第四章 4-3
ブランカが逃げる空の先、カラスの群れが現れた。ブランカが身をかがめ、左腕を突き出す。群れに真正面から突っ込むと同時に、瘴気を思いっきり放出する。
ブランカを抜けた鴉の群れは、彼女を追って飛んできたマリアの元へとそのままの勢いで突っ込んだ。見ると、鴉たちは皆既に生ける屍である。溶けていく目玉、泡立つ皮膚、抜け落ちる羽根。次々と嘴を開き、歪な鳴き声を上げながら、マリアに食らいつかんとした。
マリアは勢いを緩めない。前方を見据えたまま、牛刀による素早い斬撃を、空中に立て続けに走らせると、一瞬遅れて周りの鴉は一斉にバラバラになり、そのまま後ろへと流れて落ちて行った。それを無視して、わき目も振らず、絶えず突き進む。
空中を疾走するブランカの前方に、サン=ダヴィーデ聖堂の双塔が迫ってくる。塔の間を通り抜け、逆側に至ると、そのまま迷いなく垂直に急転直下。その後を追ってマリアが飛び降り、一直線に落下していく。真下に広がるは、市の円形の中央広場。
落下するマリアの前方に、一瞬前にブランカが放っていた数匹の死霊が迫ってくる。虚ろな眼窩の奥に燃える生者への憎しみ、伸ばされた半透明な骨の腕。マリアは気にも留めない。衝突の直前、前方に繰り出した牛刀の回転によって手早く正確に切り刻み、続けて修道服の奥へと手を突っ込むと、白銀の嵐を真下へと投げ出した。
地面に至る寸前、ハッと真上を臨むブランカ、その上空から迫りくるのは、何十本と一斉に降り注ぐ刀の殺意の雨である。足元の死霊の集合に命じ、急激ながら正確に、真横へと進行方向を転換する。彼女が間一髪かわすと同時に、路上に一斉に突き刺さる、見事に真っ直ぐなナイフ。
しかしブランカが安堵の声をあげる暇など無かった。逃げたかと思われた先、次々と空を切る牛刀。頭上でせせら笑うマリア。逃走の軌道は、既に読まれていた。
何本もの刃が、ブランカの右足に深々と突き刺さった。反射的な、甲高い絶叫。焼け焦げる肉。浄化の激痛が肉体を蝕むが、逃げるのをやめるわけには行かない。更に奥へと霊体を走らせ――
目の前に現れ迫りくる、四階建ての商館。ブランカは衝撃に備えた。周りを取り囲む死霊たちが、我先にと前方に突進する。
煉瓦の壁がぶち抜かれ、ブランカは吹き抜けの大広間の上空へと躍り出た。真下では、各地より集まった商人たちが何らかの宴を開いていたらしく、あちらこちらに豪華な食事の盛られたテーブルが並び、ワインを片手に持った肥満体の男たちが何やら談笑していたが、衝撃音と共にブランカが突入してきた瞬間、彼らは一斉に悲鳴をあげて、蜘蛛の子を散らすように逃げ回り始めた。
宙を舞うブランカは、蝙蝠のような動きでシャンデリアに飛び移った。彼女を狙って背後より放たれた刃をシャンデリアの一回転でくるりと躱すと、自ら手足を離し、意を決して、地上階へと飛び降りた。
(――それには瘴気が足りないよ。)
脳内にアスモデの声が響く。事実、伸ばされたブランカの左手からは、僅かな瘴気しか漏れ出してこない。今までの逃走で、ほぼ使い切ってしまった。
「――分かってる――」
ブランカが歯を食いしばる。
「――だから、躰を使う」




