第三章 3-3
「――セリーヌっ」
「セリーヌっ」
「どこにいるのです、セリーヌ!! いたら返事をしなさい!! セリーヌ!!」
聖堂の中を、聖職者たちは駆け回っていた。自らを襲った魔女に関する情報を持っている、そして何より教会の者たちにとって大切な家族のような存在である、セリーヌの所在。一刻も早く、突き止めなければならない。
「――セリーヌっ」
ロドリゲス神父は一人、中央身廊へと駆け込んだ。《エリエゼルの聖骸》が納められている像の周りに、きちんと定員の執行者たちが見張りを行っていることを確認しつつ、彼は別の通路へと駆け込んだ。
チャペルも探した。鉄塔も探した。庭園の内部も、隅々まで探し回った。
今のところセリーヌは、影も形もない。だが必ずどこかにはいるはずなのだ。ならば、見つけ出し、保護せねば。
「セリーヌ! セリーヌ! 私です、ロドリゲスです! セリーヌ、どうか――」
――その瞬間、ロドリゲス神父は、己の背後に気配を感じた。反射的にバッと振り返る。
「――セリーヌ」
そこに立っていたのは、ボロボロのセリーヌだった。
「……神父様……」
傷だらけ、痣だらけの肌。自慢の金髪もボサボサだった。目に涙を浮かべ、ふらふらと力なく歩み寄る彼女は、とてもロドリゲス神父の知っている彼女の姿とは似ても似つかなかった。
「神父様……あたし……」
「――セリーヌっ」
セリーヌはそのまま、倒れ込むようにしてロドリゲス神父に抱き着いた。それを、ロドリゲス神父の筋肉質な太い腕が、がっしりと受け止める。セリーヌの身体は、驚くほど軽かった。まるで中身が抜け落ちてしまったかのように。
「……どこに行っていたのです」
ネクロマンサーが操る瘴気は、亡者を動かすためにも使われるが、それ自体が生体への猛毒としてもきわめて強力な作用を持つ。肉体の腐敗と崩壊に加え、人によっては、精神が錯乱することも珍しくない。瘴気による呪いを受けた人間を、ロドリゲス神父は今まで過去に何度も見てきた。おぼつかない足取りで、勝手にふらふらと歩くセリーヌの様子は、まさにその症状と一致する。
やはり、ネクロマンサーの仕業だったのだ。
「……皆あなたのことを心配していますよ。いいから今は部屋に戻って休みなさい」
「……神父様……」
ロドリゲス神父の腕の中で、セリーヌは泣いていた。
「……っ……神父様……」
「……大丈夫です。大丈夫です、セリ――」
「お気遣い、感謝するわ」
ロドリゲス神父の身体が、大きく痙攣した。
セリーヌの手の中に、一本のナイフが握られている。それは柄まで深々と、ロドリゲス神父の左胸に突き刺さっていた。
溢れ出した血が刀身と柄を伝わり、セリーヌの手を濡らす。セリーヌが少しばかり腕に力を入れ、ぐぐっと下に引き裂き下ろした。肺を貫いたつもりだったが、その拍子に心臓付近の動脈を掻き切ったらしく、勢いよく飛び出した血の一部が、セリーヌの顔にかかった。動じる様子もない。
胸元に真っ赤な花の咲いたロドリゲス神父は、ただただ茫然としていた。どこか途方に暮れたような顔つきで、目の前の無表情のセリーヌを見つめていた。そしてやがて、事態を理解したのかしなかったのか、彼はその顔を激しい怒りに歪めると、その拳を振り上げ、セリーヌに向けて振り下ろさんとし――
糸が切れた人形のようにそのまま力なく崩れ落ち、セリーヌの前に突っ伏した。
ロドリゲス神父は、自身の血の海の中に横たわっている。ぴくりとも動かない。
執行者の部隊長としては、あまりに呆気ない最期であった。
セリーヌは満足げな笑みを浮かべて、その場をそそくさと後にした。