第10話 冒険者ギルドの職員、ポークソテーを食す
「よーしっ! これで、食材ゲットねっ!」
「うんうん! 今日は、ディーディーが一緒だったからねー。普段よりも、簡単に済んで良かったよー。ありがとう、ディーディー」
「いいえ。私もたまに遠出しませんと、腕が鈍りますので。こちらこそ、助かりますよ。ウルルさん」
目の前には、討伐された三頭のジュージュートン。
それを慣れた手つきで、アルルとウルル、そして、ディーディーがそれぞれ、丁寧にさばいていく。
その三人を見守りながら、精霊術を使ったまま、周辺警戒を怠らないのがシモーヌだ。
今、四人がいるのは、サイファートの町からほど近い、北にある平原地帯だ。
町の側にあるエリアの中でも、比較的、穏やかなモンスターが多い場所なのだが、その分、モンスターとの遭遇率が高い。
もっとも、今はと言えば、ちょっと前に起こったスタンピード、いわゆるモンスター同士の小競り合いを、この区画のヌシが散らした後なので、ほとんどのモンスターが逃げ出してしまっていて、普段よりは静かになってはいるが。
ただ、町周辺は、諸事情により、中央大陸の中でも指折りの難関エリアとなっているため、そんな状況であっても、そこを歩く冒険者は、一切気を抜くことが許されない。
あまりにのほほんとした、精霊のふたり、アルルやウルルの態度に、思わず牧歌的な雰囲気に浸りそうにもなるが、そんなふたりですら、感覚のどこかは、外側へと向けることを怠らない。
サイファートの町で、冒険者として暮らすというのは、そういうことだ。
鼻歌まじりで、周辺に気を配ることができる。
ともすれば、死と隣り合わせの状態でリラックスできる。
つまり、肩の力を抜いて、状況に対応できるというのが、最低条件となる。
実際、中央大陸では、広い範囲で生息している豚型モンスターのジュージュートンだが、この辺りに出没するものは、他の地域のそれとは、まったく能力が違うのだ。
同じ名前でありながら、もはや別種の生き物? という感じで、突進の速度も全然違うし、その際に身体を魔法でコーティングしてきたりとか、三体で連携を取ってきたりなど、おそらく、並みの冒険者であれば、一頭倒すのも一苦労というか。
命があれば、御の字というか。
実際、周辺状況に余裕がなければ、ギルド『あめつちの手』の面々と言えども、ゆっくりと解体をしたりせず、アイテム袋に入れて、ただちにその場から離れるのが基本である。
「シモーヌさん、状況はどうですか?」
「ええ。今のところは、攻撃警戒半径にはモンスターはいないわね。一応、平原のちょっと離れたところかしら? 西の方で、小さめなスタンピードが起こっているわね」
「ふうん……はい、血抜き終わりっ! ウルルとディーディーはどう?」
「はい、こちらも終わりました」
「大丈夫だよー。それじゃあ、熱湯の用意をするねー。アルルは受け皿と吊るしの用意お願いー」
そう言いながら、ウルルが魔素を変換して、熱湯を生み出す。
水魔法の『ウォーターバブル』を大きめに発動。
それに火魔法を重ねることで、空中に三つの大きな熱湯のかたまりを浮かせているのだ。一応、ウンディーネであるウルルが火魔法を使うのは、なかなか骨が折れる作業なのだが、そのくらいは問題ない程度には、ウルルの能力の練度は高い。
一度、お湯にしてしまえば、後は水魔法の範疇なので、コントロールもしやすい、というわけなのだ。
その間に、アルルがジュージュートンの足に、ロープを繋いだ鉤を打ち込んで、そのまま、近くにあった丈夫そうな樹を使って、逆さに吊るしていく。
あっという間に、三頭のジュージュートンが逆さ吊りになって。
「いいわよ、ウルル、そのままやっちゃって」
「はいはーい。ちょっとだけ熱湯に浴びせて……はーい、毛の部分だけ、『ウォーターカッター』で、っとー。はい、おっけーだよー。後はどんどん進めちゃおうねー」
「いつもながら、すごいですね」
ふたりの手際を感心しつつ、ディーディーは頷く。
毎週の太陽の日は、冒険者ギルドはお休みである。
そのため、ギルドの事務担当のディーディーも、たまのお休みを使って、他の冒険者と一緒に、町の外で活動させてもらっているのだ。
今日は、『あめつちの手』の三人が、食材を採りに行くというので、それにご一緒させてもらったのだが、やはり、この町の冒険者はすごいと痛感させられる。
一応、ディーディーも事務職ながら、元は王都の冒険者だ。
それなりに、有名ではあったし、実力もあったつもりではあった。
だが、この町に赴任して以来、自分もまだまだだったと思わせることばかりなのだ。
この、倒したモンスターをさばく、ということをひとつ取ってもそうだ。
王都だと、冒険者ギルドにも、肉をさばいたりする専門の業者が入っており、そのために、冒険者もアイテム袋で、そのまま、何もしないで運んでくるというのが多い。
だが、それだと、やはり、肉質はいまひとつになってしまうのだ。
倒した直後に、どう処理するかによって、大きく味の差が左右されるというのは、ディーディー自身、サイファートの町に来てから初めて知ったし。
アイテム袋が、こと食材に関しては、万能ではない、ということも、だ。
王都では、モンスターの肉に関しては、未だにそこまでは配慮がされていないのだ。
この、わずかな食材の状態の差で、買取が大きく変わってくるというのは、この料理の町ならではの話と言える。
「どう? ディーディー、終わりそうー?」
「そうね。こっちは終わったから、手伝おうか?」
「あ、はい。すみません、お願いします」
ふと気が付けば、ふたりの方は処理を終えていた。
別に、ディーディーも考え事をしながらも、手の方はテキパキと動かしていたつもりなのだが、それでも、ふたりの早さには全然敵わない。
純粋に、これは経験の差だろう。
そして、ふたりの言葉に素直に甘えるのも、解体にあまり時間をかけられないから、という事情がある。
ここは町の外であり、悠長なことをしていられる場所ではないのだから。
変なプライドは捨てて、お願いするのが一番なのだ。
そんなこんなで、ふたりに手伝ってもらって、あっという間に、解体作業が終了する。
「はい、それじゃあ、そろそろ町へと戻りましょうか。今日のところは、これで十分でしょうしね。ルート取りは私がやるから、三人ともついてきて」
「ちょっとシモーヌ、まっすぐ帰るんじゃないの?」
「ええ、ちょっとだけ、東の方に迂回するわ。その方が安全だから」
精霊術を使っている時のシモーヌは、その索敵範囲がかなり広くなるのだそうだ。
視界に入っていない部分も含めて、かなり広範囲で、モンスターの位置や状況が把握できているため、そういう意味では、彼女の言葉は信頼できる。
シモーヌが危ないと言ったら、そちらには厄介なモンスターがいる、ということだから。
もっとも、そのモンスターを倒せないというわけではなく、今、さばいた食材をいち早く、持って帰るため、というのも理由のひとつなのだろうけど。
アイテム袋に入れている時間が長ければ長いほど、味が落ちるのだ。
「じゃあ、早く帰ろうよー。今日は、塔のお店の営業日だしねー」
ウルルの言葉に他の三人も頷いて。
そのまま、町へと戻るのだった。
「おーい、ディーディー、準備できたか?」
「ディーディー姉。遅いですよー。早くお店に入りましょうよ」
「はい、お待たせしました。マスターに、ワーグ。と言いますか、一応、時間通りのつもりだったんですが?」
「はっはっは。ワーグのやつ、今日の『お試しメニュー』に興味があるんだと。噂ネットワークでも言われてたが、今日はコロネが担当みたいだしな」
「ええ! 新しい味のプリンですって! プリムさんがそう触れ回っていましたから」
「ああ……なるほど」
今日は、冒険者ギルドの夕食会だ。
たまに、この町のギルドマスターでもあるドラッケンが、おごりで職員を招待してくれるのだ。
というか、普段、仕事を逃げたりする分のお詫び、という意味もあるわけで、正直、ディーディーとしては、定期的におごってくれるよりも、日々のお仕事をしっかりとやってほしいというのが本音ではある。
もっとも、ドラッケンもサボり癖があるだけで、悪い人ではないので、仕方ないとも思ってはいるが。
スキンヘッドで豪快な感じで、いかにも身体が動かすのが大好きという感じのマスターだ。そもそも、書類仕事が向いていないのだろう。
一方、横でにこにこしているのが、同僚で後輩でもある、ワーグだ。
一応、ディーディーの知り合いの子供でもあり、姪っ子というか、年の離れた妹というか、そんな感じの付き合いになっている。
実際、ワーグが受付とかのお仕事をしてくれるようになってから、自分の負担がかなり減ったわけで、助かっているし。
その分、マスターの逃亡がひどくなったので、トントンとも言える。
さておき。
これで、三人が揃ったので、お店へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ。ドラッケン様、ディーディー様、ワーグ様ですね。こちらのお席へどうぞ」
「よう、コロネ。三人とも、頼んでおいたメニューを頼む。あー、それと、ちょっと小耳にはさんだんだが、『お試しメニュー』、新しいプリンなんだって?」
「あ、はい。本当は、当日まで内緒なんですけどね。作っているところを、あの人に見られてしまいました、と言いますか。まあ、それは仕方がありませんが、とにかく、今日は定食メニューそれぞれに、デザートとして、そのプリンが付きますよ」
まったく困ったものです、と給仕服姿のコロネが苦笑する。
何でも、試作を作っている最中に、プリムがやってきてしまったのだとか。
後は、隠すのを諦めたのだとか。
ちなみに、パティスリーの方は、塔の営業日である、水の日と太陽の日はお休みだ。
代わりに、コロネたちも塔で給仕をしているので、その日メニューに載っているお菓子については、塔のお店で食べられるようになっている。
オサムのお店の営業の時は、他の料理人がサポートする。
その辺の流れは、昔から変わっていないのだ。
やっぱり、このお店の営業を楽しみにしているお客は、それだけ多いということでもあるし。
何より、定期的にイベントもあるので、そういう意味で、ちょっとしたお祭りという感じでもある。
「では、少々お待ちくださいね」
そう言って、コロネが厨房へと戻るのを見送って。
「そう言えば、ディーディー、今日も外に行ったのか?」
「はい。アルルさんたちに同行させてもらいました。ジュージュートンを三頭仕留めましたので、一頭は私の取り分でいいそうです。ですので、来週の太陽の日は、私がごちそうしますよ」
さっき、仕留めた分のお肉は、『あめつちの手』の三人と一緒に、オサムのところに卸してきた。
太陽の日は食材持ち込みで、料理をしてもらう日のため、こうしておくと、次の週か、更に次の週に、その食材で作った料理が食べられる、という寸法だ。
「ほんとですか!? ありがとうございます、ディーディー姉」
「おっ、そいつはうれしいな。そうかそうか、だが、豚かあ……」
「マスター、何か問題でも?」
「いや、すぐにわかることなんだが……おっ、もうできたのか、早いな」
微妙な表情を浮かべているドラッケンに、おや? と思っていたら、そこへ、頼んだ料理を持ってきたオサムが立っていた。
黒いコックコートを着た、この店の店長だ。
「お待ちどうさま。ポークソテー定食、三人前な。今日は、パンがいいってことだから、そっちを持ってきたぜ」
「ああ、すまないな、オサム」
「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ。後で、デザートが出るからな。食べ終わっても帰らないようにな」
そう言い残して、お店の店長は笑いながら去って行った。
そして、ディーディーも、その目の前に置かれた料理を見て、ドラッケンの態度に納得する。
三人の前に置かれたのは、ジュージュートンを使ったポークソテー定食だ。
炒めた玉ねぎをベースに、ピクルスを入れたソースがしっかりと焼いたお肉とよく合う、この店の人気メニューのひとつだ。
サラダは、千切りしたにんじんで作った、シンプルなラペ。
スープは貝のクリームスープだ。
それに、この塔の一階にあるパン工房で作られる、白い小麦粉で作ったパン。
定食メニューの中でも、定番となっている組み合わせだ。
「つまり、マスターもジュージュートンを持ってきたというわけですか」
「ああ。しまったな、食材がかぶっちまったぜ。俺は、ジュージュートンを使った料理が好きだから、それでも構わないんだが」
「あ、わたしも大丈夫ですよ、ディーディー姉。豚肉のお料理って美味しいですもん」
毎週食べても飽きません、とワーグが笑う。
それに、ディーディーも頷いて。
「ええ、そうですね。私も好きですから。来週は、他のメニューをお願いすれば、特に問題はないですね」
「ふぅ、そいつは良かった。それじゃあ、食べようぜ」
「はい。今日のお恵みに感謝を」「いただきまーす」
食事の前のお祈りもそこそこに、さっそく、にんじんのラペ……サラダからだ。
ドレッシングと呼ばれる、ちょっと酸味のある調味料にあえて、千切り状態のまま、しんやりとしたにんじんだ。
噛みしめると、シャキシャキとした食感ながら、ドレッシングを含んだにんじんが少し柔らかくなっていて、それでいて香ばしくて美味しい。
普通に生のまま食べるより、ほんのりした甘みが強くなるというか。
スパイスの黒こしょうも効いていて、ちょうどいい刺激もある。
そうしてから、貝のクリームスープを食べる。
小ぶりの貝で、オサムの故郷の名は、あさりと呼ばれるものらしい。
殻のままで調理した、このスープも、クリーム風味で、一緒に煮込んだ野菜から出た旨みと、貝のスープが一緒になって、何とも言えない深いコクが生まれている。
わずかに残る潮の風味が、すっきりさせてくれている。
ポークソテーを食べる前に、口の中を整えてくれるというか。
お肉の楽しみを広げてくれるような、そんなスープだ。
さて。
いよいよ、本題のポークソテーへと取りかかろう。
あめ色に炒められた玉ねぎのソース。
ジュージュートンのお肉から香ってくるのは、肉を焼く時に使われたであろう、バターのわずかに焦げた感じの香ばしい匂いだ。
お肉はきれいな焼き色がついていて、それでいて焼きすぎていないため、中心部が一筋のピンク色が残るような、そんな感じだ。
前に、オサムから聞いたのだが、豚肉を美味しく食べる、ギリギリの焼き加減というものがあるのだそうだ。
安全のため、生食はできないが、だからと言って火を通し過ぎると、肉汁が抜けて、味が落ちてしまう。
そのギリギリ。
それを見極めるのが、大切なのだとか。
ポイントは、軽く押しても、肉が跳ね返るくらいがいいらしい。
町の外で料理する時は、覚えておくといいと教わったのだ。
そういう意味では、このポークソテーは、きれいな焼き加減を保っているのだろう。
フォークを刺した時の感触、ナイフを入れた時の弾力が、それを物語っている。
口に運ぶ前から、切り分けている時から、その香りと、触感がもうすでに美味しそうだし。
そうして、やっと、ポークソテーを口へと運んで。
思わず、その味わいに笑顔になる。
口にした瞬間に、玉ねぎのソースの旨みが。
そして、肉を噛んだ時の歯切れのよい食感。
あふれ出る肉汁と、その肉汁すらも使われたソースが、口の中で一緒になった時、幸せの味となって、ゆっくりと溶けていくのだ。
「ああ……美味しい」
この肉汁のソースは、白パンともよく合うのだ。
ポークソテーを一口食べて、パンを食べて。
時折、パンにソースを付けて、それだけでも十分に、豚肉の旨みが堪能できるというか。
添えられたピクルスも、いいアクセントになっている。
また、豚肉をより美味しく感じさせてくれるのだ。
ふと、ドラッケンやワーグに目を遣ると、幸せそうに、ポークソテーやパンを頬張っている。
ああ、まただ。
どうしても、このお店で夕食会をすると、食べることに集中してしまう。
会話とかは、この味の前には吹っ飛んでしまうのだ。
まあ、それが悪いことでもないのだけれど。
結局、それぞれが、美味しいとか、感嘆の声をあげる以外は黙々と食べ続けて。
ひとしきり食べ終わった後で、ようやくお互いを見つめて。
「いや、今日も美味かったな。俺、パンをいくつ食ったか覚えてないな」
「お皿に残ったソースがパンと合いますもんね。残したらもったいないです」
「そういえば、今日は、デザートがあるって言ってましたよね?」
三人で、取り留めのないことを話していると、また、コロネがプリンを持って、席の方までやってきた。
「お待たせしました。本日の『お試しメニュー』のみたらしプリンです」
「みたらしプリン、ですか?」
「はい。鬼人種さん向けの、甘じょっぱいプリンですね。ようやく、そっち向けのお醤油ができましたので、試しに作ってみました。まあ……抹茶プリンの時もそうでしたけど、こういう和風のプリンは好みがありますので、忌憚のないご意見を頂けますとうれしいですね」
「へえ、醤油を使ったプリンってか?」
「そんなものまで作れるんですねえ」
「これからも、色々試してみますので、ご協力よろしくお願いしますね」
そう言って、コロネが立ち去った後で、ディーディーも、そのみたらしプリンを一口食べてみた。
「あ……これは意外と……」
美味しい。
確かに、鬼人種たちが好みそうな味だ。
少ししょっぱい味がするんだけど、プリンの甘さとぷるぷるした食感も生きていて、これは確かに、面白いけど、美味しい味だ。
「ああ。プリンと言われると、少し違う気もするが、これはこれで美味いな。甘すぎるのが苦手なやつとかにはいいんじゃないか?」
「やっぱり、プリンはすごいですねえ。何でも、プリンにできそうですよ」
三人が三人とも、どこか感心したように頷いて。
残りのプリンもゆっくりと味わいつつ。
そんなこんなで、冒険者ギルド員たちの夕食会は過ぎていくのであった。