78.
十一月半ばになり、名誉騎士を隊長とした毎年恒例のダンジョン攻略が始まった。
名誉騎士である父は当日の朝、「死なない程度に頑張る…本当は行きたくない」と愚痴を零しながら出かけていき、一ヶ月程籠りっぱなしでダンジョンの最前線を進むこととなった。
この時ばかりは各国にいる父の冒険者仲間も集まって共に攻略する。
精霊王国の魔法省長官、東国の獣人将軍、西国の魔術省長官と魔法剣士が参加するが、魔術師団顧問の母は引退している為不参加である。
その他Sランク冒険者も参加しているのだが、Sランク冒険者の数自体が少ない。全員が参加してようやくダンジョン攻略が進む、という難易度になってきているという話であった。
この世界にダンジョンは、南国サスランフォーヴのみにあるとされる。
ダンジョンが何階層まであるのか誰も知らない。
二百はあるのではないか、と言われてはいるが、それを知るのはダンジョンを作ったと言われるかつての魔王くらいであろう。
千年以上昔の話であり、長命で知られるエルフ族ですらその時代のことを直接知る者は存在しない。
今までダンジョン内には転移装置がなかった為、攻略はどれだけ頑張っても限界があった。
千年以上経ち、ようやく百階を超えることができたのだ。
最下層には魔族領へと繋がる道があるのではないか、とか、魔王が鎮座ましましているのではないか、等と憶測を呼んでいるが、まだまだ夢物語の域である。
千年前、魔王と魔族によって人間が滅びかけたのを哀れに思し召した創世神が、精霊王と魔王を呼んで話し合いをした。
結果、魔族領と人族とは距離を取り、大陸中の大森林に点在していた魔族領へと続く転移陣を、神が結界して切り離した。
そして魔王は、ダンジョンを放棄したのだった。
精霊王は巫女姫と共に精霊王国を作り、周辺の人の国と、神が作った結界を守っているという。
千年の間に東国イストファガスは獣人族やエルフ族、ドワーフ族などの亜人族と同盟を結び、帝国として一つの国にまとまった。
西国ウェスローはゴブリン族やコボルト族など、魔族に近い種族と領地を接している為定期的に争いが起こり、結果魔道具の発展に寄与することになった。
北国ノスタトルは貧しい国と言われる。
農業と鉱石の国であるが、農業の大部分は精霊王国との取引であり、他国は自給率が高い為、多く輸出はできていない。
鉱石は宝石の原石であるが、魔道具や付呪で必要とされるのは魔石である。現在は魔石の価値の方が上がってきており、需要が減ることはないけれども、増えることもあまりない。
かつて北国ノスタトルで起こったスタンピードで、冒険者が戦闘に加わった際の謝礼は、金ではなく宝石であった、というのは有名な話だ。
生き残り自国へ戻った冒険者達を英雄として迎えた国の方が、報奨金は多額であったという。
北方の万年雪に覆われた山脈に棲まう龍王と契約をし、小型の飛竜を飼い慣らして騎乗し、魔獣と戦う竜騎士の育成が盛んであるというが、竜騎士は国所属の騎士であって他国には出て来ない。
南国サスランフォーヴは魔王が放棄したダンジョンを攻略することで、当時の魔法や装備品、貴重な素材やアイテムを発掘しているのであった。
かつての魔王がいかに強大で、人智を超えた力を持つ存在であるかが窺い知れるというものだ。
「そりゃ人間なんて滅びるよな」とは兄の言であり、サラは頷くしかない。
父がダンジョン攻略に赴くたびに、無事を願いながら歴史の勉強をする。
そして同時に、攻略が進むと言うことは、強くなり、かつての魔王に迫る程の力すらも、人がいつか手にできるのではないかという希望にも思えるのだった。
兄妹は早くSランクになって、父と共に攻略したいと願っていた。
父は嫌がるけれども、それは冒険者としての夢でもあるのだった。
学園に登校し、席に着く。
グレゴリー侯爵令嬢は十一月に入ってからずっと欠席しているが、誰も気にした様子はない。
体調不良と聞いても「あら…」という令嬢の呟きが聞こえるだけで、心配しているわけではなかった。
サラ自身令嬢のことは好きにはなれなかったが、ここまでクラスメートから無関心を得る令嬢に、過去から現在に至るまで、誰とも親しくしていなかったのだな、ということが知れたのだった。
リチャードがやって来て、名誉騎士達によるダンジョン攻略の話を振ってくる。
「父は騎士団総長で留守番だから、残念だといつも言っているんだ。名誉騎士殿とパーティーメンバーの強さは一度見たら感動する、と常々聞かされていてね」
「そうなんですね…実は私も、名誉騎士としての父とパーティーメンバーの方々の戦いというのは見たことがないのです」
「そうなのか。Sランクになれば攻略に参加できるという話だが、簡単になれるものじゃないからな…」
「Sランクなんて、夢のような話だな…」
リチャードの言葉にジャンが答え、ジャックはサラを見て首を傾げる。
「けどサラ嬢はすでにAランクだから、数年以内にはもしかしたら…?」
「できればSランクになりたいと思ってるけど…もう少しかかるかも」
「えっもうそんなところまで!?」
「すごい…!サラ様が、ということは、メンバーである王太子殿下やお兄様もでしょう?」
アイラの言葉に、皆が興奮する。
「そりゃすごい。殿下がSランクになったら、将来の二つ名は英雄王で決定だろう」
「素敵ですわね…!」
「前線に立つ英雄王だなんて、物語のようですわね」
「さすがに王自らが戦の最前線に出るなんてことはないだろうけど、最強の王というのは憧れるな」
「仕えがいがありそうだ」
「いやでも、王より弱い臣下ってまずくない?」
ジャックの指摘に、ジャンはそっと窓の外を見た。
「物語だと普通にあることだろう…」
「こらそこ、目を逸らさない」
「だがそうすると、ますます冒険者が増えそうだな」
「修行の場としてダンジョンは最適だからな」
「我が国の平和の為にはありがたいことですわ」
「確かにそうだね」
名誉騎士のファンだというリチャードの、ダンジョン攻略の話を聞きながらランチを過ごし、放課後になって生徒会室へと向かった。
今日はイーディス殿下とアーデン公爵令息、フォスター辺境伯令息が先に来ており、入った瞬間王女に名を呼ばれてサラはそちらへと歩み寄った。
「聞いて、サラ。わたくしこのルーク・アーデンと婚約することにしたの」
「えっ!おめでとうございます…!」
共に生徒会室へ入ったジャンとミリアムも驚いている。
だが王女とルークは、特にはしゃいだ様子もなく淡々としていた。
「えっと…」
なんと言葉をかけていいかわからず王女を見れば、王女はそうでしょうね、と頷いて見せた。
「政略といえば政略なのだけれどね。地位が伴って、わたくしが降嫁してもまぁいいか、と思える相手が他にいなくて」
「そ、そうなんですか…?」
「ルークはまぁなんていうか、わたくしが見ていないとすぐすっ転んでいそうで」
「それはひどい。さすがに今は転んだりしませんよ」
「それにわたくしをもらってくれるって言うから」
「あなたの夫になれる男なんてそうそういませんよ…」
「まぁそうね、そうよねぇ。それはわたくしも自覚があるわ」
「ならいいです」
淡々としてはいるが、二人の間には気安い空気があった。
幼なじみとして子供の頃から付き合いがあり、気心が知れているから互いに気を使わずに済むのだと言う話だった。
「おめでとうございます!」
もう一度言えば、王女は照れたように笑った。
「ありがとう」
「おめでとうございます!」
ジャン達も祝福し、一気に場が穏やかになった。
最高学年の面々がやって来て、王女殿下の婚約の話をするとすでに王太子達は知っていた。
王太子は当然としても、兄や宰相の息子まで知っていることに驚く一年生に、王太子はこともなげに「今朝一番に知らせた」のだと言った。
「どうせなら王女殿下から直接お聞きしたかったです」という宰相の息子と兄に王女は笑い、王太子は「そう言うなよ」と肩を竦める。
いつもと変わらない日常だった。
王太子の侍従と王女の侍女が生徒会役員全員の飲み物を淹れてくれるのもいつものことであった。
彼ら曰く、毒見を兼ねているとのことで、それを聞いてからサラやミリアムが飲み物を淹れようと席を立つことはなくなった。
学園の話やダンジョン攻略の話など、たわいもない雑談を交えながら仕事をするのもいつもと同じ。
違うことと言えば、王太子の口から一足早く名誉騎士達のダンジョン攻略の様子を聞かせてもらえるくらいであった。
去年までは、兄が聞いた情報を夕食時に母と一緒に聞くのが通例であったのだが、サラが生徒会に入ったことで、兄と同時に情報を仕入れることができるようになったのだった。
母は魔術師団から情報が来ているようで、夕食時に情報交換をするのがここ最近の日課となっている。
ダンジョン攻略が始まって一週間が経過するが、現在名誉騎士一行は百四十二階を攻略中であるらしい。
やはり敵の強さが尋常ではなくなってきており、Sランク冒険者であっても一階層を突破することすら困難になっているようだった。
目標は百四十五階に転移装置を仮に設置し、また来年そこから攻略を進めたいということだった。
百四十階といえばサラ達が攻略している階層の倍である。
敵の強さなど見当もつかないし、そこを攻略している父達の強さは計り知れないと思うのだった。
だがとにかくは無事に帰って来て欲しい。それだけが家族の望みであり、王太子達の望みでもあった。
大陸最強の冒険者達がほぼ全員と言って良い数攻略に加わっているのだ。
全滅ということになったら目も当てられないし、国際問題になりかねない。
攻略前には死亡した時の対応について契約書を交わすというが、それでも遺恨を残すことは確実であった。
そんな話をしていた最中、ノックもなく突然入り口の扉が開き、中に教師が駆け込んできた。
「殿下!王宮から至急戻れと連絡が!」
「…先生、至急とは、具体的にはどのような?」
この学園に、不作法な教師は本来であれば存在しない。
だというのにこの慌てよう、緊急事態であることは確実であったが、王太子は冷静だった。
教師は室内にいる全員から視線を向けられ我に返ったように咳払いをし、一歩中に進んで緊迫した表情のまま報告をする。
「スタンピードが、我が国で発生しました」
「…なんだと」
王太子は思わず聞き返したし、王女も呆然と目を見開いた。
サラ達もまたありえない単語に顔を見合わせ、意味を理解して驚愕した。
「な…」
侍従や護衛騎士すらも愕然としていた。
王太子は即立ち上がり、王女も一拍遅れて立ち上がった。
「すぐに馬車の用意を。クリスとサラ嬢は共に王宮へ来てもらおう。顧問もおそらく出仕しているはずだ」
「御意」
「他の役員と教員は全校生徒を至急全員帰宅させよ。見回りに来ている騎士団も使え。討伐部隊の編成次第では生徒も参戦することになるだろうが、まずは待機だ」
「御意」
「では解散」
「は!」
王太子に続いて王女が、そして兄とサラが続き、侍従や侍女、護衛が続く。
報告に来た教師と残った役員達で役割を分担し、教師は放送室へと走るのだった。
王太子の馬車に兄妹と侍従で乗り、護衛騎士は御者台に座った。
誰もが深刻な顔をしており、サラもまたスタンピードの規模や場所を思って黙る。
「二十年程前にノスタトルであったばかりですよね…」
兄の発言に、王太子は頷いた。
「こんなに短い間隔でスタンピードが起こった例は過去にない。ノスタトルの前はイストファガスだったが百五十年前の話で、その前はウェスローで二百五十年前だったはずだ」
「何故こんなに早く」
「わからぬ」
「…スタンピードは、瘴気が限界を超えて溜まり、爆発することで魔獣が大量に発生するのだと習いましたが」
サラが言えば、二人は頷く。
「瘴気の監視は各領地で定期的に行い、騎士団と魔術師団も同行することになっている。確認されている瘴気に異常があったという報告はないはずだ」
「確認されていない瘴気かもしれない…?」
「そんなもの、ないと言いたいが…」
「監視は確か、一年に一度行われているとか」
「そう、通常であれば突然瘴気が爆発することなんてないからね…少なくとも今まではそうだった」
「カイル達も呼びますよね」
「無論。リアム殿にも声をかける」
「わかりました。私達はいつでも戦場に行けるよう、準備をしておきます」
「ああ、よろしく頼む。重要な戦力になるだろう」
「はい」
兄はサラを見、サラもまた兄を見て頷く。
兄の顔にも、緊張があった。
これを超えなければ、望む未来など得られない。
王太子や兄達と、パーティーメンバーとして共に在ること。
共に戦い、支え合うこと。
最大の試練がやって来たのだと、サラ達は覚悟を決めた。




