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第9話 温泉妖怪の少女、うどんを食す

「ふわあ……よく寝たのだ。朝なのだー、今日もお仕事がんばるのだー」


 ふかふかのお布団から、むくりと起き上がると、ユノハナは軽く伸びをした。

 寝崩れた浴衣をそのままに、窓の方に近づいて、開ける。

 うん、今日も良い天気なのだ。

 雨が降ると、露天風呂には、屋根を用意しないといけないのだ。

 そうなると、せっかくの吹き抜けた感がなくなって、残念なのだ。

 だから、こういういいお天気の日は、ユノハナは好きだ。

 もっとも、農家連とかのお客さんに言わせると、晴れっ放しはいいお天気じゃないらしいけど。

 考え方って、人それぞれ、妖怪それぞれ違うのだ。

 そんなことを考えながら、布団を丁寧に整えて、片付ける。

 その途中で、天井のあたりで遊びまわっていたミドリノモにも頼んで、お布団をきれいにしてもらう。

 一応、ここも、ユノハナが寝泊まりしてるけど、温泉がやっている時間は、お客さんがくつろいだりするお部屋でもあるし。

 

 今、ユノハナがいるのは、サイファートの町の温泉だ。

 その名は『もののけ湯』という。

 名前の通り、妖怪温泉といった感じだろうか。

 式神使いのコズエと、温泉の妖怪でもあるユノハナが頑張っているお店でもある。


 そう、ユノハナ、こう見えて、妖怪なのだ。

 『温泉』の属性を持つ妖怪だ。

 赤い髪に、真っ赤な瞳。

 そして、何年経っても、これ以上成長しない、ちっちゃな女の子の身体。

 どうも、ユノハナは、子供型の妖怪ってやつらしい。

 自分でも、あんまりピンと来てないけど。

 まあ、妖怪は、そんな細かいことは気にしないのだ。

 今は、サクラとかもユノハナとおんなじくらいになってるけど、サクラの場合、元はもうちょっと妖艶な感じの姿だったし。

 大きくなったり、小さくなったり。

 年を取ったり、取らなかったり。

 妖怪の数だけ、属性があって、その属性によって、まったく性質が異なるのが妖怪だ。

 だから、色んな事があっても、全然気にしない。

 ミドリンことミドリノモが、いつの間にかいっぱいに増えちゃったのも気にしない。

 おかげで、掃除のお仕事が楽になって、町全体もきれいになってるし。

 コズエも言ってたけど、どうも、この町って、妖怪種にも住みやすい町なのだそうだ。

 コトノハでも、ミドリン、ここまで短期間に増えたことなんてないもんね。

 まあ、居心地がいいのは間違いない。

 ごはんも美味しいし。


「ミドリン、ありがとうなのだ。おかげで、お布団がきれいになったのだー」


「ももっ!」「もっもっもっ!」「もーっ!」


 まん丸い緑色の妖怪たちにお礼を言って、ユノハナは部屋を出て、下の階へと降りる。

 この『もののけ湯』は、一階が温泉スペースで、上の階にはくつろぎスペースや、まったりと食事を取ったり、お酒を飲んだりという場所があるのだ。

 こことは別にお宿とかはあるから、そっちに配慮して、寝泊まりとかのサービスはやってないけど、どうしてもって時や、夜からのお仕事で、温泉に入ってから、ちょっとだけ仮眠をしたいお客さんの頼みで、そういう時は、お部屋を貸したりもするけど。

 ユノハナが二階で、寝泊まりするのもそのためだ。

 まあ、何かあった時は、コズエの式神が二十四時間対応できるから、よっぽどのことがない場合は、すやすやと眠るのがお仕事になっている。

 どうも、ユノハナの姿で、夜中にお仕事をしているのって、コズエたちにとっては、よろしくないことらしいのだ。

 ちっちゃな子たちに真似されたくないとか何とか。

 でも、ユノハナ、こう見えても、二百歳近いのだ。

 コズエとかが大きくなる姿を見ていると、成長してないって自覚はあるけど。

 妖怪なんて、そんなものなのだ。


 ともあれ。

 この温泉も最初始めた頃に比べると、大分大きくなったのだ。

 ユノハナたちが出身のコトノハなんかでもあるような、銭湯とか湯屋とか、そういう感じの作りだったのが、露天風呂を始め、色々な種類の温泉が増えて、最初は混浴だったのが、オサムたちの意見とかから、男湯と女湯と混浴に分けて。

 それから、それに加えて、どっちでもない人とか、他の人に裸を見られるのが恥ずかしい人とか、家族でのんびりしたい人用に、専用の個室風呂とかも増築して。

 今度は、サウナとか言う、蒸し風呂のようなものも作るらしい。

 そっちは、さすがにユノハナの管轄外かと思ったら、実はそうでもないらしく、改めて、協力を頼まれているのだ。

 まあ、お湯に浸かるだけの簡単なお仕事から、大きくは変わらないらしいけど。


 とっとっとっ、と木の階段を降りると、一階では、コズエたちが今日の営業の準備をしていた。


「コズエ、おはようなのだー」


「はいはい、おはようさん。今日もよろしくねえ」


「なのだー。今日もお仕事頑張るのだー」


 そう言って、コズエを手伝っていた、ふたりにも挨拶する。

 ミキはコズエの孫で、コノミはコズエの娘だ。


「ミキとコノミもおはようなのだー」


「ユノハナちゃん、おはよう」


「おはようございます。あらあら、朝から今日も元気ねえ」


「なのだー。ミキ、今日は随分と早いのだ。パンを作るお仕事はお休みなのだ?」


「違うよ、ユノハナちゃん。今日は遅番だから、午後からだよ。だから、今日は温泉の準備のお手伝いだけだね」


 なるほどなのだ。

 まだまだ、子供っぽいかと思っていたら、ミキもしっかりしてきたのだ。

 パンのお仕事もアルバイトっていうよりも、職人っぽくなってきた感じなのだ。

 で、その合間で、温泉とか、コノミのうどん屋のお手伝いもして。

 うん、随分と働き者なのだ。

 妖怪からの信頼もあついし。


「でも、それはそれとして、お母さんが今朝のパンを持ってきてくれたから、お仕事の前にユノハナちゃんも食べて行ってね。作り立ての方がおいしいよ」


「うれしいのだー。さっそく頂くのだ!」


 ちょっと話している間にも、コノミが朝ごはんを用意してくれていた。

 今日のメニューは、バゲットのサンドイッチと、サラダとポタージュスープなのだ。

 この、とろとろしたとうもろこしのポタージュスープは、ユノハナも大好きだ。

 それに、サンドイッチの方も、どっしりとしたマッドターキーのハムと甘酸っぱいクランベリーのジャム、後は野菜やチーズがセットになったものだ。

 これは、うれしいのだ。


「あー、やっぱり美味しいのだー」


 ちょっと甘酸っぱいジャムと、クリーミーでコクのあるソースとが不思議とぴったりなのだ。ハムと野菜もパンとぴったりでもあるし。

 白い小麦粉のパンになってから、サンドイッチも美味しくなったと思うのだけど。

 同時に、その種類もかなり増えたように感じるのだ。

 たまに、コノミが持ってきてくれる、甘いサンドイッチとかもそうだ。

 コトノハの小豆と生クリームをパンで挟んだだけのものが、あそこまで美味しくなるとは、ユノハナにも驚きなのだ。

 次はいつ食べられるのか、ちょっと楽しみな味なのだ。

 あの小豆のサンド。


「こっちのスープも美味しいのだ!」


 とうもろこしのポタージュスープ。

 こっちは、オサムが毎日作ってくれているスープの一種だ。

 この、どこかほんのり甘くて、とろっとしたスープは本当に美味しいのだ。

 シンプルなパンなら、つけてもいいし。

 たぶん、このスープなら、鍋ごと飲めるかも、とユノハナは思っている。

 さすがに、コズエとかに止められるから、試したことはないけど。

 あっという間に、サンドイッチとサラダとスープを平らげて。

 おなかもいっぱいになったので、お仕事に取り掛かるのだ。


「それじゃあ、コズエ。始めるのだー」


「はいはい、よろしくねえ」


 そうして、一番奥にある女湯の露天風呂までたどり着く。

 ここは、ユノハナの特等席だ。

 今はまだ、泉の水のため、湯気なども一切出ていない、水風呂へと、ユノハナはそっと手を入れる。

 すでに、着ていた浴衣は脱いで裸になっている状態だ。

 泉から引かれた普通の水。

 それが、ユノハナに触れた瞬間に変化する。

 最初は、手の周辺から。

 それが徐々に広がって行って、この露天風呂と配管が繋がっているすべてのお風呂へと変化がおとずれて。

 ほんの一瞬のうちに、すべての水は温泉へと変化した。


 これが、ユノハナの属性なのだ。

 ユノハナが望めば、ただの水を温泉へと変えることができる。

 一度変わった水は、ユノハナが離れても温泉のままとなる。

 そのため、コトノハ本国では、実は、かなり重宝されていた存在でもあるのだ。

 今は、ちょっとしたいかさまが可能なため、ユノハナが戻らなくても、同じようなことが可能になったのだが、そうでなければ、コズエと一緒にこの町へは来られなかっただろう。

 たぶん、コトノハの王家が許してくれなかったのだ。

 しみじみとユノハナはそう思う。


「イソたちにも迷惑をかけるのだ」


 だが、今のユノハナはこの町が大好きだから。

 たぶん、この町がある限りは、ここで温泉を続けると思う。

 それに、と。

 この町に来たおかげで、ユノハナの能力も、大分進化もしたのだ。

 コトノハにいた頃は、ユノハナも、温泉と言えば、ひとつのものしか想像していなかったのだ。

 だが、オサムや、コロネたちから、温泉について色々と聞いた結果。

 何種類もの温泉の制御が可能になったのだ。

 ちなみに、今日、変化させた水質は、炭酸泉だ。

 細かい泡が出てきて、なかなか気持ちがいい温泉なのだ。

 ここ、『もののけ湯』では、曜日によって、温泉の種類を毎日変えている。

 そうしてからは、毎日来てくれるお客さんも増えたのだ。


 さて。

 後は、まったりとお湯に浸かりながら、時々、能力を使う感じだ。

 そんなこんなで、ユノハナののんびりしたお仕事が、今日も始まった。





「ユノハナちゃん、ごはん持ってきたわよ」


「あっ、ジルバ、ありがとうなのだ」


 お客さんのひとりでもある、ジルバが湯に浸かっているユノハナのところまで、ごはんを持ってきてくれた。

 時刻はお昼過ぎだろうか。

 温泉にやってくるお客さんの層もまちまちだが、このくらいの時間にやってくるのは、このジルバのように、夕方から夜にかけて、お仕事を持っているお客さんが多い。

 温泉に浸かってから、お仕事という感じなのだ。

 元々、ジルバは『もののけ湯』の常連ではあったのだが、自分でお店をやるようになってからは、午前中から、このくらいの時間にかけて、毎日やってきてくれるようになったのだ。

 もうすっかり、顔なじみで、それで、こんな感じで食事を持ってきてくれたりもする。

 代わりに、たまに温泉をただにしたりとか、そんな感じだ。


 ちなみに、持ってきてくれたのは、コノミのところで作ったうどんセットだ。

 温泉では、主に、食事はコノミのお店で作っている料理の出前になっているのだ。

 二階のくつろぎスペースのために、飲み物類はしっかり用意しているが、料理に関しては、すぐ側にある、コノミのうどん屋から、作ってすぐ配達という感じで。

 で、配達してくれるのが、コノミの式神たちなので、女湯には入って来れないので、その辺は、ジルバみたいな常連さんが、ユノハナの食事を届けてくれるというか。

 一応、温泉に浸かりながら、お酒を飲むのは許可してるけど、食べ物を食べるってのは、あんまりお客さんでもやっていない。

 ユノハナはあんまり、温泉から離れられないので、特別だ。

 前にジルバも食べてみたいと言ったので、試しにやってもらったが、結局、その習慣は定着しないで終わってしまった。


「そうね。最初はユノハナちゃんがやってるのを見て、いいなあ、って思ったけど、やっぱり、温泉に浸かりながら、何かを食べるのってあんまり、だったのよねえ。お酒とかも酔いが回るのが早いし。どうせなら、お風呂上がりにゆっくりと、ってのが実は良かったみたいね」


 そんな感じで、たまに、お酒を飲みながらのお客さんはいても、ごはんを食べながらって姿は見かけないのだ。

 まあ、カミュとかは、お酒がセットになってるのが当たり前になってるけど。


 さて、今日のお昼のセットは……あ、柔らかいうどんなのだ。

 コノミのお店で流行っているコシのあるうどんもおいしいけれど、ユノハナにとっては、やっぱり、こっちの柔らかいうどんの方が好きなのだ。

 麺は柔らかくて、コシはなく、それを甘辛いつゆで食べるタイプのうどんだ。

 こっちも白い小麦粉ができたおかげで、増えたメニューのひとつだけど、どうも、普通のサヌキ風に対して、ミヤザキ風と呼ばれるうどんなのだそうだ。

 あっさりとしているんだけど、つゆとしっかりからんで、それが柔らかくて、とっても、美味しいのだ。


「いただきますなのだー。うん……柔らかくて、とっても美味しいのだ」


 つるんつるんと口当たりのいい麺。

 コシはないけれど、それはそれで心地よい食感。

 揚げ玉から出る油の旨み。

 ネギのさわやかな風味。

 それをまとめるのが、甘辛く作られたつゆなのだ。

 ほとんど、毎日うどんを食べているけど、何というか、飽きが来ない味なのだ。

 付け合わせのごぼうの天ぷらを一緒に乗せて食べると、より美味しい。


「ふふ、美味しそうねえ。私も帰り際に寄っていこうかしら」


 ジルバが、見ていておなかが空いてきた、と苦笑する。

 実際、ここでユノハナがうどんを食べているのも、うどん屋の宣伝になっているようなのだ。

 たまに、コノミからもお礼を言われるし。

 新しいメニューとかも試してみて、って感じなのだ。


「ふぅ、美味しかったのだー」


「ふふ、それじゃあ、私が帰る時に持っていくわね。もうちょっとゆっくりしてるから、横に置いておいて」


「わかったのだ」


 ごはんを食べ終えて、また、お湯に浸かるだけのお仕事だ。

 後は、お客さんと話をしたりとか、お湯の調節をしたりとかして。

 夜遅くの閉店時間まで、のんびりと過ごすだけ。

 本当に、いい生活だと、自分でも思いながら。

 そんなこんなで、ユノハナの時間は、今日もゆっくりと過ぎていくのであった。

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