21.
目を覚ますと、アンナが号泣していた。
周囲にはメイドと護衛がずらりと覗き込んでいて、一様に泣きそうな顔をしている。
その後ろにはBランク冒険者が立っており、見渡す限り令息二人組の姿はなかった。
「お嬢様、お嬢様っお嬢様、だい、だいじょうぶですか、大丈夫ですか…ッ!」
縋りつくようにアンナに泣かれ、戸惑いながらも身体を起こせば、Bランク冒険者達は淡々と暇を告げた。
「契約が終了したので、帰りますね。お疲れ様でした」
誰の言葉を待つことなく、四名は一斉に帰還していった。
両腕を確認すれば、元通りになっていた。
全身を見渡しても、どこにも怪我はない。
あの冒険者達は、きちんと仕事をしたのだった。
「メンバーだった二人は、どうしたの?」
問えば、メイドと護衛達は一様に怒りに身を震わせた。
「あいつら、真っ先に逃げ出して来て、「無理」と言って帰って行きました。お嬢様を置いて…!あんな状態の、お嬢様を、放って…ッ!!」
「許せません。報復をさせて下さい」
「のうのうと無傷で逃げ出すなど…ありえません…っ」
「今日のあの二人のことは、旦那様に報告致します。今日は、メンバーが悪かったのです。…ああ、お嬢様、おいたわしい…っ!」
まだぼんやりとする頭を振りながら立ち上がるが、メイドと護衛達の怒りが凄くマーシャは少しだけ気が晴れた。
「そう…あの二人、わたくしが狙われて吹っ飛ばされた時、攻撃して、と言ってもせずに逃げ出したの…ショックだったわ。もう少しだったのに」
「お嬢様、あんな連中のことはお忘れ下さい!男爵位ごときが、侯爵家のお嬢様になんて無礼な…!」
「怒ってくれてありがとう。皆がいてくれるから、わたくし頑張れるのよ。…お父様とお母様に心配をかけてしまうから、わたくしの怪我のことは言わないで。また明日、挑戦するわ。協力してくれるわね?」
「もちろんでございます、お嬢様」
そして翌日、Bランク冒険者二名が引率要員だった。
二十階までは一撃で倒せるし、二名もいれば十分である、という判断からだそうだ。
今回は昨日引き留めたように、見守りまで契約内容に入れてくれたアンナに感謝した。
前衛と後衛の夫婦だということだったが、後衛がいるなら回復も安心である。
今回は、同ランクメンバーに後衛の指定はつけなかった。
結果来たのは、平民前衛男一名と、平民後衛男一名であった。
平民とはいえ、王宮の文官である父親は、子爵家の次男であるのだという。
だから魔力があるのかと、マーシャは納得した。
「どうぞよろしくね」
「俺は前衛なんで、壁役ってことでいいっすかね」
「ええ、そうね」
壁役を自認するわりには、安そうな軽装鎧で不安が残る。
後衛男が回復役を買って出たので、マーシャは攻撃役を受け持った。
引率が二名だったが、時間に余裕を持って二十階には到達できた。
「では行きましょうか」
今日も見守りとしてBランク冒険者がいるので、いざという時も安心である。
壁役の男が突進し、戦闘は中央広場で開始した。
物理耐性を持つだけあって、前衛の攻撃はほとんど通らない。
けれどスライムの攻撃は普通に通る為、前衛男はすぐに血塗れになっていた。
その都度後衛男が回復をしているが、被弾が大きすぎる為、魔力が尽きるのは時間の問題だ。
さっさと倒さなければ、と、魔法攻撃を打ち込むが、数発打ち込むとマーシャにターゲットが移ってしまう。
そのたびに前衛男がマーシャの前に立ち塞がって攻撃をするのだが、ターゲットが戻るまで攻撃を控えざるを得ない。
時間だけが過ぎていき、ついに後衛男の魔力が尽きた。
「…もう維持できない。魔力ポーションも尽きてしまった」
「そんな」
「マジか」
「お嬢様、あんた回復しながら攻撃できるんじゃないのか?まだ全然余裕だろう」
後衛男に言われて、確かにほとんど攻撃ができない為、自分の魔力は余っている。
魔力ポーションも一つも使っていなかった。
「…魔力ポーション、わたくしのをあなたにあげるわ。それで回復できるでしょう?」
「そりゃ助かるけど、そっち行くまで回復してくれよ」
「わかってるわ」
会話している間に、前衛男が吹っ飛んだ。
「おい、回復!」
「あっ…」
慌てて回復魔法を飛ばす。
前衛男はよろよろと立ち上がるが、スライムはさらに攻撃しようと触手を伸ばす。
「回復!おい!回復だよ!」
後衛男がこちらに走り寄りながら叫ぶ。
必死に回復魔法をかけるが、前衛男は再度吹っ飛んだ。
「おいあんた、真面目にやれよ!」
「やってるわよ!やってるじゃないの!!」
「死んじまうぞ!魔力ポーションよこせ!!」
「そ、そんな余裕ないわよ!!」
ひたすら回復魔法をかけるが、前衛男は棒きれのように吹っ飛んでしまう。
全く足に踏ん張りがきいておらず、スライムにいいように弄ばれている。
「殺す気か!早く、ポーションを!!」
「む、無理よぉ!!じゃぁ回復やってよ!!」
「ハァ!?馬鹿かてめぇ!!そんな回復量でDランク名乗ってんじゃねぇぞ無能が!!」
「な…ッなん…っ」
今まで聞いたこともない暴言を吐かれ、呆然とした。
その間に後衛男は体力回復ポーションを前衛に次々と投げ、回復させていた。
経口摂取が最も効果が高いとされるが、身体にかけても回復効果はあるのだった。
「おい!逃げろ!!おまえこの女に殺されるぞ!!ポーション全部使え!!走って逃げろ!!」
「う…っわ、かった」
男は武装解除し、ポーションを使いながら走って逃げ出した。
後衛男も入口へ向かって走り出す。
「え…っなんで、逃げるの…!?」
反応が遅れたが、マーシャも慌てて後を追った。
前衛男を追っていたスライムが方向転換して、後衛男を狙い出す。
後衛男は触手をかわし、さらに前衛男に体力ポーションを使っていた。
「もう少しだぞ、走れ!!」
「ああ!」
「体力ポーションも尽きたからな!!もう無理だぞ!」
「助かった!ありがとう!!」
入口に到達し、扉を開けて二人は外に出た。
スライムは一人残ったマーシャに狙いを定める。
狙われたマーシャは足が竦み、力が抜けて転んだ。
「っい、ったい…ッなんで、何でよぉおお!!」
わたくしを置いて逃げるなんて、ひどいひどいひどい、という怒りが頭を満たす。
スライムの触手が伸びた瞬間、恐怖が蘇り目を閉じたが、いつまで経っても攻撃は来なかった。
「早く立って外に出て」
Bランク冒険者の後衛女が、マーシャの腕を掴んで引き上げていた。
前衛男はスライムを引きつけて中央広場へと悠々と向かっている。
触手で攻撃されても、軽く大剣でいなしていた。
「あなたにクリアする権利はないから」
引きずるように扉の外に追い出され、閉じられた。
ほんの数分で二人は出てきて、「依頼は終了したので帰りますね」とそっけなく帰還していった。
「お嬢様!!良かった、ご無事で!!」
メイドや護衛が皆安堵した表情で無事を喜んでくれたが、先に外に出ていた前衛と後衛は怒りを隠しきれない様子を見せた。
だが、不機嫌なのはマーシャの方である。
「どうしてわたくしを置いて逃げたの」
詰め寄れば、うんざりした表情を隠しもせずに、後衛男が顔を顰めた。
「ハァ?こっちが聞きてぇわ。魔力ポーションも体力ポーションもどんだけ使わせんだよ。おまえ何も使ってねぇし、何も失ってねぇだろが」
「な、なんですって…!?」
「弁償して欲しいくらいだわ。そっち金持ち令嬢だもんな。羨ましいわ。何も使わず、平民にポーション使わせて平気な顔してるとか。最悪だな」
「俺もポーション空になった。けど、あんたのポーションのおかげで助かった。ありがとな」
前衛男が礼を言い、後衛男は首を振った。
「あんた死にかけてたんだから、生き残って運が良かったよ。死んだら終わりだもんな」
「はー…ポーション高かったのになぁ…」
「俺ら平民にはきついよな。こつこつ貯めて買ったのによ」
「無礼な!お嬢様にこれ以上失礼な口を利くようなら、二度と冒険者ができないようにさせて頂きますよ!」
アンナが口を挟むと、男二人は両手を上げて肩を竦めた。
「はーぁ。出た出た。お貴族様の傍若無人。どうやるんすか?権力使う?冒険者ギルドはどこの国にも属さない中立組織ですけど?そっちが脅迫してくんなら、こっちもギルドマスターに報告しますね。冒険者ができないようにしてやるって脅迫されたんですけど、侯爵家ってそんな権力持ってるんですか?ってな」
「な…っ」
「暗殺でもされようもんなら、こいつらが犯人なんでよろしくって、言っときますね」
「どこまでも馬鹿にして…っ平民が…っ」
「ほらまた出た、お貴族様の平民ごときがってやつ。その平民が働いて税を納めているからあんたら生活できてるくせにな」
「な…っ口答えを…ッ」
「あんた、ただのメイドだろ?ただのメイドに口答えしちゃいけないの?あんたどんだけ権力持ってんの?あ、なら俺らのポーション代金、弁償してくれよ。侯爵家のメイドはさすが権力持ってんだな。俺ら平民ごときのポーション代くらい、屁でもないもんな」
口の達者な後衛だった。
「こいつらをつまみだしなさい!!」
アンナが護衛に命令し、護衛が動こうとするのをマーシャは止めた。
「おやめなさい。…確かに、ポーションをたくさん使わせてしまって悪かったわ。アンナ、代金を支払って差し上げて」
「お、お嬢様…!?ですが!」
「いいの。もう二度とパーティーを組むこともないでしょうから。きちんとお別れしたいの」
「…いくら使ったか申告なさい」
「おっお嬢様、話わかる奴だったんだな。こっちも二度と組みたくないから、良かったぜ」
ポーション代金を受け取って、二人は帰還していった。
なんだかひどく疲労して、マーシャはその場に座り込んだ。
「お嬢様、どこかお怪我を…!?」
「いいえ、大丈夫。わたくし、本当に運がないのね」
「おいたわしい…ランクや人数など関係なければ、お嬢様が苦労なさることなどありませんのに…!」
「そうね。でもこれが試練だからやるしかないわ。…また、日を改めましょう」
「はい、お嬢様」
帰還の呪符で外に出たら、外はすでに日が落ちかけており、夜になろうとしていた。
「わたくし、どれくらい戦闘していたの?」
「二時間程かと」
「そう、それは疲れるわよね」
「早く帰って、ゆっくり致しましょうね」
「そうね、ありがとうアンナ」
それから未だに、マーシャはDランクから抜けられていない。
両親からはもういいだろう、と言われ、アンナからは少しお休みされてもいいのでは?と、言われる。
不本意であった。
本来であれば一度、ないしは二度でクリアし、今頃はBランクへと上がっていたかもしれないのだ。
メンバーに恵まれないおかげで、一人こんな苦労をしなければならない、とマーシャは落ち込んでもいた。
ゲームなら強いメンバーが引けるまでやり直しができたが、現実だとそうもいかない。
同じDランクとは言っても、強さに差があるので、強いメンバー二人が欲しくても、上手く揃うとは限らないのだ。
昨日の日曜日は、ついに同ランクメンバーが集まらなかった。
Dランクとはいえ、試験を受けられるレベルの冒険者となればそれほど数は多くない。
攻略から共に進めるならいるのかもしれないが、マーシャは十一階からだし、そもそも攻略が必要なレベルの冒険者と組みたくないのだった。
弱いことがわかりきっているのだから。
きちんと金をかけて装備品を揃えた前衛にターゲットを引きつけてもらって、後衛二人が回復と攻撃を交代で受け持つのが最善である、と、さすがに学んだ。
後衛が一撃でも食らってしまうと、精神的なショックが大きい。
そこから立て直すのは困難だと、実感したのだった。
だが金をかけた前衛、というものが、そもそもなかなか見つからない。
早くランクを上げたい気持ちはあるのだが、学園入学と同時に冒険者を始めた生徒達の成長を待つのも手か、とも思い始めているのだった。
早い生徒ならすでにEランクには上がっているだろう。
そう思って耳を澄ませているのだが、Eランク以上まで上げようという男子生徒の数はそれほど多くないようだった。
学園に通う貴族の次男三男が将来の為にやっておくか、と選択するものであり、それすらも騎士団や他職業へ就職する為のアピール材料の一つでしかない為、そこそこで満足してしまう傾向にあった。
せめてCランクを目指してくれれば。
そんな思いを抱きながら、基礎課程の時間を終了し、昼休みである。
メイドと護衛を連れてサロンへ向かおうと教科書を片づけていると、ギルドマスターの息子がサラの元へとやってきた。
「サラ嬢、ランチ一緒にどう?あ、もちろん二人っきりなんて言わないよ。アイラ嬢とミリアム嬢も一緒にいかが?」
「まぁ、ぜひご一緒したいわ」
「私もです!」
アイラとミリアムの返事を聞いて、サラは笑顔で答えた。
「嬉しいです、是非!最近専門課程ばかりでしたものね」
「そうなの。また皆様と一緒にランチがしたくて待ちわびましたわ」
「そういうことなら、男がジャック君一人というのはいかがなものか?僕もご一緒していいかな?」
ジャンが声をかけ、リチャードもやって来た。
「俺もぜひ、一緒に頼む。ちょっと…ランク上げで行き詰まってて、相談に乗ってくれないか?」
深刻な表情に、サラ達は顔を見合わせた。
「バーナード様のランクは今…?」
「Dだよ。試験を受けようと思っているんだが…」
ちら、と視線を投げた先には、グレゴリー侯爵令嬢がいた。
彼女は素知らぬ顔で、メイドと護衛を連れて廊下へと出て行った。
その様子を見ながら、サラは首を傾げる。
「あの方は確か試験を受けられたんですよね?Cになったのかしら?」
「まだだよ」
答えたのはジャックだった。
ため息をつくリチャードの様子がおかしいので、何かあったのだと皆が察した。
「わかりました。少しお待ち下さいませ」
「え?うん」
皆を置いてサラは立ち上がり、少し歩いて女子生徒の隣に立つ。
「エリザベス様、もしよろしければ、私達とランチを一緒にいかがでしょうか?」
「え、わたくし…?」
驚いたようなエリザベスに笑顔を向けて、頷く。
「はい。エリザベス様」
「それはとても光栄なのだけれど…ミラ様も一緒でよろしいかしら?ランチの約束をしていて」
ミラを見ると、ミラも驚いたようにサラとエリザベスを交互に見ていた。
「もちろんです。ミラ様、ランチを一緒にいかがでしょうか?」
「えっと、私も一緒でよろしいのですか?」
「はい、ぜひ。…ただ、冒険者のお話になってしまうのですが、よろしいでしょうか」
「まぁ、冒険者の!?…ぜひ!ぜひお聞かせ頂きたいわ!私がお聞きしてもよろしくて?」
「はい」
エリザベスとミラは顔を見合わせ、頷いた。
「喜んでご一緒させて頂きますわ」
「ありがとうございます」
振り返ると皆が一様に驚いた顔をしていたが、反対する者は一人もいなかった。




