9.
三人組は「敵強いなぁ!」と呑気におしゃべりをする余裕があって、正直な所苛立った。
戦利品は分配、というルールで、リアムがとりあえず全て管理している。
最後にまとめて分配するのだ。
三人組は不満そうだったが、戦闘ごとに戦利品分配など時間の無駄であるし、何より彼らの荷物が重くなって動きが鈍くなる。
これ以上足を引っ張られるのはごめんであった。
リアムはマジックバッグを所持しており、お願いすることにしたのだった。
兄妹はマジックバッグを持っていることを公言しなかったので、必然的にそうなった。
四十二階で最初に中年男がラミアに魅了され、寝かせている所に敵が絡んで目を覚まし、敵と一緒に襲いかかって来るという醜態を晒したにも関わらず、げらげら笑って「おもしれー!」と言い放ちさらに苛立つ。
中程まで進んだ所で青年が魅了され、「中衛なのに魅了されるとか、どんだけー!」と笑い出す中年男と女に、もはやかける言葉はなかった。
四十三階では女が魅了され、さらにトカゲから毒も食らって死にかけ、「早く回復しなさいよ!」とリアムに怒鳴りつける様は醜い、の一言だった。
迷惑をかけているという意識がないのだろうし、余計な回復をさせているという実感もないのだろう。
結局四十三階を終え、四十四階へと続く通路に到達した時点で午後六時。本日終了となったのだった。
三人組のお守りで終わった一日に、どっと疲労感が押し寄せた。
「今日はここで野営しましょう。明日はできれば朝六時には出発したい。よろしいでしょうか」
兄が言えば、三人組は明らかに焦った様子を見せる。
「えっ泊まり?」
「用意してきてないよ」
「早く言ってくれないと」
口々に文句を言う三人組を一瞥しただけで、兄はテントを出し結界の魔道具を自分とサラのテントの入口に置いた。
「そうですか、ではお疲れ様でした」
「えっそんな!」
「だって荷物持ってなかったじゃないの!」
「聞いてない」
リアムは兄のテントの隣に、「ここお邪魔しますね」ときちんと断ってからテントを出していた。
彼のテントは兄妹が持っている物とそっくりで色違いの、ブルーワイバーンの革をメインに使った色鮮やかなものだった。
リアムはただ者ではない、と、今日一日の行動を含めて認識した。
なおもぶつぶつ言っている三人組の前に進み出て、リアムは「まぁまぁ」と声をかけた。
「とりあえず皆さん、お座り下さい。今日の戦利品の分配をしましょうね」
「ま、待ってくれよ!俺達まだ戦える!とりあえず飯と、寝袋貸してくれよ!明日必ず返すからさ!」
「そ、そうよ!お嬢ちゃんのテント、私も寝かせてくれない?邪魔はしないからさ」
「ここまで来て、俺達だけで帰るとか…」
「帰るなら全員で帰ろうぜ!俺ら、パーティーだろ!」
「とりあえず分配しましょうか」
「そうしよう」
三人組を無視して、リアムと兄は戦利品を人数分に分け始めた。
サラもまた、兄の近くに佇んで、戦利品が分けられていくのを眺める。
「数が人数分ないものは、これで補填しよう。甲殻は嵩張るが、軽装鎧のいい素材になるからそこそこの値で売れる」
「そうですね。サンドバットの牙はどうします?」
「これは装備品と言うよりは燭台等の装飾品だな。貴族に人気があって、これもそこそこの値で売れる」
「ではこれはこっちで、サンドリザードの皮はこちらでいいですね」
「そうですね、これでだいたい価値は同じくらいだと思うが…」
「いいと思います。不公平もないですよ。むしろここでお別れするお三方に、色をつけているので親切ですね」
「えぇ、ここでお別れだから餞別ですね」
「……」
冒険者はそもそも、よほど親しいメンバーでもない限り、他人の野営の面倒を見たりはしない。
自己完結が基本であり、他人にたかる行為は最低なクズ行為と見なされていた。
何故自分のテントに他人を入れてやらねばならないのか。
信用ならない他人を中に入れると言うことは、無用のトラブルを背負い込むことと同義である。
余分に寝袋など、持っているはずもない。
食料だって、自分の為に用意したものである。
厚かましい。
浅ましい。
無視されても仕方のないことを、三人組は言っているのだった。
「そもそも疑問なのですが、その大きなバックパックには何が入っているのですか?」
リアムが問えば、三人組はバツが悪そうな顔をした。
無言でしゃがみ込み、バックパックを開いて戦利品を詰め込み始める。
バックパックの中は、空だった。
薬品等の必要最低限の物は入っていると信じたいが、詳細を聞きたいとは誰も思わなかった。
無言で詰め込み終えた三人組は、そのまま無言で帰還の呪符を使用する。
これはダンジョンに入る時ギルドが持たせてくれるもので、強制的に一階まで戻してくれる付呪具だった。
ダンジョンの入場料は、この呪符代が含まれている為、高い。
金貨十枚は、Fランク冒険者が一ヶ月真面目に働いて稼げる程度の金額であった。
ゆえに、ダンジョン攻略に乗り出せるのはDランクに上がってから、と言われる。
元が取れないからだ。
三人の姿が消えて、兄妹とリアムは大きくため息をついた。
「はー…消えた…良かった…」
「ホント…なんなの…あれ…」
「いやはや…あれでよくBランクを名乗れますね…」
分配した戦利品も、ほとんどここにいる三人で稼いだようなものだった。
「リアムさん、回復大変だったでしょう。ありがとうございました」
兄が頭を下げれば、リアムはとんでもない、と手を振った。
「いえいえ、サラさんにも随分助けて頂きました。ありがとうございます」
「二人ともお疲れ様です。食事にしましょう。お兄様、テーブルとイスを出して下さい。テントですぐ三人分作って持ってきますね」
「えっ私の分もですか?」
驚くリアムに、笑いかけた。
「良かったら、一緒にどうぞ。元々今回のダンジョン攻略は、私の手伝いで兄を付き合わせているので、食事は用意する、っていう約束なんです。すぐ出来ます」
そんなことを言っている間に、兄は四人掛けのテーブルとイスを出していた。
テントに入れば、すぐ正面には目隠し用のパーティションと、外套をかけられるようポールを置いていた。左右から中に入れるようにして、中に入れば中央はリビングダイニングになっている。
左側の廊下を進むと大きなバスルーム、右側の廊下を進むと寝室と武具やアクセサリーの収納庫、書庫、と言えるほど立派なものではないが、お気に入りの本が置いてある。
家具は出来る限りシンプルで、高品質の物を選んだ。
兄がモノトーンであったので、サラは木の質感を重視した温かみのある部屋を目指した。おしゃれなログハウスの別荘、といった趣である。
キッチンで鍋を取り出す。完成した野菜スープをシチューにし、野菜のサラダと薫製のハムをパンに挟んでソースをかけ、カットフルーツとヨーグルトを混ぜ合わせて器に盛る。
バッファローのサイコロステーキを皿に盛って、完成だ。
これらは全て、我が家の料理長の手によるものだった。
マジックバッグの中に入れておけば、いつでも新鮮、出来立ての料理が食べられる。
野営中に凝った料理を最初から作るのは面倒なので、ある程度完成した状態で、後はその時の自分の気分で仕上げが出来るように用意していた。
料理長には冒険者になった時から、空き時間にこつこつと少しずつ、もちろん付き合わせる分の賃金と食材費は支払って、作ってもらった料理をため込んでいる。
今からテント生活を始めたとしても、数ヶ月は余裕でもつほどの料理がバッグの中に入っていた。
兄はそのあたりには無頓着で、野営する時には必要な分だけ料理を購入して持ち込んでいるようだ。
王太子と共に行動している時には、料理人が都度料理を作っているらしい。
さすが王太子。
そんなわけで、兄にも運ぶのを手伝ってもらってテーブルに並べ終われば、リアムが感動したように目を瞬いた。
「すごい、野営でこんなにちゃんとした料理を食べられる日が来るなんて…」
「味は美味しいと思います。うちの料理長がほとんど作ってくれているので!」
「ありがとうございます」
「じゃ、いただきます!」
「いただきます!」
うっとうしい三人組のいなくなった食事はとても安らかで、楽しいものだった。
リアムは明日も付き合ってくれると言い、できれば五十階、ボス手前まで駆け足で進みたいと言えば喜んで、と頷いた。
やはりと言うべきか、リアムはAランクの冒険者で、攻略は七十階まで到達しているらしかった。
「私はまだ六十二階なので、リアムさんはずいぶん先に進んでらっしゃるんですね」
兄が感動したように言うが、リアムは照れながらも首を振る。
「とんでもない。Aランクに上がったのは三年前です。三年かけて十階しか進めていないのだから、まだまだですよ」
「何人で攻略してらっしゃるんですか?」
「六人でやっているのですが、リーダーが多忙で。今は攻略は休んで、他の依頼をこなす日々です」
「そうなんですか…私達のパーティーも休みなんですよ。サラがAランクに上がる時には復帰して一緒に攻略できたらな、と考えている所です」
「えっそうだったの?」
サラが驚くと、兄は平然と頷いた。
「うん」
「いつか機会があれば、ご一緒したいですね」
「ええ、そのときはぜひ」
リアムが微笑み、兄もまた笑顔で返した。
「リアムさんが今回ソロだったのは、お暇だったから…ですか?」
気を取り直してサラが問えば、兄も便乗した。
「ああ、それは私も気になってました。リアムさん程の後衛がソロとは珍しい。しかもあの連中のパーティーに入ろうなんて…」
リアムは苦笑した。
「いえ、実は、今まで知り合いとしかパーティーを組んだことがなかったんです。色々なパーティーに入って、もっと経験を積もうと思ったんですよ」
「気心知れた連中とは、何も言わなくても連携が取れますけど、他人だとそうはいきませんからね。気持ちはわかります」
「どんなパーティーであっても上手く立ち回れるようになれたらいいな、と。まだまだ修行中の身なのですが」
「謙虚でいらっしゃる」
「いえいえ、とんでもない。クリスさんもサラさんも、お若いのに一流だ。いつ頃から冒険者を?」
「私も妹も、十歳からです。両親が冒険者だったので、その影響で」
「ああ、そうなのですね!英才教育を受けられたのでしょうか」
「はい。厳しく育ててもらいました」
「お二人を見ていると、ご両親の人柄がわかるような気がします。素晴らしい方々なのでしょうね」
「はい!尊敬しています!」
笑顔で答えるサラに兄は優しい視線を向けた。
二人を見て、リアムもまた笑顔で頷く。
「素晴らしい。あなた方と、ご両親に精霊のご加護があらんことを」
指先で円を描き、精霊の印を刻んで両手を組んだ。
「御利益ありそうだな」
「ありがとうございます!」
「ああ、いけない。神官時代の癖が」
慌てて手を下ろし、リアムは苦笑した。
「明日は朝早いから、そろそろ休もうか」
クリスの声かけに、サラとリアムは頷いた。
「朝食は五時でいいかな。打ち合わせするでしょう?リアムさんの分も用意しますね」
「そうだな」
「わかりました。ありがとうございます」
テーブルの上の食器は浄化魔法で綺麗にしてから重ねて持ち、テントの中へ入る。
クリスはテーブルとイスを片づけていた。
通常の野営ならばたき火を熾し、火を絶やさないようにするのと、周囲の監視の為にも寝ずの番を置くのだが、三人共に魔道具のテントと、結界の魔道具を持っている為不要であった。
おやすみなさい、と挨拶をして、三人それぞれテントに入り、一日が終了した。