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8.

 週末、早朝に起床して毎朝の鍛錬を父と兄とこなし、朝食を食べてからダンジョン都市へと移動した。

 王都の転移門は貴族街と平民街を隔てる城壁のそばにある。

 騎士団詰所があり、二十四時間管理されたその場所は、身分証を見せ、使用料を払えば即利用が可能だった。

 ダンジョン都市の転移門は街の出入口、防壁門のそばにある。

 ここも兵士の詰所があり、二十四時間管理されていた。

 兄妹は格好こそ冒険者であるが、マジックバッグは不可視化している為一見手ぶらであり、冒険者の大部分が担いでいる大きなバックパックが名物となっている都市においては異質に映る。

 兄はブラックワイバーンの革とレッドワイバーンの革を使った軽装鎧姿であり、黒と赤の組み合わせが美しい。

 外套はドルムキマイラの革をグレーに染色したもので、片手剣の二刀流を得意とする兄の武器はホワイトドラゴンの牙を削り出した逸品である。

 一目見て高ランクの冒険者である兄は、歩けば周囲の視線を独占した。

 隣に立つサラは後衛用の装備だった。

 ブラックワイバーンの革と虹布を使用したジュストコール型のローブにジレ、ブーツを合わせて防御力を上げ、外套はドルムキマイラの革を白く染めた物を使っていた。片手剣はブルーワイバーンの牙を削り出したものを、杖はBランクに上がった記念に、と、兄と王太子殿下がホワイトワイバーンの牙と鱗、上質な魔石を使って、繊細な装飾が美しい一点物を作ってくれた。Aランクになってもそのまま使えそうなそれに、値段の予想がつかずに震えたが、おまえの為に作ったものだから、と言われてありがたく頂戴した。

 宝物である。

 ダンジョンの入口周辺は整備され、一見すると観光地のようである。

 小振りな城、といった趣で、二階はレストラン、十階までが宿屋である。

 ダンジョン城の宿屋と言えば高級で知られ、最上階は上位貴族や高ランクの冒険者でないと泊まることは難しい。

 城の周囲は商店街である。食堂やバルがあり、武器屋や防具屋、魔法書店、薬屋等も軒を連ねて、すぐにでも冒険に出られるようになっていた。

 ただし、ダンジョンそばの店は、高い。

 街は広いので、ダンジョンから少し離れて住宅街に向かえば、普通の人々の生活圏がある。多少入り組んではいるものの、町人が利用する商店街へ行けば、安く色々な物が手に入るのは暗黙の了解であった。

 特に購入する物もなく、兄妹はダンジョン前の広場へと到着した。

 そこは冒険者同士が待ち合わせたり、即席パーティを組んだりする為にメンバーを募集する者が集まっているのだった。

 ポーターという、戦利品回収専門の荷物持ちも雇うことができ、ダンジョン入口そばにはポーターが大きなバックパックを担いでお声がかかるのを待っている。

 ダンジョンから戻ってすぐ、戦利品を換金できるように換金所も併設されている。

 冒険者ギルド支部の中にあり手数料は取られるものの、手っ取り早く現金を手にすることができるので人気であった。

 広場には出店も多い。広場中央には巨大な噴水に負けず劣らず立派な掲示板が設置され、伝言板のような使い方をされていた。

 兄は掲示板の前まで移動して、近いランク、近い進行度のパーティーがいないかを確認する。

 サラも同じように掲示板を見上げて確認するが、近いパーティーはいないようだった。

 ダンジョンへ入るパーティーメンバーの人数制限はない。

 百人だろうが、攻略したければパーティーメンバーとして入ることができる。

 ただ戦利品分配の効率が悪い為、大抵は多くても六人くらいまでが主流であった。

 掲示板を見上げながら兄が言う。

「いないな。二人だと…今日明日で五十階まで駆け足で行って道を覚えて、来週五十階ボスに挑戦、って所かな?」

「私、四十三階からはさっぱりだけど、お兄様任せで大丈夫?」

「それは任せろ。まぁすぐに慣れると思う。ラミアの魅了と、ダークスコーピオンの猛毒に注意な」

「はい」

「あの、すいませんー!」

 後ろから声をかけられ、兄妹は振り向く。

 四十代くらいの男が一人、三十代くらいの青年が一人、同じく三十代くらいの女が一人の三人パーティーのようだった。

「何か?」

 兄が返せば、中年男が困ったように頭をかきながら近付いてくる。

「いやー、予定していたメンバーが二人、今日来れなくなってしまって。もし良かったら、一緒にダンジョンどうですかー?」

 無精髭を生やし、薄汚れた格好をした、あまりお近づきになりたくないタイプの冒険者だった。

 クリスはサラを庇うようにさりげなく前に出て、軽く首を傾げた。

「そうなんですか。ちなみにランクはおいくつで?」

「Bランクです」

「前衛二人に中衛一人のパーティー、ということでよろしいか?」

 中年男は背中に大剣を背負い、女は両手斧を持っていて、青年男は弓と短剣を持っていた。

「そうです、ちょうど後衛二人が来られなくて困ってたんですよー」

「こちらは前衛と後衛なので、後衛一人だとちょっと無理ですね。負担が大きいので。残念ですが」

「あっ待って待って。後衛一人、見つけましょうよ。掲示板に出しますんで!」

 焦って引き留めて来る理由がわからず、サラは兄の背に隠れながら眉を顰める。

 金策をしなければ借金がヤバい、なんて理由でもあるのだろうかと思う。

 兄も不審な様子を隠しもせずに、男に対峙していた。

「…ちなみに、四十一階から行く予定ですけど、そちらは?」

「えっ!?…あ、ええと、四十階ボスはBランクの試験で倒してるんで!大丈夫ですよ!」

「…そうですか。申し訳ないんですけど、一時間経っても後衛が見つからなかったら二人で行きますね」

「えっそんな!」

「五人でも無理しなきゃ行けるんじゃない~?」

「…そうですよね」

 女と青年が追従するが、譲らなかった。

「妹に負担がかかるのがわかっていて、前衛ばかり連れて行くつもりはないので。では一時間後にここでまたお会いしましょう」

 サラの背を押し、クリスは歩き出す。

 サラが見上げれば、苦虫を噛み潰したような顔で見下ろしていた。

「あれはダメだな」

「……」

「あいつら、四十一階から行くと言った時、動揺しただろう?」

「うん」

「俺達を下に見ていた」

「うん…」

「四十階から先、行ったこともないかもしれない」

「うーん、それはお兄様の負担が増えるのでは…?」

「…なぁサラ」

「はい?」

「今までああいう輩とパーティーを組んだことは?」

「あるよ」

 平然と答えれば、兄はぱちりと目を瞬いた。

「…そうか。どうだった?」

「後衛を奴隷のように扱ったり、若い女だからってべたべた触ろうとしてきたり、ピンチになったら私を囮にして逃げ出したり。元々のメンバーじゃない他人の扱いってひどいなって、思うことばかりだったよ」

「……今までよく無事だったな…」

 驚きの余り立ち止まったクリスを見上げ、サラは苦笑した。

「私の外見に騙されて、舐めてかかってくる連中ばかりだったから、大丈夫だよ。それに日帰りパーティーしか入ったことないし」

「……なんか、すまん」

 肩を落として項垂れる様子に、サラは驚く。

「えっどうして謝るの?」

「一人で行動させたことを、後悔している」

「お父様にもお母様にも報告しているから、大丈夫だよ。お兄様は心配するから、言わなくていいって、二人が」

「……」

 盛大なため息をついて、クリスは顔を上げた。

「さっきの連中、どう思った?」

「Bランクになってから、攻略を進めていないって感じだね。そういう人達って役に立たないことが多いかな」

「そうだな、俺もそう思う。…そういう連中に付き合わされて、嫌な思いをする経験も、おまえには必要かと思ったんだが…断れば良かったな」

 兄の思いやりを感じて、嬉しく思う。サラは自然、笑顔になった。

「私は平気よ。だって今回はお兄様が一緒だもの」

「…そうか。後衛が見つからないことを祈ろうな」

「ふふっそうだね!」

 顔を見合わせ笑い合ったが、一時間後、掲示板の前には後衛を見つけたと喜ぶ三人がいた。

「見つかりましたよ!後衛!」

 中年男が喜色を浮かべて自慢げに言うのを、兄妹は冷めた目で見返した。

「そうですか、それは良かった。そちらの方が?」

「リアムと申します。よろしくお願いします」

 外套はドルムキマイラの革を白く染めぬいた物、ホワイトワイバーンの革とブラックワイバーンの革、金糸と虹糸をふんだんに使用した膝丈のローブ。ローブの下は黒の上下に、黒のブーツ。

 長杖はアメジストのような輝きを放つ上質魔石を嵌め込み、世界樹の枝に装飾を彫り込んだ素晴らしい品だった。

 神官のような出で立ちでありながら、高ランクの冒険者であることが一目でわかる。

 何故こんな人がこいつらのパーティーに?

 と、首を傾げたくなる人物であった。

 おそらく年齢は三十前後、Aランク以上だろうと思われた。

 兄と顔を見合わせ、彼に対する感想を同じくすることを互いの瞳に映して確認した。

 リアムに対して丁寧に自己紹介をすれば、三人組も自己紹介をした。

「四十一階からなのですが、リアムさんもそれでよろしいですか?」

「もちろんです。兄妹なのですね、ご一緒できて光栄です」

 耳までかかる程度の褐色の髪、紫紺の瞳。

 かなりの美形で、物腰も柔らかい。あの三人とは大違いであった。

 リアムもまた、兄妹と同じような感想を三人組に抱いたようで、親近感が増した。

 四十階、ボス討伐後に進める階段手前の休憩用広場に、転移装置はある。

 そこから階段を下って、四十一階へと進むのだった。

 正確には「地下」四十一階なのだが、冒険者で「地下」をつける者は存在しない。

 いちいち「地下」とつけなくとも、通じるからだった。

「四十五階まではラミアに注意を。魅了を食らうと、解除魔法は存在しないので、眠らせて自然に解除されるまで放置するしかありません。魅了効果時間は十分程度です。時間の無駄なので、ラミアが歌う動作を見せたらバッシュで止めてください」

「りょうかいでーす」

 兄の説明に対し、適当に答える三人組に不安が増す。

「前衛中衛の三人は、魔法剣を使えますか?」

「まほうけん?ってなんです?」

「魔力を剣に宿して、魔法攻撃に似た効果で魔法生物にダメージを与えられます」

「魔力はないっすね」

「わかりました。物理耐性の高い敵は前衛で引きつけつつ、後衛の魔法攻撃で倒しましょう。引きつけるのはお任せしますね」

「お兄さんは何するんです?」

「魔法剣で倒します」

「えっ魔法使えるんだ?すごーい!」

 三十代女がはしゃいだ声を上げるが、誰も反応しなかった。

 後衛同士リアムと並んで歩いていると、穏やかに微笑みながら話しかけられた。

 友好的な笑みだった。

「サラさんはどちら寄りで戦われます?」

「私はどちらかというと、オールラウンダーとして動くのが得意です」

「わかりました。ではメイン回復は私が受け持ちますね。補助はお願いします」

「えっ、いいんですか?かなり負担がかかるのではないかと思うのですが」

 三人組の背中を見れば、視線の先に気づいたリアムが笑みを深める。

「実は私、元々神官だったのです。回復は得意なのですよ」

「見た目を裏切らない発言…!」

「ははは、ありがとうございます」

「もしきついようなら遠慮なく言って下さいね」

「はい、遠慮なく」

 四十一階から五十階までは、延々海と砂浜と荒野が続く。

 地下なのに何故海?なんて考えてはいけない。

 ダンジョンはかつての魔王が遊びで作った、不思議空間である、という言い伝えであった。

 コウモリ、カニ、魚…言葉にすると大したことはなさそうだが、これら一体一体が人の大きさ程もある。これが複数体で襲って来るのだった。

 荒野に行けばアンデットが徘徊し、毒々しい色をした蛇やマンティコア、トカゲ等が多数生息している。

 安全地帯は少なく、途中休憩を入れるのも一苦労するのであった。

 三人組はことごとく、敵に感知され多数を引き連れて逃げ惑う有様で、三人組の回復にリアムの魔力のほとんどを奪われていた。

 強化魔法や弱体魔法を駆使し、回復の補助にも入ってはいるのだが、効率の面では最悪だった。

 兄が道を示し、その通りに進めば最低限の戦闘で先に進めるというのに、三人組がことごとく敵を引っ掛けるのだった。

 わざとか?と、疑いたくなる。

 しかも冷静さを失って逃げ回るものだから、離れた場所にいる敵まで感知してトレイン状態だった。

 集中攻撃されるメンバーをリアムとサラが回復で支えている間に、数を減らす。

 一階進むだけで、少し長めの休憩を取らなければ兄妹とリアムの消耗が激しい。

 薬品を使えばいいのだろうけれども、足手まといの連中の為に何故、という思いが突き抜けた様子の兄が、薬品は使わなくていい、ドブに捨てるようなものだ、と言い切り、サラもリアムも反論しなかった。

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