71.
月末、林間学校の始まりであった。
九月末の王都はまだ残暑があったが、森林公園は風が涼しく、木陰も多く、過ごしやすい。
学生は皆制服ではなく、運動着での参加となった。
一年は緑、二年は青、三年は臙脂と色分けされている為、すぐに学年がわかるようになっている。
キャンプ場に到着してからは各グループ、その日自分が泊まるテントを設営するのが最初の仕事である。
とはいえ、女子は難しい為、三年の先輩が手を貸しての設営だった。
一年Sクラスにつく先輩は、三年Sクラスの生徒である。
キャンプ場に着いた時から生徒達は落ち着きなくざわついていたが、キャンプ設営で女子の手伝いをする先輩達を見て、他クラスの女生徒達が悲鳴を上げていた。
「女子は賑やかだね」
「まぁ、そうなりますよねぇ。…はい殿下、そっちちゃんと持ってて下さい」
「こうか?」
「そうです、真っ直ぐお願いしますね~。で、女子の皆には布張りを任せるのでよろしくね」
「は、はい!!」
先輩は二人一組で手伝いに回っており、王太子とクリスが一緒であった。
マジックテントほど便利ではなくとも、このキャンプ場で貸し出ししているテントは設置のしやすい魔道具を使っていた。
客層が貴族であるので、便利でかつ豪華でなければ使われない。
今設置しているテントも、中心となる柱を立てて場所を確保し、スイッチを押せば骨組みが完成し、もう一度押せば布張りと家具の設置が完成する。
布張りは中の部屋割りもしてくれるので、とても簡単で便利なものであった。
手伝いは骨組みを立てる所までで十分である。
設営自体は一時間程度で終了したのだが、グレゴリー侯爵令嬢が一人王太子に絡んでおり、密かに顰蹙を買っていた。
サラはミリアムとアイラの三人グループとなり、これは期末試験の成績順である。
その次がマーシャ、エリザベス、ミラと続く。
エリザベスとミラは複雑な表情をしていたが、互いが同じグループだったことで我慢することにしたようだった。
連れてきたメイドが部屋に荷物を運び込む。
三人分の寝室に加えて、メイド用の寝室が一つあり、中央は居間、奥にバスルームが設置されたテントであった。
昼食は冒険者の多くがしているように、各自携帯食をテントで食べることになっており、家から用意してきた食事をメイドが並べ、居間でサラ達はテーブルを囲んだ。
「なんだかピクニックを思い出しますわ」
ミリアムが呟き、アイラは「そうね」と頷く。
「わたくし、つい最近薬草採集や魔獣駆除で大森林へと赴いた際に、食べましたわ。これはこれで趣があって、楽しいですわよね」
「まぁ、辺境伯令息様とご一緒に?」
ミリアムの言葉に、アイラは赤くなりながら頷いた。
「ええ、冒険者の基本を教えて頂きましたのよ。林間学校の予習も兼ねて」
「羨ましいです。夏季休暇からずっと多忙で…」
「まぁ、そうだったの?今日は気分を入れ替えて、しっかり冒険者の活動等も勉強して参りましょ。ね、サラ様?」
アイラの言葉に、サラは頷く。
「実践する機会はなくても、いい経験になると思いますわ。冒険者がどのようにしているかを知ることで、領主側の立場となった時にも活かせることがあるかもしれません」
「そうですね」
ミリアムとアイラは頷き、携帯食を一口食べる。
携帯食とは言っても、料理人が作ったものである。
上品で彩りや味にこだわったサンドイッチやパン、カットフルーツ等がテーブルには並んでいた。
背後には各自連れて来たメイドが控え、給仕もしてくれるのでずいぶんと優しいものだ。
食事を終えれば午後の授業である。
男子は騎士団監修の剣の授業を、女子は希望者は魔術師団監修の救護活動や回復活動の授業を行うこととなっていた。
希望しない者は、教師用テントの前に集まって座学である。
サラ達は三人とも救護活動を希望していた。アイラ、ミリアム、サラの順でテントを出ようと並んで歩くが、突然ミリアムが振り返った。
「サラ様」
「はい」
声をかけ、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「え?」
突然の礼に、サラは首を傾げる。
先にテントを出たアイラも、何事かと顔を覗かせた。
「私の父は薬草や花の栽培が趣味で、それを販売していました」
「…はい」
「薬草に毒草が混じっていると因縁をつけられ、最大の取引先から取引を中止され、他の取引先にも手を回され…裁判沙汰になり、この休暇中は生きた心地がしませんでした」
「まぁ…」
サラもアイラも、眉を顰めた。
「莫大な賠償金を請求されており、とても払える金額ではありませんでした。でも私が嫁ぐことで、賠償金をなしにしてもいいと言われ…。母には「王太子殿下の婚約者に我が家の娘を薦めろ」と。目的は母の王宮侍女長の地位であったのだと気づきましたが、どうしようもなく」
「ひどい…」
「母は拒絶すると言いました。娘を物扱いしてくるのも気に入らないし、誇りを持って仕事をしてきた自分のことも侮辱し、父の趣味すら汚すような家と関わってはならないと。爵位や地位、領地を失う事になっても、決して屈しないと。…相手は侯爵家で絶望的でしたが、戦う決意を固めていたのです。それが」
なんとなく結末が見えた気がして、サラはミリアムを見つめた。
ミリアムは目に涙を浮かべて、サラを見つめた。
「侯爵家が没落しました。近衛騎士団長様が継がれたと聞きましたが、訴えも取り下げられ、我が家は生き延びることができました。…名誉騎士様のおかげです。本当にありがとうございました」
「…その侯爵家って、名誉騎士様のご実家だったの?」
アイラの問いに、ミリアムは無言で頷く。
「ミリアム様のお家のことは知らなかったけれど、メルヴィル侯爵家のことはわたくしも聞いたわ。重罪を名誉騎士様自らが裁かれたと」
「そのようです。詳しい話は私もわからないのですが」
そう言って二人はサラを見るが、サラはにこりと笑うに留めた。
「それは事実ですわ。許されない罪を犯し、陛下が父に行動の許可を出されました」
「そうなのですね。名誉騎士様自らがお出ましになるなんて、よほどのことですわね…」
「そのおかげで我が家は助かりました。陛下と名誉騎士様には、感謝してもしきれません」
「そう言って頂けると、父も喜ぶと思います」
「直接申し上げても何のことやら、と思われることと思いますの。ですが我が家は感謝しております。ありがとうございました。一刻も早くお伝えせねばと思っていたら、こんな時になってしまい…申し訳ございません」
「いいえ、わざわざありがとうございます。伝えておきますね」
あの時、男が言っていた「子爵令嬢」が誰なのかを思いがけずに知ってしまったが、これは言う必要もないことだ。
最悪の事態が避けられて良かったと、思うのだった。
テントを出、一旦クラスごとに集まって説明を受けてから、男女別に分かれて授業を受ける。
魔術師団監修の救護活動の女子の中に、グレゴリー侯爵令嬢はいなかった。
エリザベスとミラはおり、五名で仲良く授業を受ける。
一学年分の希望者が集まる為結構な人数がいたが、自然とクラスごとに別れ、魔術師団の団員の説明を皆で受け、実践する際には三年の女子がついてくれた。
「ディアナ姉様」
エリザベスが笑顔で迎えた三年は、ディアナ公爵令嬢と子爵令嬢だった。
「一年の見守りをしたい!と、ごり押ししましたのよ。今日はどうぞよろしくね」
「ディアナ様、よろしくお願い致します」
エリザベスと兄がいるからだろうな、と、サラは思いながら笑顔で挨拶をした。
「サラ様にとっては児戯にも等しいでしょうけれども、よろしくね。他の皆は、しっかり学んでいきましょう」
「はい!」
大きな救護用テントを設置して、中には簡易ベッドが二十台程並んでいる。
一年と三年、SからFクラスの令嬢全員が入っても余裕が有るほどの大きさであり、実際の戦場でも使われている本物のテントであるという話であった。
ベッド横には担当する令嬢達が立つ。
冒険者としての経験があるサラとエリザベスは、説明をしたり団員を寝かせる場所の指定をしたりと補助に回り、実際に回復魔法をかけるのはアイラ達の役目となった。
魔術師団員が怪我人の役をし、血糊をつけた包帯を頭や腕等に巻いて運ばれて来る。回復魔法をかけて治していくのだが、慣れないアイラやミリアム達は回復魔法を発動させること自体に時間がかかっていた。
魔術師団員もサラ達経験者も、あらかじめ時間がかかるだろうことは予想済みであるので責めたりはせず、静かに見守った。
怪我人役の団員は大人しく横になっており、焦るアイラやミリアムに優しく声をかけるのは三年の役目だった。
「慣れないうちは、回復魔法一つ詠唱するのも時間がかかってしまうわね。今は授業だからいいけれど、本当の戦場でこれでは使い物にならない、と言わわれてしまっても文句は言えない」
「は、はい…」
実際に怪我をしているわけではなくとも、血糊のついた包帯を巻いた魔術師団員が、ぐったりとベッドに横たわる姿はそれなりにショックであるらしく、慣れない令嬢達は狼狽えているのが見て取れた。
「実際に、お手本を見てみましょう。そうすれば、自分がどれくらい実力が足りていないかわかるし、どうやって学んでいけばいいかを、教えて頂けるわ」
ディアナはそう言って、サラを見た。
縋るような視線を向けてくるミリアムやアイラに負け、サラは頷く。
「魔法は反復練習が大切になります。…いきますね」
そっと右手を団員にかざすと、淡く団員の身体が光って収縮した。
「えっ終わり…ですの?」
「はい、終わりです」
「早っ」
サラにお手本を見せるよう願ったディアナ本人も驚いていた。
「サラ様、すごいわ。わたくしもっと時間がかかりますもの」
エリザベスが感動したように言うので、サラは笑いかけた。
「エリザベス様の回復魔法も、見せて頂けますか?」
「ええ。サラ様の後だと恥ずかしいけれど」
そう言いつつも、エリザベスは団員へと手をかざす。
三秒ほどで、回復魔法は発動した。
「エリザベス様もすごい…」
「レベルが上がると詠唱速度も上がりますし、低ランクの魔法だと無詠唱で発動することも可能になります」
「まぁ…!すごいわ!では今のサラ様の回復魔法は、無詠唱ですの?」
「はい」
「きゃー!サラ様素晴らしいですわ!」
見ていた令嬢達が騒ぎ出し、テントが賑やかになる。
ディアナが手を叩いて注意を向けさせ、「皆様落ち着いて」と場を仕切った。
「興奮なさるのはわかりますわ。では今からサラ様に一つずつベッドを回って、実際に無詠唱の回復魔法を見せて頂きましょう。他の方々は回復魔法の練習をなさって。詠唱短縮には、反復練習が重要ですのよ」
サラの言葉をまとめ、場を静めたディアナはサラに向かって微笑みかけた。
上手く使われている気がするな、とサラは思いつつも、少しでも協力できるなら、と微笑み返す。
「さぁサラ様、参りましょう」
「はい、ディアナ様」
「ありがとうございます、サラ様。わたくしもっと練習致しますわね」
「私も。数をこなす必要があるなんて、知りませんでした」
ミリアムとアイラ、ミラは揃って礼を言い、団員相手に回復魔法を唱え始める。
「少しでも早く回復することができれば、怪我をした方が痛い思いをする時間が短くて済みますね」
サラが言えば、皆納得したように頷いた。
サラが一つずつベッドを回っている間に、皆何度も何度も真面目に回復魔法を唱えていた。
魔術師団の監視員が、感心したようにサラとディアナに向かって笑いかける。
「これほど真面目に回復魔法の練習をしている令嬢達を見るのは初めてです。素晴らしい」
「そうですわね。わたくしもそう思います」
「私も思います」
サラとディアナは互いに顔を見合わせて、笑う。
「わたくしもうかうかしていられませんわ。真面目に頑張りますわね」
「領地に危機が訪れた時、回復魔法を使える方は命綱になります。早く、確実に回復できれば前衛の復帰も早い」
「ええ」
「さすがに実際の戦場を再現するには難しいと思いますが、回復魔法の重要性を知って頂くことができれば、この授業は大成功だと思います」
「本当に、そうですね」
監視員が頷いた。
「魔力を持って生まれ、魔法を使うことができる方は、もっと積極的に使って頂きたいと思っています。魔獣討伐にしても、後方にすら出てこない貴族の多いこと…」
ため息混じりの言葉には、実感が籠っていた。
ポーションで体力を回復するにも数に限りがある。
実際の領地での魔獣討伐になればなおさら、私兵が前面に出るのだった。
私兵は平民がほとんどである。
回復魔法の使える者が後方で待機してくれていれば、もっと早く、被害も少なく済んだのに、という事態は掃いて捨てるほど存在するのだった。
私兵や冒険者に任せておけばいい、という貴族のあり方を変えていきたいのだろう、その意気込みを感じることができた。
ただ言葉には出さない。
ここには貴族令嬢ばかりがおり、全ての家が協力的であるとも限らないのだった。
「ここにいる令嬢達から、意識が変わっていくといいですわね」
公爵令嬢の言葉には重みがある。
監視員もサラも、静かに頷くのだった。
男女別での授業が終わると、騎士団と魔術師団による模擬戦の見学である。
前衛と後衛でパーティーを作り、代表の二パーティーが戦闘をする。
場所は川のある一段低くなった場所で、生徒達は川岸の上から見学をする。
男子は思い思いに地面に腰掛け、令嬢達はメイドが用意してくれた簡易椅子に腰掛けた。
模擬戦を行うのは戦闘のプロであるからミスはないだろうけれども、安全に配慮した上での戦闘場所であった。
川まで距離があり、平坦な草地が広がるので戦いやすい。
そこで生徒達はプロの戦闘を観戦するのである。
実際に始まった戦闘は、白熱していた。
騎士達は魔法で自身を強化し、盾に魔力を流して強化する。
魔術師団員は攻撃魔法を打ち、回復魔法を使う。
団員を狙ってくる騎士に向かって阻害魔法を打ち、かと思えば騎士の味方の団員が解除をする。
実際に怪我もしているようだったが、団員達がしっかりと回復をしている為に凄惨な戦いにはなっていない。
だが随分力が入っているな、と思えるような熱い戦いは、一時間以上続いた。
生徒達を見渡せば皆食い入るように見つめており、男子生徒は歓声を上げ、女生徒は時折悲鳴を上げたり顔を覆ったりしながらも、集中して見学していた。
その先に三年の姿が見え、サラは納得した。
王太子が見ているからか。
少しでもいいところを見てもらおうと、気合いが入っているのだった。
結局決着はつかず一時間半程で終了となったが、大歓声が起こり、戦闘していた二パーティーは一列に並んで礼をした。
少し休憩を挟んで、夕食である。
男女集合し、クラスごとに作るのだった。
三年もやってきて、たき火の熾し方や食材の切り方、調味料の使い方など、野営でできる簡単な料理の説明をし、一年が実際にやってみる。
大鍋に人数分のシチューを作り、パンは買ってきたものの支給である。
刃物に触れる機会がない貴族令嬢も多い為、もっぱら調理は男子生徒の役目となり、女生徒は完成品を器に盛り付け、手渡していく係となっていた。
水は水魔法で出し、グラスに注いでいく。
貴族の食事としてはお粗末なものであったが、自分達で作った、という達成感があり、誰一人として文句を言うものはいなかった。
グレゴリー侯爵令嬢ですら、一言も口をきかず、黙々と食事をしていた。
サラに絡んで来ることもない。
最初こそ王太子に絡んでいった令嬢だったが、その後は近づく機会がなかったのか、ずっと大人しくしていたようだった。
テントでも、エリザベス達に話しかけることもないらしい。
あまりにも気まずく、エリザベス達から「食事に行きましょう」と声をかけたりもしたようだが、令嬢はそっけなく「ええ」と頷いて一人で行ってしまうのだった。
メイドはテントで控えていなければならない為、外には出て来ない。
だが侯爵令嬢のメイドは暇さえあれば外に出ているらしく、教師だけでなく生徒達にも不審がられていた。
声をかけても「お嬢様の身に危険が及ばないか、確認をしております」と言われてしまえば、「メイドはテントに控えておく決まりだから」とやんわりと注意するしかできないのだという。
言えば素直に従う為、強くも言えない。
令嬢がテントにいる間はぴったりと張り付いている為、なおさら話しかけ辛いのだとエリザベス達は言う。
サラに敵意と悪意の籠った視線を向けてくるあのメイドだな、とサラは思い、お嬢様思いなのだと思えば仕方ないのかもしれないとも思うのだった。
食べ終わったら片づけである。
たき火はそのまま、空になった鍋や食器を洗わねばならない。
貴族子女が鍋や食器を洗った経験などあるわけがない。
騎士団員や魔術師団員が実際に洗って見せ、それを見ながら生徒達も恐る恐る洗うのだった。
浄化魔法を使えばすぐだけれども、皆が使えるわけではない。
キャンプ客が大勢使えるように長大になっている流し台で、各自自分が使った食器を洗う、という課題を出され、皆四苦八苦していた。
サラはミリアムやアイラ達に率先して洗って見せて、それを見ながら彼女達も洗っていた。
「洗剤を使うと滑るので、落とさないように気をつけて下さいね」
「ど、どこに力を入れたらいいのか…」
「難しいわ…」
「慣れるまでは手で持たず、シンクに置いて洗ってもいいと思います」
「ああ、そうね!それなら落とす心配がないわ!」
「素晴らしいアイデアだわ!」
そう言って皿を置き、おっかなびっくり洗剤をつけていく様子を微笑ましく見守った。
エリザベスと令嬢は、浄化魔法を使ったようだった。
結果的に綺麗にすればいいのだから、ズルではない。
洗い終え食器を片づけて、たき火の周囲にクラスメートが思い思いに集まる。
今日あったことや学校での授業のこと、夏期休暇をどう過ごしたかなどを話しながら時間をゆっくりと過ごす。
騎士団員と魔術師団員はキャンプ場周辺の見回りを、三年は男女ともに生徒達の見回りをしているようで、午後八時になった頃には「そろそろテントへ戻って明日に備えなさい」と解散を促した。
貴族子女にとっては新鮮な経験ばかりの一日を過ごし、明日は朝食のために八時には集合しなければならない為素直に返事をして、テントへと戻っていく。
仲の良いメンバーは、テントに入ってもしばらくおしゃべりを楽しむのだろうけれども、その辺はバレなければ問題はなかった。
サラ達三人もテントに戻って入浴をしてから、居間に集まって話をするのだった。
同年代の女の子と同じテントで泊まる経験はサラも初めてであり、アイラやミリアムと同じように緊張しつつもわくわくしていた。
アイラのメイドが代表して三人分の温かいレモネードを淹れてくれ、礼を言う。
アイラのメイドも、ミリアムのメイドも優秀なのだろうことが窺えた。
よその令嬢に対しても気配りや目端が行き届いているのだ。
うちのマリアも負けてないけどね、と内心サラは思う。マリアは出しゃばらず、「男爵令嬢のメイド」として他の二人のメイドをしっかり立てて、本人は一歩引いて控えている様子が好ましいと思う。
二人のメイドもマリアに対して同じように思ったようで、きちんとメイドとして接してくれているのがありがたかった。
サラは運動着のままだったが、他の二人は寝間着であり、不思議そうに首を傾げたアイラに尋ねられてサラは笑った。
「冒険者として活動していると、野営中は危険がいっぱいなんです。ダンジョンだと階層間の通路を使用するので魔獣に襲われることはありませんが、外だといつ魔獣に襲われるか、夜盗の類に襲われるかわかりませんから、私は外に出られる格好で寝るようにしています」
「まぁ…なんてこと!」
「そんなこと、ちっとも思い至りませんでした…!」
アイラとミリアムは顔を見合わせ、揃ってメイドを見た。
メイド達は心得たと言わんばかりに頷く。
「サラ様、着替えて参りますわ。少しお待ち下さいませ」
「私も着替えて参ります」
「はい。これもいい経験になると思います」
笑顔で寝室へと送り出し、レモネードを口に含む。
普段あまり飲まないものだったが、とても美味しかった。
実際の所、マジックテントと結界の魔道具があれば魔獣も夜盗も気にする必要はないのだが、皆が持っているわけではない。
安全なマジックテントであっても、サラは外に出られる格好で休んでいることは事実であった。
緊急事態は、いつ起こるかわからないのだから。
着替えて寝室から出てきた二人は、どうにも居心地が悪そうだった。
「運動着で寝る日が来るなんて、考えたこともありませんでしたわ」
「今日寝られるかしら…いえ、でも寝なければいけないんですわ。これも経験ですもの」
「美味しいレモネードを淹れて頂いたので、落ち着いて眠れそうです」
サラが笑えば、二人も笑った。
「そうね。わざわざ家から持って来てくれたのよ」
「とても美味しいですわ」
「ありがとう」
ミリアムも褒めれば、アイラは喜んだ。
しばらく明日のことを話し、そろそろお開きにしようか、と思った時だった。
外から、悲鳴が聞こえたのだった。




