第二章 2-1
第二章です。
――命とは即ち、なんだろう?
それは幼い頃、ふと少女の頭に浮かんだ疑問だった。蛆がびっしり沸いた死体の横を通り過ぎる度に、生きたまま焼かれる魔女の絶叫を、街中の広場で耳にする度に、その疑問は幼きブランカ・キャロルフォードの心の中で鎌首をもたげ、彼女の心を苛んだ。
人は簡単に死ぬ。呆気なく、そして理不尽に、それは造作もなく踏み潰される。七歳になるまでの平穏に包まれた日々、彼女が知らずに済んでいた残酷なる現実は、家族と家を失い、無防備な姿で路上に取り残された瞬間、即座に姉妹へと襲い掛かった。それ以来は、明日生きることもままならない、絶えない緊張と恐怖、逃避と流血の日々である。
或る日ブランカは、最愛の姉を見上げて、その質問を問うてみた。
――おねえちゃん。いのちって、なんのためにあるの?
――何よ、ブランカ! いきなり、そんな難しいこと聞いて。
姉は面白おかしそうに噴き出して、
――そんなものお姉ちゃんにも分かるワケないじゃないの。
――わからないの?
それはブランカの死への恐怖を、より一層強いものにした。
姉に聞いても分からない質問は、これで二度目だ。
何年も前、生きる術を失ったはずの姉妹だったが、姉は持ち前の明るさと賢さで、自分たちが投げ出されたどん底の世界へと、即座に、そして見事に対応して見せた。姉は律儀で上品な振舞いをやめ、狡猾さと用心深さを身に着けた。生きるためなら何でもする、貧民街のやり方に順応したのだ。時には盗み、時には漁り、そして争いとなれば、時には殺す。しかしそんな姉のことを、恐ろしいと思ったことはない。
何故なら、振舞いが変わろうとも、姉の本質はちっとも変わらなかったからだ。食べ物が少ない時には、腹が減っていないと言って、ブランカに優先して分けてくれた。薄汚い男たちに、ブランカが捕らえられそうになった時には、彼らを皆滅多打ちにして、助けてくれた。いつも笑顔を絶やさない、まるでこの世の太陽のような存在。今ブランカが生きていられるのは、ひとえに姉のお陰である。
その姉に分からないことなど、きっと自分には、一生分からないに違いない。そうだ。きっと自分は、最後の最後まで、己の命の意味すらも理解できずに死んでいくのだ――そう思うと、ブランカは途方もなく恐ろしかった。
ところが、姉はそこでは終わらなかった。困った様子で頭を搔いた後、突然の笑顔になってブランカに向き直った姉は、よく通る優しい声で、
――分かったわ、ブランカ! 私の命は、ブランカのためにあるの。
――……あたしの、ために?
――そう。あなたのため。あなただけのため! 私は精一杯、ブランカのことを守り続ける。ブランカのためだったら、命だって惜しくないって思える。だから、私の命は、ブランカのためにある!
――……おねえちゃんの、いのち……
――人の命の意味なんて、きっと人によって違うわよ。あなたもいつか、自分の命の意味を、はっきりと自覚できるようになると思うわ。そうなったら、お姉ちゃんに教えてね。お姉ちゃん楽しみに待ってるから。
そう言って、その日の分の食料を盗みに行くために、路地裏から市街へと出て行こうとした姉を、ブランカは必死に呼び止めて、
――おねえちゃん!
――なぁに?
――あたし、わかったの。じぶんの、いのちのいみ。
振り返った姉の顔を見て、息を上気させて、顔を真っ赤にして、
――おねえちゃんが、あたしのためにいきてくれるなら。あたしは、おねえちゃんのためにいきる!
姉は目をぱちくりさせた。きょとんとした、見たこともない顔だった。けれどやがて彼女の顔は、満面の笑みへと変わって行って、
――この可愛い奴め! アハハハハ!
姉は、ブランカの全身を、思いっきり強く抱きしめた。姉の身体はいつになく暖かかった。自分の身体も、いつになく暖かかった気がした。その時ブランカは、生まれて初めて、自分が生きてきた意味を理解した。
――あたしの命は、おねえちゃんのためにある。
おねえちゃんと一緒に、たった二人きりで、優しく温かい時間を過ごすためだけにある。
……否。少なくとも……
……そうだった。




