第3話 くのいち、フルーツロールケーキを食す
時は黄昏どき。
日が暮れて、道を歩く人影もまばらとなった、落ち着いた時間。
サイファートの町の中央へと続く一本の道を、ひた走るひとつの人影があった。
一見すると、薄桃色のロリータファッション。
だが、その内側には戦闘服のような装束を身にまとった、黒髪細身の大柄な女性。
その女性の名は、ヨルという。
このサイファートの町でも、冒険者の中では名の知れたギルド『竜の牙』の一員であり、『ヤミナデの里』と呼ばれる場所で生まれ育った、忍びと呼ばれる一族の出身でもある。
種族は鬼人種。
いわゆるオーガというか、人型の鬼である。
そのため、頭の部分には角もある。
もっとも、その角はロリータの衣装で隠れてしまってはいるのだが。
彼女が走っている理由はただひとつ。
とある、一軒のお店。
そこに向かうため、である。
『竜の牙』の活動の傍ら、ヨルは事あるごとに、そのお店へと通っていた。
サイファートの町の中央に位置する、パティスリー『ちょこっと』。
その二階にあるお店だ。
今日も、ヨルは、己の愛情を満たすために、そのお店へと向かっていた。
「いらっしゃいませ。あ、ヨルさん、いつもありがとうございます」
二階のお店の扉を開けて、中へと入ると、いつものように、お店のアルバイトの子が夜を迎えてくれた。
水色の身体に、このお店の制服を身に着けた、ちょっと小柄な女の子。
ヨルたち、ギルド『竜の牙』もよく遊びに行く、このサイファートの町の近くにあるスライムの村の出身の子で、種族は粘性種の子だ。
名はウェンディという。
ヨルは彼女とはちょっとした付き合いだが、そのウェンディの姿は普通の『人化』スキルで人間のような姿見になっているのではなく、粘性種の種族スキルでもある『擬態』で人型をとっている状態だ。
そのため、見た目は人間なのに、ぷるぷるしていてかわいいのだ。
彼女は、小柄なのも含めて、ヨルのお気に入りである。
撫でると、いつも気持ちよさそうにしてくれるから。
ともあれ、今日はウェンディを愛でに来たわけではないので、改めてあいさつをする。
「こんばんは、ウェンディ。今日もいつもの席は空いてるの?」
「はい。だいじょうぶですよ。ふふふ、おきゃくさんがふえるのはこれからですから。ちなみに、ごちゅうもんのほうは?」
「うん、いつもの、なの。別に心配しなくても、あの子なら何でも喜んでくれるの」
そう答えながら、ヨルはいつもの自分の指定席へと視線をやる。
下のお店の店長をしているコロネの、その召喚獣でもあるショコラがテーブルの上で、ぷるぷるとダンスをしている席だ。
見た目は茶色いスライム、でも、その正体は……実は、ヨルも詳しいことはコロネからは聞いていないので、わからないのだ。
ただ、普通のスライムではないというのは知っている。
それは、ウェンディからも聞いていたから。
一説によれば、その身体の色から、チョコレートでできているという話もあるが、その辺は、コロネがパティシエということから、勝手にひとり歩きした噂だろう。
たぶん、変身が得意なスライムなのだ。
少なくとも、ヨルはそう思っている。
そして、このショコラこそ、ヨルを魅了してやまない存在なのだ。
下のパティスリーが閉まった後で、この二階のお店の営業時間となる。
そして、ヨルなどを始めとする、可愛いものを愛してやまない者たちの憩いの場として存在するのが、このお店だ。
もんカフェ『ぷちふわ』。
愛好家仲間でもある、元盗賊のジルバがオープンしたお店である。
もんカフェとは、モンスターカフェの略で、その名の通り、モンスターの中でも人懐っこくて、愛くるしいモンスターたちが店内にあふれているお店だ。
さっきのショコラは、このお店の顔でもあるが、それ以外にも、赤ちゃんの頃から育てて、人に懐くようにした、こどもモンスターや、でっぷりとしたクイックコッコ。
もこもこした感触がたまらない、妖怪種のミドリノモたちや、クッションのつくもがみなど、他にも色々なモンスターがいっぱいなのだ。
もちろん、ウェンディの同郷のスライムの子たちもアルバイトとしていたりするし。
このお店は、ヨルたちにとっては夢の国である。
しかも、カフェなのだ。
ここで食べられるお菓子のセットは、実は、下のパティスリーで作られている。
その辺りは、ジルバとコロネの仲、という感じだろうか。
コロネとしても、色々な人にお菓子を食べてもらえるのがうれしいと言っていたらしいし。
まあ、もっとも、ヨルのような者にとっては、美味しいお菓子、それ自体もうれしくはあるが、少しだけのそのうれしさの意味は違う。
自分が食べるだけではない、ということだ。
「こんばんは、ショコラ、ヨルなの。今日もよろしくなの」
「ぷるるーん! ぷるるっ!」
席について、ショコラを呼ぶと、元気に頷いたかと思うと、ヨルのひざへとショコラがちょこんと飛び乗って。
それを、ヨルは抱きしめるようにして、なでなでする。
「あああー、幸せなのー。やっぱり、ショコラの感触は、ヨルの元気のもとなの」
「ぷるるっ!」
ヨル自身もぷるぷるとしたショコラの触り心地に癒されているが、ショコラはショコラで、ヨルがなでるとうれしそうにしてくれる。
それが、またうれしい。
ちなみに、このお店のシステムを簡単に説明すると、一緒に触れあいたい子を選ぶと、その子と遊ぶことができるのだ。
そして、その代わりに、料理のセットを注文して、半分はそのモンスターの子に食べさせてあげる、というものだ。
別に半分と決まっているわけではないので、お客さんが望むなら、ずっと、モンスターの子に食べ物をあげても大丈夫ではある。
もっとも、お客さんのお財布と、その子の胃袋と相談ではあるのだが。
その点では、ショコラはこのお店の看板だ。
いくら食べても、大丈夫なのだ。
ただし、チョコレートに関しては、あんまり得意じゃないのか、食べる量に限界があるみたいなんだけど。
まあ、チョコレートは単価も高いから、そういう意味では、むしろありがたい存在なのかもしれないけど。
そんなこんなで、ヨルがショコラをなでていると、ウェンディが先程の注文を持って、席までやってきた。
「おまたせしました。ヨルさん、きょうのおすすめは、ルーロー・オ・フリュイ。くだものをふんだんにつかったロールケーキです。あ、おのみものは、クイックコッコのうみたてたまごのミルクセーキでよろしいですね?」
「うん、いつもの、なの。それで大丈夫なの」
ヨルの『いつもの』は、今日のオススメのケーキに、ミルクセーキの組み合わせだ。
というか、このミルクセーキは、この二階のお店で飼っているクイックコッコのたまごを使ったものなので、ある意味、ここだけの限定メニューでもある。
そういう意味で、ヨルもここのミルクセーキは気に入っていた。
もちろん、作り方に関しては、コロネの手が入っているのだろう。
さすがに、ジルバがひとりで考案したとも思えないし。
「では、ごゆっくりどうぞ、ヨルさん」
そう言って、ウェンディが他のお客さんの対応へと向かうのを尻目に、改めて、テーブルの上に並べられた料理を見る。
ルーローはロールケーキ、フリュイは果物を意味しているらしい。
どうも、ヨルなどは、コロネの出身の言葉の響きにはピンと来ないのだが、その辺については、下のお店の店長さんは変えるつもりはないらしい。
別に改めて説明するのなら、普通に、果物のロールケーキでいいと思うのだが。
ともあれ、目の前のロールケーキだ。
純白のスポンジが内側に行くにつれて、焼き色がついて香ばしい感じになっている。
外側の白いスポンジはふわふわとした感じで、フォークで触れると、ポンと押し返してくるような柔らかな弾力とでも言うのだろうか。
一方、内側のしっかり焼かれたスポンジは、クリームの層をしっかりと内側へと抱え込んで、大切に護っているようにも見える。
内側のクリームが崩れないように、優しく包み込んでいるとでもいうか。
そういう意味では、たまたまだろうが、このお店のイメージにぴったりではある。
そう、ヨルは思う。
そして、中で優しく包まれたクリームだが、切られた断面からは、色とりどりのフルーツが顔を出しているのだ。
いちごとキウイ、それに、柑橘系のオレンジだろうか。ベリー種の中でも、青い色をしたベリーもところどころに見える。
うん、と頷く。
食べ物に関しては、あまり執着しないはずのヨルだが、それでも、目の前のロールケーキは美味しそうだと、はっきりと思う。
そもそも、食べ物は食べられればいい、というヨルの感覚を、きれいに壊していってくれたのは、この町の料理人たちだ。
まったく、と改めてヨルは苦笑する。
一度、贅沢を覚えるというのは、おそろしい、と。
「ごめんなの、ショコラ。このお店の決まりだから、最初の一口はヨルがいただくの」
「ぷるるーん!」
ヨルが申し訳なさそうに言うと、ショコラはショコラで、『気にするな』という感じで頷いてくれた。
やっぱり、発語はできないけど、こっちの言うことはショコラもしっかりとわかっているんだろうね。
とにかく、ショコラに断りを入れて、ヨルは目の前のロールケーキを一口分に切って、口へと運ぶ。
「うん。やっぱり、コロネはすごいの。このケーキ美味しいの」
ふわふわした、なめらかなスポンジの食感。
それに包み込まれたたっぷりのクリーム。
そして、クリームの内側から、かむほどに広がっていく、果物たちの鮮やかなハーモニー。
いちごの甘酸っぱさがクリームと絶妙にからまり、キウイの味がそこへと加わる。
オレンジの酸味とわずかな甘みが新しい対比を生み出し、ぷちんという食感と共に、ブルーベリーが口の中で弾けて、それらをまたクリームとスポンジが包み込んでいく。
クリームは多めに入っている分、甘さが控えめで、ヨルの好みの味だ。
だからこそ、果物の甘みが生きているわけだし。
本当に、コロネのお菓子は、ただ闇雲に甘い、というものが少ないのだ。
全体の調和、というものを大切にしているのだろう。
甘いものが欲しければ、砂糖をなめればいい。
たぶん、ただ甘いだけでは得られない何か、がお菓子にはあるのだろう。
だからこそ、と。
一口食べた後で、ヨルはミルクセーキを飲む。
本来、甘いものと甘いものは合う組み合わせではない。
にもかかわらず、このロールケーキとミルクセーキは、それぞれの甘さの質がちょっと違うのだ。
だからこそ、ヨルはここのミルクセーキをいつも頼むのだから。
もう一口だけ、ケーキを食べて。
その後で、ミルクセーキを少し飲んで。
「はい、ショコラ。残りはショコラにあげるの。ゆっくり食べてほしいの」
「ぷるるーん!」
うれしそうに踊るショコラの口に、一口ずつロールケーキを運ぶ。
一口ごとに、ショコラが喜んでいるのがわかって、ヨルもまたうれしくなる。
本当に、ショコラは何を食べても、喜んでくれるのだ。
そして、食べるのもゆっくり味わいながらも、普通の粘性種よりも消化するのが早いし。
本当に、食べることが好きなんだろうと、ヨルは微笑む。
そして、ちょっとだけ。
ずるいなあ、コロネは、と心の中で思う。
ヨルもショコラみたいな子が欲しいもの。
「ぷるる?」
「あ、ごめんなの、ショコラ。ロールケーキがなくちゃったの。もう少し食べる?」
「ぷるるっ!」
「うん、それなら、お代わりを頼むの」
ふふふ、と心の中で笑いながら。
ちょっとだけ、ショコラに見透かされちゃったかな、と苦笑しつつ。
それを誤魔化すために、ロールケーキのお代わりを頼むヨルなのだった。
まだまだ、夜は長いのだから、と。