16 西園寺暁仁
西園寺様の弟君登場。
西園寺様は三兄弟の長男です。
長男 貴文(19)大学2年生
次男 暁仁(17)高校3年生
三男 政親(13)中学1年生
玄関を開けるとお手伝いの鈴木がいつものように控えていた。そしていつものように僕の鞄を受け取ると「貴文様が先程戻られました」と抑揚の無い声で言った。僕は「ああ、そう」と返しながら靴を脱いだ。
廊下を歩いていると弟の政親が声を掛けてきた。
「おかえりなさい暁仁兄さん。貴文兄さんは居間にいるよ」
僕は歩みを止めずに答えた。
「ありがとう。着替えたら顔を出すよ」
「そのままでも構わないと思うけど」
『そうかもね』と僕は思い直し居間のドアを開けると、貴文兄さんを中心に5人の女性が取り囲んでいた。
僕が不用意にドアを開けたため不自然に会話が止まる。今まで喋っていた御令嬢の顔がわずかに歪んだ。
「まあ、暁仁さん。ノックもせずに扉を開けるなんて。もう一度作法のお勉強をさせなければならないようね」
「すっ、すみません、お母さん。兄さんが戻って来ていると聞いたもので…」
言いながら自分の迂闊さを呪った。
貴文兄さんはK大に進学すると同時に、大学に近いマンションを購入し一人暮らしを始めた。
大学生活が忙しいのか、こうして戻ってくるのは長期休暇の時だけ。それも数日しか滞在しない。
その日を待ち構えるようにして、お母さんは妙齢の女性を家に招待する。そして茶会と称して兄さんに引き合わせる。いわば集団お見合いのようなものだ。そんな事をするから兄さんの足が遠退いているのだと何故気付かないのだろう。
それにしても、今回は帰って来てすぐにか。兄さんも気の毒に…
「ただいま、暁仁」
「おかえりなさい、兄さん」
兄さんがニッコリ笑って僕に近付いてくる。
「また背が伸びた? そのうち僕を抜いてしまうかもね」
そして、僕の肩を軽くポンポンと叩く。
「それではお母さん、僕はこれで。皆さんはどうぞごゆっくり、『お茶会』を楽しんでいって下さい」
兄さんは優雅に一礼すると居間を出て行く。僕も慌ててその場を後にした。
「暁仁のおかげであの場から逃げることが出来たよ。ありがとう」
そう言うと兄さんは自分の部屋へ入っていった。
僕はその隣にある自分の部屋へ入ると、服も着替えずにベッドに倒れこむ。
「何故、同じ兄弟なのにこうも違うのだろうか?」
僕は深々と溜息を吐いた。
僕の二つ上の兄はそれこそ非の打ち所の無い完璧な人で、年齢が近いせいか兄と僕は常に比較されていた。勉強、スポーツ、容姿、全てに秀でている兄と、及第点スレスレの僕。何をやっても、どんなに頑張っても兄の足元にも及ばない。ハイスペックな兄と比べられる辛さは、きっと誰にも分かってもらえないだろう。
せめて何か一つでも兄より優れたものがあれば少しは自信を持つことも出来ただろうに。いや、あることはあるけど。でも、それは西園寺にとって意味の無いものだ。
翌朝、日課になっているピアノの練習をしていると、不意に拍手が聞こえてきた。
「兄さん… あ、おはようございます」
兄さんはいつものあの優しい微笑を浮かべ「おはよう」と言いながら僕の隣に歩いて来た。
「せっかくの練習を邪魔してごめんね。でも、とても素晴らしい演奏だったので、ついね」
兄さんはそう言いながらピアノの鍵盤を軽く押していく。
「暁仁は小さい頃からピアノが上手だったね。今のリストでしょ? こんな難しい曲を弾きこなすなんて、すごいね」
兄はいつもこんな風に僕を誉めてくれる。だから、僕はつい気持ちが緩んでしまい、頬に涙がつたってしまった。
「どうしたの? 暁仁。何か悩みがあるのなら言ってごらん」
兄の心地のいいバリトンで優しく尋ねられると、僕はもう何も隠す事が出来なくなった。
来年の春、僕は付属の高校から持ち上がりでその大学の経済学部に行くことになっていた。
けれど本当は音大のピアノ科へ行きたい。そして、出来れば欧州のどこかに留学したいと考えていた。けれど、その事を両親に打ち明けることも出来ず… いや、言ったところでどうせ反対されるのだからと諦めている事を、言葉に詰まりながら話した。
兄さんは全てを聞き終わると、僕の肩を優しく叩いてくれた。
「一人でそんなに悩んでいたんだね。苦しかったね、暁仁」
「はい… でも、話したらスッキリしました。聞いてくれてありがとう。兄さん」
「留学したいというのは本当? 本気でピアニストを目指すのなら僕は応援するけれど」
僕は迷うことなく頷いた。
兄さんがどうやってお祖父様と両親を説得したのかは分からないけれど、それから数日後、お父さんからM音大の資料を渡された。
今から音大の受験準備をしても間に合うか分からない。
けれど兄さんが作ってくれたチャンスなのだ。精一杯頑張ろうと思った。
西園寺様は家族にも猫を被ってます。
きっと疲れるでしょうね、こんな生活。




