第三章 3-1
陽気な鼻歌とスキップの音が、大聖堂に響く。
建物の中央を貫く身廊を、一人の少女が跳ねていく。あどけなさの残る、幼いシスターだ。
揺れる長い金髪。人形のような長い睫毛に、煌く黄金の大きな瞳。飛び切りの笑顔を振りまく彼女に、周りを行き交う友人たちや上司たちが手を振る。
「いってらっしゃい、セリーヌ」
「気を付けて、セリーヌ」
「正午までには帰るんだぞ。此度の来客を出迎えるための準備を手伝ってもらいたい」
「分かっていますわ、ロドリゲス神父様。行ってきますね、皆さん! 皆さんにも、どうか神のご加護を!」
セリーヌはそう笑って、聖堂の正面扉を抜けると、陽光が降り注ぐ街の中へとスキップして駆けて行った。
「……全く、彼女はいつもああやって、暢気にお散歩にばかり出かけて」
一人の若いシスターが長い銀髪に指を通し、溜息をついた。隣で腕を組んでいる男に、
「あなたも少しは注意しては如何ですか、ロドリゲス神父」
「いいえ、シュゼット。彼女は貴重且つ重要な存在です」
四十に差し掛かろうとする神父は、口元に皺の寄った笑顔を浮かべた。昨晩は執行者たちの長として亡者の群れと戦った彼であるが、今の彼の面持ちは、教会の敵対者を容赦なく屠る処刑人のそれとは似つかず、むしろ愛する子を見守る父を思わせた。
「あの笑顔は人を虜にし、心を平穏にする。シスターとしての彼女、この教会の代表としての彼女が、多くの街の人々と触れ合うことを通じ、人々の心と神の国とを近づけることができれば、これほど幸いなことはありません。……とりわけ今は、昨日の魔女の襲撃によって人々が戸惑い、悪魔への恐れを抱いている。彼女ならば、その緊張を解きほぐしてくれると、私はそう信じています。それに……」
ロドリゲス神父は、はじめてセリーヌと出会った、三年前のあの日のことを思い出していた。
「あの彼女が、これだけ明るくなれたということは、素晴らしいことではありませんか」
セリーヌは、魔女の手によって惨殺された一家、その最後の生き残りだった。返り血の飛び散った戸棚の奥から、少女がすすり泣く声を聞いたロドリゲス神父が見つけ出したのだ。
教会で保護してから数か月、セリーヌは誰とも口を利こうとせず、一人きりの世界にふさぎ込んでいた。当時のロドリゲス神父たちは、彼女の扱いに手を焼いたものである。それでも諦めずに対話を続けていくうちに、彼女の心も徐々に癒え、そしてやがては、嘗ての明るい性格を取り戻した。嘗ては家族連れを見るのが嫌で街に出たくないと言っていた彼女が、今ではこうして自分から散歩に出かけ、子どもたちと遊んだり、道行く人々に笑顔で挨拶をしたりしている。その過程を知る者としては、彼女を教会の中に閉じ込めておくことは難しかった。
「……えぇ、その通りですね」
嘗てのセリーヌを知るシュゼットは、優しく微笑んだ。
「――ところで、神父。件の『聖痕者』が到着するのは何時頃に」
「それが昨夜の時点では、任務を遂行していたのはリムーザン地方だと。普通に考えれば、最低でも明日の朝まではかかりますが……」
「『聖痕者』ならば、話は別だ、と?」
「十中八九、今日の夕方にはいらっしゃると私は考えていますよ。……そう言えば、君は彼らと実際に会ったことはありませんでしたね」
ロドリゲス神父は珍しく、どこか困ったような苦笑いを浮かべ、
「会えば、分かりますよ。彼ら、彼女たちに、我々の常識を当てはめるのは大きな間違いです。……何はともあれ、彼女の来訪する前に、丁重なおもてなしの準備を済ませておく必要がありますから。我々ができることから、まずは始めると致しましょう」
「……はい、神父様」
だがこれより一時間後、教会へと戻ってきたセリーヌの姿を見て、
彼らは、この時に彼女を止めなかったことを、激しく後悔することとなる。