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第18話 狗神ホムンクルス、鶏の赤ワイン煮を食す

「わん! わん! わん! わん! わん!」


 塔のとある一室に、犬の鳴き声のような声が響く。

 アラバシリこと、アラが『吠声』スキルを使っている声だ。

 この町に住んでいる錬金術師のアビーによって、アラは生み出された。

 いわゆるホムンクルスというやつだ。

 ただ、アラは魂というか、そういうのが抜け殻だったホムンクルスの器に、妖怪種の狗神が宿ったというか。

 ちょっと、普通のホムンクルスとは違って、半分は妖怪みたいな存在なのだとか。

 俺も詳しくは知らんけど。


「オサムさん、終わったですわん! これで、大丈夫ですわん」


「お、すまないな、アラ。助かったぜ」


「わんわん! お役に立てて、何よりですわん。今日は、ちょうど、ご主人から酒粕を持っていくように言われていたのですわん」


 そう言って、笑顔で答える白い犬。

 見た目は、中型くらいの真っ白な毛並みがきれいな犬だ。

 今、アラにやってもらっていたのは、『吠声』のスキルを使って、塔の一室で作っていた日本酒の発酵を促してもらう工程だ。

 アラのやつ、身体の材料に酒粕も少し含まれていたらしく、『吠声』スキルを使うと、発酵食品を醸すことができるという、めずらしい特性持ちなのだ。

 なので、今はアビーの住んでいる酒蔵でも仕事をしているし、たまに、他の料理店とかに出張って、こういう感じで、食材を作る手伝いをしてくれるのだ。


「よし。それじゃあ、ちょっとこっちに来てくれ。礼と言っちゃなんだが、昼飯の方を用意したから食おうぜ」


「わんわん! うれしいですわん! ちなみに今日は何ですわん?」


「ああ、お前さんのとこで作ってるワインを使って、鶏を煮込んでみたんだ。ワンダーチキンの赤ワイン煮だよ」


 ワンダーチキンは、この中央大陸でもあちこちに生息している、はぐれモンスターとしてはおなじみの存在だ。

 この町だと、コッコ種はたまごを取るための存在なので、あんまり食用メインって感じじゃないしな。

 飼っているやつも嫌がるし、何より、友好的なモンスターを食べるって行為自体が色々と問題があるから、基本はやってないし。

 そういう意味だと、こっちの世界だと、モンスターの線引きが難しいな。

 常識ってやつもあるしな。

 はぐれモンスターは倒したら食べるのが供養だって言われてるし、何というか、はぐれの連中って、そういう風に自分でも思ってる節があるし。

 強者の血肉になる喜びっていうのか?

 その辺は、俺にはわからない感覚だな。

 何にせよ、食わなきゃ生きていけないから、そういう都合のいい存在がいてくれて助かったってのはあるが。


「赤ワイン煮ですわん!? 美味しそうですわん!」


「ああ。じゃあ、行こうぜ。ジルバとかもそろそろ起きてくるだろうしな」


 とことこと、後ろをついてくるアラと一緒に、下の階までエレベーターを使って降りて、スタッフとか、塔で寝泊まりしている連中が食事を取るスペースへと向かう。

 

「あ、マスター、そろそろお昼でしょ?」


 ごはんまだ? と笑いかけてきたのは、元盗賊だったジルバだ。

 まあ、元盗賊って言っても、今はカフェの女マスターって感じの出で立ちなんだが。

 冒険者で盗賊をやっていた頃の軽武装の時とは全然違うよな。

 今は、塔の側に自分の店でもあるモンスターカフェを持っているが、基本寝泊まりは、塔の一室のままだ。

 何でも、ごはんを自分で用意するのが面倒くさいとか何とか。

 ここなら、俺が料理しているし、俺が外に出かけてる時も、一階のパン工房に顔を出せば、適当に何かごはんが食べられるということらしい。

 まあ、ジルバの場合、この塔の防衛を担ってくれている、幽霊種のふわわとも仲がいいので、ふわわの要望もあって、ここで寝泊まりしているって感じなんだが。


「ああ。今日はジルバだけか?」


「そうみたいね。他の子たちは、出かけてるんじゃない?」


 外で食べてくるんじゃないかしら、とジルバ。

 この時間に戻ってこないってことは、今日はそれぞれに用事があるんだろう。

 塔には、常時、何人かが寝泊まりしているが、別に、俺がいちいち面倒を見てるわけじゃないしな。

 腹が減ったっていうなら、飯ぐらいは出すが。

 ピーニャのやつは、たぶん、下のパン工房で食べてるだろうしな。


「まあ、そういうことなら、飯を用意するから少し待っててくれ。アラも、その辺でゆっくりしててくれよな」


「わかったですわん」


 そんなこんなで、厨房へと向かうオサムなのだった。





「ほら、できたぞ。ワンダーチキンの赤ワイン煮。アラには、別に大きめの骨も用意したから、そっちは持って帰って食べるといい」


 ジルバと俺の分は、鶏の赤ワイン煮とサラダに、パン工房で作っているパンだ。

 アラの分は、細かい骨は取り分けて、皿に盛った赤ワイン煮をたっぷりと、だな。

 パンとか、ごはんよりもそっちの方がいいらしいし。


「お肉がおいしそうな色なのですわん! それに、骨も! ありがとうですわん!」


 そう言って、いそいそと味付け骨を首掛けのアイテム袋にしまって、赤ワイン煮の皿へとかぶりつくアラ。

 やっぱり、そういう感じは、ホムンクルスというよりも、犬っぽいよな。


「おいしいですわん! お肉の味の深みがすごいですわん!」


「そうね、やっぱり美味しいわね。じっくりと煮込まれてるから、お肉もしっかりとした食感があるけど、柔らかいし」


「わずかに、うちで作ってるワインの味もしますわん!」


「お、わかるか? さすがはアラだな」


 この白い犬は、酒の味とかには敏感だからな。

 ちなみに、この赤ワイン煮の場合は、野菜と鶏肉と一緒にして、赤ワインでじっくりとマリネにするからな。

 一応、玉ねぎとかそっち系の野菜も使っているんだが、このアラの場合、普通の犬とかと違って、玉ねぎとか食べても大丈夫なんだよな。

 さもないと、この手の料理は危なくて出せないし。

 今も、野菜からもたっぷりと旨みが出たスープを、おいしいおいしいと食べているし。


「お肉が香ばしく焼けているのもおいしいですわん! この皮の部分が何とも言えないのですわん!」


 アラがうれしそうに、ガツガツと食べながら叫ぶ。

 やっぱり、味覚に関しては人間に近いんじゃないか、アラのやつ。

 ちょっと熱かったせいか、はふはふとマッシュルームを食べてるし。


「このソースとパンがよく合うのよね。アラもパンを食べればいいのに」


「わんわん! この付け合わせのカリッとしたパンだけで十分ですわん!」


「あー、このハート型のクルトンね。ふふ、これも美味しいわねよ。やっぱりマスターの料理って、いいわあ。食べてると幸せになるもの」


 あたし、ここのうちの子になる、とジルバが笑う。

 まあ、俺としても、出した料理を美味しそうにたべてくれるのを見ていると幸せだな。

 今日の赤ワイン煮も、まずまずの出来だしな。

 大分、町の外のはぐれモンスターの肉質も良くなって来た、というか。

 後は、熟成の方法にも一工夫だな。


「そいつは良かった。そういえば、『最果てのダンジョン』で、コッコトリスが出る区画があったんだってな?」


「そうみたいね。アランたちが生息地を見つけたんですって」


 コッコトリスは、コッコ種の変種で、毒を持っている鳥型モンスターだ。

 ただ、上手に毒を抜けば、味の方は、素晴らしく美味くなるんだよな。

 俺も、何度かしか、調理はしたことがないが。

 あれ、コッコの変種だから、普通は一世代だけの存在かと思っていたんだが、なぜか、この町の側にある『最果てのダンジョン』でいっぱい発見したらしい。

 そういうことなら、と、今後の目標に定めてはいるのだ。


「わんわん! コッコトリスですわん?」


「ああ。毒抜きが大変なんだが、肉の味は絶品だぜ。そうだな、近いうちにちょっと挑戦してみるとするか」


「それは楽しみですわん!」


 塔で、そのコッコトリスの料理が食べられるのですわん? とアラ。


「いいわねえ、マスター。そっちも食べてみたいわねえ」


「そういうことなら、一緒に行くか? そろそろ、ふわわの主食を取りに行く時期だろ?」


「そうね。そのついでで良ければ、付き合うわよ?」


 よし。

 そういうことなら、ちょっと今度行ってみるとしようか。

 やっぱり、新しい食材の話を聞いた以上は、放ってはおけないからな。

 

「わんわん! そのコッコトリスでも、この赤ワイン煮を食べてみたいですわん! 今でも十分においしいのに、ちょっと味が想像できないですわん」


「ま、期待せずに待っててくれよな。今は、目の前のもので我慢してくれよ」


「我慢なんてとんでもないですわん。とってもおいしいですわん!」


「ほんとほんと。このソースで、パンがいくらでも食べられちゃうもの。もちろん、鶏肉も香ばしくて美味しいんだけど」


 肉汁が溶け出したソースが最高、とジルバがまた一口食べて。

 そんなふたりを笑顔で見つめて。

 自分も料理を口に運ぶオサムなのだった。

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