18 佐藤結花
今日はこれから真美とショッピング。
彼女は私の友人の中で一番センスがいいし流行のファッションに詳しい。だから夏物の洋服や小物を見立ててもらうのだ。
真美とたわいない話をしながら大学のキャンパスを抜けると呼び止める声がした。
「佐藤結花さん、お待ちしておりましたわ」
声のした方に振り向いてみたけど人の姿は見当たらない。“空耳かな”と思い歩き出そうとすると、
「ちょっと、無視なさるおつもり? お止まりなさい」
もう一度振り返る。でも誰もいない。“変だな”と首をかしげていると、真美が下を見ろと目で合図する。そこに目線を向けると小さな可愛らしい女の子がいた。
「わたくし西園寺瑠璃子と申します。少しお時間をいただけるかしら」
「西園寺… あっ、貴文さんの妹さんですか?」
西園寺様にこんな歳の離れた妹さんがいたのか… と思っていたら、
「違いますわ」
否定された。それじゃ…
「じゃ、従兄妹?」
「いいえ。親戚ですけど従兄妹ではありませんの」
ということはハトコ? それとも姪? いや、確か西園寺様は3人兄弟の一番上だったはず。そんなことを考えていたら、
「わたくし北の西園寺、義基の長女で貴文様の婚約者ですの。以後お見知りおきくださいませ」
私と真美は顔を見合わせた。
この女の子はどう見ても小学1,2年生にしかみえない。
私がビックリして固まっていると真美が助け舟を出してくれた。
「とにかくここじゃなんだから、場所を変えましょう」
するとどこからともなく黒いスーツに身を包んだロマンスグレーが現れて、大学の門より少し離れた所に止めてあったリムジンに案内してくれた。
どうやら瑠璃子ちゃんが乗ってきた車のようだ。
私達はそこに乗り込んでお話しすることになった。
「もう一度申し上げますけれど、わたくし貴文様の婚約者ですの。わたくしと貴文様は一回り年齢が離れておりますから、あなた方から見れば随分子供に見えるでしょうけれど貴文様をお慕いする気持ちはどなたにも負けはいたしませんわ」
「…はあ、そうですか」
どうリアクションしていいのか分からず、なんとも気の抜けた返答になった。
しかし瑠璃子ちゃんは構わずどんどん話を進めていく。
「貴文様もそれはそれは瑠璃子の事を可愛がってくださいますの」
「はあ、そうですか…」
「わたくしと貴文様は相思相愛の仲ですの」
やっぱりどうリアクションしていいのか分からない…
「それなのに貴方のような存在がいると耳にいたしまして、わたくし目の前が真っ暗になりました。しばらく食事も喉を通りませんでしたのよ」
話を聞いていると私と同じか年上のお嬢様のようだが、目の前にいるのは8歳の女の子。対等に話をするべきか、それとも児童に接するようにした方がいいのか… 変に子ども扱いすると御機嫌を損ねそうな気がするしなぁ。
隣に座っている真美も毒気を抜かれたみたいな顔をして瑠璃子ちゃんを見ている。
ごめんね、真美。変な事に巻き込んじゃって。
「でも、お母様に諭されましたの。どんなに貴文様が優しく誠実でいらっしゃっても、やはり殿方ですもの歳相応のお付き合いが出来る女性が必要なのだと」
おい、母親! いったいどんな説明をしたんだよ!?
おっといけない。瑠璃子ちゃんがあまりに上品な言葉遣いなので、反動で乱暴なつっこみをしてしまった。多分声には出てないと思うけど…
「ですからわたくしが貴文様のお相手が出来る年齢に達するまで黙認することに致しました。勘違いなさらないで。婚約者として貴方は許しがたい存在です。わたくしが18歳の誕生日を迎えたあかつきには問答無用で別れて頂きます。その事を決して忘れないで下さいませ」
「……」
遠ざかるリムジンを眺めながら私と真美はしばし微動だに出来なかった。
「非常に濃いキャラだった」
ポツリと真美がつぶやく。
「うん。見た目は儚い美少女なのに…」
「見た目と中身のギャップ、激しすぎ!」
真美は文字通り腹を抱えて笑い出した。
「ちょっと真美。そんな馬鹿笑いしていると折角の美人が台無しだよ」
けれど一向に笑い声はおさまらない。こりゃぁ、しばらくほっとくしかないか。
それにしても。瑠璃子ちゃんの言うことは本当なのだろうか? だとしたら、結構酷い事を言われたような…
「佐藤様とその御学友様」
呼ばれて振り返ると先程のロマンスグレーが立っていた。まっ、まだいたんですね!
「申し訳ございませんが、もう少々お時間をいただけないでしょうか」
あまりに礼儀正しくされるので「もちろんでございますとも!」なんて、変な返事をしてしまった。はずかし…
ロマンスグレーは完璧な態度で瑠璃子ちゃんの非礼を謝罪すると、この事は西園寺様には内密にして欲しいと懇願してきた。
瑠璃子ちゃんが言っていた婚約云々は彼女の思い込みらしい。
幼い少女が年上の素敵な青年に憧れて『大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるの』と夢を描く。そんな感じですかね。
まあ、さっきのことは不快というより唖然という感じだったし…
ロマンスグレーの真摯な様子に絆された私と真美は他言無用を約束すると、彼は「ありがとうございます」と綺麗なお辞儀をし「お詫びでございます。ご笑納くださいませ」と言って有名レストランの招待券をくださった。
「うわー! これって三ツ星だよ」
「えっ、マジ!?」
私の手元を覗いて真美もはしゃぎ声をあげる。
「本当だ。それも3枚… ってことは小春も誘っていい?」
「もちろん! うわー楽しみ」
すぐさま真美が小春に電話し始めたので、私はニマニマしながら招待券をながめていた。
って、待って、真美。瑠璃子ちゃんのこと言っちゃ駄目じゃん。
あーあ、しゃべっちゃった。
田中さん(先程のロマンスグレーの名前です)から内緒って言われていたのに…
「もう、真美。なんで瑠璃子ちゃんのこと喋っちゃうのよ。誰にも言わないって約束したのに」
電話を切った真美に私が文句を言うと、真美はカラカラと笑った。
「内緒の話って小春に言っといたし、西園寺様にバレたりしないわよ。大丈夫」
そうかな… まあ小春のことだから周りにペラペラ喋ったりはしないだろうけど。
後でもう一度念押ししとこ。




