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【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する  作者: 影清


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43.

 昼休憩の為に庭園に出てきたクリスの従者は、四阿でぼんやりと座り込んでいるメイドへと近づいた。

「ユナ」

 声をかければ顔を上げ、こちらを見る。

 男爵家の三女だという娘は可愛らしい顔をしてはいるが、特筆すべき美はなかった。

 貴族家の娘の中にあっては平凡で、平民の中にあってはそこそこだろうと言える。

 向かいに腰掛け、手に持っていた手帳を膝の上に置く。

 この手帳はここに入った時に執事からもらったもので、肌身離さず持ち歩き、学んだことをメモしておけ、という指示のもと、常に持ち歩いていた。

 実際には、学んだことよりも、得た情報を書き込むことが主となっている。

「…クリス様付きにしてもらえると思ったのに…どうして洗濯女なの…」

 洗濯女は下女の仕事であり、メイドの仕事ではなかった。

 制服もメイドのお仕着せではなく、汚れてもいいように飾りがなく地味で、シンプルなデザインのワンピースにエプロンである。

 若い令嬢が好んで選ぶ職ではなく、配置換えを言われた時ユナは嫌だと泣いたというが、執事は聞く耳を持たなかった。

「メイドの仕事が嫌というなら、洗濯しか今のところ空きはない。それも嫌だというのなら、辞めてくれて構わない」

 と言われたのだという。

「メイドが嫌だなんて一言も言ってない!あの女付きが嫌なだけなのに、何でこんな目に遭わなきゃいけないの!」

 ユナはすっかり荒れた指先を見つめ、重労働でほつれてしまった髪を振り乱して叫んだ。

 メイドでなくなったユナは、屋敷の中を自由に歩き回る権利を失った。

 控え室で茶を飲み、菓子を食べ、おしゃべりに興じていた時間は、同じ洗濯女と共に仕事をする。

 サボればすぐにバレるし、叱られるし、告げ口をされて給料を減らされる。

 メイドの頃よりもずっと給料が下がり、ユナは不満しかなかった。

「…やめちまえばいいのに。他でメイドの口探せば?」

 従者が言えば、ユナが顔を上げて睨みつける。

「それができれば苦労しないわよ!」

「兄を落とすか、妹を貶める証拠でも持って来いって言われたか?」

「…っ!」

 顔を歪めて、苦痛に耐えるような表情をする。

「図星か。妹付きを続けてりゃ良かったのに。仕事放棄してクリストファーにへばりついてても何も言わない子なのに。あんなに楽な仕事なかったろ」

「…家族に甘やかされて当然って顔がむかつくのよ」

「ふーん」

「…あなたも何か探れって、言われてるの?」

「まぁね」

「…どんなことを…?」

「うちの場合はクリストファーに取り入って、最終的には王太子に気に入られろって命令なんだけどさ」

「そう…私は、付いた人物の弱みを握れと言われたわ。…クリス様には、お手つきになれば愛人にはしてもらえるだろうから、そのまま愛人に収まって男爵家を乗っ取れと」

「へぇ~。お嬢様になんか弱みあった?」

 手帳を弄びながら問えば、不満そうな声が返って来る。

「何も。つまらないものばっかり。…アクセサリーに手をつけようとしたメリッサは辞めさせられちゃったみたいだし」

「ああ、メリッサ…いつの間にかいなくなってたな。あんたが蹴落としたんだとばかり思ってた」

「私は何もしてない。彼女も目的は私と同じだったんじゃないかと思うわ。クリス様の所にも行っていたし」

「そうか~。俺も従者やってるけど、何もないんだよな。たぶん大事な物は全部マジックバッグに入れてるんだと思う」

「マジックバッグって?」

「冒険者垂涎の品だよ。魔法の鞄でな、魔力を注げばたくさん物を入れられるようになるらしい。不可視にもできるみたいだな。俺らには鞄、見えないだろ」

「…かばんなんて持ってたの…?」

「調べてみたら、そういうのがあるんだよ。それに違いない。だって冒険者用の装備とかアイテムとか、部屋にないんだぜ。おかしいじゃないか」

「じゃぁあの女も同じ物を持っているのかもしれないわね」

「おそらくな。不可視じゃ、俺らには手が出せない」

 お手上げ、と両手を上げて見せれば、ユナはため息をついて項垂れた。

「どうしろっていうのよ…弱みなんてないじゃない。クリス様も全く相手にして下さらないし、メイドじゃなくなってしまったし、ホントはもう辞めたいの…でもうち、借金あるから…命令を聞いてるうちは、家にお金がもらえるし…」

「けどもう望み薄じゃね?」

「…わかってるわよ!クリス様付きにしてもらえてたら、こんなことで悩まなかったわよ!」

 従者はすっかりやつれて疲れ果てた様子の女を見下ろし、口端を上げた。

「なぁ、あの兄妹って、強いのかな?」

「…どういう意味?」

「冒険者じゃん。いい装備持ってる。マジックバッグも持ってるし。けどさ、旦那様と奥様が冒険者で英雄で、今は名誉騎士と魔術師団の顧問様だ。金持ってるのは当然だろ?」

「何が言いたいの?」

「親に買ってもらったかもしれないだろ?本人達は強いのかな?っていう、疑問だよ」

「…知らないわ」

「おまえのとこの雇い主って、私兵とか子飼いの冒険者とかいないの?」

「…わからないわ。伯爵様だけど」

「八月一日に、あの兄妹は魔術師団に魔法書を受け取りに行くようだ。Aランクの魔法書っていったら、この屋敷が建つくらい高価なシロモノらしいぜ」

「…すごい。クリス様って、そんなにお金持ちなの?」

「親に買ってもらったのかもしれないけどな。しかも二冊」

「…すごいわね」

「欲しいと思わないか?」

 従者の言葉にユナは唾を飲み込んだ。

「…強盗でもしようっていうの?」

「俺らは何もしない。だって、疑われたら困るだろ。だから、報告するんだよ。あの兄妹は護衛もつけずに二人で馬車で行くつもりだぜ。まぁ御者と従者の俺と、あとマリアだっけ?メイドはついて行くと思うがな」

「……」

「狙え、だなんて言うなよ。八月一日に、兄妹が二人でAランク魔法書を受け取りに魔術師団へ行く、とだけ報告してみな。上手く行けばおまえはここを辞められるし、金だって手に入る。失敗しても私は報告しただけ、って、言えるだろ」

「…そ、そうね。そうしてみるわ。…でも、あなたは?」

「俺は従者として付き合わなきゃなんないじゃん。予定を知ってる人間を疑われたら、俺真っ黒だろ。だからおまえに任せてみようかと思ってさ。…これでも俺、今までもおまえに協力してやってただろ」

「…ええ、そうね。ありがとう、やってみるわ」

「ああ。…じゃ、俺は戻るわ。おまえも真面目に仕事頑張れよ。クビだけは避けないとな」

「ええ」

 周囲を見渡し、誰もいないことを確認してから庭園を抜け出す。

 従者――カールはため息をついた。

 本当は、カールは冒険者として活動していたかった。

 男爵家は貧しく、学費が払えないと言われたが、勉強が嫌いだったし、学園に行くなんて面倒だと思っていたので、そのまま冒険者になると言って家を出た。

 仲間を見つけたくても、後衛募集はよく見かけたが、前衛募集は見なかった。自分は前衛をやりたかったし、魔力量もそれほど多くなかった。自分も後衛募集をかけてはみたが、そんなに簡単に集まるわけもない。

 ソロでやれることには限界があった。

 ある日、カールは掲示板で募集していたパーティーに参加し、メンバーを一人、死なせてしまった。

 後衛職を始めたばかりという女と、それを囲む男達のパーティーで、女は美少女でありお嬢様であり、周囲の男達は護衛であり取り巻きだった。

 女はちやほやされているのかと思いきや真面目で、回復を頑張る健気な女だった。

 男達の中でカールが一番強い前衛であり、壁役として、アタッカーとして動いていた為、回復も多くもらっていた。

 依頼をこなす為敵を駆除していた時、目標ではない敵を、メンバーの一人が引っ掛けた。

 その敵は強く、前衛全員が束になっても叶わなかった。

 最後まで立っていたのは自分と、女だった。

 女に逃げろと言ったが女は逃げず、カールを回復し続けていた。

 やがてカールが膝を付き、敵に狙われた女は弱く、一撃食らって死んだのだった。

 女は、侯爵家に連なる家の者だった。

 女の死をカールのせいにされ、反論できなかった。

 謝罪をしたが許してもらえず、冒険者として活動しようとすれば邪魔された。

 男爵家に戻っても、針の筵である。

 どうにもならず、カールは荒れた。

 そんな時、侯爵家から忘れてやるかわりにここでクリストファーに取り入り、王太子に取り入り、侯爵家を盛り立てることに協力しろと言われたのである。

 否やはない。

 ついでに娘を手に入れてしまえば、名誉騎士の庇護下に入れる。

 メリットしかなかった。

 だが予想外に、兄妹のガードが固い。

 取り入るどころか、全く付け入る隙がなかった。

 どんな話題を振っても兄妹は食いついて来ないし、仕事もさせてもらえない。

 執事から従者の仕事について日々学んではいるのだが、クリストファーは自分で全てやってしまうし、やります、といっても数日もすれば元に戻ってしまうのだった。

 なんて仕えがいのない男だ、と思ったし、妹は妹で全く靡きもしないのだ。

 微笑みかけても表情を変えることがない。

 近づけば逃げられる。

 話しかけてもそっけなく、クリストファーに対する態度とは雲泥の差であった。

 モノにしてしまえば従順になるかと部屋へと行けば結界が張られていて、警戒心の高さに気持ちの悪さを感じる。

 名誉騎士や魔術師団顧問には近づかせてももらえない。

 クリストファーのお付きとして王宮へ行っても、ずいぶんと離れた部屋の端に突っ立っていることしかできず、王太子の側には侍従や護衛騎士が侍っており、話しかけることはおろか距離を縮めることすら許されない。

 どうやって取り入れというのか。

 クリストファーと親しくなれれば、とも思うが、兄妹揃って全く可愛げがなかった。

 話しかけても無視は日常茶飯事であり、向こうがこちらを気にかける様子は一切ない。

 いてもいなくても同じ、といった有様で、こちらとしては打つ手がない。

 だが報告はせねばならず、いい加減打開したかった。

 ユナはきっといい仕事をするだろう。

 失敗しても、己に責はない。

 そこから何かが変わればいいと、カールは思うのだった。

 さて手駒は多いに越したことはない。

 メイドや下男下女、料理人。

 親しみやすい笑みを浮かべて近づいて、引っ掛かる奴らを利用する。

 クリストファーに取り入ることができないのなら、他に手段を見つけなければならないのだった。

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