2・旅立ちの日は突然に(中編)
10年前のあの日、僕たち3人は神官長に頼まれて森にナツメを取りに行っていた。
そこで、2人とはぐれたのが運の尽きだった。
急に霧が立ち込めてきたと思ったら”アイツ”に出会ってしまったんだ。
いきなり現れたあの色気とエロスの暴力みたいな女神は、驚く僕に告げた。
「あら、かわいい坊や。あなたの運命のちょっと酷すぎるわね。かわいそうに。」
「え?なんのこと?」
「でも、大丈夫。私があなたを幸せにしてあげるから!!」
「えっ?えぇぇ-!!!」
そう言うと、女神は僕に向かって桃色の光の息を吹きかけた。
その瞬間、僕は意識を失った。
その後、何時までたっても帰って来ない僕らを、心配した神官長が探しに来てくれた。
神官長はマティアスとカミルを探し出し、森の奥で一人倒れていた僕を見つけた。
神官長も二人も驚いたと言っていた。
それはそうだろう。
だって、僕は光り輝く桃色の繭に包まれ眠っていたんだから。
しかも、”女の子”になって。
神官長が僕を、繭から慌てて引っ張り出し、神殿へ連れて帰った。
神殿に帰ってから僕は、高熱を出し1週間も寝込んでしまった。
その間に、少し離れた大きな町からクラトピ神殿の神官長が僕を診察しにいらした。
そして、アレクサンドル神官長にこう告げた。
「アランは、神の祝福を受けた。」と。
神殿は上へ下への大騒ぎになった。
しかも、僕に祝福を与えた神様は人気の高い”美と性愛の女神”だったから。
一見、姿かたちが変わって見えるのも何か大切な理由があるのだろうと。
クラトピ神殿の神官長は、仰られた。
あれから、もう10年。
当時、9歳だった僕も19になった。
にもかかわらず、あの日いらい。
僕は、あのお騒がせ女神に会っていない。
何時になれば、この祝福という名の”呪い”とおさらばできるのだろう。
やはり、テュール島に行くしかないのか・・・・。
見た目が美少女なだけで、中身は健全な19の男だ。
美しい女性には、心惹かれる。
恋だってしたい。というか、彼女が欲しい。
切実に!切実に!!!
しかし、この見た目では女性は相手にしてくれない!!!
それどころか、敵意まで向けられるし・・・。
せっかく、能力はAランク!
炎・水・風・木の魔法も扱える攻撃特攻型で、出世間違いなしの男なのに!!
こんなのあんまりだよ~。
その上、変態のおっさんには、ひんぱんに襲われかけるし。
まぁ、攻撃魔法のいい訓練にはなったけど。
あれこれとアランが昔を思い出していると不意に扉をノックする音がした。
コンッ、コンッ。
「アラン、あなたは支度が整いましたか。」
「はい。アレクサンドル神官長。」
「入りますよ。」
「どうされました?何か問題でも?」
アランは、椅子から立ち上がり神官長を向かい入れる。
神官長の顔色が悪い。
こんな神官長、見たことがない。
「マティアスの支度が終わらないのです。アラン、少し手伝ってあげて下さい。」
「かしこまりました。神官長。」
「ありがとう、アラン。これで、少しは使者殿をお待たせせずにすみそうです。」
「神官長。一つお尋ねしてよろしいですか?」
「なんです。アラン。」
「なぜこんなに、早く王都への使者がいらしたのですか?」
アレクサンドル神官長は、沈黙した。
アランに、このまだ19歳の青年に本当のことを告げていいものかと。
しかし、これから死地に赴く者に嘘をつくのは礼儀に反すると思い、あえて真実を話すことにした。
「アラン。よく聞くのです。そして、決して他言してはなりませんよ。」
「はい。」
「これから、あなたたち3人は王都「コンツェ」に向かいます。
そこで、王都の訓練機関で2か月訓練を受けた後、フリティラリア大国の軍と合流しテュール島に侵攻します。」
「正気ですか。テュール人は、我々よりずっと強い魔法を扱えます。
あちらには化け物クラスのSランク以上の者が、何人もいるのですよ。
その本拠地に侵攻しようなどと、大国は神にでもなったつもりか・・。」
神官長の顔色が悪い理由が、良くわかった。
これは、酷い。あまりにも、酷い。
つまり、あれだ。
大国は、僕たち小国人を先兵隊として盾にするつもりだと。
詰んだ。これ、絶対、死ぬ。
気が遠くなりそうだ。
小刻みに肩を震わせてうつむくアランに、アレクサドル神官長は静かに耳元でささやいた。
「アラン。気をしっかり持つのです。大国にはあなたと同じ様に”神に祝福された者”がいるそうです。今回の戦線に、行かれるかは不明ですが。あの大国は勝算が無い戦いしません。ですから、自分の命を最優先に戦いなさい。」
驚いてアランは顔をがばっとあげて、アレクサンドル神官長を見つめた。
「神官長。」
「今では、知る者も少なくなりましたが。私たち魔法が扱える者は、大陸のどの国の民も皆、テュール人との混血です。そして、テュール人は争いを好みません。ですが、テュール人は身内を手にかけた者を決して許しません。ですから、殺しさえしなければ、捕虜にされても生き残れます。大国人にバレないように上手くやるのですよ。」
アランから少し離れて、アレクサンドル神官長は口に指をあてて子供に口止めするように「しー。」とやった。
彼としても、子供のころから大切に育ててきた大事な自国民の子供を、大国の盾にするのは少なからず反抗心があった為アランに対し、自身が秘匿する情報を与えたのだった。
本来、捕虜がどう扱われるかなど一神官まして、これから初陣を経験しようとする者に教えるなど、あるはずもないことである。
「ありがとうございます、神官長。」
元気を取り戻したアランに、アレクサンドル神官長はホッとした。
王都からの使者の前で、一人でも沈んでいたり態度が悪い者が居れば、その神殿の者は一蓮托生で処分を受けるからである。
かつては、ここまで脅しのような権威の締め付けはあり得なかった。
しかし、現在はフリティラリア大国の実質属国に陥っているこの国は、大国から派遣された武官や文官に監視されている。
大国の前に、隙を見せるわけにはいかないのである。
(王都からの使者殿も、実質アランを見に来たというのが本音でしょう。しかも、大国の武官までついて来ていた。あいつらは、確実にこの子たちを見極めるつもりでしょう。全く忌々しいにも程があります。)
「どうかしましたか?神官長?」
ドアの所で立ち止まったアレクサンドル神官長を、アランが不思議そうに見る。
「いえ、少し考え事が頭をよぎってしまいました。では、参りましょうか。」
「はい、マティアスの機嫌が少しは良くなっているといいのですが・・・。」
「あぁ、そうですね。・・・、それも頭の痛い問題でした。」
アレクサンドル神官長のため息に、アランは心から同情した。
人の上に立つということは、すなわち厄介ごとを引き受けることなのだと。
廊下に出た二人は他愛無い話をしながら、マティアスの部屋に向かった。
マティアス自室
コンッ、コンッ。
「入るよ、マティアス。」
「終わんねぇ!終わんねぇ!終わんねぇよ~!!」
マティアスの部屋に声をかけて二人が入った時、それは崩れてきた。
そう、マティアスご自慢の大量の巻物たち。
「うわぁー!!」
「またですか。マティアス!作業は進んでいますか?」
大量の巻物の海からアランを引っ張り出しながら、アレクサンドル神官長は少し小声で叫ぶ。
「すみません、神官長。この巻物たちをしまえば最後ですから。」
巻物を片手にあわてて、アレクサンドル神官長に頭を下げるマティアス。
「あたたっ・・・。マティアス、この巻物全部持ってく気なのかい?」
「当然!!何だかんだ切り詰めて、やっとの事で手元に残せた大切な巻物だぜ。簡単には売れねよ!!」
巻物が当たった額をさすりながらアランが聞けば、当然とばかりにマティアスは胸を張って答えた。
「そっか。でも、全部は持ってけないよね。」
「うっ。さっきから俺もそれを悩んでるんだよ。何せ持ち込める巻物は、3つまでとか制限しやがるんだぜあいつら。」
「それは仕方ありません。大国の武官が、監視としてついて来ているためです。それと、マティアス。くれぐれも反抗的な態度は取らないように。大国人の残虐性はあなたも知っているでしょう。王都からの使者殿も、それで気が気ではない様子です。」
アレクサンドル神官長の話にマティアスの顔つきが変わった。
(そういえば、マティアスの家族を皆殺しにし村に火を放ったのは、確かフリティラリア大国の女将軍アグネスだったけ。
まぁ、大国の噂はえげつないものが多いもんなぁ。)
「はい。仲間に迷惑はかけません。ごめんな、アラン。選ぶの手伝ってもらえるか。」
座り込んでいるアランに、マティアスが手を差し伸べた。
マティアスの手を借りて、アランは床から立ち上がり提案した。
「いいよ。僕は、手持ちの巻物一本もないから。僕の荷物の方に3本は入れられるね。」
「マジか。助かる!それなら、この6本ですぐ決まりだな。」
アランの提案を受け、マティアスは問題が解決したと大いに喜んだ。
「そうなの?じゃあ、どっちがどれを持つか決めよう。」
「どうやら、ようやく終わりそうですね。では、2人とも。急ぐのですよ。15分経ったら、神殿の正面入り口に集合です。私は、カミルの所に行きますから。では、失礼。」
2人のやり取りを見て大丈夫だと確信した、アレクサンドル神官長はさっさとアランにマティアスを任せてカミルの部屋へ行ってしまった。
2人はアレクサンドル神官長がいなくなると、ベッドに腰掛けて巻物を広げ始めた。
マティアスが持っている巻物は、どれも確かに貴重なものだった。
炎の化身を呼び出せる巻物や大雨を降らせる巻物、植物を操る巻物、あと三本はテュール人に関する巻物だった。
「すごいね。テュール人に関する巻物が3本もあるなんて。」
「あぁ。これは、俺の実家の焼け跡から出てきたものなんだ。誰にも言うなよ。アランだから話すんだからな。」
アランは自分の呪いを解くカギが、巻物に書いてあるのではないかと、目をかがやかせた。
それに対して、神妙な顔つきでマティアスは、アランに自分の実家について語り始めた。
「俺の実家は小国で手広く、宝石の商売をやってたらしいんだ。その頃は、まだ大国が大陸全土に侵略戦を仕掛ける前の時代だから平和で、テュール人とも交流が盛んだったんだ。俺の母親は商いの関係でテュール島から、小国つまり俺の親父に嫁いできたらしい。母さんはかなりの変わり者で、周囲の反対を押し切っての結婚だったらしい。その母さんが、テュール島から里帰り用の巻物と生まれてくる子供たちにテュール島とテュール人のについての巻物を3本持ってきたらしいんだ。この巻物を、どうやって使うかは分からない。けど、アラン。お前、”神の祝福”というなの呪いを解きたいだろう。」
アランは、驚いた。
普段感情的で、自分より年上にもかかわらず、そうは見えなっかったマティアスが真剣に自分や周りの事を考えていたなんて。
「ありがとう、マティアス。けど、使い道なさそうだよ。だって僕らはこれから戦場に行くんだから。」
そう、僕らはこれから大国の盾として戦場に送り込まれる。
どうにか生き延びたとしても、未来は暗い。
この20年、戦争の火種はくすぶり続けてきた。
その上、2か月後にはテュール島に戦争を仕掛けるんだから。
「何言ってやがる。だからだろ、戦場に出ちまいさえすれば監視の目も無い。お前は、物心つく前から”神殿”にいるから分かんねぇかもしれんが”神殿”は明らかに異常だぜ。」
マティアスの言葉の真意が、わからずアランは首を傾けた。
「どういうこと?」
「あーっ、もう、これだから、”神殿育ちは”って周りから揶揄されんだよ!俺たちは!!」
頭を抱えてマティアスが、悶えながら言った。
「いいか、良く聞け。ここは、基本常に誰かの監視の目がある。それは、俺たち使える魔術師を逃がさねぇためだ。」
「逃げるってどこへ?別の国でも待遇に差なんて対してないだろ?この見た目だ。テュール人のハーフって、すぐにばれる。そしたら、・・・差別対象だから、神殿以外のどこで生きていけるっていうのさ?無理だろ、普通。」
自分が知りうる限りの情報をアランは、マティアスにぶつけてみた。
はぁーっと、マティアスは心底呆れたような声で言った。
「お前、どこまでも素直なやつだなぁ。アレクサンドル神官長の教え、そのまま信じてんのか?」
「えっ?ちがうの?」
「違う。そもそも、差別対象には入ってねぇ。テュール人は、半神族だから昔は信仰対象だったんだ。だから、俺たちも普通の奴らが使えない魔法が使えるんだ。後、各国にテュール人の隠れ里が存在してる。公国に至っては、10年前からテュール島と正式に国交樹立しとるわ!お前、ホント何にも知らねぇのな。」
マティアスの言葉に呆然とした。
だって今まで、誰も教えてくれなかった。
僕は、神殿の為に、ウィステリア小国の為に、同じ仲間のテュール人のハーフの為に生きてきたのに。
これからだってきっと、仲間と同じ様に生きていくものだと思ってきたのに。
今になって、そんないろんなこといっぺんに言われてもどうしていいかわからないよ。
「ごめん。」
うつむき、そういうのが精一杯だった。
アランはマティアスの言葉に落ち込んでしまった。
自分は、何も知らない小さな子供の用だと。
今にも、自室に帰ってそのまま布団に潜り込みたくなるほどだった。
「落ち込んでる暇はねぇぞ。とりあず、この炎の化身を呼び出せる巻物とテュール島とテュール人についての巻物はお前が持ってろ、アラン。」
「ありがとう、マティアス。」
「いいさ。お前は、仲間だからな。お前の呪いが早く解けることを祈ってやるよ。」
「マティアス。僕も、君に伝えておきたいことがあるんだ。」
アランはさっき、アレクサンドル神官長から教えられた、王都での訓練の予定とテュール島を大国が侵攻しようとしている話をマティアスに話した。
マティアスは、その話を聞いてしばらく思案した後、腹をくくったような顔をして言った。
「それなら、大国がテュール島を侵攻する時がチャンスだな。おそらく、俺たちは先方隊にされるだろうから。上手くやられた振りをして、向こうの捕虜になればこっちのもんだ。おそらく、テュール人が保護してくれる。」
「そう上手くいくかなぁ?」
「大丈夫だ。何か困ったら、”チグサ”の息子の友人だといえば良くしてくれるはずだ。後、もしもテュール島侵攻前にはぐれてしまった時に”ウミモト”っていうおっさんに会えたら俺のことを話せば多分、大丈夫だ。」
「そうなの?」
「あぁ。俺に、神殿の外やテュール人の隠里のことを押してくれたのは”ウミモト”のおっさんだからな。」
「その”ウミモト”さんとは、どこで出会ったの?マティアス。」
「昔、お前が女神に祝福されて寝込んだことがあっただろう。その時に薬草を探しにカミルと二人で行ったときに出会ったんだ。」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、カミルにもこの話を教えた方がいいよね。」
カミルの部屋へ行こうとアランは立ち上がった。
しかし、またもマティアスのため息が聞こえた。
「アラン。カミルは、ダメだ。教えられない。」
マティアスが、暗い顔をしてうつむきながらアランに答えた。
「なぜ?僕らは、仲間じゃないか。」
アランの言葉にマティアスは、がばっと顔を上げて早口で語彙を強めて言った。
「だからだ!あいつの属性知ってんだろ。お貴族様お気に入りの光属性・聖属性に水属性だぞ。回復担当のあいつは、まず間違いなく、王都で誰かに気に入られる。そんな奴のそばにいたら、俺たちも必ずそれに巻き込まれる。逃げられなくなるぞ。まして、カミルは神官長の息子疑惑もあるってぇのに。」
「えええぇ!!!そうなの。知らなかった。カミル、そうなんだ。でも、確かに顔は似てるもんねぇ。」
長年親しんできた仲間の知られざる情報にアランは目を丸くした。
その姿を見てマティアスは、こんな時までこいつホント危機感ねぇなぁ。と心底先行きを心配したのは言うまでもない。
「ほら、驚いてる暇はねぇぞ。そろそろ行かねぇと、神官長の血管がキレるぞ。」
驚いて、固まっているアランをマティアスが巻物を入れた鞄でつついた。
「えっ?あぁ、そうだね。急がなきゃだめだね。」
動揺しながらも、アレクサンドル神官の長い説教を、旅立ちの日にまで受けるのはごめんだとアランは自室に急いだ。
マティアスは荷物を整え、自室に戻ったアランを連れて階段を下り、神殿へ向かった。
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