時間を少しだけ巻き戻せるようになったけど凡庸な俺は目立つような有効活用はしない~地味なサラリーマンの一日~
この作品は鑑定サラリーマンの番外編ということで、鑑定サラリーマンの主人公「高橋」も登場致します。彼は「鑑定」の特殊能力を持っている事を世間に隠しながら生活している能力者で、うっかり鑑定を使って番外編の主人公の能力を調べるという描写を含みます。(誰得なんだろう)
ある日、残業から帰って寝て起きたら時間を少しだけ巻き戻す事が出来るようになっていた。
頭が可笑しくなったと思われるかもしれないが、本当なのだからしょうがない。
この能力に気づいたきっかけはほんの些細なことだった。
残業が終わり、一人暮らしの寂しいアパートに帰宅した後、俺はいつものようにカップラーメンにお湯を注いだ。その後、いつものように携帯のソーシャルゲームで遊んでいるとあっという間に時間が過ぎ、気づいた時には20分も経っていたのだ。慌ててフタを開けるも、そこにあるのは完全に伸びきった麺である。この時俺は残業の疲れもあってか、頭が可笑しくなっていたらしい。時間よ巻き戻れ!なんて両手を突き出しながら言った途端、世界が反転した。
そして気づいた時には封が空いていないカップ麺が置かれていたのだ。目の前の信じられない光景に驚いて時計を確認するために携帯を弄ると、20分前の時間を示されており、さっきまでやっていたゲームで行動した20分の成果も全て無かったことになっていた。
信じられなかった。
伸びきったカップ麺が元に戻り、時計が20分前を示し、さっきまで行動した結果が無かったことになる………つまり時間が巻き戻ったということだ。
そしてこの後、能力を使って色々と試してみると幾つか判明した事がある。
一つは時間を巻き戻す能力の発動は任意であること。ようするに自動では無いので勝手に能力は発動したりしないということだ………少なくとも今のところは。
二つ目はどの程度時間を戻すのかというコントロールはある程度自分の“感覚”で掴み取らなければならないという事。5分戻そうと思って力を使ったが、結果は7分ほど巻き戻っていた。この感覚の捉え方は要訓練といったところだろうか。
そして最後に分かったことは、時間を戻せるのは大体20分位が限界だということ。
20分以上時間を戻そうとすると、頭が割れるような激しい頭痛を伴うので、痛みを我慢して続けるなんてのは俺には無理だ。
試しに一度だけ限界までこの能力を試そうと思ったが、強烈な痛みに襲われ、俺は強制的に能力を解除することとなった。更に、小刻みに能力を行使するという小細工を使ったとしても「能力を発動した瞬間から20分以上はどうやっても頭の痛みが激しくなり時間を逆行できない」ということだ。
簡単に言うと午前8時20分に一度能力を発動したら、その発動した瞬間から20分、つまり8時までしか時間を遡れないのだ。それを越えると頭が割れるような激しい頭痛に襲われる。
まぁ、そういった制限はあるものの、それを差し引いてもとんでもない能力である。
ラノベの展開なら、訓練次第で能力の幅が広がるだとか、無理やりそれ以上遡ろうとすると死ぬだとか、SFチックな話であるならばタイムパトロールが来て殺されるだとか、そういった展開が予想されるだろうが、俺にとってこれは現実である。試してみて「うっかり死にました」では済まないのである。
だが少なくとも、この能力と出会ってから俺の常識は覆された。“ありえない”なんて事は“ありえない”のだ。なにせ時間を巻き戻すなどという神をも恐れぬ所業が出来るのである。もしかしたら殺人タイムパトロールもいるかもしれないし、この限界以上に時間を巻き戻そうとすると世界が滅ぶ、なんて事ももしかしたらありえるのかもしれない。
まぁ、そんなスケールがでかい話は置いておくとして、一番の問題はこんな能力が使える俺の進退についてだ。もしこんな能力が使えるなんて世間にバレたら、世界中から狙われる。むしろ狙われない理由を考える方が難しい。
表の組織は勿論、表に出て来られないような後ろ暗い連中がこぞって俺の確保に走るだろう。下手したら未来を変えられる能力なのだ。大統領クラスの要人暗殺だってトライ&エラーをすれば出来てしまうかもしれない。それこそどこぞの国や組織の力を借りれば第3次世界大戦の幕開けすら実現出来てしまうかもしれない能力だ。
例え誰の力も借りずに個人で使っても、その能力単品だけで億万長者になれる反則級の能力だ。例えば素人考えだが、万馬券を全財産つぎ込んで買えば簡単に大金が手に入るのだ。犯罪にだってばっちり使える。これだけ好き勝手出来るのだ。研究機関などに捕まったら、この能力を解明するために拉致監禁されてモルモットにされる可能性もあるだろう。
己の思惑とは関係なく、世界を動かせるレベルの凄まじい能力を手に入れてしまった。ハイリスクである事を考えれば恐ろしくもあるし、ハイリターンである事を考えれば使わない手などありはしない………
そこまで考えて俺は一つ決意する。
バレたら怖いが、せっかく能力を持っている以上使わないなんて手は無い。バレないように地味~なところでのみこの能力を使えば良いのだ。
――という小市民極まりない無計画なローリスローリターンな結論(よくよく考えなくてもバレる=一発退場なのでバレる確率は下がるが結果はハイリスクローリターンになっただけ)を出すまで一晩掛かってしまった。一睡もしていない上に、今日は休みではなく普通に平日だ。もたもたしていると普通に遅刻するので、とりあえず朝食を食べた後、会社に向かおうと玄関から外に出た。
「うえ、今日は雨かよ………風も強いし、ついてないなぁ」
玄関から出ると、外は土砂降りの雨が降っていた。そういえば低気圧が接近しているとかいってたっけなぁ。まったく、大雨だなんてついてない。
俺は再び玄関に戻って傘立てから一本傘を取り出し、それを広げながら会社に向かった。
会社までは電車に乗って1時間掛かるため、いつも早起きしていたんだが、この雨の影響で電車が遅れそうな気がする。まぁ、余裕をもって行動しているから遅刻することは多分ないと思うんだが。
そんな益の無いことを駅に向かいながら考えていると、凄いスピードで前からトラックが走ってきた。
何か嫌な予感がしたが、構わず歩道を歩いているとトラックのタイヤが水たまりの上を通過し水を跳ね上げ、猛烈な勢いでもって俺の一張羅のスーツを泥水まみれにしやがった!
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
思わず女性のような悲鳴(男が発している声なので聞き苦しさの程はお察し)を上げるも、トラックはもの凄い勢いで走り去って行ってしまった。
そして後に残されたのは、希望ではなく絶望だった。(泥水まみれ)
通りすがりのサラリーマンも何人か居るが、俺をチラチラ見てくるだけで誰も何も言ってこないし助けてもくれない。
まぁ、俺だったら朝のクソ忙しい時間にそんな面倒なヤツ見かけたら素通りして会社に向かうけどね。でも実際やられるとムカつくが………
朝っぱらから最低な気分になった俺は、迷わず時間を巻き戻した。
世界が暗転し目の前がグルグルと回る。そして気が付くと、玄関前で傘を持って突っ立っていた。
俺は身体が泥水まみれになっていないことを思わず確認し、スーツが綺麗な状態に戻っていたので安堵した。腕時計を確認し、しっかりと出かける前の時間だと分かった。
「ふう………とんだ災難にあったもんだ」
実際は「無かった事になった」訳であるから、災難に「遭っていない」訳ではあるが、そういう問題ではない。実際に喰らった訳だしな。
とりあえず俺はいつものルートを避けて会社に向かう。
歩いてしばらくすると近所に住んでいる早乙女可憐さんが目の前の花屋の中に居た。居たといっても近所の花屋で働いている。つまり花屋の店員なので花屋にいるのは当然の事である。
可憐さんは一言で言えば美人である。
ぱっちり二重のまぶた。黄金比を体現したかのようなフェイスライン。ぷっくりと形の良い唇に色気のある泣き黒子。透き通った透明感のある素肌にモデルのような抜群のプロポーション。
その上性格も良いという完璧美人であるのだから、当然ながら俺は彼女に恋心を抱いている。
そんな見た目も中身も素晴らしい彼女が、俺に気づいて手を振ってきた。
「おはようございます!小鳥遊さん!
こんな雨だと出勤大変ですね。道が滑りやすくなってますから、気をつけて行ってらっしゃい!」
「やぁ、おはよう。早乙女さん、今日も綺麗ですね!こんな美人さんに行ってらっしゃいなんて言われると、今日も一日仕事を頑張れそうですよ!」
「もう、小鳥遊さんたらからかわないで下さいよ!
とにかく、気をつけて下さいね!」
早乙女さんの行ってらっしゃいで、やる気が上がった俺は会社に向かった。ずぶ濡れになる云々は関係無く、こっちの道通って本当に正解だったわー。
そんなちょっとしたイベントをこなしつつ無事会社に着いた。
会社の入り口で傘を折り畳み、傘をぶん回して水気を取ったら警備員が設置してくれていた傘用のビニールを一つ剥ぎとって傘を入れる。
そして、いつものように俺の所属する3Fにある販促………つまり販売促進部の部屋に向かう為にエレベーターに乗る為にボタンを押す。暫くするとエレベーターが降りてきてすぐに乗り込むと、同僚の鈴木が奇声を上げながらエレベーターに駆け込んできた。ずぶ濡れの姿で。
「うげえぇええええ!傘全部会社に置いてきちまったから全身ずぶ濡れになっちまったよ!最悪だぁぁぁぁ!」
「げぇ!ずぶ濡れの姿で駆け込んでくるんじゃない!水が少し俺の方に飛んできて最悪だろうが!」
「最悪なのは俺だよ俺!見てみろ、全身ずぶ濡れだぞ!どうしてくれるんだよこれ!」
「いや、そんなもん知らねぇよ!っていうか、傘くらいコンビニで売ってるだろうが!なんで買って来ないんだよ!」
「あ!その手があった!!」
と馬鹿な会話をしていると3階に着いたエレベーターの扉が開く。そして目の前に現れたのは販促の部長であった。そして俺達の姿を見た部長は何かを思いついたような表情で俺たちにこう言った。
「おぉ、ちょうどいい所に………って、鈴木!全身びしょ濡れじゃないか!さっさと休憩室で乾かしてこい!アホが!
そして小鳥遊(俺の名前だ)!DMの内容訂正をお願いした『センチメンタルジャーニー第一印刷』で校正のミスが発覚したそうだ。急いで校正しに行かなくてはならない。私と一緒に来るんだ」
「えぇー!こんな本降りの雨で外出ですか!」
「無駄口を叩くんじゃない!私だって好き好んで行きたい訳じゃないんだ、さっさと行くぞ!ホラ!」
俺は無理やり部長にエレベーターに押し込められてしまった。
何という日なのだ。朝っぱらから泥水を被り、挙句の果てにそんな本降りの雨の中、上司と一緒に外出だなんて最悪以外の何物でもない――そう、通常であればだ。
――神は言っている。ここで外出する運命ではないと――
俺は迷わず時間を巻き戻した。
目的の3階に行くためにはエレベーターだけではなく、当然階段でも行ける。エレベーターを選ぶと部長と強制エンカウントするので“今回は”階段を選択する。階段の方へ足を向けると鈴木がエレベーターにすっ飛んで入っていった。
階段で3階についた頃に部長がエレベーターの前で待っているのが見えた。そしてまもなくして開くエレベータ。当然、中には1回目と同じくずぶ濡れの姿の鈴木が居た。
「おぉ、丁度いい所に………ってお前、ずぶ濡れじゃないか!………まぁ、良い。
DMの内容訂正をお願いした『センチメンタルジャーニー第一印刷』で校正のミスが発覚したそうだ。急いで校正しに行かなくてはならない。私と一緒に来るんだ」
「えぇー!!出勤早々でまた外出ですかぁー!っていうか、俺ずぶ濡れでまた本降りの中外行くんすか!横暴ですよ!」
「五月蝿い!ガタガタ言うな!どうせずぶ濡れなんだ、これからどれだけ濡れたって構わないだろう!それに『センチメンタルジャーニー第一印刷』ならずぶ濡れで行った所で、迷惑はかからない訳ではないが身内(同系列会社)だから、構わんだろう。ほら、無駄になるが警備で傘を借りて行くぞ!」
「うわああぁぁぁぁぁ!そんな殺生なぁぁぁぁぁ!!」
その台詞を最後に鈴木は部長と一緒にエレベーターに消えていった。
「鈴木、お前の犠牲はきっと忘れない………と思う」
無事に販売促進部までたどり着いた。
販促に足を運ぶと、雨の影響なのかあまり社員が出勤していなかった。本降りの雨ということで交通機関に影響があるのだろう。事故などあれば、いつもより少ない人数で今日の仕事をこなさなければならない事もあるかもしれないが、そうなったらそうなったで俺のやることは変わらない。
鈴木が犠牲になってくれたお陰で俺は外出せずに通常業務をこなすことが出来たのであった。
そして午前中が終わり、お昼の時間。
社員食堂で昼食を取っていると、総務課の高橋がやってきた。こいつも鈴木と同じで同僚である。俺は4人座れるテーブルを占拠していたので、高橋をこちらに迎えた。
「いよう高橋、モン○ンやるかー?」
「あぁ、いいね。でもその前に飯食わないとな」
「それもそうか」
そんな他愛もない話をしながら飯を食っていると、いつの間にかこちらを凝視していた高橋がギョっとしたような驚愕の表情で俺を見ていた。
「な、何だよ気持ち悪ぃな。まるでいきなり目の前に殺人鬼でも現れたようはヒデェ顔しやがって」
「……!!
あ、あぁ、い、いや。な、な、な、何でもないよ……!」
「んん?………お前、何か隠してないか?」
「いやいやいや!何でも無いから!気にしないで!それよりも食い終わったら、モ○ハンやろうぜ!な!」
「お、おう……?」
何か勢いで有耶無耶にされたような気もするが、俺は高橋とモ○ハンを楽しんだ。
昼の高橋の件で何かモヤモヤを抱えていたが時間はあっという間に過ぎて退社の時間になった。
雨は更に激しくなってきており、交通機関に影響が出ているだろうということはニュースを見なくても分かる。
何年か前も大雨のせいで家に帰れなくなってビジネスホテルに泊まるという痛すぎる出費があったことを思い出し、俺は大急ぎで駅に向かった。
何とか電車に乗れたのだが、やはりというか電車が途中で停まった。そしてかれこれ20分ほど待たされただろうか。ようやく停止信号が解除されたのか、再び電車が走りだす。
そうして目的の駅についた俺は傘を開いて駆け出す。
傘を指しているとはいえ、微妙に足が濡れるので全速力で家に向かう。
勿論、雨の中で走ればずぶ濡れになるのだが、どうせ足元は傘を指していてもびちゃびちゃになる凄い本降りだ。この際、ずぶ濡れになってでも早く帰りたかったのだ。
そして何となくいつものルートは全身びしょ濡れになったので縁起が悪いと思い、今朝のルートをひた走る。
暫く必死になって走っていると、仕事が終わったのであろう早乙女さんが花屋の制服から私服になって家の方に向かって歩いているのが見えた。
俺は声を掛けようと早乙女さんの方を見ると、近くにトラックが猛スピードで走ってきているのが見えた。
嫌な予感がして早乙女さんの方へ向かうと、案の定、雨道でタイヤが滑ったトラックが早乙女さんの方に突っ込んできた。
「早乙女さん!危ない!」
「え………?!きゃああ!!」
瞬間、アドレナリンが流れすぎたせいなのか全てがスローモーションに見えた。
驚愕の表情でハンドルを切っている運転手――
恐怖で悲鳴を上げている早乙女さん――
早乙女さんに迫る大型トラック――
そして絶望的なまでの早乙女さんまでの距離――
「うわああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は悲鳴を上げながら時間を巻き戻した。
20分前に時間が戻る。俺の心臓はバクバクと早鐘を打っていた。
このまま行けば早乙女さんが死ぬ―――どうにかしてそんな残酷な運命を変えなければいけない。
でもどうすればいいんだ!
20分前に戻ったは良いものの、現在は大雨の影響で電車の中に居る状態。しかもその電車が停止信号で停まっている。つまり詰んでいるのだ。
かと言って、警察に話した所で「頭がおかしい」と言われるどころか、イタズラ電話だと思われるだけだ。どこの世界に、これから20分後にとある女性がトラックで轢かれるので助けてください!といって動く警察が居るのだろうか。
焦りで考えが纏まらない。この能力が頭の良い誰かが得たのであれば、何かしらの良策を思いつくのだろうが、凡人の俺では何も思いつかない。
くそ!どうか間に合ってくれ………
俺は停止信号で停まっていた電車が動くのを感じながら、強く念じた。
電車が駅についた瞬間、猛ダッシュで駅の改札を通り抜ける。そして駅前で停まっていたタクシーを拾い、急いで現場に向かうように指示を出した。
タクシーが走りだして数分後、渋滞にハマってしまったので1万円を出して釣りはいらないと宣言し、現場に向かう。
しかし、目にしたのは既にトラックが突っ込んだ後だった。
辺りにはトラックの破片が飛び散り、家の塀にトラックが突っ込んでいる。そして塀のそばには早乙女さんが持っていたバッグが――――
「うわああああああああああ!!」
俺は再び時間を巻き戻した。
再び20分前に戻った俺は、絶望に打ちひしがれた。どうしたら、彼女を救えるのだろうか。
一瞬、目の前にある非常ボタンを押すことが頭を過ぎったが、そういえばインターネットで非常ボタンを押しても乗務員と会話が出来るだけだと見たことがある。乗務員に、とある女性が轢かれそうになっているので降ろして下さい!と伝えた所で正気を疑われるだけで終わってしまうだろう。
この能力を手に入れてから災難続きだったのだが、それは能力を手に入れた代償なのだろうか………いや、そうではない。俺がこの能力を手に入れたのは、今この苦難を打開するために神が俺に与えた能力なのだと思って無理やり嫌な考えを捨てる。そう思わないと、俺の心が折れてしまう………
3度目の下車も2度目と同じく改札を猛ダッシュで走りぬけ、今度は傘も差さず全力で現場に向かった。
ペース配分も考えずに走ったおかげか、少しだけ早く現場に到着した。
1度目とは違い、早乙女さんとの距離もその分だけ近くなる。しかし運命は無情な物で、既にトラックはスリップした状態で早乙女さんに向かって突っ込んできていた。
「早乙女さん!危ない!」
「え…………!きゃあああああ!!」
急いで声を掛けるも、一度目と同じような状況になってしまった。
驚愕の表情でハンドルを切っている運転手――
恐怖で悲鳴を上げている早乙女さん――
早乙女さんに迫る大型トラック――
全てが1度目とほぼ同じ状況だ。だが、1度目とは違い、少しだけ距離が早乙女さんに近かった。
「うおおおおおおおおお!」
俺は奇声を上げながら、更に加速した。
目の前はスローモーション撮影しているかのようにゆっくりと世界が動いており、時間という概念が無くなったように感じられる。
絶対に助けてやる!と脳が足に信号を送るが、悲しいことにちょっと距離が近い程度では早乙女さんを助けられる距離では無いと冷静な脳は判断している。
根性論で助けられるほどの距離ではない。少し………ほんの少しだけ足りないのだ。
「ちくしょおおおおおおおおおがあああああああああ!!」
このままでは何も変わらない。早乙女さんを助けられずに終わってしまう。
「うおおおおおおおおおおお!絶対に助けるんだああああああああ!」
叫んだ瞬間、スローモーションだった世界が停止した。
運転手も、早乙女さんも、トラックも―――
目の前が白黒になり、世界が一変する。目の前全てのものが停止している。
しかしそんな全てが静止した世界に例外があった。俺だ。俺だけこの世界で動くことが出来た。
なんでこんな状況になったかは分からないし、一体何が起こっているのか分からないが、そんな事は重要じゃない。彼女を救う唯一のチャンスが到来したのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!早乙女さん、俺は、君を、絶対に助ける!
運命だとか、宿命だとか、そんなものがあったとしても、絶対に君を守るんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
“ちょっとだけ足りない”距離を停止した時間を駆け抜けることによって早乙女さんの元に着いた。そして体当たりするように早乙女さんの身体にぶつかって前方に跳んだ。
―瞬間―
ドゴオォォォンというトラックが塀に突っ込んだ凄まじい音と共に世界が色を取り戻し、俺と早乙女さんは道路に投げ出された。
プスプスと音を立てるトラックを尻目に、俺は早乙女さんの安否を確認した。
「大丈夫ですか!早乙女さん!怪我は!怪我はありませんか!!」
「た、小鳥遊さん………一体、なにが………」
色々な事が一変に起こりすぎたせいか状況が飲み込めていない早乙女さんであるが、徐々に今の状況が分かったらしい。お礼を言うと、急いで110と119に連絡してトラック運転手の安否を確認しに行った。
その光景を見た俺は早乙女さんが助かった実感で胸が一杯になり―――とんでもない倦怠感に襲われて意識を失った。
意識を失う前に早乙女さんの悲鳴を聞いた気がするが、身体から力が抜けてどうにもならなかった。
気づくと俺は病院のベッドに居た。医者によると心労と極度のストレスで倒れたとの診察結果で、意識を取り戻した後は、ちょっとした診察を受けて退院することが出来た。
その後、何故か時間を逆行出来なくなってしまったのだが、そんな事はどうでも良かった。
あれから、暫くした後、早乙女さんからお礼を言われた際に食事に誘うことに成功し、何やかんやあって付き合うこととなったのだ。もうそれだけで俺にとってはお釣りがくるほどの出来事だ。
そして今日も“いつもとは別のルート”で出勤する。
しばらくして見慣れた花屋に到着した俺を出迎えるように早乙女さんはこう言った。
「行ってらっしゃい。私の英雄さん」
そう言ってニッコリと蕩けるような笑顔を魅せたのだった。
~後日談~
小鳥遊「いよう、高橋!昼休みだしモ○ハンやろうぜ!」
高橋「え!時間逆行の次は時間停止能力だと……!」
小鳥遊「あ?何か言ったか?」
高橋「いやいやいや、何でもないよ!それよりモ○ハンやろうぜ!」
小鳥遊「………?変なヤツ」