責任を持って調査をしてくれることでしょう。
「さてかなり時間が経ってしまったようです。先を急ぎましょう」
「あ、そのまえに! フリージア様のその杖のこと聞いていません。それって魔力で作りだしたものですよね? すごい長いですけど」
「ああ、これは……」
「その話は私も気になりますが、歩きながらでもできますし先を急いだほうがいいでしょう」
確かにレオ様の言う通りです。
頬を膨らませるシレネ様も分かっているのでしょう、不承不承といった様子ですが頷きました。
「では私はまた」
歩き出した私たちに影の方がそういうと、ふと姿を消しました。スゴイ!
驚く私にレオ様は彼は水と闇の二属性持ちだと話してくれました。通常一属性ですが稀に二属性持ちが生まれます。とはいっても、光属性よりは生まれる確率は多いのですが。
影の方は闇の属性をも持っていたので、王家の陰の護衛役を担う組織に入ったそうです。闇は隠匿魔法が得意ですから納得です。
そんな説明をしながら進んでいますが、どうしてでしょう。シレネ様は影の方の話に驚きません。魔法知識が豊富という話なので、すでにご存じなのでしょうか。
ともあれ、私の具現化で現れた長杖の話もしながら先を進みます。
私には剣術は向かなかったことや、それを知り義父が護身術として棒術の先生をつけてくれたこと。光属性は具現化が出来ることを知り、試しに作りだしたものがあの長杖であることなど。
杖の話ではレオ様は感心しきりといった感じでしたが、シレネ様はやはり納得していない御様子。
杖は実用的ではありませんが、護身には最適なのですが……。
シレネ様のお眼鏡にはかなわなかったということなのでしょう。
「フリージアのあの言葉って……。それに、こんなことゲームではなかったし、私たちも書いてなかったのになんで……」
彼女がそんな呟きなどしていたなんて、これっぽっちも知りませんでした。