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【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する  作者: 影清


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96.

 翌朝、用意されていたのはドレスであった。

 着替えて朝食を済ませ、呼びに来た侍女に伴われて会議室へと赴く。

 午後から我が国の貴族を加え、謁見の間で盛大に英雄の凱旋式を行う旨が通達されていた為、午前中のうちに諸々の打ち合わせをしておくのだという話であった。

 入室すると、サラと同じように着飾った冒険者達がいて、少しだけ気持ちが和んだ。

 貴族出身者はソツなく着こなしているが、そうでない者は借りてきた猫のように表情が固まっており、その落差に笑みが漏れるのだった。

 一晩中泣いて、今心は凪いでいた。

 いつまででも泣いていたい所だが、サラ達英雄となった冒険者には、やらねばならないことがある。

 それをこなさなければならないのだという使命感でもって、おそらく皆ここにいるのだろうと思われた。

 見渡す限り皆の表情は落ち着いている。

 案内された席に着き、しばらく待てば兄とリディアがやって来て、サラのすぐ側に着席した。

 どうやらパーティーごとに近い席を用意されているようだったが、王族である王太子は正面の席であろうと思われる。

 リディアの顔色は酷かったが、表情は凪いでいた。

 おはようとかける声も落ち着いており、少しだけ、安堵した。

 生存者全員が揃った所で、王太子と第一王女が入室し、続いて宰相と騎士団総長、魔術師団長と魔術師団顧問が入室してきて、着席した。

「皆、疲れている中集まって頂き感謝する。今回集まって頂いたのは、スタンピード討伐に協力して頂いた件である」

「まず今回、Bランク以下の冒険者の死亡者数は百五十名、Aランク以上の冒険者の死亡者数は五十二名となっております。一ヶ月に及ぶ戦闘において犠牲者が出たことは誠に遺憾です。彼らもまた、国を守る為に戦って下さった英雄として、厚く遇することをお約束致します」

 王太子に続いて王女が発言し、次に宰相が書類を持ちながら報告をする。

「先に水晶龍のドロップ品について報告をさせて頂きます。鱗、牙、角、翼、爪となり、残念ながら核となる魔石については確認ができませんでした。戦闘中には透けて見えていたという話でしたが、回収した死骸からは発見ができませんでした。これは王太子殿下ならびに、Sランク冒険者の方々の立ち会いにより証明されております」

「グレゴリー侯爵令嬢の魔力と他者の魔力が混じっているという話であったが、残念ながら直接確認することは叶わなかった。代わりに」

 王太子が補足をし、宰相が後を継ぐ。

「実際に侯爵家へと踏み込みました。使用人に確認を取りました所、スタンピードが起こる直前に意識を失った令嬢が帰宅し、それからずっと眠ったままであること、龍が討伐されたとおぼしき時間に目覚めたことを確認しております。龍の意識の有無については黙秘しております」

「侯爵本人、そして使用人にも事情を聞いている所だ」

「獲得した戦利品は、鱗につきましては人数分で分配も可能なのですが、残りの品につきましては分けることが難しく、また研究材料として各国から希望が来ております。金額に換算するのもはばかられる所ですが、報奨金に上乗せする形でお支払いさせて頂きたく思います」

 反論はなかった。

 最も活躍したSランク冒険者から文句が出ない以上、Aランク冒険者が言える立場でもない。

「午後からは王都をパレードすることになっている。スタンピードを終わらせた英雄の帰還を、民は待ち望んでいた。大通りを馬車に乗って一周するが、時間にしておよそ一時間から二時間程だ。本当は事前に告知を徹底し、国中の民が集まるまで待つべきなのだろうが、Sランク冒険者の中には他国の重鎮もおられる故、滞在をこれ以上引き延ばすことはできぬと判断した」

 王太子は宰相を見、宰相は頷く。

「昼食は陛下ならびに我が国の貴族の皆様方とお摂り頂きます。夜は晩餐からの舞踏会の流れとなっておりますが、これは国中の民に酒と食事を振る舞い、協力に感謝する為のものでもあります。可能な限り小規模に行いますので、冒険者の皆様方、どうか気楽にご参加頂きたく思います」

 すでに何人かの顔が引きつっているが、高ランク冒険者になる為には礼儀作法も必修である。問題はないはずであった。

「また、亡くなった英雄の方々の国葬も予定しております。ぜひ皆様方にもご参列頂きたく思います。…何か質問はございますか?」

 宰相の問いに、異議を唱える者はいない。

 王太子が立ち上がり、一同を見渡し笑顔を見せた。

「我が国の危機を救って頂き、感謝申し上げる。特に水晶龍については本当に激闘であった。…倒せたことは誠に僥倖である」

 王太子の口調が変わり、皆の表情が改まった。

「奇跡であった。だが奇跡とは何度も起こることはない。…それは皆にもご理解頂けるだろう」

 場を見渡し、一人一人の表情を確かめるようにして、王太子は頷いた。

「今我々は生きている。本当に、僥倖であった。この奇跡は死するまで、胸に抱いて生きて行こう」

「はい」

 全員が、頷いた。

 奇跡が起こらなければ、全滅していた。

 口を噤むことくらい、容易い。

 その後はめまぐるしい、の一言に尽きた。

 昼食には陛下を始め王族の皆様と貴族達に迎えられ、入室した英雄達に盛大な拍手が送られた。

 陛下や貴族達の感謝の言葉を聞き、冒険者を代表して名誉騎士の代わりに精霊王国の魔法省長官が返礼する。

 陛下の顔が瞬間泣きそうに歪んだが、すぐに表情を取り繕い、鷹揚に頷いていた。

 冒険者達の内心はどうあれ、食事会は和やかな雰囲気で終了したのだった。

 各自部屋へ戻って冒険者装束へと着替えて、パレードへと向かう。

 ぼろぼろになってしまった装束は、王宮お抱えのお針子や鍛冶屋、防具屋などが総出で協力し、一晩で見られるように修復してくれたことには心の底から感謝した。

 討伐が完了して一晩しか経っていないというのに、街道には人々がひしめきあい、口々に「英雄万歳!」と叫んでいた。

 「王太子殿下万歳!」も聞こえ、「サスランフォーヴ万歳!」も聞こえた。

 街道に一定間隔で騎士団員がずらりと並び、その後ろには民達が、中央は屋根を外した儀装馬車が通り抜けていく。

 外は快晴であり、寒空にもかかわらず熱気を帯びた王都の気温は温かさすら感じる程だった。

 周囲を埋め尽くす人の群れに王太子は笑顔で手を振りながら、サラ達にも笑顔で手を振るようにと指示をした。

 国を救った英雄なのだ。

 応えるのが義務だった。

 表情筋が引きつる程に笑顔を浮かべて手を振り続け、王宮へと戻って来た時には冒険者は全員顔が強張っていた。

 精神的な疲れに支配されたまま部屋へと戻れば、今度は晩餐会の準備である。

 侍女に囲まれ、身体を磨かれ、ドレスを着せられ化粧を施され、髪を整えアクセサリーをつけられる。

 すべて借り物であるので汚すわけにはいかない。

 一挙手一投足を周囲に注目される中、晩餐を済ませ舞踏会が始まった。

 兄は気合いで笑顔を浮かべて乗り切っており、サラも根性で笑顔を浮かべ、微笑んでいた。

 冒険者達は伴侶だったり婚約者だったりを連れて来ている者が多かった。

 午前の会議の後に配慮をしてくれたのだという。

 王族のお出ましの合図があり、陛下と王妃、王太子、第一王女、第二王女、第二王子が参加した。

 第二王女は短距離転移装置の融通を利かせてくれた張本人だったのだという。

 ギリギリまで西国におり、装置の返却を見届けてからこちらへと戻って来たという話であった。

 陛下の挨拶があり、陛下と王妃がファーストダンスを踊る。

 王太子は誰と踊るのか、と貴族は皆固唾を飲んで見守っていたが、王太子は階段を下りてサラの元へと真っ直ぐにやって来た。

「サラ嬢、踊って頂けるだろうか」

「はい、喜んで」

 ざわめいたのは貴族達だけであり、冒険者達は皆温かく見守ってくれていた。

 王太子とダンスを踊るのは初めてである。

 リードが素晴らしく、サラは自然と笑顔になって踊ることができたのだった。

「まだしばらくは処理が山積みで、王宮に詰めっぱなしになりそうだよ…」

 穏やかな笑顔を浮かべながらも愚痴を言う王太子に、笑顔を返す。

「学園は早めの冬期休暇に入りましたし、良かったですね」

「…えぇ?学園の心配?…もう、うんざりしていたけどちょっと気が抜けたよ」

「安心しました」

「私は全く安心できないんだけどね。…君を狙う令息達が息巻いてるから」

「まさか、そんな」

「君は英雄になったんだよ。もう「名誉騎士の娘」じゃない。君が、英雄なんだ。そりゃ名誉が欲しい連中は群がるよね」

「…殿下」

「君が取られやしないかと心配で」

 くるりとターンをすれば、歓声がわき起こる。

 第一王女とアーデン公爵令息、兄と母も踊っていた。

「そんなお話が来ても、お断りします」

「うん、ぜひそうして欲しい。陞爵の話、覚えているかい?」

「はい」

「あれを本格的に進めていてね。…だからもう少し、待っていて欲しいんだ」

「…はい、殿下」

「早く名前を呼んでもらいたいし」

「う…」

 あえて明るい話題を提供してくれる王太子の心遣いに、感謝した。

「殿下、お身体は大事になさって下さいね」

「うん、気をつける。看病してもらうなら君がいいからね」

「で、でんか…」

 名前を呼んで欲しい、のくだりは耐えたというのに、サラは頬が熱くなる。

 王太子の笑みは優しく、温かい。

 だがそれに甘さが加わり、サラは嬉しいと同時に居たたまれない気持ちになる。

 公衆の面前ではやめて欲しい。

 耐えるサラが王太子は可愛くて仕方がなかった。

 同じパーティーで戦える程に強いけれども、守ってあげたいと思う愛しい人であった。

 ダンスの終わりが寂しくなる。

 手を離し、王太子は目線でクリスを捜す。

 サラを一人にすると貴族令息達が大挙して押し寄せることは容易に想像できた。

 どうしようか、と思ったときに、ちょうどダンスを終えようとしているクリスと目が合った。

 すかさずクリスの元へとサラを誘い、引き渡す。

「…彼女を貴族連中に渡さないように」

 釘を差せば、クリスは苦笑した。

「最善を尽くします」

「では、またね」

 サラに笑顔を向け、王太子は王族の席へと戻る。

 役目は果たした。

 他の令嬢を誘うつもりはない。

 貴族達への牽制をしたのだった。

 席に戻ってきた陛下と王妃は、にやにやと笑っていた。

「そうか、ついに」

「そうなの、ついに」

「…そうですよ、ついに決めたのですよ」

「良かったな」

 向けられた二人の笑顔は、温かな親の顔をしていた。

「…ありがとうございます」

「じゃぁお茶会は終了ね。あなたったら、わたくしに親らしいことを何もさせてくれないのね」

「申し訳ございません」

「いいえ、わたくしのお節介だったのだもの。あなたは自分で選んだのだから誇らしいわ。…これからはロバートの婚約者探しを頑張らなければね」

「…そうですか」

 父は止めなかったし、王太子も止めなかった。

 正直、第二王子のことはどうでもいい。

 二度と問題を起こさないよう監視しているし、王妃にも第二王子にも権力は持たせない。

 今後の弟の成長次第では対応が変わることもあるだろうが、あの一件があっても王妃はまだ弟を甘やかしており、弟も一時の悄然とした様子など嘘だったかのように、以前と変わらぬ毎日を送っている。

 ただ、冒険者活動を辞めただけであった。

 第二王女はしっかりとした姫へと成長していた。

 すぐに西国へと戻る予定だが、サラと同じように自分で考え、行動できる女性になっていた。

 彼女については何の心配もしていない。

 自分の人生は、自分で切り開いていくだろう。

 ダンスフロアを見れば、サラはクリスと踊っていた。

 ダンスが終わるとすぐにジャンがやって来て、サラと踊り始める。

 この調子ならば次は騎士団総長の息子だろうし、その次はギルドマスターの息子だろう。

 他の貴族の入り込む余地はなさそうであり、王太子は安堵した。

 王太子に娘との婚約を望んでくる他国の王家や大貴族、我が国の貴族家が一気に増えたように、サラやクリスの元にも申し込みが殺到するはずである。

 早くなんとかしなければならない、と内心王太子は焦るのだった。

 

 

 

 

 

 国葬は、王都の精霊教会にてしめやかに執り行われた。

 我が国最強の騎士である名誉騎士が亡くなったという知らせはあっという間に国内を駆け巡り、精霊教会には多くの国民が花を供えたいと大挙して押し寄せた。

 献花台は花で溢れ返り、嘆き悲しむ声があちこちで聞こえる。

 死者数で言えば北国ノスタトルでのスタンピードの方が圧倒的に多かったが、ほとんどが低ランク冒険者や町人であったのに対し、今回のスタンピードでは高ランク冒険者の犠牲が多く出た。

 いかにボスが狂暴であったか、死闘であったか。

 全滅の危機であった所を、辛うじて倒したのだと。

 命を賭して国を守ってくれた英雄達に、民は惜しみない称賛を送った。

 ずらりと並ぶ棺を見ながら、サラは涙を流す。

 どうすれば犠牲者を出さずに済んだのだろう。

 皆が笑顔で帰ることができたのだろう。

 どれだけ考えても、わからなかった。

 侯爵令嬢と仲良くなっておけば良かった?

 王太子殿下との仲を取り持てばこんなことにはならなかった?

 自分を殺してでも、彼女に媚を売っておけば良かったのか。

 わからなかった。 

 どう受け止めればいいのか、どうすれば良かったのか。

 責任を感じずにはいられなかった。

 私には、何かやれたことがあったのではないか。

 彼女は私を気にしている様子だったのだから。

 もっと。

 何かが。

 母は毅然とした様子で立っていたけれども、ずっと眠れていないことを知っていた。

 サラも同じだったからだ。

 あれから同じベッドで横になり、手を繋いで眼を閉じるけれども、熟睡できていなかった。


 ごめんなさい。

 私のせいかもしれない。

 

 ごめんなさい。

 

 サラは心の中で、謝る事しかできなかった。

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