13.
レストランの入口付近で、ちょうど向こうの廊下から歩いてきたグレゴリー侯爵令嬢と出くわした。
彼女はメイドと護衛を引き連れているが、実のところ上位貴族の中でもお付きの者を連れ歩いているのは一部である。
学園の許可を得れば可能だが、学園はそもそもセキュリティもサービスもしっかりしていて、メイドや護衛の出番などない。
王族には当然つくが、それ以外で連れ歩いているのはよほどの過保護か、問題児の監視である。彼女の場合は前者であろうと思われた。
「あら、サラ。あなた魔法科の講義にいなかったわね?」
目が合ってしまったので仕方なく頭を下げれば、声をかけてくる。
「付呪の講義を取っています」
「付呪…?どうして?上級魔法じゃないの?」
「…どうして、とおっしゃられましても」
問われる意味が、わからなかった。
選択科目は個人の自由であるし、上級魔法など、今更習うようなものではない。
上級と銘打ってはいるが、実のところ最低限の魔法が使える者が受ける内容であり、Cランクまでの攻撃魔法が中心である。
サラには不要のものだった。
「なんだ。あなたと一緒に学べると思ったのに、残念だわ」
仲良くなった覚えもなく、一緒に取ろうと話したこともないのに言われても困るのである。
むしろ、彼女と一緒にならなくて良かったとすら思う。
「…そうですか。申し訳ございません」
表面上仕方なく謝れば、気を良くしたのか侯爵令嬢は「いいのよ」と鷹揚に頷いた。
「あなたもこれからランチ?良かったら一緒にいかが?サロンはゆっくりできておすすめよ」
上位貴族しか使用を許可されていないサロンは、当然サラに入る権利はない。
呼ばれて初めて、共に入ることが可能となるのだ。
「いえ、私は友人と約束がありますので」
ジョナスを紹介すると、初めて存在に気づいた侯爵令嬢は驚いた様子を見せた。
「えっ売店の娘!?」
「…は?」
「え…?あの、よろしくお願い致します…?」
「ああ、…ええ、よろしくね」
動揺を隠せないまま、令嬢は頷いた。
「では失礼します」
さっさと離れようと、ジョナスを促す。
一般生徒用のレストランへ入ろうとしていると、背後から声をかけられた。
「サラ!こんなところで会えるなんて!」
場の雰囲気が一気に明るく華やかになるその声は、イーディス王女だった。
腰まである金髪は緩やかに波打ち、豪奢に煌めく。
サファイアのような澄んだ瞳は、吸い込まれそうな程に美しかった。
王太子殿下と同じ色を持つ王女は、見目麗しさでも抜きんでている。
護衛騎士と侍女が後ろに控えているが、完全に気配を消している為、目立たなかった。
「イーディス殿下」
慌ててジョナスと揃って礼をするが、肩に手を置かれて顔を上げる。
「もう!学園でそんなことする必要なくてよ。わたくしとあなたとの仲じゃない!」
「ありがとうございます」
輝かんばかりの笑顔で言われ、サラもまた笑顔になった。
「ランチ、一緒にいかが?そちらは確か…パーカー男爵令嬢ね。あなたも一緒に」
「えっわ…わたしのことを…!?あっあの、よろしいのですか!?」
「あら、サラのお友達でしょう?大歓迎よ。商会のお話、聞かせて欲しいわ」
「え、あ、しょ、商会のこと、ご存じで…!?」
「とってもやり手のお父様が会長でしょう?ふふっサラがご贔屓にしてるって聞いたの!」
「そ、そんな、もったいないお話です」
「さ、いきましょ!」
侍女と護衛騎士の方を見るが、二人ともにこやかに微笑むだけで何も言わない。
第一王女殿下の侍女と護衛騎士は、とても感じのいい人達であった。
王室専用のサロンは、上位貴族向けサロンの隣にある。
通り過ぎようとした時、グレゴリー侯爵令嬢が声をかけてきた。
「イーディス殿下、ご機嫌うるわしく」
「…あら、グレゴリー侯爵令嬢。ごきげんよう」
完璧な微笑を浮かべて、挨拶を返す。
「これからランチでいらっしゃいますの?」
「ええ、そうなの。お友達と一緒に」
「そうなのですか。サラは、わたくしともお友達ですの」
やめてほしい。
友達になった覚えなどない、と、サラは思った。
王女はちらりとサラを見て、笑みを深めた。
「まぁ、それはごめんなさいね。サラを取ってしまったわ。そこで会ったものだから誘ったら、いいって言ってくれたのよ」
「…そうですの。あの、殿下。わたくしも一緒によろしいでしょうか?」
すごい神経をしている、と、サラとジョナスは思った。
畏れ多くも王女殿下に同席を申し入れたのだ。
筆頭侯爵家の娘とは、無礼が許される程に偉いのだろうか?
二人が固唾を飲んで見守る中、王女はにこやかな笑みを崩さなかった。
「それはいけないわ。サロン、予約しているのでしょう?人数が多少増えるのは構わないけれど、食べられもしない、というのでは料理人が泣いてしまうわ。ねぇ?」
侯爵令嬢の背後にいる、メイドと護衛に話しかければ、動揺したように二人は頷いた。
「またいずれ、機会があればその時に。ああいけない、料理が待っているわ。急ぎましょ」
「はい、殿下」
通りすがりに侯爵令嬢に一礼し、王女の後ろに続く。
俯いた彼女の表情は見えなかった。
サロンに入って席に着き、料理を待っている間、王女はため息をついた。
「サラと友達だと言っていたわね。断ってしまって悪かったわね」
「いいえ。友達になった覚えはありませんので…」
「ふふ、あの時のサラの顔!あなたは見た?とっても嫌そうだったのよ」
ジョナスは苦笑した。
「サラは十歳の頃から、あの方に付き合わされていたらしいので…」
「まぁ、そうなの?」
問われて、サラもまた苦笑交じりに頷いた。
「あの方が冒険者登録したい、とギルドにやって来たときにちょうど居合わせまして。それから見かけるたびに声をかけて頂いて。…同じ依頼を受けて、お付き合いしてました」
「お付き合い、してあげちゃってたのね」
「…殿下、お口が悪いです」
侍女に指摘され、王女は肩を竦めた。
「ごめんあそばせ。それにしても彼女はとてもポジティブな人ね。茶会やなんかで見かけるけれど、とっても積極的だもの」
「そうなんですか」
「めげない、折れない、諦めない」
「…それは美徳では?」
サラが言えば、ふん、と王女は鼻で笑った。
「物は言い様よね」
「殿下…」
なんと返せばいいのかわからず、ジョナスと顔を見合わせた。
ジョナスはすっかり緊張し、この空気に必死に慣れようとしていた。
「おや、サラ嬢がいる」
「ホントだ」
名を呼ばれてそちらを見、慌ててサラが立ち上がろうとするが、片手を上げて制された。
「レイノルド殿下、ご機嫌うるわしく」
「やぁ、楽にしてくれ。身内しかいないような場所で、畏まられたくないからね」
「…身内じゃないですけどね」
兄のツッコミに、王太子はお手上げと言わんばかりに両手を上げて見せた。
「サラ嬢の兄は本当に不敬だよね。友人じゃなければつまみ出すところだ」
「そうですよねぇ」
他人事のように言ってのける兄に苦笑する王太子を見て、王女は唇を尖らせた。
「本当に仲良しよね。羨ましいわ。わたくしとサラも、あんな風に仲良くなってもいいと思わない?」
「イーディス殿下。あれはいくらなんでも不敬です」
「お互いがそれでいいなら、いいのよ。わたくしもあんな風に言い合える友人が欲しいわ」
「殿下」
侍女が再度窘めるが、苦笑混じりなので本気で咎めるつもりはないようだった。
王太子一行は、隣の席に陣取った。
王太子、兄、宰相の息子、魔術師団長の息子の四名である。
王太子が、ジョナスに気づいた。
「サラ嬢の隣にいるのは、パーカー男爵令嬢かな、商会の」
「えっあ、は、はいっこ、光栄です、王太子殿下!」
「サラの大切なお友達なのよ、レイお兄様」
「直接顔を合わせたことはないが、知っている。クリスも商会の付呪具は買ったことがあるだろう?」
王太子が兄に話題を振れば、兄は頷いた。
「うちは男爵なので、他の商会だと相手にしてくれないんですよね。でもそこの商会は男爵でも売ってくれるので、重宝しています」
「あ、ありがとうございます。父も喜びます」
「いえいえ。あなたが後を継ぐんでしょう?」
「は、はい。そのつもりです」
「あなたの商会がもっと大きくなってくれたら、性能のいい付呪具も手に入るし、俺達にとっていいことしかない。だろう?サラ」
「はい。ジョナスは淑女科で上位貴族の作法も学んで、販路を拡大しようと思っています。今後の活躍に期待しています」
「サラ…!?」
ジョナスが慌てて止めるが、サラはにこやかにアピールをした。
それに乗って来たのは王太子である。
「上昇志向があるのは素晴らしいことだよ。競争がなければ、発展もないことだしね」
「レイお兄様は今の貴族一辺倒の世の中を何とかしたいのよね」
「こら」
王女の横槍に、王太子が焦る。
「冒険者がいてくれるから我が国は豊かでいられるんだもの。頭の固いおっさん貴族共は未だにそれを認めようとしない」
「殿下」
侍女の窘めの声が響くが、王女は素知らぬ顔だ。
「レイお兄様の側近はその辺理解していないと務まらないし、王太子妃もそうでしょうね。皆さん、我が国の明るい未来の為に、一緒に頑張りましょうね」
「イーディス殿下は国に残られるのですか?」
サラが問えば、王女はにこりと微笑んだ。
「妹は西国に興味があるの。弟は東国で学びたいって言っているの。そうすると、お兄様一人になってしまうでしょう?わたくしはこの国で降嫁することになるでしょうね」
「殿下…」
「わたくし、この国が好きだから、ここにいられることは幸せだわ。サラともずっとお友達でいられるでしょう?」
「…殿下がどこにいらっしゃっても、お友達ですよ」
「嬉しいわ!サラもこの国にいてちょうだいね!」
「えっ…ええと、そうですね、今の所は、その予定です」
「うふふ、約束よ!」
嬉しそうに微笑みながら王女は王太子を意味ありげに見た気がしたが、王太子は穏やかな笑みを浮かべたままだった。
マナーを気にするジョナスに、これから学ぶのだから気にしなくていい、と寛大を示すレイノルド殿下とイーディス殿下は、王族の鑑とも言うべき人格者であると、サラは思う。
現王もとても素晴らしい方であるという話だった。名誉騎士である父にも意見を求め、よく聞いて下さるのだという。
おかげで冒険者の地位は少しずつではあるが向上していると感じている。
とはいえ、色々な国からたくさんの人々の出入りがあり、冒険者は名前と魔力、もしくは血だけでなれてしまう。
見知らぬ他人がダンジョン都市を中心に、王都やその他の領地にも出入りするのだ。
犯罪や治安の悪化は懸念される所であった。
高ランク冒険者は重用されている。
信頼と実績、そして犯罪歴がないかどうかも調査された上でしかなれないからだ。
冒険者登録をする際に魔力や血を提供するのは、各国の冒険者ギルドと連携して個人情報の登録や閲覧ができるようにする為である。
高ランク冒険者になる者は常にチェックされている。
ゆえに、各都市は高ランク冒険者に高額の報酬を用意して依頼をし、見回りや魔獣退治を頼む。
高ランク冒険者と、兵士、私兵団の目があるとわかれば、自然と犯罪率は低下するのだった。
また、冒険者という職業は職にあぶれた者達の受け皿にもなっている。
逆に、冒険者に夢破れて地方落ちする者もいるのだが、地方であれば元冒険者、という肩書きがあれば、職に困ることはそうそうないのだった。
好循環を生み出し始めている今の状況を、これからも続け、また発展させていくことがこの国の未来を開くことにもなるのであった。