14.
放課後、生徒会を終えて兄と共に馬車で帰宅途中、商店街の店に寄る。
ダンジョンの戦利品を売る為であった。
店主が鍛冶屋をして直接オーダーを受け付けている武具屋。
店主が自ら薬品を精製している薬屋。
デザインから縫製までを手がける鞄屋と、装飾品店。
デザインから組立、オーダーまで受ける家具屋。
全て、自らで一から手がけるオーナーと取引をしている。
商品を見る目が確かだし、適正価格で買い取ってくれるのだった。
希望の素材を聞くこともある。
手に入れば、優先的に回すのだ。
そのかわり、こちらが望む商品を優先的に用意してもらったりもする。
ギブアンドテイクであった。
兄もまた、同じように店を開拓しており、二人で情報を共有し、必要な店に必要な素材を無駄なく届けることで、信頼を勝ち得ているのだった。
時間も手間もかかるが、手間に見合うだけの恩恵を、兄妹は受けていた。
手に入れた素材を持ち込んで、「こんな装備を作って欲しい」と願えば、安い値段で希望通りに作ってもらえるのだから。
全部を回るには時間がかかる為、また数日に分けて売りに行く。
週末までには片づく予定だった。
馬車に乗り、自宅へと向かう。
向かいに座った兄は暗くなり始めた窓の外を見ながら、呟いた。
「上位貴族の令嬢っていうのは、茶会をしたがる」
「…はい?」
突然何を言い出すのかと首を傾げるサラに構わず、兄はため息交じりに続ける。
「男の俺が呼ばれることはないと思うだろう?ところがどっこい、クラスメートの家に遊びに来ないかと誘われて行ったら、姉やら妹やら令嬢達が茶会をしていて、挨拶をさせられ、何故か一緒にお茶をするハメになったりする」
「…大変な思いをしているんだね、お兄様…」
「おまえは茶会そのものに呼ばれることが増えるかもしれないな。冒険者の活動があると言った所で、聞く耳持たないのが上位貴族だ。誘ってやったんだから喜ぶだろう、と思っていやがる」
「…お兄様、言葉が」
「五十階をクリアした後、夏期休暇までは時間がある。二人でも六十階までレベル上げをして間に合うから、心配するなよ」
「はい」
「おまえも上位貴族との付き合いを始めていいと思う。名誉騎士のご息女は、普通の男爵令嬢とは違う価値を持つ。…意味はわかるな?」
兄の言葉の意味を理解し、サラは背筋を伸ばす。
「私と仲良くなっておけば、お父様、ひいては陛下の恩恵を受けられるかもしれない、と、いうことでしょうか」
「そう。どの領地も多かれ少なかれ魔獣の存在に敏感だ。冒険者に依頼したければギルドへ行く。私兵が強ければ安心だろう。でもそれほど豊かではない領地は?」
「お金は払えないが、強い兵は欲しい」
「そうだ。騎士団に依頼することもできる。だが騎士団は国の所有物。つまりは、陛下の御心一つということだ。陛下は名誉騎士を最も信頼しておられる。…ということは?」
「名誉騎士を味方につけることができたら、優先的に助けてもらえるかもしれない」
兄は嬉しそうに頷いた。
「よくできました。つまりは、そういう輩が早々に寄ってくるだろう。無論、純粋に親しくなりたいと思ってくれる令嬢もいるだろう。おまえは自分の立場と、価値を最大限に利用することを覚えなければならない」
「…そうでなければ、潰されるかもしれない、と?」
「あのウザい令嬢、筆頭侯爵家だろう?まだ敵に回すのは避けたい。上手くかわしつつ、出来ることなら手のひらの上で転がしていけ。ライバル家、公爵家、王家すらも、上手く利用するんだぞ」
「なんだかお兄様が腹黒い人に見えます」
「いやだな、おまえの前では強くて賢くて、優しいお兄様だよ」
「…え、あ、…はい」
「自分の手に負えない事態になりそうなら、相談するんだぞ。無理はするな。何があっても、家族はおまえの味方なんだからな」
「はい。…ありがとう」
胸が温かくなり、感動するサラを置いて、兄は「で、」と話を変えた。
「さっきの話に戻るんだが、貴族令嬢にふさわしいドレスや宝飾品を、用意しよう、という話になってな」
「…えっ!?待って。いつそんな話に?」
「早い方がいいからな。明日は俺一人で店に行くから、おまえは先に帰って採寸な」
「…話についていけないんですが?まだ茶会に誘われてもいないんですけど?」
「イーディス殿下のお茶会に、誘って頂けることになっている。王女殿下が誘う男爵令嬢とは何者か、って、令嬢達の間で話題になること請け合いだ」
「…はっ?」
困惑している間に、話はどんどん進んでいく。
「個人的なお茶会じゃないぞ。上位貴族の令嬢達を呼んだ茶会だ」
「えぇ…?そんなの、聞いてない…」
「今言った。ドレスが完成するまで待ってくれる上に、王女殿下が一番最初に誘うから、それまで誰も誘うな、という話にもなっているから安心だな」
「…イーディス殿下…」
「気遣いを無駄にしちゃいけない。チャンスは確実に掴み取れ。…冒険者として頑張ってきたおまえなら、その重要性がわかるな」
「…はい」
渋々頷くサラの頭を撫でて、兄は明るく笑うのだった。
「大丈夫!おまえの作法は完璧だ。レイノルド殿下だって、イーディス殿下だって褒めて下さっている」
「えっ」
「俺達はもともと騎士爵の父上の子だった。一代限りの爵位、明日をも知れない平民もどき。両親は、上位貴族にも通用する知識を与えてくれた。…感謝しないとな」
「うん」
「ほら、着いた」
「…お兄様」
「うん?」
「私、お兄様の妹で良かった」
「…何それ、泣かせる気?」
「えっ」
「いや泣かないけど。はい、降りるぞ」
ぶっきらぼうに手を差し出す兄の顔が、赤くなっていたことには、気づかない振りをした。
各国の王族が住まう宮殿は、千年前、神より授けられたと伝わっている。
ゆえに宮殿に名はなく、他国が呼ぶ際には国名を付けて呼ぶ。
サスランフォーヴ国であれば、宮殿の名はサスランフォーヴ宮殿と言った。
千年の間に建て替えや改修が繰り返されてはいるが、基本的な構造に変更はない。
サスランフォーヴ宮殿の本殿は、上から見ると「土」のような形をしていた。
下部分が正面となり、十字の北に王の住居を、東に王太子の住居を、西には他の兄弟姉妹の住居が置かれ、後宮は王の住居のさらに北にあった。
土の字を囲むようにさらに騎士団本部、魔術師団本部、書庫や使用人住居などの建造物が並ぶ。
客室や舞踏会場、謁見室や会議室等は正面建物周辺に集められ、周りを美しい庭園が囲むのだった。
王都は平野に作られており、中央に宮殿を置き、ぐるりと森林と城壁、掘が取り囲む。放射状に広がる都は広大で、国が豊かになってからはますます発展しているのだった。
王宮へは、南にのみ入口が開放されている大橋を渡って中へと入る。
案内された応接室で、グレゴリー侯爵は王の訪れを待っていた。
現王は気さくな人物として知られている。あまり細かいことにはこだわらないとされるが、身分問わず優秀な人材の取り立てに余念がなかった。
上位貴族の反発は必至な為、いきなり高級官吏に抜擢するような暴挙には出なかったものの、今まで官吏登用試験には貴族の推薦状が必要であったものを、なくてよい、としたのであった。
また、各省庁の高位役職は貴族に限られていたが、平民でも能力次第で就けるようにした。
それを実現する為には公正な評価が出来るシステム構築が必要であり、まだまだ改革は始まったばかりである。
得体の知れない身分の者が王宮に出入りすることに大部分の貴族は反発したが、「得体の知れない者ではなく、身分を明らかにするよう調査すれば良い」との一言で反論を封じた。
間口が広がったことで登用試験の受験者数は爆発的に増加したが、在野の有識者は、実はそれほど多くない。高度教育を受けた貴族と貴族に連なる者が有利であることに変わりはなく、貴族が懸念していたような事態にはすぐにはなりそうもなかった。
だが、十年先はわからない。
市井にも塾が開かれ、学園に行けない平民が学べる場を提供する者も現れている。
冒険者の登用も積極的で、毎年のダンジョン攻略には、名誉騎士を筆頭に、高ランク冒険者を雇用している。
騎士団を補助に回し、攻略の中心は冒険者と名誉騎士であるのだった。
騎士団あたりから不満が出そうなものであるが、騎士団総長を始め誰も不満を言うことはない。
名誉騎士が、各人の実力を見て、適材適所に配置をしているからだった。
攻略に参加したいのならば、強くなれば良いのである。
弱い者に文句を言う資格はない。
実際に攻略に参加し、その戦闘を目の当たりにした者は、二度と不満を口にすることはなく、向上心のある者はより訓練に力を入れていると聞く。
転移装置のおかげでダンジョン攻略は飛躍的に進んでいるが、同時に、階層が進むに従って敵がどんどん強くなっていく。画一的な訓練を行うだけの騎士団ではもはや太刀打ちできず、騎士団の訓練方法の見直しや、地方へ派遣して魔獣退治に参加させたりと、戦力強化も急務である。戦力を強化する為には、名誉騎士の冒険者との繋がりが重要となっていた。
王は名誉騎士を誰よりも信頼しているし、重用している。
宰相よりも、どの貴族よりも、だ。
名誉騎士に後ろ暗いところはなかった。
役職を逸脱して政治に口出ししてくることはないし、職分を越える仕事を頼まれでもしようものなら、すげなく断る上に、王も止める。
冒険者時代から、圧倒的に強いパーティーだったという。
北国ノスタトルのスタンピードでその名を揺るぎないものにし、パーティーメンバーも他国で英雄と呼ばれ重職についている。
陰謀で潰そうにも、実家の侯爵家とは断絶状態で、夫婦揃って夜会や茶会にもほとんど出ない。
貴族個人との関わりもほとんどなく、親しいのは王家、騎士団、魔術師団などの組織であった。
名誉騎士は王にのみ従う存在で、部下もいない。
妻もまた英雄であり、魔術師団の顧問であった。
本当に、この夫妻には手出しする隙がない。
だからこそ、子供が狙い目であるのだが、と侯爵は思う。
息子は王太子の親友であり側近であり、冒険者として共に活動するパーティーメンバーであった。
クラスメートや貴族令嬢達が籠絡しようと手を回しているようだが、ガードが固い。
王太子自身もまた、穏やかに微笑みながらも容易に他者を受け入れない慎重さと用心深さを併せ持っていた。
名誉騎士の娘も冒険者であるということだが、話は聞かない。
下位貴族の茶会にはいくつか参加したことはあるようだが、貴族としてより冒険者としての活動を中心に据えている。
冒険者の重要性は増しているとは言っても、この国は貴族社会である。
貴族であることが大切で、貴族としての生き方が出来る者が中央で生き残るのだ。
名誉騎士のような男が異質なのである。
我が娘を早く王太子の婚約者に据え、自らの地位もより盤石にしておきたい。
我が娘は同い年だという名誉騎士の娘を、随分と意識していると執事は心配していた。
憂いは早く取り除くに限るのだった。
「やぁ侯爵、待たせてしまったかな」
王が入室し、侯爵は立って挨拶をして出迎えた。
「いえ、お時間を割いて頂き、ありがとうございます」
「座ってくれ。で、何の話だろうか」
王の後ろには、影のごとく名誉騎士が付き従う。
王は今年四十歳。名誉騎士は四十九歳。王は昔から、名誉騎士のことを最も尊敬する人物であると言って憚らない。
侯爵は三十八歳だった。
三十で侯爵位を継ぎ、両親は領地へと戻って領地経営の手助けをしてくれていた。弟は子爵家を継いで別の領地を見てくれている。
家族仲は悪くない。領地も豊かであり、侯爵自身、王の側近の一人として法務大臣の地位に就いていた。父から譲り受けたもので、大臣職は多くが上位貴族の世襲となっている。世襲と決まっているわけではないし、権力闘争に破れて消えていった貴族も多い。慣習として、問題がなければ息子が継ぐ、となっているのだった。
「王太子殿下は今年度で卒業でございますな」
「…そうだな。もうそんな歳かと思うと、感慨深いが」
「ここ最近の流行として、学園の在学中に婚約をし、卒業後に婚姻、という流れとなっておりますよね」
「ああ。余もそうだった。昨今では真実の愛を見つけた、と表現するようだな」
「ははぁ。なんともロマンチックなことで」
「で?王太子の相手が気になると?」
「…すでに心にお決めになった令嬢がいらっしゃるのでしょうか?」
「さぁ、そんな話は聞いていないが」
「さようでございますか。実は我が娘が王太子殿下をとてもお慕いしておりまして」
「ほう?」
「まだ殿下の心を射止める令嬢がいらっしゃらないようであれば、いかがかと。我が娘は冒険者として精力的に活動しておりますし、この国のこと、家族のことを思いやれる頭の良い娘です。王太子殿下ともきっと、話が合うことと存じます」
娘を売り込みに来たのかと悟った王は、途端に興味を失ったようにため息をついた。
「余は子供の結婚相手の口出しをする気はないのだがなぁ。そこまで過保護にせねば相手を見つけられんようなら、王たる資格もないとは思わぬか?」
「は…いえ、そのような。かつて我が国は政略結婚が当たり前でございましたので」
「不幸な結婚を量産した過去、と余は思っているが。無論そこから真実の愛とやらを見つけることの出来た夫婦もおることだろう。愛人、愛妾、第二夫人、後宮に納められた山のような娘達。…余は全く欲しいと思わぬが、名誉騎士はどう思うか?」
背後を振り返って王が問えば、名誉騎士は静かに即答した。
「私にも無用の長物です」
「だ、そうだ。候はそうではないようだな。…そういえば、グレゴリー侯は政略結婚か。確か愛人も複数いたな。いや、別に個人の私生活に興味はないので、深入りはせぬ。だが候の意見はよくわかった。候の娘を政略結婚の道具とするなら、第二妃、第三妃、後宮も、必要とあらば受け入れる用意があるということで良いな」
「…へ、陛下、お待ち下さい。何故そんな話に」
流れるように後宮を作るという話に持っていかれて、侯爵は焦った。
現在後宮は使用されておらず閉鎖されているし、そもそもの流れが昨今の流行の話だったではないか。
流行の話とはつまりは王に端を発するものであり、王は王妃一人を愛しているから後宮は必要ない、というものなのだ。
だが王は平然と、娘を妻として迎えるならば後宮を作ると言ったのだった。
「候自身に愛人がいるのに、我が息子は愛人を作ってはならぬ、と言うのでは道理が通らぬ」
「……」
侯爵は反論できず、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「おかしな話だ。王家の血筋を絶やさぬ為に、複数の妃を娶るよう進言するならともかく、自身の娘を政略結婚させ、なおかつ一人で我慢しろと言うのか。王太子の意志は無視か」
「そんな、そんなつもりはございません!」
「ふむ。ではこの話は聞かなかったことにしよう。親としては、子には自分で愛する相手を見つけて欲しいからなぁ。名誉騎士も、そう思うだろう」
「はい」
王はさっさと立ち上がり、名誉騎士を連れて退出した。
残された侯爵は、両拳を握りしめて震えた。
「ぐっ…くそ、名誉騎士と揃って馬鹿にしやがって…!」
現在の王家は強い。おまけに王は有能なのだった。
かつての王家なら、貴族家の権力をちらつかせて有利な条件を引き出すことはいくらでも可能だった。
それが今は、逆に脅される始末である。
くそ、と、もう一度呟いた。
なんとしても力を削ぎたい。
王家は無理でも、名誉騎士なら。
…名誉騎士の、子供なら。