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揺籃の眠り児は宵闇に踊る  作者: ポン酢
第一幕 悪夢の始まり
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第一揺 悪夢の始まり


 ピッ、ピピッ。ピピピッ。


 ーー目覚まし時計の音で、彼、夜野煌は目を覚ます。


 耳元での騒音に顔をしかめ、煌は時計を強引に叩く。

 うるさい目覚まし音が消え、再びの静寂。

 寝ぼけまなこで、時間と日付を見る。


 5月25日、6時半。

 まだ、起きなくても問題はない時間だ。


「…さて、二度寝でも」


「我が息子よぉぉぉぉぉぉぁあああ!」


「ぐっはぁ!」


 安寧を楽しもうとした煌の体が、突如腹部に激突した頭部によって、ゴキッと90度曲がる。

 あまりの痛みに布団に突っ伏する煌に心配そうな声が背後からかかる。


「お、おい?大丈夫か!?」


 永眠したくなったが、そこは根性でなんとか首をあげ、目の前で顔を覗き込んでいる人物を見る。


 キリッとした顔立ちに、豊かな胸、文句の言いようのない完璧な体型の女性。男口調の彼女は女性にもモテる。


 石見凜(いわみりん)

 煌の義母で、実の母親の妹に当たる人物だ。


 煌には、両親が居ない。とはいっても、煌はそれについて特に思うことはなかった。

 なぜなら、両親は交通事故で死んだと凜に聞かされていたが、物心つく前のことで両親についての記憶はなく、顔も声も覚えていないからだ。

 凛は孤児になった煌を引き取って、ここまで育ててくれたのだ。



「…あぁ、大丈夫だよ」


「すまんな、ダッシュしたら転んでしまった」


「なんで寝てる人へダッシュしているのか、そこら辺詳しく」


「…祝ってやろうと思って」


「…あ」


 そうだった。


 今日、5月25日は煌の誕生日。


 煌は、16歳になった。


「…そうだよな、もうコウも、16歳なんだよな…」


「どうしたんだよ、急に」


 そう、心配そうな声を出す凛に、煌は朝食を食べながら聞く。


 凜は勤め先でも上役を任されており、普段ならこうして共に朝食を食べることも無いのだが、「今日は遅くても大丈夫だから」と言って、家に残っていた。


 ちなみに、凛は決して職業を教えてくれない。

 話したくないようだったし、聞き出そうとも思わないので、未だに知らないのだ。


「私なりに、コウを育ててきてさ…もう、そんな歳になったんだな、って」


「…あぁ、今までありがとう」


 そう言うと、凛は少し驚いた表情をして、それから微笑んだ。


 いつも凛々しい外面を見せている彼女が、こうも弱気になる理由。


 ーー16歳。


 それは、現代社会で『死の年齢』と呼ばれている。


 寿命が近いわけでもなく、とりわけ病にかかりやすい年齢でもない。

 それなのに、そんな物騒な名前がついているのには訳がある。


 現在の2085年から、50年前の話だ。

 世界で同時に、大量の死者が出た。

 その数、1億人。

 2035年時点で世界の人口は約90億人。

 その実に90分の1が一気に死亡したのだ。

 勿論、当時は世界中が大パニックに陥った。無理もない。昨日まで隣で寝ていた人が、明日会おうと約束した人が、長年の恋が叶って、これから愛を紡ごうとしていた人が。何の前触れもなく、原因不明の病気で唐突に死んでしまったのだから。

 それだけの死者数が出たのは1日だけだったが、それからも死者数は増え続けた。


 そして、死亡者に()()()()が現れるようになる。


 それは、10代から20代前半の若者。それも、16歳以上となると死者数が跳ね上がったのだ。

 若い世代の大量死は、少なからず社会に影響を与える。この事件がきっかけで、国家秩序は崩壊、反社会勢力が増大し、株価は大暴落、インフラは息も絶え絶えだった。


 まさに、世紀末のような状況だった。そんな中、この悪夢に歯止めがかかった。病気の治療法を称し、『ある物』を埋め込むことが先進国の政府により推進された。


 それは、「脳内マイクロチップ」と呼ばれる、極小のデバイスである。


 政府によると、マイクロチップから発される微弱な電磁波により脳波を安定化、突然死を防ぐというものだった。

 発表時は反発の声も多かったが、実際、死亡者は減少の傾向を見せたのである。

 非常に安価で、埋め込むと言っても大手術が必要なわけでは無いので、若年層を中心に装着が進んだのだ。


 話が逸れた。そういう訳で、死者数は一定の落ち着きをみせたのだが、人々は未だに解明できていないその現象を恐れ、こう呼んでいる。


悪夢(ナイトメア)症候群(シンドローム)』と。


 そして、その現象が起こるようになる16歳という年齢に、『死の年齢』という名称をつけたのだ。



 そして、煌も今日で16歳になる。

 だからと言って、16歳の人間が必ず死ぬという訳ではない。

 ましてや、16歳になったから死ぬ、という想像ができる訳でもない。あまり、実感が湧かないというのが正直なところだ。


「大丈夫だよ、凛。俺は、そんな変な事で死んだりしない」


「…あぁ、そうだと良いな」


 だが、過剰なまでに心配する凛を見て何も思わない程、煌も鈍感ではなかった。


 ***


 凛が出社し、煌も家を出る。


 車のキーを手にして、全自動型の自家用車に乗り込む。


「いつも通り、学校まで」


『ーー脳内マイクロチップを確認中…承認しました。ヨルノコウ様ですね?目的地までお送りします』


 機械音声がすると同時に車が発進した。


 脳内マイクロチップが現代において普及した理由、その1つに、日常生活においての利便性がある。

 悪夢症候群が発生してから半世紀。

 個人情報と結びつけられたマイクロチップは、それだけで身分証明書になる。その性質を利用し、様々な商業サービスに用いられた。

 紛失・偽造の心配のないマイクロチップに、ICカード、クレジットカード、電子キーなどは取って代わられた。

 外部デバイスを使えば、このように手ぶらでも車を発進させられるし、他にも便利な機能を備えた外部デバイスは多種出回っている。

 今の世では、マイクロチップを所持する利点が大きすぎる。若年層は利用していない方が珍しいくらいだった。


 学校近くの駐車場に車は止まり、煌は車から降りて学校に歩いて向かった。

 教室に入り、窓際の自席に座る。すると、煌に前方から声がかかった。


「おう、煌!おはよう!」


 話しかけてきたのは、肌をこんがりと焼いた、いかにもスポーツマンといった印象の男子。

 太田圭。煌に話しかけてくる数少ない人間であり、高1ながら野球部のエースを務めている結構凄い奴だ。煌と違い、女子からも人気がある。

 といっても、煌だって人間としてのスペックは非常に高い。

 艶のある黒髪に、やや童顔ではあるが整った顔。運動だって太田ほどではないが出来る方だし、頭脳に関しては一般の高校生のレベルを遥かに超えている。ちなみに全国模試では30位以内の常連だ。本来なら女子から大人気でもおかしくない人物だが、実際の人望の無さには彼の欠点が関係していてーー


「…おはよう」


 太田の明るさに対し、無気力に返答する煌。


「相変わらず暗ぇなぁ!名前は煌めいてんだから、もっと人生輝かせてこーぜ!」


「…遠慮させてもらう。あと名前でいじるな」


 これはテンプレと言うべき会話で、太田はいつも名前の「煌」の字をなじってくる。

 太田の言うことを適当に受け流していると、突然クラスがざわついた。

 入り口の方向を向くと、1人の人物がクラスに入ってきたところだった。

 肩まで伸びる美しい茶色がかった髪の一部を、後ろで纏めた印象的な髪型。学生にしては大きな胸。才色兼備で、仕草や口調から分かる通りの清楚な美少女。


 ーー更科(さらしな)紅葉(くれは)。学校中の人気を集める美少女であり、他人への興味が薄い煌が()()()()()()()()()()少女だ。


 クラスに入った瞬間から沢山の人に囲まれ、疲れる素振りもなく笑顔で対応する。


「あー、今日も可愛いなー更科さん?」


「…」


「お、今顔がニヤけてた」


「…っ!」


「なんてな、嘘ぴょん」


「…捩れろ」


「何が!?」


 ケロッと嘘を告白する太田にイラっとし、少し反撃に出る煌。


「はー、更科さん、彼氏とかいねーのかな」


「…さぁ」


「あ、そういえばさ」


 そう言って、コソコソ話のジェスチャーをする太田。


「高3のサッカー部のエースのさ、イケメンの甲斐って先輩いるじゃん?」


「…いた、気がする」


「いるんだよ。あの人が更科さんに告白したらしいんだけど…」


「…!」


「見事に振ったそうだ」


「…へぇ、やっぱ身持ち固いんだ」


 言葉に少し感情のこもる煌。それを見て、太田がニヤつく。


「…今、良かったー、って思ったでしょ」


「…思ってない」


「嘘つけ~!」


「…腐り落ちろ」


「何が!?」


 からかってくる太田から顔をそらし、改めて紅葉を見る。先程と変わらず皆の話を聞いていたが、ふとこちらを向き、目があった。体を一瞬硬直させ、咄嗟に視線を戻した。

 煌は更科紅葉と話したことは殆どない。中高一貫の学校なので、かれこれ3年間同じ学校にいるのだが。

 

 外の景色に目を向ける。花をとっくに散らした桜の木が、青い葉を僅かに揺らしていた。


 ***


「先生、ノート集めてきました」


「うぉぉおっ!あ、ああ、夜野か。驚かせんなよー」


「…また、そんな古い機種のゲームやってたんですか」


 煌から話しかけられ、その教師は肩をみっともなく震わせた。

 30代近くの風貌に、若干時代遅れな金フレームの丸眼鏡をかけた、中肉中背のスーツ姿の男。

 名前を、真賀里(まがり)継本(つぎもと)。煌のクラスの担任の古文教師だ。

 どうやら、隠れてゲームをしていたらしい。


「おいおい、旧型の携帯型ゲーム機を馬鹿にすんなよー?その時代の技術をフル活用して、いかに効率的に人を楽しませるかを追求した素晴らしいもんだぞう?『とりま色んな機能ぶっ込んどきましたー』みたいな今の雑なポータブルゲーム機とは違うわけよ!そこんとこ、理解してるー?」


「…職員会議で糾弾されたいようですね」


「マジ勘弁してつかぁさい」


「もう教頭から搾られるのは嫌だー」と頭を抱える問題児の教師。どうやら、糾弾されるのは経験済みのようだ。


「そもそも、なんでこの何でもデジタルで済ませる時代に、ノートなんて使わせるんですか」


「いけないなぁ、最近の子は。そういう無駄を楽しむ気持ちが人生を豊かにすんのよー」


「…先生がコンピューター使えないだけでしょう」


「ご名答!!」


 ノートで叩きたくなるが、腐っても教師だ。そこは我慢し、手を差し出す。


「お、はいはい。いつものねー」


 チャリン、という音と共に、煌の手に鍵が落ちる。


「今週の屋上の鍵ね。週末は返せよー?」


「…どうも」


 ぶっきらぼうに礼を言う煌に、問いかける真賀里。


「どう?友達、一人ぐらい作れた?」


「…何度言わせるんですか。そんなの作る気、毛頭無いですよ」


「わー、ドラーイ。何で作んねーの?」


「…そっちの方が、合理的だからです」


 真賀里から目を逸らす煌。


「合理、ね。その言葉、お前に似合わねー気がするけど…ま、夜野が選んだならいいさ」


「ほれ、とっとと行った」と、手を振る真賀里に背を向け、職員室を後にした。



 真賀里から貰った屋上の鍵を使い、ドアを開ける。


 これは真賀里と煌が交わした約束事で、煌は仕事を手伝う代わりに、本来なら施錠されている屋上の使用許可をもらう。今年の屋上の管理は真賀里が担当しているので屋上を使えるのだが、普通に職権濫用だと思われる。ゲームを隠れてするより、よっぽど問題だと言えよう。

 とはいえ、友人を作れない煌を気遣い、逃げ場所を用意してくれているのも分かっているので、強くは言えないのだが。


「おー、今日もぼっち飯キメてやんの」


「…太田」


「今日は予定なかったからな。早く来れたぜ!」


 許可もしていないのに勝手に横に座る太田。

 そう、太田が人気がある理由の一つとして、生徒会など様々な所に手伝いをしにいくことがある。

 彼は、頼まれごとは積極的に引き受ける。そのおかげで、友達も多い筈だ。


 なのに、いつも一人でいる煌に絡んでくる。


(……そんなことしても、俺は)


 申し訳ないとは思っている。彼の厚意に、応えるべきだ。

 でも、それはできない。



 夜野煌。彼は人の性根を信じられない。



 過去のトラウマを抱えるせいで、他人の心、その基底にある善を信じることができない。

 故に、どんな人間の行為にも「裏」を考えてしまう。

 煌が、スペックが高い人間にも関わらず、人望を得ていない理由。


 それは、他人と絶対に仲良くならないからだ。


 中学一年の時は、それなりに声もかけられた。が、どんな人間にも冷淡に振る舞う彼のスタンスを理解してからは、「いつも黙ってる不気味で付き合いの悪い奴」とみなし、一人を除いて関わってくることは無くなった。


 当然の結果だ。

 そもそも合理的に考えて、辛い思いをして友人を作る理由など、どこにーー


『合理、ね。その言葉、お前に似合わねー気がするけど…ま、夜野が選んだならいいさ』


 真賀里の言葉が脳内で反芻する。


「…うるせぇよ」


 逃げるように、一言呟いた。


 ***


 今日も、何事もなく1日が終わった。

 授業も普通に受け、いつも通り遠くから更科さんを見つめて、学校が終わって帰宅し、残業で家に帰れないと凛からメールをもらって、コンビニ弁当で夕食を済ませた。


 そうして1日の行程が終わり、既に布団の中だ。


 何もない。普通の1日だ。


 変わりばえも無く、明日もきっとこんな日だ。


 瞼が重くなってくる。


 目覚ましをセットする。


 電気を消して、頭から布団を被った。





 ーー『Welcome to CRADLE』。





 音の割れた、酷く、不快な声が頭に響いた。



 ***


「…ぅ」


 声をきっかけに、だんだんと視界がひらける。


 呻き声をあげ、体を起こす。体の節々が痛い。


「…え」


 自分が寝ていた場所を見る。


 床に薄汚れた石レンガが敷き詰められた場所だ。


 石特有の冷たさを帯びる石畳は、明らかに自分の部屋のベッドではない。


 視線をあげる。


「どう、なって…」


 そこは、扉の壊された牢屋。


 その先には、終わりの見えない、暗い通路。



「何が起こったんだよ…」



 呆然と呟く。



 夜野煌。16歳。



 日常は、過去のものとなった。



 悪夢が、始まる。


感想お待ちしてます!

次話は今日中に更新予定です!

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