第三章 3-5
――時刻は二時間ほど遡る。
「おはようございます、皆さん!」
「おはよう、セリーヌ」
「おう、セリーヌちゃんじゃないか! 元気かい!」
「元気です! おはようございます! ごきげんよう、おはようございます! えぇ、今日はなんて素晴らしい日なんでしょう。皆さんに、神のご加護を!」
黄金の髪を揺らすシスター服の少女が、飛び切りの笑顔を振りまきながら通りを歩いていた。商店を通り過ぎ、よく教会に祈りに来るおばあさんに挨拶をし、やがては狭い路地の道の中へと、スキップをしながら進んで行った。
路地の奥では、幼い子どもたちが群がって遊んでいた。皆ぼろ同然の服を纏っており、身体は泥だらけ、髪にはシラミが湧いている。彼らは皆、孤児だった。その元に、セリーヌが現れる。
「――あ! お姉ちゃんだ!」
「お姉ちゃんだ! お姉ちゃん!」
セリーヌの姿を見るや否や、子どもたちは途端に彼女の元に駆け寄ってきた。
「ねぇ、セリーヌねえちゃん、今日も食べ物持ってきてくれたの」
「おなかへった、ねぇ、おねえちゃん、おなかへった」
「勿論よ、皆」
セリーヌは笑顔で、携えていた袋からパンを取り出し、
「皆で仲良く食べるのよ」
子どもたちの歓声が上がった。パンを頬張る笑顔の子どもたちを見て、セリーヌは優しく微笑んだ。
その様子を、その背後から、一人の痩せこけた少女が見つめていた。
「……感傷に浸ってでもいるのかい」
少女は一人だというのに、その横から嘲笑するような声が響いた。
「……馬鹿馬鹿しいわ」
少女が唸る。その片目に蠅が止まった。少女は、やはり、気づかない。
満面の笑顔で帰路に就いたセリーヌの道の前に、灰色の髪の少女がふらつき出した。セリーヌが顔をあげ、少女を目にとめる。足元もおぼつかない少女の元に駆け寄り、支えると、心配げに声をかけた。
「――大丈夫?」
「……」
少女は、こくりと頷いた。震える指で指さしたのは、路地の途中の分かれ道。
「……ごめんね」
セリーヌは言った。
「教会から持ってきたパンは、あれで最後なの。でも、分かったわ。あなたのいるところを教えてくれたら、この後買ってきてあげるから」
少女は、黙って頷いた。どうやら話すことができないらしいと、セリーヌは解釈した。素直な笑顔で、
「それじゃあ、連れていってちょうだい」
「――それで、ここでいいのかしら」
路地の途中で少女が立ち止まったのを見て、セリーヌもその場で歩くのをやめた。
「分かったわ。この後、パンを買ってきてあげるから。ちょっとだけ待っててね」
そう言って歩みだそうとしたセリーヌの肩に、少女が後ろから手をかけた。
「ん?」
セリーヌが、振り返る。
それと同時にブランカは、セリーヌの背中をナイフで刺し貫いた。
セリーヌの口から、ゴボゴボと血と泡とが噴き出した。ブランカの表情は動かない。
セリーヌが目を見開いた。どうして、という悲痛な表情を顔に浮かべ、助けを求めて叫ぼうとするが、血が空しく溢れ出し、泡立つだけである。叫ぼうとしていることに気づいたブランカが、そのまま喉を掻き切った。セリーヌは力なく、その場に倒れた。広がっていく自らの血だまりの中、数秒間は微妙にビクン、ビクンと動いていたが、やがてその昆虫的な動きも止み、静寂が訪れた。
ブランカの表情は、相変わらず固まったままである。
「――さて、と」
ブランカの横の空間がねじ曲がり、その中から黒い軍服を着こなした、中性的な美少年が現れた。アスモデは、自身の鮮やかな黒髪を撫でつけて、
「ひとまず、『顔』は手に入ったね」