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第17話 パン妖精とパティシエール、クラプフェンを食す

「ピーニャさん、お疲れ様でしたー」


「はいなのです。また明日もよろしくなのですよ」


 遅番のスタッフが帰るのを見届けて。

 パン工房の中が、ピーニャだけになったのを確認して。

 うん、とゆっくりと頷く。


 もうすでに、明日の分のパンの仕込みも、パンの中に包むためのフィリングの仕込みの方も終わっているのです。

 普通だったら、ここで店じまいをして、お夕飯を食べて、身支度をして、ベッドでぐっすりと眠るはずなのですが、今日は少しお仕事が残っているのです。

 

 あ、ピーニャはパン工房の責任者なのです。

 父親は火の妖精、母親は人間種のいわゆる、半妖精というやつで、ハーフフェアリーとも言われているのですが、一応、このサーファーとの町では、パン作り全般の責任者のようなことをしているのですよ。

 そもそも、この町ができる前から、料理人のオサムさんと一緒に旅をしていた縁で、簡単な料理などを色々と教わったりもしていたのですが、この、サイファートの町を作るに当たって、いつの間にか、パン作りの担当にされていたのです。


『ピーニャ、お前さん、パン焼くのが好きだから、そっちを担当してくれないか?』


 いや、最初にオサムさんから聞いた時は、寝耳に水だったのですよ。

 てっきり、オサムさんが何でもかんでも作っていくものだとばかり思っていたのです。

 でも、よくよく考えれば、ひとりで何でもできるわけがないのですよね。

 結局、ピーニャの他にも、料理に興味がある人や、腕にちょっと覚えのある人が何人か集まって、別々の料理を担当することになったのです。


 ドムさんは、焼き物系に宮廷料理を加えた酒場のメニューを。

 ガゼルさんは、コース料理メインの宮廷料理系に、揚げ物をプラスして。

 ミーアさんと、イグナシアスさんは魚系の料理を。

 ムサシさんは、和風料理を中心に、お弁当なども担当して。

 サイくんが、おでんを中心とした煮物を。

 コノミさんが、うどんなどを。


 他にも、新しい料理人さんたちがやってきたり、いつの間にか、お店を持てるまでに成長したりして、今もどんどん新しいお店は増えているのです。

 パン工房も、この塔の本店の他に、果樹園店などのように、姉妹店を持つことができたのです。

 今のところはまだ、この町の中だけなのですが、そのうち、他の町にもパン作りの手を広げていくことにはなりそうなのです。

 ピーニャにも、いいかげん早く店名をつけるように催促が来ていますし。

 でも、ピーニャにとっては、このパン工房は『パン工房』なのですよね。

 オサムさんなんかは『ピーニャの店なんだから、"妖精のパン屋さん"とか、"フェアリーベーカリー"とか"ブーランジェリー ピーニャ"とかでいいんじゃないか?』とか、言っていたのですが、さすがに、ピーニャのことが店名になるのは嫌なのですよ。

 あくまでも、パンがメインなのです。

 今のところは、やっぱり『パン工房』がピーニャの中では、一番しっくりと来ているのですよ。


 『パン工房・塔本店』『パン工房・果樹園店』。

 これで十分なのです。

 もし、他の人が、新しくこの町でパン屋さんを始めたとしても、その店名が『パン工房』でもない限りは、たぶん、そのままなのです。

 今のところは、そういう話はなさそうなのですが。

 たぶん、コロネさんのところのお弟子さんに、パン作りが得意な人もひとりいますので、その人がお店を持ったりするのかも知れないのですが、王都の出身の方なので、たぶん、そっちでお店を持つと思うのです。


 まあ、それはさておいて、なのです。


「では、注文の品に取りかかるのです」


 今日は、ちょっと常連さんのひとりから、『無理なお願いですみませんが』と夜に作り立てのパンを頼まれていたのです。

 普段から、このお店のパンをいっぱい買っていってくれる人なので、このくらいの無理は問題ないのです。

 それに、この手のお願いは、本当にめったにないことなのです。

 その人にどうしても、と言われた以上は、ピーニャも断れないのです。


「材料の準備は整っているのです。数も、いつもよりは少なくて大丈夫なのです」


 小麦粉は中力粉と準強力粉。

 その辺は、いくつかの小麦粉をブレンドした、この店のオリジナルなのです。

 この町で採れる小麦の種類も増えましたし、他の町で作っている小麦粉も手に入るようになって、パンを作るのにも、色々な種類の小麦粉を試すことができるようになったのです。

 おかげで、やることも増えたのですが、より美味しいパンを作れるようになったので、ピーニャとしては、かなりうれしいのですよ。

 ハード系のパンにはこの小麦粉を、柔らかくてふんわりしたパンにはこっちの小麦粉を、という感じなのです。

 今日作るのは、ふっくらと膨らんで、そのまましぼまないようにするために、ちょっとだけ強めの小麦粉を選んでいるのです。


 小麦粉の他には、たまごとマーガリン、お砂糖と脱脂粉乳、後は生の酵母と、お塩を少々、そして、ほんのちょっとだけ、バニラのペーストも、なのです。


「では、材料を混ぜるのです」


 低速でゆっくりと混ぜて、少し経ったら速度をあげて、ミキシングなのです。

 十分ほどで練りあがるので、生地を引っ張って確認して。

 うん、大丈夫なのです。

 薄くしっかりと伸びるのですよ。

 この生地を丸めて、一時間ほど発酵させるのです。


「では、今のうちに、ジャム庫から、ジャムを選んでくるのです」


 今、ピーニャが作っているのは、揚げジャムパンだから。

 パン生地とは別に、ジャムも重要になってくるのです。


 そんなこんなで、生地の発酵時間を使って、ジャムを取りに行くピーニャなのだった。





「ピーニャ、ごめんね。ちょっとジャムの交換に来たんだけど」


 ふと、ピーニャがパンの発酵を待っていると、玄関の鈴の音が鳴って、お客さんがやってきたのです。

 パティシエのコロネさんなのです。

 ピーニャにとっては、甘いお菓子系のパンの作り方を教えてくれたり、新しい白い小麦粉を作ってくれたりした、先生のような、恩人のような人なのです。

 今、パン工房で色々なパンが作れるのも、コロネさんのおかげなのです。

 オサムさんも、パン作りとかはあんまり得意じゃなかったらしいので、コロネさんがこの町に来てくれなかったら、今も、白くない小麦粉でパンを作っていたのかもしれないのです。


 ごめんね、普段は休んでる時間なのに、とコロネさんが謝って来るのに、首を横に振って。


「大丈夫なのですよ、コロネさん。今日は、ちょっとプリムさんから頼まれて、追加でパンを作っているところなのです」


「あ、そうなんだ? 揚げ油の準備をしてるってことは揚げパンか何か?」


「なのです。揚げジャムパンなのですよ」


 これも、元々はコロネさんから教わったパンなのですよね。

 何でも、ドーナッツの亜種のひとつだとか聞いているのです。

 揚げジャムパンと言っても、ジャムをパンの中に入れて揚げるのではなく、パンを揚げた後で、ジャムをしぼり入れる感じなのですが。

 一度、ジャム入りで揚げてみたのですが、ジャムによっては、火が通りすぎてしまうのですよね。

 ただ、ジャムの種類によっては、それはそれでアリな感じの香ばしいパンになったのですが、今日のジャムは基本の、アプリコットジャムや、サンベリーのジャムなので、これは後でパンの中に絞り入れるやり方なのです。


「なるほどね。クラプフェンなんだね? ふふふ、やっぱり、ピーニャの作ったジャムって美味しいものね。もう、その、クラプフェンも、すっかりピーニャのオリジナルの味って感じだし」


 揚げパンとジャムだもんね、とコロネさんが笑う。

 なのです。

 揚げパン作りとジャム作り。

 そのふたつに関しては、ピーニャも特にのめり込んだ分野なのですよ。

 クラプフェンというのは、この揚げジャムパンのコロネさんの世界での呼び名だったのだそうです。

 お祭りとかの屋台などでも売られていたとは聞いているのです。

 そういう意味では、この揚げジャムパンって、世界を問わずに愛されている味なのですね。揚げパン好きのピーニャにとっては、うれしい限りなのです。


 ちなみに、コロネさんが今やってきたのは、定期的に行なっている、ピーニャとのジャム交換のためなのです。

 今、塔の保管庫には、ピーニャの手作りジャムがいっぱい保管されている区画があるのですよ。

 通称、『ジャム庫』。

 コロネさんから、最初にジャム作りを教わっていらい、果物や野菜が手に入るたびに、色々なジャムを作り続けては、種類を増やしていって、今の至るのですが、実際、その量と種類の数では、たぶん、この町でも、ピーニャの『ジャム庫』が一番多いのです。

 なので、コロネさんも、お店で使うジャムを、ここから買って行ってくれるのです。

 コロネさんのお店の場合、ジャムだけにそこまで手を割けない、というのもあるのですが、その辺は、この町の方針でもある分業を大事にしているのです。

 そして、ピーニャの方も、コロネさんが作るミルク入りのジャム……コンフィチュールがあると、パン工房としても、パンに入れたりできるので、素材を生かした家庭的なジャムはピーニャが、どちらかと言えば、お菓子系のジャムはコロネさんが作って、それで、ジャムの交換をしているのです。


「なのです。ジャムの交換はいつもの通りで大丈夫なのですが、どうですか、コロネさん。後は、揚げるだけなので、ちょっと味見していきませんか? ちょっと、いい感じに、サンベリーのジャムが仕上がったのですよ」


 基本のジャムは、アプリコットとかなのですが、今日は、今が旬のサンベリーのジャムもあるのです。

 これに関しては、なかなかの自信作なのです。


「あ、ほんと? うん、ぜひ味見させてほしいかな」


「はいなのです。では、今から揚げるので、コロネさんは今のうちにジャムの方をお願いするのですよ」


「うん、わかったよ、ピーニャ」


 そう言って、コロネさんがジャム庫の方へと行くのを見送って。

 早速、どんどん生地を揚げていくのです。

 百八十度で、両面をじっくりなのです。

 生地が膨らんで、両面がこんがりとキツネ色になったら、油をきって、できあがりなのです。


「後は、冷ましつつ、中にジャムをしぼり入れるのです」


 ある程度しっかり冷めたら、最後に上から粉砂糖をふりかけて。

 これで、揚げジャムパンの完成なのです。

 と、そうこうしているうちに、コロネさんが戻って来たのです。


「うわあ、やっぱり、美味しそうだねえ。ふふ、ピーニャの揚げパンとジャムパンって、このお店の看板メニューだものね」


 それが一緒なんだから、美味しいに決まってるよ、とコロネさん。

 そう言ってもらえるとうれしいのです。


「では、おひとつどうぞ、なのです」


「うん、それじゃあいただくね……あっ! うん、やっぱり、美味しいねえ。まだ中の方はほんのり温かいんだけど、ジャムの方は新鮮な甘みと酸味がしっかりと生きているし。って、ピーニャ、このサンベリーのジャムすごいね!?」


「なのです、今年の野生のサンベリーはかなり面白い出来なのですよ。ピーニャもジャムを作っていて驚いたのですが」


「うん、いいよね、サンベリー。これ、向こうにはなかった果物なんだよね。ほんと、木いちごと柑橘系の酸味を足したような味というか。揚げパンのどっしりとした感じとよく合ってるさわやかさが何とも言えないし。ふっくらもっちりとした食感もいい感じだよ」


 やっぱり、コロネさんはこのジャムに喜んでくれたのです。

 揚げパンの味も上々のようなのです。

 では、ピーニャもひとつ味見をしてみるのです。

 うん。

 表面はパリッとしているのですが、その後にはふっくらと膨らんだパンのもっちりとした食感が広がってくるのです。

 揚げたパンの香ばしい香り。

 中に入っている、サンベリーのジャムの甘酸っぱさ。

 揚げたパンにジャム入れただけ、のパンとは思えないのですよ。

 やっぱり、このジャムは良い味なのです。

 それに、作り立てで、ちょっと冷ましたばかりの、本当に絶妙なタイミングなのです。

 たぶん、今が一番おいしく食べられるのですよ。

 食べながら、そんなことを考えていると。

 また、玄関の鈴の音が鳴った。


「失礼いたします、ピーニャ様。それに、コロネ様も。パンが出来上がったとのことで、このプリム、馳せ参じました」


 やって来たのは、このパンを注文していた、メイドのプリムさんなのです。

 こう見えて、このメイドさんは『魔王領』の重鎮なのです。

 何せ、魔王さまのお世話もしている、序列一位のメイドさんなのですから。

 と同時に、パン工房のお得意様でもあるのですが。


 というか、なのです。


「プリムさん、本当に絶妙なタイミングなのですよ。ちょっとピーニャも驚きなのです」


「はい。今日は、そこそこ重要な『夜会』のためのお料理でしたので、ふわわに伝達をお願いしておりましたので。あの子でしたら、料理の完成の見極めも、匂いで完璧ですので」


「あー、なるほど、なのです」


 ふわわは、この塔の護り神なのです。

 今も、存在を薄くした状態で、ピーニャたちの周り全体に広がっているのですよ。

 幽霊種のミストガーゴイル。

 もう、ピーニャにとっては、それが当たり前のことなので、今更気にならないのですが。

 やっぱり、ふわわは『魔王領』の人たちに懐いているのです。

 それも、ムーサの町で作っている美味しい香りをいっぱりもらったからなのですが。


「プリムさん、今日は『夜会』なんですか?」


「はい、コロネ様。ええ、まったく面倒ではありますが、仕方ありません。魔貴族の中にも、この町を訪れることをよしとしない者がおりますので、『夜会』を理由に、料理を出さないとへそを曲げるのですよ」


 まったく困ったものです、とプリムさんが苦笑する。

 『夜会』というのは、魔族の定例会議のようなものなのです。

 一応、序列の上では、プリムさんが魔王さまに次いで高いのですが、『魔貴族』と呼ばれる重鎮の多くは、年嵩の方も多いので、その辺は、このメイドさんも色々と気を遣っているのですよね。

 力こそ正義の魔族の中でも、色々とあるのです。


「では、ピーニャ様、こちらはお預かりしますね」


「なのです。全部持って行って問題ないのですよ」


「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」


 急ぎですので、これにて、とメイドさんは去って行った。

 

「あ、それじゃあ、わたしも失礼するね。ピーニャ、ありがとう、このクラプフェン美味しかったよ」


「それは何よりなのです。また、どうぞ、なのです」


 こうして、コロネさんが帰るのも見送って。


「後は、後片付けをして、休むだけなのです」


 明日もパン工房は早いのです。

 そんなこんなで、工房を片付けて。

 また、あくる日の営業に備えて、寝るための準備の取りかかるピーニャなのだった。

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