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第6話 ドワーフとゴーレム夫妻、シュトレンを食す

「ねえねえ、聞いた? 今年もコロネさんのところで、年末に向けたケーキ教室をやるんだって」


「あ、去年もやってたやつだよね? 確か、バヴァロワーズタイプのビュッシュ・ド・ノエルだったっけ? ちょっと舌をかみそうな名前のケーキだけど」


「今回のは、作ってすぐに食べられるケーキじゃないから、ちょっと早めに教室を開くんだってね? ピーニャがそんなこと言ってたよ」


「お? 新しいケーキの話か? そういうことなら、うちの工房もその日は休みにするから、行ってみたらどうだ?」


「ララアさんたちも行ってみるんですか?」


「うん、そうだねえ。たまには、そういうのもいいよねえ。年がら年中、針糸仕事ばっかりだと、飽きちゃうしさ」


 職人街のとある一角での、井戸端会議。

 というか、通りすがった者同士で話をしていたら、いつの間にかケーキ教室の話で盛り上がっていたというか。

 そのうちのひとり、ドワーフのジーナも、その話を聞いて、ふむ、と考え込んでいた。


 茶髪のポニーテールに、大きめのリボン。

 見た目はどう見ても、子供にしか見えないジーナも、そんな容姿でありながら、れっきとした人妻である。

 そもそも、小人種のひとつでもあるドワーフは、外見の成長自体がゆっくりな上に、それほど大きくならないし。

 小人種の中では、割と大きいかな、くらいではあるけど。


 ちなみに、ジーナの旦那様は鉱物種と言って、いわゆる、生体金属の身体を持った種族である。ゴーレム種と言った方がわかりやすいだろうか。

 旦那様のグレーンは、ミスリルゴーレムなのだ。

 こっちの世界では、ジーナのようなドワーフは女性限定種族と呼ばれる種族に含まれる。その伴侶として、ドワーフを護ってくれる種族が、グレーンのような鉱物種で、そちらの方は男性限定種族となっているのだ。

 普段は、メタリックな印象が強くて、金属と水分やお酒しか食べられない旦那様ではあるのだが、年に何度か、普通の人間種のような姿になる時期がある。

 いわゆる、繁殖期と呼ばれる時期だ。

 その、繁殖期のうちのひとつが、この年末年始にかかる、冬のシーズンである。

 そんなわけで、ジーナもまた、降ってわいたケーキ教室の話に興味を持っていたのだ。


「ジーナはどうするの? ケーキ教室」


「うん、そうだね。行ってみようかな」


 ちょうど、この時期なら、旦那様にも食べてもらえるだろうし。

 そう考えて、ジーナは頷いた。





 そんなこんなで、ケーキ教室当日がやってきた。

 結局、参加者が増えすぎたとか何とかで、町の中央にある、『塔』と呼ばれるお店の、その貸し調理場でケーキ教室をやることになったみたいだけど。

 このサイファートの町の中でも、『塔』はもっとも大きな料理店である。

 というか、お店というよりも、建物自体が町のシンボルみたいになってるし。

 この町の料理の発展に貢献した、というか、この町を作った功労者のひとりでもある、オサムさんのお店だ。

 その建物の三階は、町に住む者なら、誰でも格安で使用できる、貸し調理場になっているのだ。

 とにかく、広いのと、中の設備や、備え付けられた備品なり、料理器具の種類が半端ではないので、普通の家ではできない、ちょっと難しい料理などをしたい時は、みんな、わざわざここまでやってきて料理をしているというか。

 うまく作れない時も、このお店の人とか、他のお店からやってきている料理人の人が相談に乗ってくれたり、教えてくれたりするから、そういう意味でもありがたい施設なのだ。


 そんなわけで、今日もジーナの他に、たくさんの町の人がケーキの作り方を習いに来ていた。

 コロネさんの料理教室と言えば、定期的に行われている、家庭でできる簡単なお菓子の作り方を習うものが多いので、この年末にだけ行われている、お店……コロネさんのパティスリーでも出せるレベルのケーキの作り方を教えてくれるのは、本当にあんまりない機会なのだそうだ。

 基本は、ケーキの製法に関しては、お弟子さんになった人にしか教えないみたいだし。

 今日も、壇上で、作り方を説明しているコロネさんの他にも、そのお弟子さんたちが、みんなのフォローとして、各テーブルを回っている。

 それを見ながら、ジーナもしみじみと思う。

 コロネさんが町にやってきてから、そんなには経っていないはずなのに、大分、色々なことが変わって来たなあ、と。

 いや、この町自体の成長の度合いが、普通の町と比べてもおかしいのは、何となくは気付いていたけど。

 それにしても、だ。

 ジーナのところにも、色々と調理器具なり何なりのお仕事が舞い込んできたし、そういう意味では、ありがたかったけど。

 コロネさんとは別に、お菓子作りのための器具を求めるお客さんも増えたし。

 実際、ジーナの工房でも、新しいジャンルが開拓できたって感じだろうか。

 本当に、良いお客さんだ。


「今日、皆さんに作って頂くのは、シュトレンと呼ばれるお菓子です」


 コロネさんが、完成したケーキを片手に、お菓子の説明をしている。

 何でも、そのシュトレンというのは、パン作りなどでも使う酵母と呼ばれるものを使って作る、発酵生地のお菓子なのだそうだ。

 中に入れるのは、お酒の風味たっぷりのラムレーズンや、柑橘系のピール、そして、すでに解毒調理を行なった、アーモンドなどのナッツ類らしい。

 コロネさんのお菓子の多くが、お店でしか食べられない理由のひとつが、このナッツ類を使用するためである。

 ナッツ類の食材の多くは、毒食材と呼ばれるもので、この料理の町にして、購入のために資格が必要な食材なのだ。

 今日のところは、コロネさんによって、解毒済みのものが用意されているので、その辺は心配ないけど、普通は、こういう形でも、ナッツ類の取扱とかは許されないだろうから、そういう意味でも、すごいなあ、とは思う。

 一応は、メルさんとか、ビスカさんの最終チェックもあるみたいだけど。


 ともあれ。

 改めて、シュトレンというお菓子の作り方だ。

 フルーツたっぷりの発酵菓子で、ヘーフェタイクと呼ばれる種類のお菓子らしい。

 今日仕込んだ後、完成まで一週間から二週間はかかるのだそうだ。

 ゆっくりと寝かせることで、美味しくなるタイプのケーキとのこと。

 だからこそ、今から作ると、ちょうど年末が食べごろになるって感じだろうか。

 ただ、仕込みに時間がかかる反面、バターなどもたっぷり含んでいるため、その後でも、一か月くらいは保存しておいても食べごろを維持できるらしく、そういう意味では、遠くまで持ち帰ることができるお菓子ってところかな。

 たぶん、そのせいで、他の町の人っぽい人たちも、今日の料理教室には混じっているんだろうね。

 コトノハの妖怪さんとか、魔族っぽい人たちとか。


 さて、今日のお菓子は、フォアタイク法と呼ばれる作り方で作るらしい。

 その辺の名前の意味とか由来はさっぱりだけど、コロネさんの説明によれば、酵母……イーストを活性化させるための前生地を作っておいて、その中の小精霊が元気になったら、残りの材料を合わせて、ハウプトタイクと呼ばれる本生地にするのだそうだ。

 というか、説明があるから、なるほど、って思うけど。

 その呼び名に関しては、舌をかみそうなものばっかりなんだよね、コロネさんのお菓子の名前って。

 このシュトレンは、特にその傾向が強いし。

 要は、生地を作るのに、二段階の工程があるってことだもんね。

 ポイントとしては、温度管理に注意ってところらしい。

 一段階目の生地を作って、少し寝かせて、生地が膨らんだら、それに他の材料を加えて、混ぜていき、本生地を作っていく、と。

 バターもたっぷりだし、レーズンとか、他のピール類とか、ナッツ類とかもいっぱい入っているから、そういう具だくさんのケーキなんだ、と何となくわかる。

 ドライフルーツもお酒の風味が強いから、そういう意味では、ジーナの好みの感じだし、これなら旦那様も喜んでくれるかな。


 そんなこんなで、発酵とか、繰り返して、一時間くらいかけて、じっくりとオーブンで焼いて、美味しそうなケーキが焼きあがった。

 でも、これで完成じゃないらしい。

 焼きあがったシュトレンは型からすぐ取り出して、溶かしバターをしっかり塗って。

 明日改めて、もう一度溶かしバターに浸すんだって。

 後は、そのバターが定着したら、砂糖をまぶして、工程は終了とのこと。


「寝かせることで、フルーツの風味が全体へと広がっていくんですよ」


 だから、食べごろは、工程が終わった後も、しばらく経ってからってことらしい。

 うん。

 ちょっとだけ待ち遠しいけど、ジーナにとってはちょうどいいタイミングだよ。

 そのくらいなら、旦那様もケーキが食べられるようになってるからね。

 今日作ったケーキも、食べごろまで、この塔の保管庫で預かってもくれるということなので、ジーナもそれをお願いして。

 今日のお菓子教室はお開きになったのだった。





「うわ、ジーナ、すごいね。今日はごちそうだね」


「そうだよ、旦那様。存分に料理できるのって、この時期くらいだからねえ。ジーナもそれなりには頑張るんだよ?」


 テーブルの上の並べられた料理を見て、旦那様が喜んでくれている。

 それが、ジーナにとってもうれしい。

 チキンの丸焼きとか、この季節の風物詩ってことで、もうすっかりおなじみの料理になっているけど、由来に関しては、オサムさんきっかけとしか聞いていない。

 ただ、香ばしく焼きあがった丸焼きは、実際、食欲をそそる感じなので、ジーナも嫌いじゃないかな。

 塔の調理場を借りれば、ジーナにも作れるし、何といっても、見た目のインパクトが豪華な感じがするし。

 後は、オードブルと呼ばれる、こっちも、オサムさんたちから教わった料理に、それに、この町の酒蔵で作っている葡萄酒……ワインも用意して。

 灯りも、キャンドル風にして、雰囲気を出して、という感じかな。

 別に、魔晶石の光でもいいんだけど、その辺は気分の問題だ。

 たまにしか、見れない分、今の旦那様の姿って、少しドキドキするし。

 結婚してから大分経つのに、そういうドキドキが変わらないのって、この鉱物種の繁殖期のおかげなのかも知れない。

 もちろん、金属を愛する者としては、普段の旦那様も素敵なんだけどね。


「まあ、料理は毎年のお約束なんだけどね。今年は、ほら、ケーキのほうがちょっと違うんだよ? この間、コロネさんに教わって来たからね。ジーナの手作りだよ」


「うん、ジーナ頑張ってたものね」


 あー、やっぱり、気付いてたのか、旦那様。

 こっそり作ってびっくりさせようと思ったんだけど。

 それはそうだよね。

 あのケーキ教室自体は、大々的に情報が出回ってたわけだし。

 まあ、別に知られても困るものじゃないしねえ。


「ふふ、折角だから、食べてみよう? じっくり寝かせるのが大事って聞いていたから、まだ、ジーナも食べていなんだよね。失敗してたら、ごめんね、旦那様」


 そう言いながら、シュトレンへとナイフを入れる。

 砂糖で表面をお化粧されたフルーツケーキ。

 その断面は、良い感じの焼き色がついた生地と、ラムレーズンや柑橘系のピール、ナッツ類が混じり合って、色とりどりの美しさがある。

 かすかに漂うのは、生地全体に広がった、フルーツとお酒の香りだ。

 少なくとも、これが失敗ではないのはよくわかる。

 クリームたっぷりのケーキとは少し違うが、これはこれで美味しそうな感じがするし。

 何より、これはジーナが自分で作ったお菓子だから。


「じゃあ、どうぞ、旦那様」


「うん、いただくね、ジーナ……あっ、美味しい。すごいね、これ、お酒の風味がしっかりしてる。果物は全部、お酒に浸かってるの?」


「そうだよ、旦那様。ふふ、ちょっとだけ、ジーナたち好みに、お酒強めにしてあるんだー。シュトレンって言うんだよ? フルーツケーキの一種なんだって」


 旦那様が驚きながらも、喜んでくれているのを見て、ほっと一息。

 そして、自分も一切れを口へと運ぶ。

 あ、美味しい。

 そして、思っていた以上に、甘い。

 お酒の風味がしっかり生きているだけじゃなくて、かなりの甘味が伴ったケーキだ。

 じっくり寝かせることで、味が深くなる。

 つまりは、そういうことなんだろうね。

 食感は、スポンジのケーキよりも、クッキーとかに近いかな。

 ほろほろと口の中で溶けていく感じ。

 まあ、クッキーよりもちょっとしっとりしてるけど、お酒の風味込みだと、なかなかいい感じの食感だね。

 うん、一週間待ったかいがあるねえ。


 と、旦那様が大きな手で、ジーナの頭を撫でてくれた。

 いつもありがとうね、と。

 なんだろう。

 それだけで、ジーナの心の中にほんのりと暖かい火がともるような。

 やっぱり、いいなあ、旦那様。


「ふふ、ほら、他にも料理はいっぱいあるからね。ワインも。ね、食べよ? 旦那様」


 そう言って、笑顔を浮かべつつ。

 こうして、ジーナたちの夜は過ぎていくのだった。

季節ネタですので、投稿を早めてみました。

そのため、明後日はお休みです。

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