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第4話 後編

「霊界堂先生!」

俺が勢いよく音楽室のドアを開けて叫ぶと、霊界堂先生は驚きもせず俺達の方を見て、「あらー?」と口を開いた。

「佐藤はんに松伏はん、それに丑満時はんまで。こんなとこで何してはるん?」

「それは此方の台詞です。霊界堂先生こそ何を?」

紀和子が霊界堂先生を睨みつけながら聞くと、霊界堂先生は「おやまあ」と返した。

「そんな睨まんでもええやないのー。うちは、音楽室に関するある噂を確かめに来ただけやで?」

「ある噂って?」

「あんな、この音楽室から時々聞こえてくるんやて。だーれも弾いてへんはずやのに、ピアノの音が」

「ピアノ?」

真梨恵が聞き返すと、霊界堂先生は「せやで」と答えた。

誰も弾いていないはずなのに、ピアノの音が聞こえてくる。

霊界堂先生の話によると、翠から話を聞いたらしい。翠は意外とこの手の噂を知っている。噂話なんて興味ないような顔をしているのだが。……と、そんな事を考えている場合ではない。

「……霊界堂先生、もしかして『除霊』しようとしてませんか?」

俺がそう聞くと、霊界堂先生は「あら?」と首を傾げた。

「なんで知ってはるん?」

「支援クラスの由乃や瀧太郎から話を聞きました。結構有名な霊能者の家系らしいッスね」

俺がそう答えると、霊界堂先生は一瞬だけ眉間にしわを寄せた気がした。だがすぐにいつものあの穏やかな笑顔で「あらあら」と返した。

「よう知ってはるなあ。せやで。うちは先祖代々霊能者やったんや。その家系に生まれたんやから、霊能者やないわけあらへんなあ」

「霊界堂家の事、私も知ってるんだー。良い噂も……、悪い噂も」

真梨恵がそう言うと、霊界堂先生はまた一瞬だけ眉間にしわを寄せた。

と、その直後だった。


――ポロン……。


「!?」

突然聞こえたピアノの音に、その場にいた全員が一斉にピアノの方を見た。

聞こえてくる音楽。……この曲何処かで。

「あっ!」

真梨恵が、突然何かに気づいたように口を開いた。

「何だ真梨恵、この曲知ってるのか?」

「うん。……間違いない。『幻想即興曲』だよ!」

「『幻想即興曲』……というと、ピアノで弾くにはかなり難易度の高い曲で有名なあれか?」

紀和子がそう聞くと、真梨恵が頷いた。

「……どうやら来はったみたいやなあ」

霊界堂先生が、ピアノの方を見ながら呟いた。

俺にも、徐々に白いもやのようなものが見えた。おそらく霊界堂先生と真梨恵、『坂杜様』にははっきり見えているのだろう。

「誰か、弾いているのか?」

紀和子が真梨恵に向かってそう聞くと、真梨恵は「うん」と頷いた。

「女の子が弾いてる。制服の女の子。多分、うちの学校の生徒だった子だと思う」

「そうみたいやなあ。着てはる制服が丑満時はんや松伏はんと同じやわ」

霊界堂先生はそう言って、ゆっくりピアノの方に近づく。

すると。


――……バン!


「!?」

ミスしたのだろうか。明らかに曲の中にはないような音が聞こえてきた。

その後ピアノの音は止み、暫くして声が聞こえてきた。

『……嗚呼、また間違えてしまいましたわ……。また、先生に怒られてしまう……』

「……先生?」

俺がそう呟く。

霊界堂先生は先程のミスの音で止まっていたのだが、その後すぐ、再びピアノの方に向かっていった。

が、その後すぐ真梨恵が霊界堂先生の前に立ち、両手を横に伸ばした。

「霊界堂先生、何をするつもりなの?」

真梨恵がそう聞くと、霊界堂先生は「何って」と返した。

「『除霊』するんや。うちが有名な霊能者やって知っとるやろ?」

「あの子は何もしてないのに?」

「せやけど、あのまま放っておいたらあかんやろ? みーんなが迷惑してまうわ」

「あの子は誰にも迷惑かけてないよ。勝手に決めつけないでよ」

その声に気が付いたのか、女子生徒の声が聞こえてきた。

『……誰ですの? 私に何か御用でして?』

真梨恵も霊界堂先生も、再びピアノの方を見る。

が、次の瞬間だった。


――霊界堂先生が経本を出し、それを読みだしたのだ。


『……!? ぐ、苦し、何、嫌……!!』

ピアノの方で苦しむ声が聞こえてくる。俺も紀和子もどうすれば良いか分からない。

真梨恵は「やめて! 先生!」と叫ぶが、霊界堂先生には聞こえていないようだった。

まずい。この状況は。このままでは、あの子は。

そう思った次の瞬間だった。

「……!?」

霊界堂先生に向かって、いつの間にか狐の姿になっていた『坂杜様』が飛びついた。

霊界堂先生はバランスを崩し、その場に倒れた。

苦しみから解放された女子生徒の咳が聞こえてくる。

霊界堂先生は、『坂杜様』の方を睨み言った。

「……何のつもりどす? あんた、『坂杜様』やろ? あん子は『除霊』せんとあかん。この世界におったらあかん。『坂杜様』やのにそないな事も分からへんの?」

「分かっておらぬのは貴様の方だ、阿呆が! あのまま『除霊』を続ければ『悪霊』になってしまう。そうなってしまえば幾ら貴様でも命はないのだぞ!!」

『坂杜様』がそう怒鳴る。霊界堂先生は尚も『坂杜様』を睨みながら言った。

「……ほんなら、どないすればええんや? どないやって、あん子を『救えば』ええんや?」

その質問に、俺も紀和子も『坂杜様』も答えられずにいると、真梨恵が言った。

「……ねえ先生。私に任せて?」

「……丑満時はんに?」

「うん」

真梨恵はそう返事をすると、ピアノの方に近づいて言った。

「ねえ。貴方はだあれ? どうしてピアノを弾いてるの?」

暫くの沈黙の後、女子生徒の声が聞こえてきた。

『……有栖川小百合。この学校の3年生ですわ。……否、でした、の方が良いのかしら』

「それが分かってるって事は、自分が『ユーレイさん』になってるっていう自覚はあるんだね」

『ええ。私、ピアノを習っていて、【幻想即興曲】という曲を練習していたのですけれど、いつも同じところでミスをしてしまって、ピアノの先生に怒られてしまっていましたの。私、それに耐えられなくなって……』

「『自殺』したの?」

『……お恥ずかしながら』

有栖川。……何処かで聞いたような苗字だ。

そんな事を考えていると、霊界堂先生が口を開いた。

「『有栖川小百合』……」

「霊界堂先生、知ってるんですか?」

俺がそう聞くと、霊界堂先生は「確か」と返した。

「有名な企業の社長はんの娘はんが自殺しはったニュースで、そん子の名前がそんな名前やったような……」

『なんだ……、ニュースになってましたのね』

霊界堂先生の話に、小百合は溜息を吐いてそう言った。

『お父様もお母様も、私の事なんて気にも留めていないだろうと思ってましたわ。そういう、お方だったから。……まあ二人の事は正直どうでも良いんですの。完璧に弾かなければなりませんの。この曲を。……【幻想即興曲】を』

そんな声が聞こえてきて、俺も紀和子も顔を見合わせた。

どうしたものかと二人で考えていると、真梨恵が小百合に向かって言った。

「ねえ有栖川さん。私に、『とり憑いて』くれない?」

「!?」

その場にいた全員が驚き、真梨恵の方を見た。

『とり憑いてくれ』と、そう言ったのだ。

「あかん! あんた、自分が何言うとるか分かってはるん!?」

「分かってるよ。……でも、大丈夫だよ。ちゃんと考えてる。上手くいくよ」

『……本当、ですの? 貴方にとり憑けばいいんですの? 本当にそれだけで?』

「うん。私にとり憑いて、私の体でピアノを弾くんだよ。簡単でしょ?」

「ね?」と、真梨恵は小百合に向かって言った。

暫くの沈黙の後、『分かりましたわ』という声が聞こえ、白いモヤが真梨恵の体に入って行った。

真梨恵は暫く目を閉じていたが、暫くして目をゆっくり開け、そのままピアノに向かい、椅子に座った。そして、一度深呼吸をしてから、ピアノを弾き始めた。

曲目は『幻想即興曲』。最初の方は、先ほど聞いていた通りちゃんと弾けている。何処をミスしたのか、それは俺には分からないのだが。

中盤。こちらも難なく弾けているようだった。もうすぐ終盤。そして最後の盛り上がり。……もうすぐ、ミスしたかのような音が聞こえていた箇所に辿り着く。

――と。

「……!?」

霊界堂先生が驚いたような表情を見せた。

「どうしたんですか、先生?」

俺がそう聞くと、霊界堂先生は答えた。

「……さっき彼女がミスしよった箇所が……弾けとった……!」

「!?」

霊界堂先生の言葉に、俺は思わず真梨恵の方を見た。真梨恵は少し汗をかいているようだった。が、よくよく聞くと、確かにミスしたかのような音が聞こえていたあの箇所は超えている。やったのか。

そして、演奏はその後何事もなく終わった。

終わった後、真梨恵の体から白いモヤが出てきた。真梨恵は汗をかいており、息も荒くなっている。

『……できた……。本当に、ミスもなく……』

「ね? 上手くいくって、言ったでしょ?」

息を整えながら真梨恵がそう言うと、小百合さんの感極まったような『ええ』という返事が聞こえた。何度も。

『……ありがとう。……本当に。これでもう……何の悔いもありませんわ』

その言葉を残し、白いモヤはスゥッと消えていった。



「……うちが間違っとったわ」

帰り道。遅くなったからと一緒に歩いてついてきた霊界堂先生が、そう言った。

「うちな、お父さんに教えられとったんよ。『どないな霊でも、絶対除霊せんとあかんよー』て。せやからうち、ほんまにどないな霊でも除霊してきたんよ。……せやけど、さっきの丑満時はんの姿を見て、こんなんあかん、こないな考え方間違っとる。そう思うたわ。……おおきに」

「ううん。分かってくれたなら良いよ。それに、これで霊界堂家に関わる『悪い噂』は、流れないと思うしね」

「せやなあ。そうなるとええなあ」

そう言って、霊界堂先生は微笑んだ。

初めて霊界堂先生の微笑みを見た時に感じたあの違和感は、今はもう感じない。

多分、霊界堂先生も縛られていたのだろう。父からの教えに。昔からのしきたりに。それを開放したのは、紛れもない、真梨恵という存在だ。

俺はそう思いながら、夕焼けの空を見ながら下校した。



【第4話 後日談へ続く】

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