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3-7. 吸いつくようなデータの手触り

「そろそろランチにしよう」

 俺はそう言って、ドロシーの手を取って陸へと戻る。

 海から上がると、真っ白な砂浜に空に太陽が照りつけ、潮風が気持ち良く吹いてくる。


「海はどうだった?」

 俺はカヌーへと歩きながら聞く。

「まるで別世界ね! こんな所があるなんて知らなかったわ!」

 にこやかに笑うドロシー。

 俺は木陰に小さな折りたたみ椅子を二つ並べ、湯を沸かしてコーヒーを入れ、サンドイッチを分け合った。

 ザザーンという静かな波の音、ピュゥと吹く潮風……。ドロシーはサンドイッチを頬張(ほおば)りながら幸せそうに海を眺める。

 俺はコーヒーを飲みながら、いったいこの世界はどうなっているのか一生懸命考えていた。

 仮想現実空間であるなら誰かが何らかの目的で作ったはずだが……、なぜこれほどまでに精緻で壮大な世界を作ったのか全く見当もつかない。地球を作り、この世界を作り、地球では科学文明が発達し、この世界では魔法が発達した。一体何が目的なのだろう?

 そもそも、こんな世界を動かせるコンピューターなんて作れないんだから、仮想現実空間だということ自体間違っているのかもしれないが……、ではプランクトンが個体識別され管理されていたのは何だったのか?

 俺が眉間(みけん)にしわを寄せながら考えていると、ドロシーが俺の顔を覗き込んで言った。

「どうしたの? 何かあった?」

 俺はドロシーの肩を抱き、背中に顔をうずめると、

「何でもない、ちょっと疲れちゃった」

 そう言って、ドロシーの体温を感じた。

 ドロシーは肩に置いた俺の手に手を重ねると、

「ユータばかりゴメンね、少し休んだ方がいいわ……」

 と、言った。


      ◇


 よく考えたら地球で生きていた俺の魂が、この世界でも普通に身体を得て暮らせているということは、地球もこの世界も同質だという証拠なんだよな……。では、魂とは何なのだろう……。

 分からないことだらけだ。

「この世界って何なのだろう?」

 俺は独り言のようにつぶやいた。

「あら、そんなことで悩んでるの? ここはコンピューターによって作られた仮想現実空間よ」

 ドロシーがうれしそうに答え、俺は仰天する。

「え!? ドロシーなんでそんなこと知ってるの?」

「なんだっていいじゃない。私が真実を知ってたら都合でも悪いの?」

 いたずらっ子のように笑うドロシー。

「いや、そんなことないけど……、でも、コンピューターではこんなに広大な世界はシミュレーションしきれないよ」

「それは厳密に全てをシミュレーションしようとなんてするからよ」

「え……? どういうこと?」

「ユータが超高精細なMMORPGを作るとして、分子のシミュレーションなんてするかしら?」

「え? そんなのする訳ないじゃん。見てくれが整っていればいいだけなんだから、見える範囲の物だけを適当に合成(レンダリング)して……、て、ここもそうなの!?」

「ははは、分かってるじゃない」

 ドロシーはニヤリと笑う。

「いやいや、だって顕微鏡で観察したら微細な世界は幾らでも見えるよね……って、それも見た時だけ合成(レンダリング)すればいいのか……、え? 本当に?」

「だって、そうやってこの世界は出来てるのよ。それで違和感あったかしら?」

「いや……全然気づかなかった……」

 するとドロシーは俺の手をシャツのすき間から自分の豊満な胸へと導いた。

「どう? これがデータの生み出す世界よ」

 絹のようにすべすべでしっとりと柔らかく、手になじむ感触が俺の手のひらいっぱいに広がった。

「これが……データ……?」

「そう、データの生み出す世界も悪くないでしょ? キャハッ!」

 俺は無心に気持ちのいい手触りを一生懸命追っていた。

「データの手触り……」

 これがデータ? こんな繊細で優美な手触りをシミュレーションのデータで表現なんてできるのだろうか?

 俺は一心不乱に指を動かした……。


 バシッ!

 いきなり誰かに頭を叩かれた。

「ちょっとどこ触ってんのよ! エッチ!」

 目を開けると真っ赤になったドロシーが怒っている。


「え?」

 気が付くと俺はドロシーにひざ枕をされて寝ていた。そして手はドロシーのふとももをもみもみしていた。

「あ、ごめん!」

 俺は急いで起き上がると平謝りに謝った。

「こ、こういうのは恋人同士でやるものよ!」

 ドロシーが赤くなって目をそらしたまま怒る。

「いや、その通り、夢を見ていたんだ、ごめんなさい」

 平謝りに謝る俺。

 一体あの夢の中のドロシーは何だったのだろうか?

 妙にリアルで的を射ていて……それでメチャクチャなことをしてくれた。

「もう! 責任取ってもらわなくちゃだわ」

 ジト目で俺を見るドロシー。

「せ、責任!?」

「冗談よ……、でも、どんな夢見たらこんなエッチなこと……するのかしら?」

 ドロシーは怖い目をして俺の目をジッとのぞき込む。

 俺は気圧されながら聞いた。

「コ、コンピューターって知ってる?」

「ん? カンピョウ……なら知ってるけど……」

「計算する機械のことなんだけどね、それがこの世界を作ってるって話をしていたんだ」

 ドロシーは(まゆ)をひそめながら俺を見ると、

「何言ってるのか全然わかんないわ」

 と、言って肩をすくめた。

 やはり知る訳もないか……。と、なると、あの夢は何だったんだろう……?

「夢の中でドロシーがそう言ってたんだよ」

「ふぅん、その私、変な奴ね」

 ドロシーはそう言って笑うと、コーヒーを飲んだ。

「ごめんね」

「もういいわ。二度としないでね。……、もしくは……」

「もしくは?」

 俺が聞き返すと、

「なんでもない」

 そう言って真っ赤になってうつむく。

 俺は首をかしげながらコーヒーを飲む。

 そして、海を眺めながら、「もしくは……?」と、小声でつぶやいた。


 それにしても、夢の中のドロシーは非常に興味深いことを言っていた。確かに『見た目だけちゃんとしてればいい』というのであれば必要な計算量は劇的に減らせる。現実解だ。その方法であればこの世界がコンピューターで作られた仮想現実空間であることに違和感はない。もちろん、そう簡単には作れないものの、地球のIT技術が発達して百年後……いや、千年後……安全を見て一万年後だったら作れてしまうだろう。

 と、なると、誰かが地球とこの世界を作り、日本で生まれた俺はこちらの世界に転生されたということになるのだろう。しかし、なぜこんな壮大なシミュレーションなどやっているのだろうか。謎は尽きない。あのヴィーナという先輩に似た女神様にもう一度会って聞いてみたいと思った。

 先輩は白く透き通る肌で整った目鼻立ち……、琥珀(こはく)色の瞳がきれいなサークルの人気者……というか、姫だった。サークルのみんなから『美奈ちゃん』って呼ばれていた。

 ただ、あのダンスの上手い姫がこの世界の根幹に関わっている、なんてことはあるのだろうか……? どう見てもただの女子大生だったけどなぁ……。美奈先輩は今、何をやっているのだろう……。

 ん? 『美奈』?

 俺は何かが引っかかった。

 『美奈』……、『美奈』……、音読みだと……『ビナ』!?

 そのままじゃないか! やっぱり彼女がヴィーナ、この世界の根底に関わる女神様だったのだ。

 確かにあの美しさは神がかっているなぁとは思っていたのだ。でもまさか本当に女神様だったとは……。俺は何としてでももう一度先輩に会わねばと思った。


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