05 共有ストレージ
気づいたら…五月終わりじゃん…
ピッー…ピッー…ピッー…。
何かの電子音が聞こえる。
ボクはゆっくりと目を開けた。
「知らない…?いや…知ってる天井だ…」
懐かしい…だけど…ここに来るのは初めてだ。
身体中に巻き付けられた包帯と電子コード…何をしたのだろう…?
「おはよう…レン…」
声がした方向を見ると、隣に∑がいた。
ギュッとボクのことを抱き寄せてきて、離さなかった。
目と目が合った。
「おはよう∑…」
そう言ってボクは、∑の頭を撫でた。
そういえば、ボクはどれくらい寝ていたのだろう。
「倒れてから一日と十五時間たってるよ〜」
ボクの声だ…正確には若い頃の声だ。
ああ…彼女がこの世界のボクか…。
「はじめまして…かな?」
「ボクからしたら…久しぶりなんだけどね〜」
「そうだったね…」
もう一人のボク…彼女の顔をよく見る。
目は生まれた時の目と変わってなく、髪の色だけ変わってるらしい…。
これは…あの人たちを取り込んだ結果だろう。
変わった色をしている。
「えっと…お姉ちゃんって呼んでいいかな?」
もう一人のボクが、少し恥ずかしそうにしながら聞いてきた。
不思議な感じだ…もう一人の自分から『 お姉ちゃん』って呼ばれる感覚は。
「いいよ…可愛い妹…それじゃあ君のことは…『タウ』と呼ばせてもらうよ」
「タウ…シグマ・タウ…?」
「そうなるのかな?」
「うん…今日からタウか〜」
シグマであることは変わらないし、あの人たちの力も受け継いでるからタウでいいだろう。
「そういえば…もう頭の方は大丈夫なの?」
「今のところ大丈夫だけど…まだ整理が追いついていないかな…」
「そっか…ボクにできることはある?干渉ならできるみたいだけど」
このことをタウに頼んでいいのだろうか…?
いや…頼むべきなのだろう。
これ以上背負い込むと、自分が自分で無くなるから…早いうちにしておいたほうがいいな。
「それじゃあ…タウよろしくね…」
「うん…任せて…!」
「Σ…何かあったら起こしてね?」
「わかったよ…二人とも無理はしないでね?」
わかってる…
「それじゃあ…始めようか…」
二人で手を繋ぎ目を閉じる。
早く終わらせて…なにか美味しいものが食べたい。
ボクはタウと海に沈むようにデータの海に飛び込んだ。
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[損傷甚大…エラーを検知…修復不可能…]
「思ったより?いや…すごい弱いね!」
声が聞こえる。
自分と似ている声だ。
身体が動かない…。
痛い…苦しい…怖い…暗い…。
こんな感情を抱いたのはいつ以来だろうか?。
何が起きたのだろう。
思い出せない…。
「三人がかりで向かって来たのに…負けるなんてね?」
「…」
三人がかり…?。
そうだ…βとΓは…?
私は無理に身体を動かそうとする。
「アハハ!あの二人はもうボクのお腹の中だよ?」
お腹の中…そうだとしたら、アイツの腹を裂けば出てくるのだろうか?
「君…今の状況分かってる?今の君には何も出来ないんだよ?ボクを倒すことも!自分で死ぬことも!今の君はボクの手のひらの中…。ボクに食べられるのを待つことしかできない、可哀想な哀れな子羊なんだよ〜」
まだ…動かない。
死にたい…早く終わらせてほしい…。
そんな考えが頭をよぎる。
「…お腹いっぱいだから、殺しちゃおうかな〜?」
このままでは殺される…。
首を掴まれ、腹に銃口が突きつけられた。
「それじゃあ…おやすみなさい…」
その言葉と共に、身体中に熱を感じ冷たくなった。
もう何も考えられない…。
最後に一度だけでもあの人の声を聞きたかった。
マスター…お姉ちゃん…お母さん…。
ごめんなさい…。
━━━ドカッ━━━
「痛っ…何するの〜」
「殺したの?なんで?」
薄れていく意識の中、声が聞こえた。
聞きたかった声だ。
マスター?
でもどうしてここに?
本当に彼女なのだろうか…?
こんなにも黒い気を放つのが?
「だって…」
「だってじゃない‼コレだから勝手に意志を持ったコピー品は嫌いなんだよ…。この子達をバカにして…食い荒らしあがって…」
「…」
「お前をこの場で殺したい気分だよ…。契約があるからしないけど…」
マスターはそっと私の身体を抱き上げた。
「まだ…大丈夫みたいだね…。そうだ、アイツの腹の中から二人を引き抜かないと…。だから…今はゆっくり休んでね?」
その言葉ともに感覚も意識も無くなっていく。
[強制シャットダウンしました]
[再起動まで…]
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頭に流れ込んでくる記録と記憶。
死の感情…感覚…。
姉達が死んだ…殺されたのだ…。
アイツの顔は忘れない…。
絶対に殺してやる‼。
胸が苦しくなり、呼吸が荒くなる。
うなりながら私は目を開けた。
最初に目に飛び込んだのは、ホログラムの端末と操縦桿だった。
どうやら何かのコックピットのようだ。
「ここは…どこだ?」
整理できていない頭をフル回転させ、位置情報を掴もうとする。
「ここは赤塩湖上空三十キロメートル、輸送艦コンテナ内部です」
目の前の端末から、少女の声をした電子音声が聞こえた。
「おはようございます。マスター、うなされておられましたが大丈夫ですか?」
「大丈夫…じゃない…。それより、あなたは誰?どうして私のことをマスターって呼ぶの?」
私は端末に話しかけた。
「ワタクシの名前は[イージー]です。[iーzi]と書きます。ワタクシがなぜ、あなた様のことを『マスター』と呼ぶのかと言うと、あなた様が最初にこのコックピットに乗ったからです!」
自信満々の答えが返ってきた。
「…どうやって…私は、このコックピットに乗ったの?」
「マスターは、何も無いところからいきなり現れました」
「そうなると、転移してきたのか…あの爆発に巻き込まれて…」
「転移…ですか?」
「この世界には転移装置とか、転移魔法とか無いの?」
「無いです。それがあったらワタクシは、マスターに会うことができませんね。なくて良かったです…」
嬉しそうな声が、端末から聞こえた。
彼女にとっての私との出会いは、それほど大きいものなのだろう。
「マスター…よろしければ顔を見せてもらえないでしょうか?」
「顔…?」
どうしようか…。
正直に言うと私は、自分の顔が嫌いだ。
兄妹達と同じ顔なのはいいのだが、アイツらと同じ顔なのが耐えられなかった。
あんな、殺戮兵器と同じ顔なんて…。
だから私は顔に傷をたくさんつけた。原型がわからなくなるぐらいまで。
それを見兼ねたマスター…レンがこのヘルメットを作ってくれた。
それ以来このヘルメットを脱いだことは無い。
ヘルメットを脱いだら、私は自分を抑えられるだらうか?
不安が頭をよぎる。
「どうしても…見たいの?」
「見せてくれるのであれば…見たいです!」
ふぅ…っと息を吐き、心を落ち着かせる。
彼女を私も信用しないと…。
「それじゃあ…脱ぐよ?」
ヘルメットに手をかけパスワードを入力する。
ロックが外れヘルメット脱いだ。
…
前が見えない…
伸びに伸びきった髪の毛が、顔の前にかかったのだった。
「マスターの髪の毛すごいことになってますよ?!」
目の前が髪の毛でもふもふしている…。
「少し待ってください、マスターの髪の毛整えますから」
座席の後ろかハサミとクシを持った手が伸びてきた。
この手がイージーの手だろうか?
そんなことを考えているうちに、髪は昔の髪型になっていた。
「この髪型は…懐かしい…。イージーは、私の記憶も読み取れるの?」
「すみません…。マスターのことを知りたかったので…」
「そっか…。怒ってないよ?なんか安心しただけだから」
「マスターの顔…キズだらけです」
「私は自分の顔が嫌いだからな。自分でつけたキズだ…痛みを感じることは無い」
「そうですか…」
今の自分の顔を見ても、不思議と吐き気や苦しみなどは感じることはなかった。
ふと、彼女の顔を見てみたくなった。
私はイージーの手を握った。
「はぅ…」
「そこに居るんでしょ?」
「はい…」
「こっちに来れないの?」
「今は身体が固定されているので」
「あなたの顔を、ヘルメット越しからじゃなく今の状態で見たかったのだけれど」
少し残念だな。
そう思いながら、ヘルメットを被った。
「それじゃあ…今のこの世界の現状を教えて」
「はい、今のこの世界は二つの勢力に別れて戦争しています。一つは、一部の人間の人権を剥奪し奴隷のように扱う[世紀軍]です。ちなみにワタクシの開発元はこちらです。もう一つはそれに抗う[レジスタンス]です。こちらは、あまり協調性はありません。世紀軍の脱走兵が指揮をとっています。どちらに加勢するかはマスターが決めて下さい」
アイツは世紀軍にいる。
なら、答えは決まっている。
「レジスタンスに参加するよ。世紀軍のやっていることは気にくわないし…あっちにはアイツが居る…」
「分かりました。マスターのレジスタンス参加を記念して、デカい花火でも打ち上げましょうか?」
「花火?」
「はい、この輸送艦を内部から破壊しましょう」
「イージーは空飛べるの?」
「多少は飛べますので安心してください」
大丈夫だろうか?
「危なかったら補助するよ」
「マスターはまだ万全じゃないでしょう?なので休んでいてください!」
「え〜…」
「それじゃあ行きますよ〜」
その言葉とともに、大きな花火が打ち上がった。
コックピットからの景色は、すごい速さで回転していた。
空に投げ出された機体は、すぐさま上空でバランスをとり、猛スピードで近くの小島に着地した。
さて、これからどうしようか?
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皆さんが、この小説をどんな気持ちで読んでるか気になって…夜しか眠れません!