5 佐藤結花
今回は結花のターンですが、終わりにちょこっと西園寺様が出てきます。
今日、私はサークルで飼育している魚の餌やり当番だったので少し早めに登校した。部室と廊下に置いてある大小さまざまな水槽にいる魚たち。その魚に合った餌を適量与えていく。結構これが手間で、気付いたら授業が始まるまであとわずかになっていてあわてて講義室に向かった。腕時計に目をやりながら廊下を曲がったら、
ドン!
「きゃ!」
「うわっ」
衝撃を受けた後、尻餅をついてしまった。
あたりに私の鞄の中身が散らばっている。
痛いのと恥ずかしいのがゴチャゴチャになって頭がパニック。
「ごめん、大丈夫?」
そう言いながら大きな手が私に差し伸べられた。私はその手の力を借りて立ち上がりながら、謝罪の言葉を口にした。
「こちらこそ御免なさい。前をよく見ていなく___」
その手の持ち主の顔を見て私は固まった。そこには私の憧れてやまないこの大学の王子、西園寺様がいらっしゃった。
「どこか痛いところはある? 怪我とかは?」
心地のいいバリトンで優しく語り掛けてくださる。
きゃあぁぁ なに、これ。こんなことあっていいの?
ぶつかった相手が西園寺様だなんて。
私に話しかけてるよ。
私の身体を心配してくれてるよ。
私、今、西園寺様の手、手、手っ! 握ってるよおぉぉぉぉぉ
神様ありがとう。仏様もありがとう。例えこれが夢でもいい。いや、きっと夢だ。夢に違いない。
私がボンヤリ惚けていると、西園寺様が心配そうにおっしゃった。
「もしかして気分が悪いの? 医務室に行く?」
そこで私はハッと我に戻った。『いけない、授業が始まっちゃう。確か担当教授は遅刻しただけで減点する鬼の小泉』
「いえ、大丈夫です。どこも怪我してませんし気分も悪くないです」
そして私は握っていた手を離す(本当はもっとずーっと握っていたかった…)
散らばっていた持ち物を拾い始めると、西園寺様も手伝って下さった。なんて優しい方なんだろう。西園寺様は拾った物を私に手渡しながら再度謝ってくれた。
「本当に大丈夫なのでそんなに気にしないで下さい。あっ、私、急ぎますのでこれで失礼します。荷物拾って下さってありがとうございました。それじゃ」
私はペコリと頭を下げ、挙動不審にならないよう細心の注意を払いその場を立ち去った。
『授業がなかったら、もっと、ゆっくりお話し出来たのに。無念じゃぁぁ!』と、心の中で叫んでいた。
「ない。ない。学生証が無い」
鞄の中を何度探しても見つからない。図書室でレポートに必要な本を借りたかったのに、どうしよう。落としたのなら多分あそこだ。そう思って今朝西園寺様とぶつかった廊下に行って探してみたが、見つからなかった。
困った。大変困った。
仕方が無いので私は再発行の手続きをするため学生課へ行った。
「佐藤結花さんね。落し物で届けてありますよ」
「えっ、本当ですか!」
「はい、これ。間違いなかったらここにサインして下さいね」
事務員さんが私の学生証と一枚の紙を渡してくれた。学生証を確かめた後書類に目を通しサインする。拾い主の欄に西園寺様の名前があった。
やっぱりぶつかった時に落としたんだ。落し物に気付いて学生課に届けてくれるなんて、噂どおりいい人なんだな。ああ、この学生証、西園寺様がここまで持ってきてくれたんだ。もう、絶対、落とさない!
昨日の私は超ラッキー。
話をすることはおろか、近寄ることさえ出来ないと思っていた西園寺様と大接近したのだ。おまけに西園寺様の指紋付きの学生証まで手元にある。私はこの幸せをファンクラブ一同と分かち合うために、いつも待ち合わせに使っているカフェコーナーへ向かった。
真美と小春はまだ来てない。私が一番乗りだ、珍しい… と、えええええ
何とビックリ西園寺様がいらっしゃるではないか。それも一人で! 珈琲片手に読書をなさっている。西園寺様も誰かと待ち合わせなのだろうか? ああ、ただ本を読んでいるだけなのに物凄く素敵です。モデルみたいです。昨日に引き続き、今日の私も超ラッキー!
ハッと私はここで思い至った。
昨日のお礼をするべきではないかと。
今、このカフェコーナーに西園寺様と私の二人きり。
こんなシチュエーション二度とない。今しかない。私は勇気を振り絞った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今のところ順調に進んでいる。すべて計算通りに…
今日で試験が終わった。
祐一の情報ではこの後彼女は親しい友人と打ち上げ会をするらしい。
僕は不自然にならないようにその会に合流し彼女の連絡先を聞き出さなければならない。
大丈夫、きっとうまくいく。
僕は何も知らない友人を連れて祐一と合流し、彼女のいる店へと向かった。