第一章 1-4
攻撃命令は既に完了している。雷撃は宙を踊り狂い、少女のいるはずの空間を、彫像ごと蹂躙し尽くした。粉々の彫像が崩れ落ち――
その背後には確かに、ズタズタに裂けた、真っ赤に咲いた花のような肉塊があった。だがそれは決して、あの少女のそれではない。着用している服は、教会の侍祭のそれだ。
そして思えば、元々、あの熱源反応が少女のそれである筈もない。
あの少女の肉体には、人の体温など無い。
屍に等しいのだ。
その時、ヨルベスクの背後から嫌な音が響き渡った。振り返ると、亡者の群れを一人として残さずに平らげた大蛇たちが、苦し気に口をパクパクさせ、のたうち回っている。
「まさか――」
ヨルベスクが言いかけたその時、手前の大蛇の一匹の腹が派手な血飛沫と共に裂けた。その中から、うめき声を上げる亡者が、一人、また一人と、顔を出す。その口には、蛇の臓腑がいっぱいに詰まっていた。
周りの大蛇たちも、次々と内側から食い破られ、その腹の内から、まるで出産するようにして、血まみれの亡者どもが再び這い出てくる。
「……馬鹿な」
茫然とするヨルベスク――その両手両足に、突然何者かが掴みかかった。亡者に襲われたのかと思い反射的に見下ろすも、そこには特段何もない。何もないにもかかわらず、そこには確かに、万力のように両手両足を固定し、締め上げてくる力が存在している。
うっすらと、地面に半分沈み込んでいる、半透明な骨格が見えた。
「――《念力霊》かっ」
――だとすれば、手始めの攻撃を避けたのは、己の身を彼らに委ね、攻撃の範囲を逃れていたということか。あの肉体ではろくに走れないであろうことを鑑みれば、十分合理的な判断だ。
事態を理解したヨルベスクが顔を上げ、それと同時に驚愕で目を見開いた。彼女のすぐ目の前には、いつの間に現れたのか、あの屍のような少女が立っている。息も荒く、膝が震え、片目からは黒い涙のようなものを流しているが、これは多数の亡者を同時に操るために必要な魔力量が、彼女の権能の限界をとうに超えているからだろうか。
「……ゃ……の、ために……」
息も絶え絶えに、少女が唸る。一歩一歩、ヨルベスクに向けて踏み出す。
「あたしは……あんたを……邪魔者を……皆殺さないと、いけないんだっ」
「――貴様――」
背後の亡者たちは、数こそ多いが、大蛇に飲まれる過程で皆全身の骨格を粉砕されている。大蛇の腹を食い破るのが精いっぱいで、ヨルベスクを殺すのには使えない。状況を鑑みたらしい少女が、身動きのとれないヨルベスクに向けて自らの片腕を伸ばす。その手の中に、手のひらから徐々に滲み出すようにして、真っ黒なエネルギーが渦を巻いて収束する。
「――瘴気だとっ」
ヨルベスクが声を張り上げる。
「馬鹿な! ヒトの身にして、そのようなものを宿しては――」
「構わない」
少女は即答だった。
「あんたが殺せるなら……あたしの願いが叶うなら……」
虚ろに血走った目を見開く。
「あたしの身体程度、どうなったっていい――!」
そして、身体ごと前へと倒れ込むようにして、少女は最後の攻撃を、ヨルベスクの腹部へと叩き込んだ。
――筈だった。
攻撃の命中と同時に、ヨルベスクの輪郭が崩れた。少女が驚きの声を上げる。ヨルベスクの肉体は縺れ、解け、せせら笑いながら、その真の姿を現した――
互いと複雑に絡み合った、数えきれないほどの毒蛇の塊としての姿を。
毒蛇が一斉に、少女へと躍りかかった。悲鳴を上げるが、時は既に遅い。毒蛇たちは、少女の全身に――腕に、顔に、首に、腹に、嬉々として食らいつき、嬉々として牙を沈ませる。
魔女の使い魔である蛇たちは容易く皮膚を食い破り、奥の肉へと侵入していく。全身を喰われる激痛に少女が絶叫を上げ、床に崩れ落ちてのたうち回る。地面に伏した彼女の元に、更に多くの毒蛇が群がった。最早人というより、人の形を成した毒蛇の群れという形容が相応しい。
大理石の床に、赤黒い血が広がっていく。必死に泣き叫ぶ少女が、存在しない何者かの助けを求めて手を伸ばすも、その手は既に余すところなく毒蛇たちによって噛みつかれ、部分的に骨が覗いている。
少女の絶叫が、大聖堂に響き渡る。泣き叫び、泣き喚き、咽び泣く。――だが、やがてその声も絶えた。
完全な静寂が訪れた。




