第四章 4-4
ブランカの体内が内側から泡立ち、瞬く間に腐り落ちた。肉体を瘴気へと変換する荒療治、しかも落下の最中である。口元にこみあげてきた内側からのドロドロの腐敗物を必死に抑えながら、ブランカは残された腕の残骸――それすら目の前で筋組織が見る見る溶け落ちていく――を真下にかざし、ありたっけの瘴気を噴出させた。
真っ黒い煙幕のように、地上階の全てが濃厚な瘴気に覆われる。逃げ惑っていた商人たちが悲鳴をあげ、その場に崩れ落ち、動かなくなった。レッドカーペットへと投げ出され、砕け散る、赤ワインのグラス。テーブルの上に用意された豪華な食事は、皆腐り果てていた。強烈な血の臭いと腐敗臭とが立ち込める。
一拍をおいて、その地獄絵図の中に、真っ赤な修道女が降り立つ。両手の中で白銀の牛刀を回転させながら、あたりを睥睨し、目を細める。
黒い靄のような瘴気が立ち込め、あたりの視界は悪い。しかし聖痕者であるマリアには、何の問題もなく晴れて見渡せた。あちこちの死体が、ふらふらと力なく起き上がっていく様子が、その目に映る。白目を剝き、或いは首を横に傾け、或いは口を引きっぱなしにしている亡者たちが、次々とマリアの元へとゆっくりと動き始めた。
「この程度の連中では――」
マリアが透き通った声を上げ、踊るようにして前に進み出た。彼女の元に、両腕を広げて群がった亡者たちが、一瞬にしてその全身を千切りにされ、真っ赤に裏返った塊となって地に落ちた。おびただしい返り血が、マリアの髪と修道服を濡らす。色に変化はない。紅の瞳が、前方を見据えた。
「……足止めにすら、なりはしませんわ」
瘴気の奥、テーブルの一つにもたれかかっている、灰色のぼろのような少女。度重なる魔術の行使によるものか、肉体の限界を迎え、動くことすらままならないようだ。時間稼ぎのつもりなら、空しい試みである。
聖痕者の目を誤魔化すことはできない。その技量を侮ることは許されない。放たれた一閃の刃は虚空を横切り、テーブルの上に並べられたワイングラスの列の間をするりと抜け、見事に少女の左胸を貫いた。
少女の全身が、一度大きくびくんと痙攣した。ひどく苦しそうに咳き込むと、口からおびただしい量の血が溢れ出す。その赤黒い血は、まるで熱湯のように湯気を上げていた。浄化作用という名の、死の宣告である。
――致命傷。紛れもなく、そして、覆しようもなく。
しかし相手が死ぬのをただ黙って待つだけのマリアではない。懐より更に二本の刃を取り出し、続けざまに頭部に向けて放つ――
その瞬間、少女がこちらを向いた。
その顔には、苦し気ながらも、安堵に満ちた笑みが浮かんでいる。
マリアが目を見開いた。少女の意図に気づいたのだ。
少女の、ほとんど白骨のみと化した左腕に、ナイフが握られている。それを少女は、横に掃った。
己の、首の前で。




