第二章 2-4
――おびただしい鮮血。
打ち捨てられた教会。床には贓物と血とが無秩序に散乱し、毒々しい色合いのカーペットを織りなしている。あちこちの肉塊に乱暴に突き刺さり、或いはそれを切り開いているのは、白銀の輝きを放つ牛刀。その血の海の中を、陽気な鼻歌を歌いながら、悠々と歩きまわる、血糊でねばついた足音。
その女性が歌っている鼻歌は、由緒正しい祭儀の聖歌である。
「――マリア様。マリア様」
足音の主の背後から、一人の修道女が声をかける。
「教皇庁、カルケデアス枢機卿よりのご連絡です。昨晩のサン=ダヴィーデ聖堂の一件についてですが、今後の管理をマリア様にお任せしたいとのことでございまして――」
修道女の顔に、ピッ、と鮮血が走る。
いつの間に移動したのか、修道女の目と鼻の先の死体に、その女性はぐったりと蹲り、体重を乗せた牛刀を深々と突き立てていた。「死体」がピクピクと痙攣し、やがて動かなくなる。女性は、はぁ、とため息を漏らして、
「……失礼。この魔女、よく見たら殺し損ねておりましたわ」
念のため、念のため、と歌うように囁きながら、女性は動かぬ死体に刃を何度も何度も執拗に突き刺す。血飛沫が飛び、女性の服に、そしてその横に佇む修道女の服にもついた。それが一頻り終了すると、
「……それと、わたくしのことはどうか『マリア』と。それが嫌なら『マリアさん』でお願いしますわ」
優しく語り掛ける、慈愛に満ちた声。潤んだ、赤い唇。
「『マリア様』は『マリア様』ですもの。そう呼ばれるのは、まるであのお方を侮辱しているかのようで、気が滅入りますの」
「……承知いたしました」
素直な返事を聞いた女性は、微笑みを浮かべて立ち上がった。優雅にして可憐、一凛の咲き誇る薔薇を思わせる長身の美女である。だが本来その服にも、そして髪にも、おびただしい量の返り血がついている筈。なにせ彼女はたった今、この廃教会を本拠地としていた魔女の一団を丸ごと一人で殲滅したばかりなのだ。
だが、彼女の姿は、よく見なければそうだとは気づかない。
何故ならば、元より真っ赤なのだ。髪も、修道女を思わせる服装も、全て最初から血のような赤黒い色合いに染め上げられている。このような服装の者は、教皇庁に彼女一人しかいなかった。一度でも魔女討伐の任に関わったことのある者なら噂に名を聞いたことのある、執行者の中の執行者。そも、彼女の服装も、染め上げられた髪も、多くの者が想像する通りの理由で拵えたものだという。
即ち、「常に降りかかっている鮮血が目立たないように」という理由で。
彼女は深くため息をついて、どこか心配そうに、
「……しかし全く、なんて情けないことでしょう。たかが一匹や二匹程度の羽虫に後れを取るだなんて――」
横に転がる魔女の死体に、ザクリ、と牛刀が突き刺さる。そうしてその紅の乙女は、『生き血染めのマリア』は、歌うような声を上げて、
「――信仰心が足りませんわ!!」