第四章 4-7
「……え……!?」
「それは例えばね。『術者が指定した前提条件が満たされていない場合』だ」
そう言ってアスモデが持ち上げた右手の中には、いつの間に用意したのか、小さな赤黒い木箱があった。アスモデが木箱を開けると、中には何も入っていない。
「中には何が入っている?」
「……何も入っていないじゃない。馬鹿にしないで」
「馬鹿になんて。……そう、その通りだ。中には何も入っていない。こんな時に、君が《聖骸》にこう願ったとする。――『この箱の中に入っている宝石を、私の手の中に収めよ』と」
そう言って、意味ありげに笑うアスモデ。それと同時に、ブランカの表情が強張った。白濁の目が見開かれる。
「まさか――!」
「そう、その通り。察しが良くて助かるよ」
そう言ってアスモデは、木箱の蓋を再び閉じた。
「箱の中に入っていない宝石を取り出すことはできない。それはどんな奇跡を以てしても絶対に不可能だ。それを願う場合、手順としては先ず『箱の中に宝石を創造せよ』と命じ、その上で『箱の中の宝石を――』と続ける必要があるが、君はそんな手順を踏んでいない。故に君の願いは条件が満たされず、故に何も起こらなかった」
「……つまり」
ブランカは、その場に力なく崩れ落ちた。泣けばいいのか、笑えばいいのか分からなかった。
無理もないことである。全ての大本が崩壊したのだ。
――おねえちゃんを、蘇らせて――!
あの時の願いは、叶わなかった。叶えることが、不可能だったからだ。
だとしたら、可能性は一つしか存在しない。
「そうだよ、ブランカ」
山羊の瞳が微笑みを湛えた。
「初めから死んでいない人間を蘇らせることはできない。よってアデリア=クロウフォードは、死んでなどいない。まだ、この世のどこかで――君の姉は、生きている」




