表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/23

第11話 狼少女、トリュフチョコレートを食す

「コロネさーん、後はこの粉をまぶしていけばいいんですね?」


「うん、そうそう。そのカカオパウダーが万遍なくつくような感じね……うん、バットを揺する時は優しくね。あんまり揺らし過ぎちゃうと、チョコレートの形が崩れちゃうから。うん、うまいうまい、フェンちゃん」


「あっ! 粉が良い感じになってきましたね」


「後は、そのままでちょっと置いておけば、結晶化が進むから、そうなったら、まあるく形を整えるといいよ。丸めたチョコレートは、こっちのトレイに並べてね」


「はーい! 頑張りますよー!」


 そう言いながら、せっせと、丸くなったチョコレートに、カカオパウダーをまぶす作業に没頭するフェン。

 いつもの動きやすさ重視の、ぴっちりタイプの戦闘服の上から、お店で借りた白衣を着て、一生懸命、教わるがままに、トリュフチョコレートを作っている狼種の女の子だ。

 ちょっと色黒でスレンダー。

 活発的な感じで、身体も細身ながらも、しっかりと鍛えるところは鍛えているというか。

 見た目はコロネと同じくらいの年に見えるが、実際のところはようやく十代前半という感じである。

 元々、狼種というのは成長が早いので有名で、それは、父親が闇狼、母親が人狼種のハイブリッドでもあるフェンも変わらない。

 実際、二十歳そこそこのコロネと並んでも、どちらが年上なのかわからないくらいではある。

 しいて言えば、胸がちょっと小ぶりで、そういう部分は年齢相応というか。

 どこか子供っぽい態度も、実際、子供だから、当たり前なのだ。


 今、コロネとフェン、ふたりがいるのは、パティスリー『ちょこっと』の厨房だ。

 時刻はすっかり周囲も静まり返った真夜中。

 翌日の営業がお休みということで、もうコロネ以外のスタッフはいない。

 

 で、何をしているかと言うと。

 コロネがフェンに頼まれて、プレゼント用のチョコレート作りを教えているのだ。


『コロネさん、今年もチョコレートをプレゼントする季節がやってきました!』


『それなら、お店のチョコレートを買っていったら?』


『いえ! 今度はぜひ、フェンも自分でチョコレートを作ってみたいんです! 教えてもらえませんか!?』


『うん、まあ、フェンちゃんには、戦闘訓練でお世話になってるしね。そういうことなら、喜んで協力するけど。でも、ちゃんとしたチョコレートを作るのって、けっこう大変だよ?』


『覚悟の上です! 難しいのはフェンもわかってます。でも、やっぱり、フェンが作ったチョコレートを食べてもらいたいって想いがあるんです!』


『うん、わかったよ、フェンちゃん。そういうことなら頑張ってね』


『はい!』


 そんなこんなで。

 コロネ指導のもと、バレンタインデー用のチョコレートを、フェンが一生懸命作っているというわけだ。

 ちなみに、こっちの世界にもバレンタインデーの風習はあるにはあるのだが、これ、別に女の子が男の子にチョコレートを渡すというのではなく、性別問わず、好きな人とか親しい人にチョコレートをあげる、という感じで定着している。


『その方がチョコレートが売れるしね』


 というのは、この風習を始めた女性の言葉である。

 まあ、そもそもまともなチョコレートが作れるようになってから、そう時間が経っていないので、風習と言うよりも、新しいイベント、という感じで、町の人には広まっている感じではあるけど。

 とりあえず、その時期はチョコレートのお菓子の種類が増えるということもあって、お客さんからも評判はいいようではある。

 何だかんで、自分で買って自分で食べる人も多いし。


 さておき。


「そういえば、フェンちゃんって、誰にチョコレートをあげるの?」


「あはは、えーと、はい。ブランですよ」


「えっ!? そうだったんだ!? ふーん……ブラン君が好きなの?」


 ブランというのは、この町の小麦粉作りの責任者だ。

 お菓子用の小麦粉も含めて、かなりの品種の小麦を取り扱っていて、そのおかげで、コロネのパティスリーでも、安定してお菓子を作ることができるのだ。

 まあ、責任者と言っても、年齢的にはフェンよりも、ちょっとだけ年上という感じで、ふたりとも同じくらいの年なので、お似合いと言えばお似合いなのだけど。


「はい、大好きです! なので、いっぱいチョコレートを作りますよー。ブランのとこ、兄妹がいっぱいいますから、そうしないと受け取ってくれませんしねー」


「へえ、そうなんだ。ちなみに、好きになったきっかけとかあるの?」


「あはは、ちょっと昔なんですけど、フェンたちと同世代の子供たちで、戦闘訓練と言いますか、模擬戦と言いますか、そんな感じの大会みたいなのがありましてね。一応、フェンも参加してほしいって言われたので、出てみたんですよ。その当時から、ルーザとかとも決着つかずでしたしね。なので、てっきり、そのためだとばっかり思っていたんですけどねー」


 竜人の資質持ちのルーザと。

 この辺の縄張りのヌシである『ダークウルフ』の血統であるフェン。

 一応、下馬評では、このふたりの一騎打ちになると言われていたのだそうだ。

 ところが。


「その時に、ブランと最初に戦いましてね。それで、フェンが一本取られちゃったんですよ。あはは、本当にすごいですよ、ブラン。正直、人間種に負けたのって、あの時が初めてですもん」


「えっ!? フェンちゃんが負けたの? それは初めて聞いたね」


「あはは、まあ、もちろん、ダメージはほとんどなかったですよ? でも、それでも、完全に一本取られちゃったわけです。あれはちょっと感動しましたねえ。ほんと、すごいんですよ、ブランって。自分から打って出るって感じじゃないですけど、守りの硬さと、そのカウンタースキルは相当ですよ。コロネさんも、フェンと訓練してるからわかると思いますけど、本気じゃなかったにせよ、いえ、その後で本気で行った時も返されましたけどね。とにかく、闇狼の速度って、普通、人間種じゃ対応できないって思ってましたから。いやあ、恐るべしですよねー」


「だよね。わたしの場合、視覚強化をめいっぱい限界までやって、ようやく動線が見えるかな、って感じだものね。見えても、身体が対応できないでしょ」


 闇狼は、力もさることながら、速度特化の種族だ。

 限界速度が存在しない、その縦横無尽の動きがウリなのだが、ブランはその動きに対して、きっちりとカウンターをかけてきたのだとか。


「いや、最近のコロネさんもすごいですよ? でも、あの時は、『あ、首ががら空きだ。しょうがないなあ』って感じで、打ち込んだら、それが実は罠だったんですね。鎧の隙間を打った瞬間に、動きを縛られて、そのまま、カウンターでぼっこーん、です。いやあ、あれ以来、その手のことにも注意するようになりましたよ」


 普通は、速度で一撃必殺で終わりだったから、とフェン。

 その時までは、速さに勝る強さはない、って思っていたそうだ。


「ですから、それ以来ですねー。まあ、ブランは手合せとか、模擬戦は嫌がるんですが、それでも、毎回ちゃんと対応してくれるんで。嬉しいんですよー」


「へえ、あのブラン君がねえ……あ、フェンちゃん、大体、チョコレートができあがったみたいだね」


「はい! あーでも、お店のと違って、きれいな真ん丸じゃないですね、あはは」


「うん、でも、そこが良いんだよ。手作りなんだし、一生懸命作ってたしね。味の方も保証するよ?」


 ちょっとだけ、形が曲がってはいるものの、美味しそうなトリュフチョコにはなっている。

 それで、パティスリーでも使う材料を使っているから、味で勝負するなら十分だろう。


「後は、もう少し置いたら、箱に詰めて、飾りつけをして完成だね」


「はい。いやあ、うれしいですねえ」


 そんなこんなで、残りの作業も頑張るフェンたちなのだった。





「フェン、ごめんね、遅くなって」


「うん、大丈夫だよ、ブラン。いつも、頼んでるのはフェンの方だし」


 訓練場で待っていたフェンが、にこにこしながら、鎧姿でやってきたブランへと笑いかける。

 毎週、ふたりで続けている定期の戦闘訓練。

 その意味に気付いているのかな、とフェンが内心で笑う。

 戦うのも、もちろん楽しいけど。

 それだけじゃなくて。


「じゃあ、早速、訓練を始める?」


「あ、ちょっと待って、ブラン。その前に、ちょっと食べてほしいものがあるんだー……じゃーん! はい、チョコレート! もうすぐバレンタインだから!」


「あ、ありがとう、フェン。そっか、もうバレンタインなんだね」


「あはは、一週間以上早いけどねー。その時期になると、コロネさんもいそがしくなるから、だから早めにってのもあるんだけど。せっかくだから、食べてみてよ、ブラン。これ、コロネさんに教わって、フェンが作ったチョコだから」


 いっぱい作ったから、弟とか妹の分もあるよ、と伝えて。

 うきうきしながら、今、食べてほしい、と促して。


「うわ、すごいね。これ、フェンが作ったの? とっても美味しそうだよ」


「うん、だから、食べてみて」


「じゃあ、いただくね」


 そう言って、ブランがひとつのチョコレートを手に取って。

 カカオパウダーできれいにデコレーションされたトリュフチョコ。

 それを口に入れた。


「うわ……美味しい……すごいよ、フェン! 甘いのとにがいのとが折り重なって、口の中で溶けていくよ、このチョコレート。とっても美味しいよ」


「ふふ、良かった。ね? ブラン、もう一個食べてみて?」


「え? うん、わかった」


 一瞬の逡巡の後、それでも笑顔で、もうひとつトリュフチョコを手でつまんで、ブランが口へと入れた。

 その瞬間。


「――――っ!?」「――――――うん、美味しいねー、このチョコ」


 チョコレートを食べようとして、気を抜いていたブランへと。

 フェンが間合いをつめて、そのまま、自分の唇をブランの唇を重ねて。

 そのまま、口の中のチョコレートを舐めとって。


 うん、と頷く。

 口の中に広がっては、鼻へと抜けていく甘い香り。

 チョコレート本来の苦みと、生クリームとお砂糖のマイルドな甘み。

 ふんわりと溶けていく食感。

 それらがひとつにまとまって、チョコレートという一個の洗練された味へと昇華している。

 それに加えて、だ。

 それプラス、蠱惑的な味がした。


「いや、うん……びっくりしたよ、フェン」


「あはは、でもね、一度やってみたかったんだ。これ、ちょっと前に、魔王都で出回った大人向けの絵本でやってたことだったから……ブラン、怒った?」


「別にそういうわけじゃないけど……いきなりだと、心臓に悪いよ?」


「えー、でも、お母さんも言ってたよ? 機会を逃すな。そうでなければ、後に残るのは後悔だけだ、って」


 狼種の嗜好って、情熱的なのだ。

 フェンもそういう性格はおかあさん譲りというか。

 好きなものは好きって、まっすぐに。

 まだ、子供かもしれないけど、狼種は成長が早いから。


「うん、今は、一緒に戦ってくれるだけで十分だけどねー。それじゃあ、気を取り直して、訓練を始めよっかー!」


「いや、ちょっと待って、フェン!? もらったチョコレート、横に置いてこないと!」


「あはは、きーこえーませーん! それじゃあ、頑張って、チョコレートを護ってね?」


「うわっ!? 待ってってば!?」


 ちょっとだけ、照れ隠しも含めて。

 そんなこんなで、ふたりの今日の訓練は続いていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ