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第12話 お医者さんとナース、ザッハトルテを食す

『ぴんぽんぱんぽーん』


『皆様、お待たせいたしました。本日の診療が終了しましたので、これより私たちナースと、ドクターが、各お部屋をうかがって、バレンタインのお菓子を配っていきたいと思います。入院中の皆様は、今しばらく、ご自分のお部屋にて、お待ちください』


『なお、お手洗いなどは、我慢しないようお願いいたします。お留守の場合も、再度、足を運びますので。売店や遊戯室をご活用の方々は、お部屋の方へとお戻りください。ドクターが皆さんに喜んで頂けるような、お菓子を買ってきてくれましたので』


『ぴんぽんぱんぽーん』


 館内放送で流れた音声に、その建物にいた住人の多くが歓声をあげた。

 ここは、サイファートの町の南にある総合病院の入院棟だ。

 一応、正式名称は『連界総合病院』という感じなのだが、この町の住人の多くは、ギンの診療所とか、南病院とか、回復屋など、適当に好き勝手に呼んでいるため、正しい名前で呼ばれることはほとんどない。

 地域に根差した病院を目指す。

 そんな、院長のギンの意向もあって、その辺は適当な感じではあるのだが。

 要は、この町の人たちにとって、親しみやすい場所であることが大事であって、名前とかはどうでもいい、というか。

 

「ふふ、では配りましょうかね」


 館内放送を終了させたクリスに、そう声をかけてきたのは、この病院の院長のギンだ。

 ギンは海人種と呼ばれる海の生物の獣人で、本体はイソギンチャクである。

 そのスキルである『癒しの手』と呼ばれる能力も、数ある触手の特殊技能のひとつというか。まあ、回復系の能力は、かなりのレアスキルのため、海で出会ったこの町の住人にスカウトされて、そのまま、やってきたひとりなのだ。

 人化している時は、季節によって男性か女性か異なる。

 今は、ちょっとセクシーな女医さんという感じで、一部の男性患者からは人気がある感じだろうか。

 というか、クリスからしてみれば、服を着替えるように、ころころ性別が変わるドクターなど、どんなに容姿が整っていても、そこに色を見るのはかなり、厳しいのではないかとは思うのだが、まあ、その辺は、一部男性、いや一部女性も含めて、悲しいサガというか何というか。

 男と女の問題は複雑怪奇というか。

 とりあえず、色恋沙汰とは、ギン自体が興味薄めの性格なので、問題とかは発生していない感じではある。セクハラっぽいジョークも、適当にブロックしているし。


 まあ、総合病院と名乗ってはいるが、この病院で診察ができる常勤の医師は、ギンだけで、後は、メルなどを始め、お医者のスキルを持っている者が、時々手伝いに来てくれる以外は、すべての診察を、ギンひとりで行なっている。

 なので、そういう意味では、患者さんの信頼を一身に背負っているのが、目の前のドクターである。

 もちろん、クリスもギンに対しては、尊敬の念を持っているし。

 自分のできる範囲のことは、しっかりサポートしようと、そう決意している。

 ちなみに、クリスは、モスキー種。

 つまり、女の蚊の虫人である。

 血液系統の取り扱いの才能に長けていたため、ギン同様、一発でスカウトされてしまったというか。

 果樹園というか、『グリーンリーフ』出身者の中でも、モスキー種の一族は、割と影が薄い存在であったのだが、クリスが看護の仕事を始めてからというもの、すっかり、医療関係のスペシャリストという感じのイメージが定着してしまった。

 今も、クリスが作っている教科書を元に、看護学校の方で、後進を育成中だ。

 たまに、研修生が病院にやってきたりもしているので、今後が楽しみではある。

 投薬や、採血、輸血系で、『無痛』系統のスキルというのは、本当に、病院では重宝するのだ。

 ちょっと変則的な使い方としては、牛型モンスターのホルスンの子供の体内から、チーズのための小精霊だけを採取したり、とか。

 クリスも、今も定期的に教会からは仕事を頼まれるし。

 専属になってくれたら、かなりの報酬を約束するとか言ってたから、もしかすると、クリスの一族から、チーズ作り専属の子とかも誕生するかもしれない。


 それはさておき。

 今、この医務室にいるのは、院長のギンと、看護師のクリス。

 その他には、クリスと同様に看護師をしているエトル、それに、同じく看護補助をしているジャンヌの、以上四名である。


 エトルは、ギンと同郷の海人種で、スキュラだ。

 そのため、人化をしていない時は、白衣の下は、多足の状態で、病院内を歩いたりもしている。別に、この病院では、区画によっては、モンスターの治療も行なっているので、今更驚くようなものもいないし。

 ただ、仮眠中に寝ぼけて、足で抱き付いてくるのだけは勘弁してほしい、とクリスなどは思っている。

 それさえなければ、朗らかで良い子なのだが。


 一方のジャンヌは、この看護補助というか、この病院の各部署の要でもある。

 種族は幽霊種のジャック・オー・ランタンで、彼女と呼んでいるが、ジャンヌの本体はその人型の部分ではないのだ。

 通称、『ランプの貴婦人』。

 ジャンヌの本体は、その小さくて可愛い看護師の姿をした人形・・が腰にかけているランタンの中の『火』そのものである。

 妖怪種でいうなら、鬼火に近いだろうか。

 自然の火ではないため、決して消えることがない、その火を種火として、延々と自身の数を増やすことができるのだ。

 『火』の人形遣い。

 それが、ジャンヌという存在なのだ。

 ただし、幽霊種特有の制約があるため、日付をまたぐと、本物の本体の『火』以外は消えてしまって、また、消えたランタンに種火を分けないといけないのだけど。

 その作業だけが手間だが、それさえ行えば、いくらでもジャンヌは人形に取り付くことができるので、病院では、受付業務から、日々の業務、看護補助、売店の販売員、遊戯室の責任者、その他様々なお仕事が、ジャンヌの手で行われている。

 病院のお仕事の楽しさに目覚めた幽霊。

 そのために用意された、ナースサイズの大量のお人形こそが、この病院を少人数で支えられる秘密でもある。

 クリスなども、本当に、幽霊種だけは敵に回したくないと思う。

 いかさまの種族。

 それが、土地神に近い性質を持つ、幽霊種の力だから。

 ちなみに、今、ここにいるジャンヌは、栗色の長い髪をくりんくりんさせた、一見すると子供にしか見えない可愛い女の子だ。

 今のジャンヌの好みは、このお人形らしい。


「そーだねえ、みんなが待ってるもんね」


「ジャンヌ、貴方たちで、一足先に、用意をしてもらってもいいですか? 私たちは、順々に病室を巡って行きますので」


「うん、いいよー。『わたし』たちに通達。『ティータイムの準備を整える』。ほーい、通達完りょー。これで後は、お菓子を配っていけばいいよ」


 クリスに対して、きゃはは、とジャンヌが笑う。

 これで、無数の『ジャンヌたち』が、各病室で、ティータイムのセッティングをしてくれているはずだ。


「ちなみにギン。今日のお菓子は何なの?」


「えーとですね、エトル。コロネさんからの説明のカードが入っていたはずですが……あ、これですね。えーと、『ザッハトルテ』というチョコレートのケーキらしいですね。基本は、皆さん、これを召し上がっていただく感じで、チョコレートがダメな患者さん用に、別のケーキとかを買ってきていたりはしますがね。一応、バレンタインのイベントですから。できれば、この『ザッハトルテ』を食べていただきたいですね」


「へえ、『ザッハトルテ』、ね?」


 感心したように、エトルが言って。

 クリスもギンの持っているカードを見せてもらった。

 バレンタインのお菓子を買ったお客さんへのお礼のメッセージカードと、そのお菓子に関する情報が記されていた。

 この『ザッハトルテ』のザッハは、このお菓子を考案した料理人の名前がそのまま付けられているのだそうだ。

 トルテは、切り分けて食べる焼き菓子。

 チョコレートを使った生地に、アプリコットのジャムを挟み込んで、ザッハグラズールと呼ばれる、チョコレートを使った糖衣で包み込んだお菓子、だそうだ。

 うん。

 半分くらいは、説明を読んでも、クリスにはよく分からない。

 見た目が、チョコレートで包まれたケーキという感じなので、つまりはそういうことなのだろうと納得する。


「でも、美味しそうですよね? 見た目はシンプルなチョコレートケーキという感じですが、中身は、杏のジャム、ですね。とりあえず、ホールケーキをいっぱい買ってきましたので、患者さんたちの分は、問題なく確保できてますので、早速、どんどん、配っていくとしましょうかね」


「「「はい! ドクター!」」」


 そんなこんなで、病院内をせっせと渡り歩く、四人なのだった。





「よかったね! みんな喜んでくれて!」


「ですね。今年のバレンタインは好評だったということで、サプライズティーパーティーとしては、上々だったのではないでしょうか。ええ、この『ザッハトルテ』が美味しかったことが理由ではあるのですが」


 クリスたちが、お菓子を配り終えて、再び戻って来た医務室には、まだ、かなりの数のチョコレートケーキが残っている。

 なので、ここにいる四人でも味見をして、余った分に関しては、ジャンヌの分体で食べていいということにした。

 いつも、お仕事を頑張ってくれているし、何より、一部の人形体にも食べる機能が付いているのだ。

 それも、患者さんと一緒に食事を取ったり、今日のようなティータイムに、一緒に何かを飲んだりするのが、割と娯楽として大切だから、だ。

 無邪気なジャンヌたちの存在が、病院に入院している患者にとっても、救いのようになっているというか。

 まあ、ともすれば、暗くなりがちの雰囲気を明るくするための、無駄機能とも言う。


「うん! 今、患者さんからちょっとだけもらった『わたし』は、それでおしまいねー。それ以外の『わたし』で、もらうことにするよ、うん!」


 いただきまーす、とジャンヌが大きめに切って、それをフォークで刺して、口いっぱいに頬張って。


「うわ! やっぱり美味しい、これ!」


 少しずつ食べるのもいいけど、やっぱり、パクッと食べると、口の中にチョコレート食べてる! って感じの風味が広がる! そう、ジャンヌが満面の笑みを浮かべる。

 見ているだけでも美味しそうだったので。

 ジャンヌに続いて、エトルとギン、それに、クリス自身も切り分けたチョコレートケーキを一口食べてみた。


「それじゃあ、あたしも残った分を味見味見……あ! 想像以上に、濃厚! あのお店のチョコケーキの中でも、かなり好きな方かも! ちょっと甘酸っぱいジャムが良い感じだね!」


「ええ。横に添えたクリームが何とも言えないですね。どっしりとして濃厚ですけど、それでいてどこか上品な感じなんですよね」


「ケーキ単体でも、素晴らしいですが……ドクターの言う通り、クリームとの組み合わせはすごいですね。美味しいです」


 口の中に入れると、チョコレートの風味が口いっぱいに広がって。

 しっとりとした食感。

 挟み込まれたアプリコットのジャムの甘酸っぱさ。

 濃厚でとろけるようなチョコレート。

 ふわふわのホイップクリーム。

 これで、一個の完成した美味さへと昇華している。

 一見、シンプルなチョコレートでコーティングしたケーキのようで、とても、繊細な技法が折り重なっているのが、感じ取れる。

 うん。

 やっぱり、お菓子というのは本当にすごい料理ばかりだ。

 この切り分けたケーキひとつ。

 わずかに一口で、甘さだけではない幸せを感じることができるから。


 だからこそ、病院にとっては、ティータイムが大切な時間ともなるのだから。

 一応、コロネさんから、お菓子の取り過ぎには注意、との話も聞いている。

 まだ、病院でも、そういう症例は少ないが、甘いものを食べ続けることで、身体の変調を来す病気などもあるのだそうだ。

 贅沢病とでも言うのだろうか。

 もしかすると、今後はこの町でも、そんな患者さんが増えたりもするのだろうか。

 今も、コロネさん、砂糖を少なめでも美味しい商品の開発とかもしているらしいし。

 まあ、そんな未来のことを気にしても仕方ないけど。

 今はまだ、生まれたばかりのお菓子の料理を楽しめればいいかな、と。

 もちろん、病院の看護師として、取り過ぎには注意して。

 

 そんなことをクリスも思いながらも。

 今は、お菓子を食べる幸せに浸りつつ。

 周りの同僚たちと談笑するのだった。

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