第7話 親方と守護霊、焼き鳥を食す
「親方ー、今日はもうあがりますね」
「おう、お疲れ」
本日の分の仕事を終えて、工房に残っていた連中が帰るのを見届け、エドガーはゆっくりと頷いた。
昨日まではちょっとした大仕事で、修羅場と化していたのだが、そっちはすでに片付いていて、ようやく、一息といったところだろうか。
ここは、職人街にあるエドガーの工房。
主に、繊維系の素材を使ったアイテムを作っており、基本は身に着ける装備品などが多い。普段着から戦闘用の服、ちょっとしたところでは、竜の鱗を加工して、繊維素材としたり、この町でも有名な、果樹園のレーゼの廃棄素材を使った衣類なども仕立てたりしている。
エドガー自身も、職人としての腕を持っているが、それだけではなく、フェイレイたちをはじめとする幽霊、精霊系の職人や、ララアたちのようなアラクネによって、特殊繊維の加工が可能となっているのが、この工房の売りだ。
この工房の他にも、服飾に関わる工房はいくつかあるが、魔法系の素材については、エドガーのところ、という流れができているというか。
おそらく、普通の鍛冶師が、竜の鱗を使って、盾や鎧を作ることはできるだろうが、この工房のように、竜の鱗を糸素材へと加工するというのは、ちょっと他では真似ができない技術と言えるだろう。
丈夫で、かつ繊細な肌触り。
それでいて、竜の鱗が持つ魔法抵抗などの特殊効果が失われないというのだから、その技術のすごさは、推して知るべし、というところだろうか。
パン工房や『塔』の店などで採用されている制服の多くも、このエドガーの工房で作られた素材を用いていることが多い。
直接の仕事などは、ウルルたちが引き受けてくれているが、たまに、いよいよ大量の注文ということになれば、オサムなどからも頼まれることがあるし。
もっとも、あの男、たまに無茶振りをしてくるので、ある意味で職人泣かせでもあるのだが。
「しっかし、今回の発注は予想外だったよなあ」
「うん」
エドガーの独り言に反応する声がひとつ。
彼の相棒でもあり、家族でもあり、同時に愛弟子のような存在。
幽霊種のフェイレイだ。
自称は、エドガーの守護霊という、この女性型の幽霊は、常に、エドガーとはつかず離れずの距離にいる。
たまに、彼の中に入ったりもしているし、姿を隠すこともできるので、知らない者にとっては知らないが、エドガーと言えば、職人街の親方として、そして、幽霊憑きとしても有名なのだ。
エドガーが見た目、五十くらいのいかにも職人といった感じの体格なのに対し、フェイレイの方は、ちょっと見、儚げな妙齢の女性、という感じだろうか。
グレイの長めの髪で、着ている服装は、どちらかといえば村娘という感じの、素朴で、決して派手さはない、ごくごく普通の衣装だ。
服飾系の工房で仕事をしているにしては、服については無頓着というか。
「なんで、こんな人形が流行っているんだか。正直、魔王都の流行はよくわからん」
「でも」
かわいい、とフェイレイがエドガーに伝える。
昨日までの大仕事というのも、ほとんどが、この茶色で柔らかくて、伸び縮みが自在なスライム型の人形を作るためだったりするのだ。
というか、ぶっちゃけ、ただのスライムの人形なのだが、その注文の内容が、面倒な技術をフルで使わないと対応できないものだったりするので、エドガーとしても、やれやれと言うしかなかったというか。
少なくとも、工房の若い衆のいい腕試しにはなっただろう、というか。
「これ、コロネのところのショコラだろ? まったく、あの嬢ちゃんがらみって言えば、料理のことが多いかと思っていたんだがな。ふふ、まったく、予想のできないことを色々とやってくれるもんだ」
「ぷに」
そう。
茶色のスライム人形は、ショコラがモデルになっている。
その触り心地も含めて、だ。
この感触、もちのようなぷくーっとした感じに、それをさらにふんわり感を加えつつ、柔らかく、それでいて、形状はそのうち、元の形に戻るように。
正直、普通に魔法素材で服を作った方が簡単だと、エドガーも苦笑する。
実際、どのくらいの値段で売るのかは知らないが、この人形はどう考えても、普通の人形と同じ値段では売れない代物だ。
試作を作った時は笑い話で済んだが、正直、『人気なので、増産が決まりました』という発注者の言葉には、思わず呆れてしまったものだ。
本当に、何が流行るのかわからん。
ともあれ。
まとまった仕事もひと段落したわけでもある。
なので、エドガーも今夜はゆっくりと酒が飲めるというわけだ。
さて、今日はどの店に行くべきか。
少しの間、考えた結果、エドガーはよし、と頷いて。
「よし、じゃあ、飯でも食いに行くか。行くぞ、フェイレイ」
「うん」
そんなこんなで、ふたりは一軒のお店へと向かった。
「いらっしゃいませ、エドガーさん、それにフェイレイも。今日は、チキンの良いのが入ってますよ」
「らしいな。もう、店の外まで、良い香りが流れてたぜ、ヘレス」
「きた」
エドガーたちがやってきたのは、ドムが経営する酒場だ。
夜は冒険者ギルドが閉まっているので、外の入り口から入るようになっているのだが、基本は、冒険者ギルド内に併設されている、冒険者たちの社交場と言った店だろうか。
一応は、この手の店はバーと呼ばれるらしい。
もっとも、エドガーを始め、ほとんどの客からは『ドム酒場』と呼ばれているのだが。
一見、気安いし、店で食べられる料理も値段が手ごろで安いため、酒好きのたまり場のようなイメージもあるが、その実、料理を作っているドムは、元王都の宮廷料理人でもある。
そのため、この店の料理というのは、宮廷料理でも用いられる調理法が使われており、相当にレベルが高いのだ。
その割には、服装とかも気にせず、気楽に入れる。
本当にありがたい店でもある。
今、エドガーたちを席まで案内してくれたのは、この店のバーテンダーをしているヘレスだ。ドムの妻でもあり、エドガーは知っているが、精霊種のサラマンダーでもある。
きれいな女性といった感じだが、こう見えて、お酒に強く、そして、味などについてもかなり詳しい。
フェイレイが『精霊の森』と関係が深いため、それが理由でヘレスとも仲がいいのだが、ふたりが話している姿だけなら、姉妹のようにしか見えない。
何となく、エドガーから見ても、雰囲気が似ているのだ。
「それで、ご注文は何にしますか?」
「そうだな……」
ヘレスの言葉に、店の中央に目を遣る。
普段は、店の奥の厨房で、焼き物を作っているドムが、今日は客の側で、肉を焼いているのだ。
これは、良いチキンなどが入った時のお約束だ。
何でも、焼き鳥仕様とかいうスタイルらしい。
串に刺した、様々な部位の肉を、炭火で焼いて、焼きあがった側から、どんどん、客へと提供する。
どっちかと言えば、青空市のイベントなどで目にする露天商の雰囲気に近いというか。そういう意味では、宮廷料理とはかけ離れた感じではある。
だが、美味い。
ドムにしても、肩書が外れてからは、好き勝手に料理を作っている印象がある。
それも、オサムとかの影響なのだろうが。
さて。
手書きで書かれたメニューを見る。
『焼き鳥おまかせ 銀貨1枚。米酒セット 銀貨2枚』
ふむ、おまかせでいいか。
米酒というのは、オサムが持ち込んだ酒の一種で、本当はニホン酒とか言うらしい。
ニホンというのが地名だということは、エドガーも知っている。
冷たい麦酒も人気だが、やはり冬場と言えば、酒のつまみと米酒というのも悪くない。
少しだけ、考えて。
「焼き鳥おまかせを二人前、ひとつは米酒のセットで。それとは別に果実酒のオススメを頼む……フェイレイ、追加はあるか?」
「ない」
エドとおなじでいい、とフェイレイ。
何だかんだで、長い付き合いなので、この幽霊の好みは何となくわかっている。
元精霊でもあるので、果物系統が好きなのだ。
「はい。では、少々お待ちください」
そう言って、ヘレスが店の奥へと戻っていく。
また、店の中央へと目を遣ると、ドムが焼き鳥を焼いては、焼きあがったものを周囲にいる冒険者らしき客に届けるのを繰り返している。
酒飲みの笑い声や、ドムへの冗談交じりの言葉が飛び交っては、調子に乗りすぎた男の頭に、ドムのげんこつが落ちたりもしている。
というか、今、落とされたのは、トライのやつだ。
一応は、この町の領主代行ではあるのだが、まったくもって、そういう雰囲気を微塵にも感じさせない。
まあ、そういう人の好さが、トライの売りとも言えるのだろうが。
それにしても、とエドガーは口元に笑みを浮かべる。
このサイファートの町も賑やかになったものだ、と。
比較的、早い段階から、この町の一員となっていたエドガーは、今の職人街や、この店にあふれる冒険者たちを見ながら、しみじみとそう思う。
この中の半数以上が魔族である、ということも含めて、だ。
今となってはごく当たり前の光景だが、エドガーがこの町に来る前までは、魔族と言えば、恐怖の象徴でもあった。
それが、ここでは、人間や精霊と一緒になって、酔っぱらっては馬鹿をやっている。
何となく、それが嬉しい、とエドガーも思う。
何だかんだ、言っても、この町は良い町だ、と。
「はい、お待たせしました。お飲みものとスープ、それに最初の一品のささみですよ」
「ああ、ありがとう」
「後は、タイミングを見て、お持ちしますね」
それでは、とヘレスが去っていく。
テーブルの上には、とっくりに入った米酒とフェイレイが好みの果実酒、それに、チキンの骨などから取ったスープだ。スープには、ニンニクやショーガなどのマジカルハーブも使われているようで、ほどよい香りがする。
焼き鳥の最初の一品は、ささみのようだ。
早速、串を手に持って、一口、程よく焼かれたささみをかみしめる。
「うん、美味い」
「うま」
おまかせの一品目ということもあり、脂が少ない部位なのだが、皮などを焼いた薫香でいぶされて、それ自体に風味が残っている。
ほんのりレアな焼き加減で、軽めにふられて塩が程よく効いている。
あっさりしつつも、ねっとりとした食感とでも言うのだろうか。
二口目を口にして、その後で、米酒をひとくち。
何とも言えないうまさがある。
やはり、この、チキンを串に刺して炭火で焼いた料理と、酒は相性がいい。
「はい、肝です」
食べ終わって一拍ほどで、ヘレスが次の串を持ってきた。
次は肝だ。部位としては、レバーとハツの組み合わせというらしい。
口にすると、とろりとした食感がクリーミーだ。
前にドムに聞いた話だと、この肝をねっとりとした食感に仕上げるのは、なかなか難しいのだそうだ。焼いている最中にも、返しや、休ませたりして、余熱を使うのがポイントなのだとか。
傍から見ていると、客と話しながら、騒がしく動いているように見えるが、焼き加減については、かなり気を配っているのだろう。
この店のモンスターの内臓料理は、臭みが少ないのが特徴でもあるし。
「砂肝です」
肝は肝でも、食感を楽しめる砂肝。
ここの串では、フレーク状の塩がかかっており、その天然塩の味も含めて、砂肝の歯ごたえと共に、ちょうどいいあんばいを保っている。
これも、酒によく合う。
「はいどうぞ。ねぎ巻です」
長ネギと薄くそいだモモ肉の串が四品目だ。
ネギの甘味に、チキンの香ばしく焼かれた肉が一緒に味わえる。
どちらかと言えば、ネギの方が大きいため、野菜の串とも言ってもいいかもしれない。
かみしめるとさわやかな風味も味わえる。
「はい、鶏団子ですよ」
「すまないが、ヘレス。米酒のおかわりを頼む」
「はい、かしこまりました」
最初の酒がなくなったので、おかわりを頼みつつ。
次の串は、鶏団子か。
つくねとも言うそうで、これについては、チキンのみではなく、別の鳥モンスターの肉も使っていたりするそうだ。
食べる側としては、違いがさっぱりだが。
小さく丸められた鳥の肉が三つの塊になって、串にささっている。
一口食べると、柔らかく、だが、たまにコリッという食感があって、これもなかなかに美味い。食べられる骨が含まれているのだそうだ。
フェイレイなどは、この団子がお気に入りのようで、別注文したがったりもする。
そして、米酒と同時、皮身が届けられる。
皮、と一口に言っても、チキンのあらゆるところの皮を使って、味わいの違いを楽しんでほしい、とのこと。
皮だけではなく、ひとつだけ、首の肉も使っているのだとか。
表面はカリッとしていながらも、裏側は何とも言えない弾力性があって、すばらしい。
じんわりと口の中で広がる脂のうまみが見事だ。
「はい、もも肉です」
たれの味が香ばしいもも肉の串だ。
肉と肉の間に挟まっているのは、長ネギと緑の辛子だろう。
皮付きのモモ肉は、脂と肉汁のバランスが絶妙で、何といっても、この店の焼き鳥のたれにぴったりなのだ。
一緒に、米酒を飲めば、ふぅ、とため息しか出ない。
つくづく、酒に合う料理が多い店だと思う。
「どうぞ、手羽先です。以上で、残る品は締めのごはんとなりますが、いかがでしょうか? 他にも串を召し上がるのでしたら、後ほどお持ちしますが」
ヘレスがそうたずねてきた。
今日のしめごはんは、親子丼なのだそうだ。
とは言え、もう少し、串を楽しみたい気分でもある。
「そうだな……もう少ししてから、締めの方を頼む。後は適当に串を頼もうか」
「あと」
「はい。ご注文の際は、お呼びください。ではごゆっくりどうぞ」
まあ、たまにはのんびりと飲みたいからな。
目の前で、黙々と手羽先をほぐしながら食べているフェイレイを見つつ。
米酒をゆっくりと口へと運ぶエドガーなのだった。