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99.

 グレゴリー侯爵は自邸にいたところを騎士団に踏み込まれ、詰所へと連行された。

 スタンピードにおける大量の魔獣の襲来を食い止め、王太子を始めとする高ランク冒険者の面々が、水晶龍との戦いに臨んでいる最中の出来事である。

 侯爵は自領が戦闘の中心であるにも関わらず、領地には出向かず管理人に全てを任せ、自分は王都の自邸にいた。

 王宮にいても王女や宰相が仕切っており、自分がやることなどなく座っているだけであるし、領地にも拠点があり、指揮をするのは王太子や名誉騎士達Sランク冒険者というではないか。

 不快になるだけなので侯爵は出向かなかった。

 いよいよ最終戦である、という報告を受け安堵していたところに、これである。

 侯爵は憤懣やるかたなく、大貴族用の牢から外に向かって叫ぶが、解放されることはなかった。

 妻と娘も捕らえられ、牢に入れられているという。

 息子はCランク冒険者としてスタンピードに参加し、都市に残って見回りを行っていたようだが、捕らえられ、牢に入れられている。

 ボスを倒した、と騎士団から告げられ、侯爵が気になったのは娘の容態である。

 ボスが倒されれば娘の意識は戻るとメイド達は言っていたが、それを聞いてしまっては追及される恐れがある。我慢するしかなかった。

 やがて取り調べが始まったが、侯爵は知らぬ存ぜぬを貫いた。

 国家反逆罪など、認めてしまえば死罪である。

 認めるわけにはいかなかった。

 一度目、王都森林公園で魔獣を解き放ったのは護衛として雇っている男達であった。

 レベッカからもたらされた付呪具は画期的なアイテムであったが、捕獲できる魔獣はEランクまでのものしか無理であった。

 冒険者に魔獣の生態を研究するので大量に捕獲して欲しいと依頼し、檻を用意した。

 付呪具の効果は抜群であり、大きな檻にまとめて魔獣を押し込んでも暴れることなく、大人しく収まっていたのだった。おまけに解放者を襲うこともなく、檻を開けた方向に一直線に走っていくという効果付き。

 空になった檻を回収し、また別の冒険者に捕獲を依頼した。

 これは時期が来たら、娘のライバルであるサラを殺す為に使う予定であった。

 不意をつけば、弱い魔獣でも殺せるだろう。

 スタンピードが自領で起き、大陸中から冒険者が集まった。

 サラも当然やって来て、魔獣と戦っていたようだった。

 娘の魂の宿ったボスとの戦闘にも参加すると聞き、また護衛に任せようと思ったのだがアンナが立候補したのだった。

 お嬢様の魂が宿った魔獣が倒される所を見届けたいと。

 そして隙を見て、サラを殺すと。

 任せたのが失敗だったのか。

 一回目、二回目に関わった者全てに事情を聞き、証人を押さえていると言われた。

 依頼した冒険者もだ。

 執事も口を割ったと言われて愕然とした。

 執事は全てを知り、全てを差配していた。

 侯爵は自白の必要もなく全ての証拠を押さえられ、気づけば身動きができなくなっていた。

 妻は何も知らない為、早々に解放されて実家へと戻されたという。

 愛人も全て捕らえられ、男爵家にスパイとして潜入し、男爵家の情報、潰せるような証拠を得ることを頼んでいたことも明らかにされた。

 今回の件は、レベッカが男爵家から付呪具を盗んだことで思いついたことだった。

 狙ったのは名誉騎士の娘であり、王太子では断じてない。

 国家反逆など、考えたこともない。

 私は悪くない、レベッカが唆したのだ!と叫んだが、聞き入れられることはなかった。

「一度目、二度目共に王太子殿下がその場におられ、対処に当たられている。貴様は王太子殿下がおられることを知りながら魔獣を放った。これは言い逃れしようのない事実である」

「そんな!!誤解だ!!」

「そもそも、魔獣を街中に放つこと自体が重罪であると知らないわけではあるまい。民の命を危険に晒す行為は極刑である」

「馬鹿を言うな!私は侯爵だぞ!!上位貴族はその罪を減じられるし、そもそも私は知らん!!執事が勝手にやったことだ!!」

「法廷で同じことを執事の前で言ってみればいい」

「な…!私を誰だと思っているんだ!私は」

「侯爵位を剥奪され、領地を失い、一家離散が確定しているただの平民の男だ」

 冷たく言い捨てられ、侯爵は絶句した。

「大昔であれば連座で一族郎党皆殺しだった。そうならないだけ、ありがたいと思うんだな」

「そんな…、そんな……」

「爵位を失い次第、貴様の牢は平民牢へと移る。持ち込める荷物も全て確認をする。覚悟しておけ」

「馬鹿な!!父に、両親に会わせてくれ!!」

「連れて行け」

「へ、陛下!!陛下に話せばわかって下さる!!」

 両脇を持ち上げられ、引きずられる。

「む、娘は!!娘はどうなった!!」

「意識が戻ったそうだ」

「く…っ離せ無礼者!!」

 足を踏ん張ってみても、鍛えている騎士団員の力に叶うはずもなく、ずるずると引きずられて牢へと戻された。

 それから数日もせず爵位が剥奪されたと言われ、牢を移された。

 娘と息子は牢から出されたというが、どうなったかはわからない。

 面会も許されず、元侯爵となった男は裁かれる日までを鬱々と過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 マーシャの意識が覚醒した時、目が開かないことに疑問を抱いた。

 両手を動かし、目に触れれば開いており、視力を失っていることを自覚した。

 光すらも感じず、真っ暗闇の中にいるようで思わず悲鳴を上げた。

 どうして、と思い、身体を起こそうとするが、頭を少し上げただけで全身が怠く、重く感じられて魔力不足であることにも気がついた。

 回復魔法が欲しい。無理なら魔力ポーションをくれれば自分で回復をするから。

 早く!と声を上げるが答える声はなく、誰か、と呼びかけても反応はなかった。

 自分が龍になっていた時、何を考え、何をしたかははっきりと覚えていた。

 殺したかったのに、後少しで殺せたのに、何かに邪魔をされた気がする。

 パキ、と何かにヒビが入るような音が聞こえ、その後は渦に引き込まれるような感覚があり、身体を無理やり丸めてぐしゃぐしゃにされるような不快の中、意識を失ったのだった。

 すっきりしない気分であるので、おそらく殺し損ねたのだろう。

 殺されて、戻って来たのだった。

 それはいい。いや、良くはないが、自分の身体に戻って来たのだという実感がある。

 だがこれはどういうことなのか。

 無理矢理身体を起こし、サイドボードにいつもストックしている魔力ポーションを取ろうと手を伸ばす。

 なかなかサイドボードに触れることができず苛立ち、さらに這い上がって手を伸ばすが届かない。

 どうしてよ、と思いながらさらに身体を伸ばしたが、ベッド端のシーツを掴み損ねて床へと転がり落ちた。

 身体を打ち付ける衝撃があったが、痛みはなかった。

 あの指輪をまだつけているのだろうかと思ったが、触れた右手の薬指に指輪はない。

 指輪がないのに痛まないことに不審を覚えるが、痛みがないことは特に困らない。

 気にするのをやめ、身体を起こそうとするができなかった。

 両手足に全く力が入らない。

 床の上で藻掻いていると、どこかから両脇に手を差し入れられ、身体を起こされる感覚があった。

「あ、ありがとう」

 礼を言うが、返事はない。

 ベッドに再度寝かされ、手が離れていくので掴もうとするが叶わなかった。

「待って。魔力ポーションを取ってくれない?」

 話しかけるが、やはり返事はなかった。

「どういうことなの?アンナ、アンナはどこ?」

 人がいることはわかったので問いかけるのだが、どこからも反応がない。

 目が見えないということはこんなに不安なことなのだ、と気がついた。

 自分がたった一人、知らない場所に取り残されている気がする。

 シーツを握りしめようとしたがやはり力は入らず、軽く掻いただけだった。

 …そこで初めて気がつく。

 シーツを撫でてみる。

 軽く叩いてみる。

 そして耳を澄ませてみて、…何の音も聞こえなかった。

「うそ…」

 だが自分の声は聞こえるのだった。

「なんでよ」

 マーシャの疑問に答えてくれる者は存在しない。

 いや、もしかしたら答えてくれているのかもしれないが、マーシャには聞こえなかった。

 視力を失い、聴力も失い、魔力も失って、呆然とする。

「どうして」

 あの教師は魔獣の身体が死ねば、元の身体に戻れると言ったではないか。

 すっかり元気な状態で戻るのだと思っていたのに。

 どうしてこんなことに。

「アンナ!アンナはどこ!?」

 いつもならすぐに駆けつけ、心配してくれるアンナがいない。

 周囲に気配を感じることもできず、不安と恐怖で押し潰されそうになる。

 気配を感じることが出来ないのは、おそらく離れた場所にいる者が気配を消しているからなのだ。

 マーシャの周囲に人がいなかったことなどない。

 常に誰かが控えていて、声をかければすぐに答えてくれたのだった。

 現にベッドに戻してくれた者がいる。

 気配を感じないということはおそらく、メイドではなくマーシャよりレベルの高い何者かなのだろう。

 以前やって来た魔術師団員に観察されているのかもしれないと、思う。

 どうしてわたくしがこんな目に。

 あの教師に関わってしまったから。

 キープしよう、なんて思ってしまったから。

 こんな状態では、サラを殺せないではないか。

 サラを庇う王太子の姿を思い出す。

 忌々しかった。

 レイノルドの婚約者になる為に幼い頃から頑張ってきたのに。

 好きだったのに。

 ゲームのスチルで見るよりも、本物はずっと格好良くて素敵だった。

 ゲームにない台詞を喋り、自由に動く彼が好きだった。

 子供の頃から可愛い、という言葉も畏れ多くなる程に、彼は立派な王太子だった。

 お嫁さんになれたらいいなと思っていたのに。

 せっかくゲームの世界に生まれたのだから、王太子ルートに進みたいと思った。

 わたくしは悪役令嬢だったから、叶わなかった。

 ヒロインは、ヒロインというだけで選ばれるのだ。

 どれだけ努力しても、駄目なのだった。

 理不尽だった。

 回復魔法で目や耳を回復してさえもらえば、すぐにでも行動できる。

 魔力も回復させて、これからのことを考えなければ。

 だがそれから長い間、マーシャはそのままの状態で過ごさなければならなかった。

 食事もトイレも風呂も全て介助されて過ごす。

 アンナではない、他人の手によって。

 おそらく侯爵家のメイドでもなさそうだった。

 侯爵令嬢に対するにはあまりにも雑な扱いをされるからだった。

「アンナはどこなの!回復してちょうだい!魔力ポーションをもらえれば、自分で回復するわよ!」

 暴れようにも脱力感が強く、力が入らない。

 それでも無理やり動かそうとすれば動かないことはないのだが、そこまでの気合と根性を出してまで頑張る意味もない。

 頑張った所で誰も褒めてくれないし、動けるのだからと介助されなくなっても困るのだ。

 ずっとそんな調子であるのでベッドで寝たきりであり、どれだけ休んでも魔力も回復しない為、マーシャは自分の状態を把握することができなかった。

 出される食事でだいたいの時間を把握するが、自由に歩き回ることもできずに苛立ちだけが募っていった。

 介助を受けるようになって数日で、どうやら部屋を出るようだった。

 何も見えず何も聞こえないが、感覚はある。

 車椅子に座らされ、進んでいくに従って冷たい風を感じた。

 スタンピードが収束してからどれくらい経ったのかマーシャにはわからなかったが、すでに年は明けていた。

 外に出た瞬間一気に凍えるような冷たい風と小さな粒が頬に当たる感覚があり、雪が降っているのだと気がついた。

 これからどこへ連れて行かれるのかと思ったが、不意に抱きしめられ、冷たい風が遮られた。

 髪を撫で、頬を撫で、肩を撫でるその手はとても温かい。

 指先は少し荒れていて、頬に触れる時にはカサついた感覚があった。

「…アンナ…?」

 こんなに優しく、温かく触れてくれるのは両親かアンナしかいなかった。

 両親の指が荒れることなどありえないので、ならば相手はアンナしか考えられなかった。

「お嬢様、お嬢様…!!」

 おそらく呼んでくれているのだろう。発声するたびに身体が振動しており、ぱたぱたと頭上から温かい水滴が落ちてきたのだった。

「アンナ、アンナ…!」

 もはや己の両腕は鉛のように重く、動かすことすら困難であったが気力で持ち上げ、アンナの服に触れた。

 両手を包み込むようにされ、体温を分け与えるように撫でられた。

 ああ、アンナだ。

 もう大丈夫なのだ。

 マーシャは安堵し、そのまま身を任せることにした。

 粗末な馬車に乗せられ、どこかへと出発する。

 ガタゴトと酷く揺れ、酔う。今まで侯爵家で乗っていた馬車とは乗り心地が雲泥の差であった。

 それでもアンナがおそらく鞄と思われる、大きな布製の何かを背中にクッション代わりに置いてくれ、外套のような裾の長い服を上掛けがわりにかけてくれた。

 馬車の座席も堅くて酷いものだったが、マーシャは靴を脱いで座席に足を上げて横向きに、鞄と馬車の内装にもたれ掛かるようにして座っていた。

 ずっと寝たきりであった為、身体を起こしていることが辛かったのだった。

 馬車の中にいるのはアンナと、おそらくもう一人男がいた。

 馬車に乗る際に抱えられ、そのまま一緒に乗り込んだ気配があったからだ。

 アンナの隣に座っているだろう男とアンナは会話を交わしている様子はなく、たまに何かを話している様子は空気の振動や馬車の雰囲気から伝わってきた。

 これでもずっと冒険者として頑張って来たのだ、気配には敏感なのだった。

 不快な振動に揺られてしばらく進むと、馬車の窓が開けられ、冷たい風が吹き込んだ。音は聞こえないものの、馬車とは違う種類の振動と熱気のようなものを感じた。

「なに…?」

 呟くが当然返事は聞こえない。

 すぐにアンナが手を握ってくれ、不安な気持ちが少し和らいだ。

 馬車が止まり、マーシャはほっとした。

 だが次の瞬間、音が飛び込んできて身体が飛び上がる程に驚いたのだった。


「スタンピードを終え、清々しい気持ちで新年を迎えることができたこと、嬉しく思う」


 王太子の声だった。

 他の誰の声も音も聞こえないのに、彼の声だけは聞こえるのだった。

 奇跡だと思い、マーシャは涙した。

 ああ、この声、好きだった。

 どうして彼の声だけが聞こえるのか、わからない。

 愛の力、と言うにはあまりにも己が哀れに思える。

 王太子は、マーシャのことなどどうでもいいのだろうから。

 ずっとどこかに閉じ込められているマーシャの元へ、一度も来てはくれなかったのだから。

 

 『悪者にドラゴンの姿へと変えられてしまった姫を、王子様が助けに来るのさ』

 

 結局王子様は助けにではなく、殺しに来たのだ。

 あの教師の気持ちに応えなかったから、王太子の声だけが聞こえる呪いでもかけられたのかもしれなかった。

 それでも。

 それでも、声が聞こえる奇跡に感謝した。

 マーシャは両手を合わせ、声に耳を澄ませる。

 

「そしてこのたび、私レイノルド・ネイサン・サスランフォーヴは、サラ・バートン伯爵令嬢と婚約する運びとなった」


「は…!?」

 マーシャは耳を疑った。

 一段と周囲の熱気が強くなり、振動は馬車の走りよりも大きくなり不快になる。

 しばらくして王太子が制止したのだろう、振動は止み静かになった。

 

「彼女はまだ学園の一年生であり、婚姻は卒業してからとなるが、救国の英雄である彼女と婚約できることは誠に喜ばしいことである!皆もぜひ、祝福して欲しい!」


 聞いていられなかった。

 またしても振動が大きくなり、マーシャは頭を抱えるように蹲った。

 アンナに抱きしめられるが、震えが止まらない。

「ああ…あぁあ…あああぁああああ…っ!!」

 身体の奥底から沸き上がってくる怒りと憎しみ、悲しみ、羨ましい、妬ましい、という気持ちが押さえきれずに溢れ出す。

「どうして…!!どうしてよ!!なんでよ!!酷いよぉ!!」

 わたくしはこんな状態なのに!!

 誰も回復してくれない!!

 放置され、粗末な馬車に乗せられ、聞かされたのがこれなのか!

 ヒロインの完全なる勝利宣言だった。

 嫌がらせにも程がある。

 暴れたくても身体は動かない。

 今こそあの魔獣の身体が欲しいと思った。

 全部全部、破壊してやりたい。

 こんなものを聞きたかったわけではない。

 酷い呪いだった。

 ここまでのことをされる覚えはない。

 

 ひどい。

 ひどい。


 あの教師、許せない。

 振っただけ。

 私はあの教師を振っただけなのに、この仕打ち。

 時間を戻したい。

 そうしたら、あんな教師には関わらない。

 キープしようだなんてもう思わないから。

 漫画や小説では良くあるではないか。

 タイムリープというやつだ。

 あれを。

 異世界転生が出来たのだから、出来たっていいじゃない。

 今こそ、時間を巻き戻して欲しい。 

 

「悔しい!!悔しいぃいいなんでよぉぉおお!!」

 

 アンナだけはずっと寄り添い、抱きしめてくれたのだった。

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