静寂の王者
「おいおい マジかよ」
観客の一人がため息混じりにつぶやいた。いや、一人ではない。会場にいる全員がセンターコートで行われている試合を呆然と眺めていた。
「なんで…」
全国中学生テニス選手権 いわゆる全中のセンターコートで昨年の王者 甲斐悠人は3回戦で無名の選手にゲームカウント3-7と追い込まれていた。
相手は今まで大会で名前も見たことの無い本当に無名の選手だった。しかし今、目の前に立っている選手は明らかに全国トップレベルの実力者だった。
筋肉質な身体から放たれる球は鉛玉のように重く、銃弾のように手元で伸びてくる。さらにどんなコースに打っても次に返ってくる球は正確にコントロールされ甲斐の余裕を奪ってしまう。
甲斐は全てを悟った ダメだ 勝てない と
最後の悪あがきで触ったボールはフワリとネット際に待つ相手の元に飛んで行った。トドメと言わんばかりのスマッシュがオープンコートに叩き込まれた。
もう観客からは何も言葉は発せられなかった。
「ゲームセットアンドマッチウォンバイ 柊 カウント 8-3」
シンとしたコートに戸惑いが含まれる審判の声が響き渡り甲斐の最後の夏は幕を閉じた。
目の前に立っている 怪物 は王者に勝っても表情一つ変えずただ一点 自らが叩き込んだスマッシュの球の跡を静かに眺めていた。
あの試合から数時間たった時 芝生の上でタオルを被って落ち込んでいた甲斐の元に後輩が駆け込んできた。
「甲斐さん!甲斐さん!」
耳元で騒がれ体を揺すられしぶしぶ顔にかけられたタオルを取る
「なに?うるさいなぁ」
「大変です!負けました!」
後輩はいかにもパニックという様子で話しかけてきた。
「負けた?誰が?」
面倒臭そうに聞き返す。
「先輩が負けたあの柊って選手が さっきの試合でアッサリと負けたんですよ!」
「は?嘘つけ あいつが負けるわけないだろ。スコアは?」
「8-1です」
試合を見ていた後輩の話を聞くと柊という選手は4回戦で自滅してあっという間に負けたそうだ。正直嘘だと思った。しかし試合をしていたコートがまた静まり返っているのを見ると嘘ではないらしい。
相手はしきりに首を傾げながらコートを出て行き負けた本人の柊はさっきの試合同様一切 表情一つ変えずにコートから出てきた。
すれ違いざまに柊と目があった。すると柊はフッと口元に小さな笑みを浮かべて通り過ぎていった。その笑みが甲斐にはなにを意味するのか一切分からなかった。
一話目は主人公の相棒?になるであろう甲斐悠太の視点で書きました。この小説を通してテニスの面白さや仲間の大切さ、努力の大切さを描いていきたいと思います。




