82.
パーティーメンバー用のピアスに王太子と兄が到着したと連絡があり、リアムと共に拠点に戻ろうと踵を返す。
「殿下はここでも激励に回られるんでしょうか」
リアムの疑問に、サラは頷く。
「おそらく。…でもここを拠点にするのなら、大げさなものはないかもしれませんね」
「そうですねぇ。活動していれば嫌でも目立ちますよね」
「殿下は常に周囲の目に晒されるお立場で、大変だなぁ、と思います」
「…サラさんは目立つのはお嫌ですか?」
リアムの質問の意味を考え、サラは真面目に返答する。
「自分の功績を認められて目立つのはいいと思いますが…何も成していないのに目立つのは嫌ですね」
「なるほど。殿下は王太子として常に恥ずかしくないよう振る舞っておられますね」
「はい。内実も伴っておられて、素晴らしいと思います」
「そうですね」
拠点へと向かう途中には露店が並び、休憩中の冒険者がたむろしていた。
ここにはCランク以上の冒険者しかいないが、様相は様々である。
皆Cランクへ上がる試験を超える過程で装備の重要性に気づき、新調する者が多い。
装備の素材を見れば、だいたいのランクがわかる。
Bランク冒険者も混じってはいるが、Cランク冒険者が多くいるようだった。
ここにはまだルイビスタスで見たような黒山の魔獣の群れは押し寄せて来ていない為、冒険者間に漂う雰囲気はどこか緩んでいる。
これがしばらくすれば緊迫したものになるのだろうと思えば、今は穏やかに過ごして欲しいと思うのだった。
露店を抜ければ、中央に噴水がある広場に出る。
ぐるりと囲むようにベンチが置かれ、そこで買った物を食べられるようになっていた。
そこにも冒険者達が座って、思い思いに過ごしている。
これだけの冒険者がいれば、酔っぱらいが暴れたり喧嘩が起こったりしそうであるが、そういった輩はBランク以上の冒険者に容赦なく排除されているようである。
Bランク以上に上がるには、護衛任務や見回り任務、礼儀作法や常識等を弁えていないと上がることができない。ボスを討伐するだけでなく、日常の振る舞いすらも試験内容に含まれるのだ。
当然悪漢や暴漢等は率先して取り締まらなければならず、それを期待されてもいる。騎士団や私兵団に協力した謝礼金も出るし、自らが問題を起こせば降格もありえるのだった。
高ランク冒険者がいる都市は、治安が良く過ごしやすい。
広場を抜ければ拠点はすぐそこだった。
役所の隣にあるホテル一棟をまるまる拠点として借り上げて、高ランク冒険者用として提供されていた。
リアムと並んで話しながら歩く。
視線は感じるが、話しかけてくる者はいない。
まともな冒険者であれば装備を見ればランクを悟るであろうし、まともでなければリアムが隣にいることで抑止力となってくれる。
リアムは最近装備を新調し、ますます高ランク冒険者としての風格が身についているようだった。
サラが紹介したオーナーの店で作ってくれたようで、黒を基調とした神官服に似せた装備は、リアムの美形っぷりにさらに磨きが掛かったように見える。
気安くリアムに絡もう、等という不逞の輩は存在しなかった。
だが、気安くサラに話しかけてくる輩は存在したのだった。
「これはこれは、サラお嬢様ではありませんか」
背後から声をかけられ、サラ達は振り向く。
立っていたのは、剣と盾、鎧を装備した男であった。
誰だっけ?と、サラは思い首を傾げる。
リアムを見上げれば、リアムは無表情に男を見下ろしていた。
リアムと共にいるサラに向かって気安く声をかけてくるということは、サラの知り合いなのだろうと思ったが、サラには男が誰かわからない。
見たことがあるような気はするのだが、記憶にないと言うことは、サラにとって覚える価値のない男だということだった。
黙ったまま見つめれば、男は大げさに肩を竦めて見せた。
「いやだなぁ、忘れたなんて言わないで下さいよ。つい最近まで同じ屋根の下で暮らしていたじゃないですか」
「…は?」
リアムの言葉はまるで温度を持たぬかのようにひやりとしていた。
兄を見ているようだな、とサラは思い、「あ」と口に出した。
「兄の従者をしていた?」
「そうですよ。カールです。覚えていてくれて嬉しいです。俺が突然いなくなって、寂しかったんじゃないですか?」
「いえ全く」
それどころか存在を忘れていました、とまではさすがに言わない。
見知った顔を見かけたから声をかけたのだろうか。
だとしたら本当に図太い神経をしている、とサラは思う。
隣にいるリアムを無視し、解雇された主家の娘に気安く話しかける。
友人になった覚えはないし、気安く話しかけられる筋合いはないのだった。
「そっちの彼はカレシ?」
他人になったからタメ口でもいいと思っているのだろう、その礼儀のなさにサラはうんざりしたし、リアムも同様のようだった。
「違います」
サラが答えれば、カールは破顔した。
「なーんだ、良かった!じゃぁさ、俺と付き合わない?」
「は?」
サラが言う前に、リアムが口を開く。
だが元従者は気にすることなく、サラの手を取ろうとしてくるので一歩下がり、リアムの方へと身体を寄せた。
「付き合ってないんでしょ?パーティーメンバー?」
「そうですね」
「じゃぁそこの彼も一緒でいいからさ。後衛として俺のパーティーに入りなよ」
「意味が分かりませんが」
本当に意味が分からなかった。
付き合わない?からのパーティーメンバーになれの流れがわからない。
「どちらもお断りします」
サラは即断した。
関わるだけ時間の無駄である。
見たところ男はCランクのようだった。
Cランクの男とパーティーを組むメリットがないし、組みたくもない。
サラが断ったにも関わらず、聞こえていないのか男は「聞いてよ~」と自分の事情を語り始めた。
「後衛不足なんだよ。俺男爵家出身だけど魔力量少なくてさ、それに前衛やりたいし。後衛募集してるんだけど全然集まらないし」
カールが後ろを振り返ると、そこには前衛仲間と思しき男達が二人、戸惑ったような表情で「やめとけよ」と止めに入っている。
だが男は「いいから任せとけって。知り合いだから!」と言い放ち、またこちらを向いたのだった。
「一緒にやろうぜ。後衛が入ってくれたらすぐランクも上げられるからさ!」
「……」
口を開こうとしたリアムを、サラは袖を引いて止めた。
見下ろしてくる瞳には怒りと不快があり、それはサラと同じ物だった。
リアムに頷いて見せ、サラはまた一歩前に出てリアムに並ぶ。
これはサラが自分でなんとかしなければならない問題なのだった。
「私達のランクをご存じ?」
「お兄ちゃんは確かAランクだったよな。サラちゃんのランクは知らないけど、俺らと変わらないくらいだろ?Cランク?」
「違います。私達はAランクです」
「えっAランク!?」
後ろにいた二人が動揺した声を上げたが、元従者は冗談だと思ったらしく、大げさに笑い始めた。
「あっはっは!サラちゃん冗談キッツイなぁ。だって俺より年下じゃん。お兄ちゃんは王太子殿下と一緒にパーティー組んでるからまだわかるけど」
ちゃん付けで呼ばれるたびに背筋を悪寒が駆け上るが、耐える。
隣のリアムの気配が剣呑になり始め、後ろの二人はそっと元従者と距離を取った。
周囲にぱらぱらと壁が出来始め、悪目立ちしていることに憂慮する。
「あなたより年下でも、あなたより私はずっと強いです。失礼な態度を改めて下さい」
「つれないこと言うなよサラちゃん。後衛がいなくて困ってるんだ」
「根気良く募集をかけて、パーティー募集に参加をして、近いランクで後衛の知り合いを作って下さい」
「やってるよ。やってるけど断られるし、来ないんじゃないか。現にサラちゃんだって断ってるじゃん」
「当然です。失礼な勧誘に応じるつもりはありませんし、私はすでにパーティーに加入しています。他を当たって下さい」
「お兄ちゃんと、そこの彼のパーティーだろう?サラちゃんがいたって迷惑になるだけじゃん、実力差があるんだから。身体で癒してあげてるの?」
今までにも参加してきたパーティーで、失礼なことや侮辱に近いことは言われて来た。
だがこれは許せなかった。
下位ランクに喧嘩を売られても容易に買ってはならない。
だが侮辱されては話は別だ。
隣でリアムが一歩前に出たが、それより先にサラが前に出る。
殴ろうとして手を上げたが、すでに元従者が吹っ飛んでいた。
離れていた仲間二人の元に飛ばされた男が頭からぶつかって、二人は悲鳴を上げながら男を抱え込むようにしてバランスを崩し、共に後ろへと倒れた。
いつの間にか人垣ができていて、サラは騒ぎを起こしてしまったことに申し訳なくなる。
だがそれよりも、一体誰が元従者を殴ったのか。
振り返ろうとして、後ろから両肩に手を置かれた。
見上げれば、兄がゴミを見るような目で元従者を見下ろしている。
「お…」
お兄様、と声をかけようとしたが、隣に立つ気配に気づいて右を見る。
左にはリアムがおり、右には王太子がいた。
「殿下?」
驚いてサラが声をかけるが、王太子は兄と同じようにゴミを見るような目で元従者を見ていた。
前に出て、よろよろと身体を起こした元従者に歩み寄る。
ざわついていた周囲が、しん、と静まり返った。
顔を上げようとした元従者に、王太子が口を開く。
「我がパーティーメンバーに対する侮辱、看過できぬ。貴様の偏見は自由だが、それを口にするな、汚らわしい」
「は…」
鼻と口から血が流れ出すのを手で押さえながら顔を上げた元従者は、呆然と王太子を見上げた。
何故王太子に殴られたのかが理解できない様子だった。
「彼女は実力で我がパーティーにいるのだ。貴様は何を持って彼女に実力がないなどと妄言を吐くのか」
「…いや…」
「彼女への謝罪を要求する。そして二度と彼女に近づくな」
「…そんな」
足下をふらつかせながら男は立ち上がって、サラを見た。
カールの目から見たサラは、十五歳の、ただの美しい小娘でしかない。
いい装備を着ているのは親や兄からのプレゼントで、王太子パーティーにいるのは兄のおこぼれである。
全く実力がなければダンジョン攻略について行くのも大変だろうから、最低限の能力はある。
その程度の認識であった。
口の中の血を吐き捨てて、カールは王太子へと向き直る。
謝罪する気配のない男に王太子の瞳は細められた。
「何か言いたいことがあるなら言うがいい」
「本当にあの女は強いんですか?」
あの女、のくだりで王太子の眉間が引きつったが、気づいたのはサラ達メンバーのみであった。
「なるほど、察することすらできぬと見える」
「だって十五歳の女の子ですよ?Aランクの実力なんて、あるわけないじゃないですか」
王太子に向かってすらきちんと話すことができないこの男は、これでも男爵家の子息なのだった。
王太子はそのあたりの無礼は目をつぶることにしたらしく、だが大げさにため息をついた。
「断られているにも関わらず、十五歳の女の子だから強引にパーティーへと勧誘をしたか。断られた上、十五歳の女の子だから侮辱したのか。十五歳の女の子だから、許されるとでも思ったのか」
聞けば聞くほど、元従者のクズさ加減が際だった。
周囲の人だかりは増え続けており、王太子の言葉が響くたびに元従者を見る目が蔑む物へと変わっていく。
何故理解しないのか。
断られた時点で、元従者の取るべき行動は一つしかなかった。
なのに食い下がり、侮辱までした。
あげく、王太子に不快を示されてもまだサラを貶めようとしている。
その身を持って思い知らねば、理解できないのかも知れなかった。
サラは肩に置かれた兄の手に触れ、そっと外させる。
前に出て、王太子の隣に並んだ。
気づいた王太子が見下ろしてくるので、サラは真面目に提案をした。
「殿下、ここで彼と戦わせて下さい」




