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第2話 精霊少女と精霊術師、フルーツパフェを食す

「アルル、ウルル、そろそろ行くわよ?」


「あっ! ちょっと待ってシモーヌ! 今、コロネに頼まれていたものができたから!」


「こっちは大丈夫だよー。マリィの新しい給仕服の準備はできたからねー」


 冒険者風の服装を身にまとった女性の言葉に、ふたりの少女たちがバタバタと動き回って、外出のための準備をする。

 ここは、サイファートの町の南西部。

 通称、『夜の森』と呼ばれる区画にある木でできたお家の中だ。

 町の中でも、空気中の魔素の濃度が濃い、この森は、人間種よりも、精霊種や妖精種、一部の妖怪種など、生きるために魔素を必要とする種族が多く住んでいる区画だ。


 先程、シモーヌと呼ばれた銀髪の女性は人間種だが、その彼女の前をちょこまかと動き回っている少女たちは、ふたりとも精霊種で、双子の姉妹である。

 少し長めの、刃のないナイフを持っているのが、アルル。

 金髪の柔らかげな髪と、金色のぱっちりした瞳が印象的な活発な少女だ。

 もうひとり、アルルと同じ造形でありながら、どこかまったりした雰囲気を醸し出しているのはウルル。

 髪の色は水色で、瞳も水色。そして、アルルとは鏡に映したかのように左右対称になっていて、ちょっと見、色の違いがなければ、どちらがどちらか、わからなくなりそうなくらい、そっくりではある。

 もっとも、性格が対照的なので、ちょっと話せば、どちらがどちらなのかは、すぐにわかるのだが。

 いわゆる精霊というのは、属性特化型の種族である。

 アルルの場合は、ノームと呼ばれる土の属性特化の精霊で、一方のウルルはと言えば、ウンディーネと呼ばれる水の属性特化の精霊だ。

 家族と言えども、この場合は一緒に生まれてきた双子なのに、そんなふたりであっても、個々の属性が異なるというのは、こっちの世界では当たり前のことなのだ。

 精霊とは、そういうものだから。

 自然の一部を体現する種族。

 それが精霊である。

 そして、そんな精霊の友として、共に歩く存在を精霊術師と呼んでいる。

 シモーヌは、そんな、世間でもめずらしい精霊術師のひとりだ。

 こう見えて、この三人の中では、シモーヌが一番年下である。

 その辺は、長命の種族でもある精霊と、人間の違いとでもいうのだろうか。精神面での成長に関しては、人間の方が早いため、結局、一番、妹的存在のシモーヌが、アルルとウルルのお守のようなことをやっているわけだ。


「お待たせ! 準備できたわよ、シモーヌ!」


 さっきまで持っていたナイフ状のアイテムを、アイテム袋へとしまい込みつつ、アルルが、とととっと、玄関で待っていたウルルとシモーヌの前までやってきた。

 今日は、いつものおでかけの日だから。

 何がなくとも、営業日には必ず、三人はお店へと顔を出して、そこで、いつものようにお菓子を食べて、その後で町の外へと素材を取りに行ったり、町の近くにある『最果てのダンジョン』と呼ばれるところへと赴くのだ。


「そう。ウルルも大丈夫ね?」


「もちろんだよー。早くコロネのお店に行こうよー。アイス、アイスー」


「じゃあ、行きましょうか」


 冒険者による生産者ギルド『あめつちの手』。

 その三人の朝は、こうして始まる。





「今日のアイスは何だろうねー? 毎日違うから楽しみだよー」


「でも、毎日違うから、わたしの好きなパフェが出るタイミングが読めないのよね。コロネのアイスなら、どんなものでも美味しいけど、その辺はちょっと思うところがあるわよ?」


「まあ、仕方ないわよ、アルル。そういうのも教会への配慮ってことでもあるのよね」


 いつものように、パティスリーの席について、いつものように、三人とも、『本日のアイスセット』を頼んだ後、それが届くのを待っている時間。

 あることないこと、適当に話しながら過ごす、まったりとした時間が流れる。

 このお店のアイスメニューは、毎日一種類しかない。

 それを定めたのは、店長のコロネである。

 一説によれば、このサイファートの町のあちこちで見かける、教会の子供たちによるアイスの販売に気を遣って、客層がかぶらないようにしてあるのだとか。

 そのため、このお店で頼めるメニューは基本はひとつだけだ。


 『本日のアイスセット』。

 

 大体は、アイスクリームの盛り合わせか、複数のアイスを組み合わせたパフェ、あるいはアイスクリームケーキなどになっていることが多い。

 それに、ドリンクを付けるか付けないか。

 それを選ぶメニューとなっている。

 もっとも、基本はこのメニューのみだが、毎週の火の日は『アイスの日』となっており、その曜日に限っては、複数あるパフェの中から自由に頼むことができる。

 そのため、火の日の営業の時には、アルルやウルルたちだけではなく、町にいる精霊種がお店へと殺到する事態になったりもするほどだ。

 精霊にとって、アイスとは特別な食べ物である。

 本体との親和性が非常に高く、食べたときの幸せ感がものすごい『大当たり』と呼ばれる組み合わせでもあるし。

 たぶん、普段からアイスメニューを増やし過ぎないのは、その辺りにも理由がありそうだと、シモーヌなどは思っている。

 最近でこそ、落ち着いてくれているが、コロネのお店で出されたアイスメニューを食べたときのアルルとウルルの反応は、凄まじいものがあったから。

 さすがのシモーヌも、ちょっと後ずさりするくらいには。


「お待たせしました。『本日のアイスセット』です。あの、アルルさんとウルルさんは、飲み物はよろしいのですよね?」


「うん! そうよ! もちろん、アイス一本よ、サイナ!」


「うんうん。やっぱりアイスはそれだけで食べるのが一番だよー。飲み物と一緒はあんまり良くないと思うんだー」


「私は、紅茶とセットの方がうれしいけどね」


 三人分のアイスメニューを持ってきたのは、お店の給仕のひとりでもあるサイナだ。

 何人かいるコロネのお弟子さんのひとりで、料理の飾りつけやデザインなどをお手伝いしているという話だ。

 このお店のメニューに描かれているポップやイラストなどもサイナの作である。

 黒髪が魅力的な女の子で、年恰好は、アルルやウルルとおんなじくらいだろうか。

 もっとも、このふたりが子供っぽいだけで、年齢に関しては比較にならないが。


「はい、では、こちらが本日のアイスです。ぶどうとラムレーズンのプルミエパフェです。コンポートに使われておりますのは、『サイファートパープル』とカシスですね。メレンゲの部分には、マジカルハーブを用いております」


「あっ! やった! ぶどう系だ!」


「ラムレーズンもあるんだねー! うわあ、今日の美味しそうだよー」


「シモーヌさんは紅茶のセットですね。いつものように、お代わりは自由ですので、お気軽にお声かけください」


「ありがとう、サイナ」


「いえ。それでは、ごゆっくりどうぞ」


 そう言って、テーブルを後にするサイナにお礼を言って。

 改めて、今日のアイスに目を遣る。

 あまり底の深くないカップタイプの透明な器に、赤、白、赤と交互に盛り付けされたパフェだ。赤紫色をしているのは、この町名産のぶどうでもある『サイファートパープル』の色だろうか。

 ラムレーズンのパルフェの層には、わずかに黄身がかった白色の中に、ところどころラム酒に漬けたレーズンが顔を出している。

 更にその上には、赤紫のコンポートの層が乗せられ、さらにその上、一番上の層には、中央にホイップした生クリームが、それを取り囲むように、皮をむいた白いぶどう、棒状に焼き上げられたマジカルハーブのメレンゲ、シャリシャリに凍らせたぶどうアイス……確か、グラニテと呼ばれていただろうか、それらが乗せられており、最後にちょこんと、マジカルハーブの葉が添えられている。

 見た目にも、美しいパフェだ。


「わーい! いただきまーす!」


「うわっ!? 今日のもすごいわね! このシャリシャリとしたぶどうのアイスはやっぱり美味しいわ!」


「うんうん! 一緒にクリームと、横のメレンゲかなー? それも食べるとさわやかなだけじゃなくて、ふわっとした甘さも楽しめるしねー」


「そうね。このメレンゲ、マジカルハーブの風味がしっかりしてるわね」


 シャリシャリとした、ぶどうのアイスの食感と、ふんわりしたクリームの組み合わせは絶妙だ。

 前に食べたかき氷ともまた少し違うのが、このグラニテの面白い風味だろう。

 ぶどうの果汁が新鮮な感じで、口の中に広がっていくのだ。

 それだけではない。

 クリームがまろやかさを、横に添えられたメレンゲがアクセントを。

 それぞれがバランスよく、組み合わさっている。

 もちろん、果肉のままのぶどうもアイスにぴったりだ。

 かすかに香るマジカルハーブの匂いも、強すぎず、ぶどうの味わいを邪魔することなく、むしろ、そのおいしさを引き出しているというか。

 やはり、このお店のアイスメニューはすごい、とシモーヌも頷く。


「あっ! 下のコンポートもぶどうとカシスって感じよね! メレンゲもちょっと残して、一緒に食べると良い感じよ!」


「わたしは、やっぱりラムレーズンのパルフェだよー。このほんのりお酒の風味が、何となく好きなんだよねー。単品の時よりもちょっと強めなのかなー? ぶどうとかと一緒に食べても、ちょうどいい感じなんだよね」


「そうね。私もラム酒の香りは好きね。ラムレーズンのパルフェとぶどうとカシスって、不思議と合うし」


 このお店のアイスの中でも人気なのは、ラムレーズンだ。

 やっぱり、他のお店というか、教会の方では、ラム酒との兼ね合いで、ラムレーズンが作れないからというのが大きい。

 数あるアイスの中でも、ここでしか食べられない味というのが、より美味しさを引き立てているというか。

 意外と、限定とか、レアという言葉には弱いのだ。

 ぶどうとカシスのコンポートも美味しい。

 グラニテにしたものとはまた違う食感なだけで、全然果物らしさが変わってくるのがすごい。とろっとした感じが、甘く煮詰めたぶどうにぴったりというか。


 後は、三人とも黙々とアイスを食べるという感じだ。

 シモーヌは、時折、紅茶を口にしているが、アルルとウルルに言わせると、そういうアイスの食べ方は邪道なのだそうだ。

 個人的には、口の中がリセットされるので、そっちの方が、より美味しく食べられる気がするのだが、その辺は、平行線をたどったままだ。

 まあ、それぞれが好きに食べるのが一番だろう。


「あー、美味しかった!」


「うんうん、今日も一日頑張ろーって感じの味だよねー」


 本当はもうちょっと食べたいけど、とウルルが笑う。

 食べ終わった後の落ち着いたひと時。

 本当は、もう少しゆっくりしていたいが、そろそろお店が混んでくる時間だ。

 あんまり長居もしていられないだろう。


「そうだ、アルル。あんた、コロネに渡すものを持ってきたんじゃなかったの?」


「あっ! いけないいけない! そうそう、精霊銀製のパレットナイフよ。ちょっと待ってて、シモーヌ。今、コロネに渡してくるから」


「あー、わたしもマリィの制服を持っていくよー。シモーヌ、もうちょっと待っててねー?」


「はいはい。さっさと済ませてきなさいな。私はもうちょっと座ってるから」


 慌てて、お店の奥へと向かうふたりに笑顔を返しつつ。

 残った紅茶を飲みながら、くつろぐシモーヌなのだった。

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