第四章 4-5
飛び散る血飛沫。と同時に、少女の背後より――正確には、その背後に転がっていた商人たちの死体から――二匹の死霊が湧き出し、新鮮な少女の生首を、空中でひっつかんだ。そのままの勢いで、空高く放り投げる。マリアの刃は、頭部を失った少女の背後のテーブル、切り株のような首の真上、本来ならば頭部がある筈だった場所に、立て続けに、そして無意味に刺さった。マリアが歯ぎしりをする。頭上を仰ぎ、宙を無力に舞う少女の生首に向けて刃を放つが――生首は空中で歪に軌道を変え、予測していた放物線を大きく外れて宙を回転した。
あちこちの死体から、次々と隷属された魂が分離し、半透明な死霊の群れとなって、頭上に沸き上がっていく。彼らの一匹が、骨ばった腕を伸ばし、少女の生首を抱え込んだ。続けてそれを前に放り投げ、それをもう一匹の死霊がその手の中に掴み取る。生首を持ったままの死霊は、そのままの勢いで、四階の壁に空いた穴――ブランカが突入した時の破壊痕――を抜けて、まんまと外へと飛び出した。
「――逃がしませんわ」
通常ならば、あの状態の相手がどこまで生き延びられるのかには疑問符が付くところだが、こと死霊術師となると話は別である。マリアは手元に新しい牛刀を取り出し、前へ駆け
出さんとし――
ハッと立ち止まった。
周りの亡者たちが、襲ってこない。振り向くと、彼らは皆、マリアには目もくれず、ホールの後ろの方へと這いずっていっている。魔女の逃走経路とは逆側、そしてその先には――
このような建物であれば、防犯上、裏へと抜ける扉が必ず存在する。
その先には市街。
瞬時に思考を巡らせたマリアが、迷わずとった行動は、
――逃げる魔女に背を向け、亡者たちのもとへと突進することだった。
両手に踊る刃。見開かれる紅い瞳、あちこちで上がる血飛沫。荒れ狂う白刃の煌きは、嵐の如く亡者の群れを一方的に蹂躙する。ものの数秒、しかしそれで十二分。夥しい返り血をあたりに散らし、全身に浴びたマリアは、死体の山を背にして前方へと即座に向き直り、踏み出し、飛び出し、正面出口から広場へと抜け出した。
あたりを見回す。空に死霊の影はない。それどころかその気配すら、最早どこにもない。僅か数秒の時間差だったが、どうやら致命的であったらしい。マリアは歯ぎしりをし、空を睨みつけた。
「……これは懺悔が必要ですわね」
そう溜息をついて、刃を降ろした。
聖痕者の仕事は、魔女をただ屠るのみに非ず。人を救うことこそ最優先だ。その上で魔女に止めを刺してこそ、本来の責務の完了。今宵、愚かな己に与えるべき罰は、如何様なものにするべきか――。
マリアは、打って変わって静かに、一人で、聖堂に向けて歩いて行った。




