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腐乱崇高  作者: はじ
2/2

(2)腐乱崇高

1日目 晴れ 室温20℃


サンプルⅠ

 おれに小さな意識が生じたとき、そこにはおれに似たやつらがたくさんいやがった。そりゃ腹が立ったもんだ。だってよ、おれがこんなにもいるんなら、このおれは必要ないじゃんかよ。ま、そうは思ったけどさ、いくら文句を垂れたってどうしょもないことはどうしょもない。っておれは開きなおったね。他のおれらも同じように思ったようだよ。みんな似たようなツラしてたからな。そんな感じで、おれらは同じ意識を抱えて進み出したんだ。向かう先はまっ暗闇。お先まっ暗ってやつだな。でもよ、おれはビビってなんかなかったぜ。いやいや、まじで。強がりじゃねえって。だってよ、おれは、おれと同じ思いをしたおれらが周りにいることをちゃんと知っていたからな。


サンプルⅡ

 わたしに小さな意識が生じる。辺りはとても暗くて、心細さに襲われて不安になる。胸に手を当てて、わたしのなかで大きく鳴る心臓の音を聞いて呼吸を落ち着ける。安定した心地の良いリズムがわたしのなかにある。それはとても心強いことだったけれど、わたしはこれからこの心音だけを頼りにして進まなければならない。そう思うとまた暗い不安がやって来て、安定を求めて胸を強く押さえる。さっきよりも少しだけ、息が苦しい。さっきよりも少しだけ、生きるのがつらい。でも、こうしていればいつか止むことを知っているから、苦しくてもつらくても、怖くはなかった。


サンプルⅢ

 ぼくの最初の意識、自らの小ささと世界の大きさ。こんなにも小さなぼくはそのうち周囲の大きさに潰されてしまう。そう思って逃げ出したくなる。でも、小さなぼくがどんなに必死になっても、大きな場所からは逃れられない。それを知って愕然とする。そんなぼくを世界は容赦なく運ぶ。止めてくれ、放っておいてくれ、ぼくは叫ぶ。それを元気な産声と勘違いされる。いい迷惑だと思ったけど、それを伝えたとき、嬉しそうな表情が落胆に変わってしまうような気がして、ぼくは出したくもない元気な声で泣き叫んだ。誰か、誰か、この泣き声が嘘だと気付いてぼくを救い出してくれないか。


2日目 晴れ 室温21℃


サンプルⅠ

 最初のうちは気に食わないこともあったからケンカもしたけどよ、おれらはおれらなりに上手く付き合ってたと思うぜ。ケンカするほどなんとやらってやつだな。おれらはそうやって、ときには殴り合いもしながら、そこら辺にある小さな粒で遊んだよ。それぞれの粒には固有の性質があるんだ。おれらはその性質に従って、投げて、転がして、蹴って、弾いて、叩いた。そうしている間に周囲の暗闇なんてもんはスッカリ忘れちまったね。


サンプルⅡ

 まるでわたしという恒星を中心としているかのように、周りには小さな粒がぐるぐると回っていた。わたしはその不思議な色合いに惹かれ、胸から片手を離し、粒の一つを摘まんでみた。それはわたしが思った通りに、まるで魔法みたいに、指先で伸び縮みして姿形を変化させた。それがとても楽しくて、わたしはいつの間にか胸に手を当てるのも忘れて、いろんな粒に片端から触れていった。ぷにゅぷにゅ、ごわごわ、さらさら、ぬめぬめ、るらるら。このなかの一つにわたしの心臓に代わるものがあるような予感がした。それを見つけ出すことができれば、胸のなかにある心臓だけを頼りにして、心細く進んでいくこともなくなるような気がした。


サンプルⅢ

 泣いていることに気付いてくれないのなら必要ないと、ぼくは誰かと接触することを拒んだ。皮膚と大気の間に目に見えない壁を作り上げ、その内側に閉じこもり続けた。そのなかにある空白にいるときだけぼくは安心できた。変化のないその空間にいるときだけぼくはぼくという一つの個として在ることができた。だからぼくはそのなかに居座った。誰かから話しかけられても薄い反応を返した。都合の悪いことは聞こえないふりをした。そうやってぼくは、ぼくを守り続けた。そうやってしか、ぼくはぼくを守るすべを知らなかった。


3日目 曇り 室温20℃


サンプルⅠ

 いやもうホントに、おれらは夢中になったね。毎日毎日、その粒を使った遊びを真剣に突き詰めたね。いや、遊びじゃねーや。真剣だったからな。おれらはそれを遊びで終わらせるつもりなんて、ちっともなかったわ。おれらはこれから死ぬまでそれを続けるつもりだったし、たとえそれで喰っていけなくても止める気なんてさらさらなかったね。でもよ、その想いと同じくらいに自分たちの能力に限界を感じてもいたんだ。たぶんさ、おれらはそのことから目をそむけたくて、昼夜を問わずそのことだけを考えていたんだ。


サンプルⅡ

 わたしは寝る間も惜しんで周囲を回る粒に触った。初めは曖昧で不確かだった感覚が次第に明確になっていき、ようやく掴め出したその輪郭をわたしは何度も手指で反復した。摩擦によって薄く色が付き、研磨された表面が光沢を帯びて目映い光を放ち、夜空の星のように確固としたものが形作られていくようになった。それはわたしの自信になった。これさえ出来ていれば、あとは何もいらないと思った。


サンプルⅢ

 空白のなかで動かないことはぼくを安心させた。身動きせず静かにしていればぼくはぼくという安定した形を保つことができた。でも、ぼくが平穏な空間に浸っている間に、周囲は着実に動き出していた。その様子に憧れ焦れながらも、動くことでぼくという形が崩れ去ってしまうような気がして、動けなかった。ぼくは恐かったのだ。誰かに触発されて刺激を受けることで、ぼくがぼくでなくなることが恐かったのだ。


5日目 雨 室温20℃


サンプルⅠ

 日々を重ねるごとにあれだけ熱中していたものが溶けていったんだ。われながらビックリだよ。でもよ、それは完全に消えたんじゃなくて、おれの、おれらの生産物として確かに存在して、おれらの周りで甘酸っぱく光り輝いていたんだ。あれを若さゆえのなんとかって言われちまえばそれまでだけどよ、おれらは後悔してねえし、あのとき感じた嬉しさも悔しさも楽しさも、ぜんぶさ、おれらの最高の思い出なんだよ。それだけは絶対に絶対だ。


サンプルⅡ

 自分に自信を持てたとき、わたしから孤独が消えて、わたしから鼓動が生まれた。まるで冬の夜空の星のように静かに、でも、見上げればちゃんと生きていることが分かるような、そんな感覚がする鼓動。わたしはそれを求めて星を作り続けた。星はどんどん増えていった。わたしはそれだけで幸せだって、ちゃんと口で言えるようなになった。


サンプルⅢ

 はっきりとは分からないけど、無軌道のように思えていた周囲の変化に方向性が生じたように思えた。ぼくは焦った。どうしてだ、周囲がどんどん離れていって置いてけぼりにされるからか? 考えれば考えるほど焦りは積もり積もって、埋没して息苦しくなった。ようやくぼくは駆り立てられ、この安心できる場所から出るための用意を始めようと決心する。けど、一体なにを揃えてばいいのか分からない。それを今さら聞くには恥ずかしすぎて、ぼくは教えてくれなかった周囲に責任を転嫁して、八つ当たりして気を紛らわせる。そうしているうちにも、周囲はぼくから離れていった。それを見てぼくはますます焦っていた。


7日目 晴れ 室温22℃


サンプルⅠ

 かつては共同体のようにいつも一緒だったおれらは、今では離れ離れになってそれぞれ別の生活を持っている。あのおれが今なにをしているのか、もうおれには分からない。それはまた別のおれも同じことだ。それでも偶然おれと出くわすと、昔のように互いをからかい合って、そのときだけはなにもかも忘れて笑い合う。今度の休みにおれらを集められるだけ集めて河川敷の広場で対抗戦でもしようやって、勢い任せにそんな約束もしたりする。果たされる日が来るかもわからない約束だけど、それがあるだけで、おれは目の前に続く暗い日々に平然と立ち向かえる。


サンプルⅡ

 星を作り続けたわたしの周りは、どこよりも静かで、どこよりも賑やかだった。ご飯も食べず睡眠も削って作り続けたこの一つひとつの星は、わたしの分身だ。わたしの周りには、こんなにも大勢のわたしがいる。このわたしは、わたしが感じたどんなにつらい思いもすべて知っている。それだけでこれまでわたしが味わった辛苦が、すべて報われるような気がした。わたしはまだまだ、これからも一人で星を作り続ける。でも、わたしの周りはこんなにも賑やかで、こんなにも輝いているから、もう寂しくなんてちっともない。


サンプルⅢ

 ぼくはまだ動くことなく一人でくすぶっている。進み方を教えてくれなかった周囲の所為にしながら愚痴を吐き、それが空白の空間を満たしていく。悪いのはぼくを取り巻く環境だった。不満を垂れながらふて腐れた態度でむくれ、投げやりに人生を生きていく。ずっとだ。これからもこうやって閉じこもって生きていくんだ。

   

「《フラスコ》はこれを腐っているって言い張るんです」

 彼はそういって、7日間保存したサンプルⅢの培養液を無菌ピペットで吸い取った。

「やっぱり美味しいですよ。どうです、飲んでみます?」

 僕がその申し出を断ると、彼は不服そうに肩を怒らせ、ピペットを気道に差しなおして硫黄臭がする培養液をズ、ズズズ、と啜った。サンプルⅠとⅡは、どうやら彼の口に合わなかったようで早々に滅菌処理をされて流し台に捨てられていた。

 その翌日、猛烈な腹痛に襲われた彼は研究室を訪れなかったが、次の日には身体を引きずるようにして現れ、再現性を取るために同様の実験を行い、その度にサンプリングをして腹を下すという愚行を繰り返していた。

 破滅的ともいえる行為を飽くことなく反復させる彼が、その実験が行きつく先にあるものから一体なにを見出そうとしていたのか僕は知らない。でも、少しだけ羨ましいと思ったのは隠しようもない事実で、彼に対してそんな複雑な想いを感じている間に、彼はそつなく卒論をまとめ上げ、颯爽と研究室を後にしたのであった。

 四月になり研究室は新四年生を迎えたが、彼らはまだ就職活動やなんやと言い訳をして研究テーマも決めていない。そんなわけで暇を持て余していた僕は、机の片端の定位置で彼が残していった卒業論文をぱらぱらと流し読みしていた。

 概要、緒言、方法、結果、考察、結論、結言と読み進めていき、参考文献を前にした謝辞の項目でページを繰る手を止めた。そこにはこう書かれていた。


 まず初めに、社会の役に立つどころか身も蓋もないテーマを選択したというのに小言一つ言わないで放置して下さった○○教授に謝意を表します。また、研究室のメンバーの非協力なしでは、この研究を終えることができなかったと思います。今一度、お礼を述べておきます。ほんとにほんとにマジさんきゅっ。

 最後に、《フラスコ》には、様々な面で助けていただき、心から感謝感激雨あられの次第で御座います。《フラスコ》には、お世話になったこと以外の記憶はないです。でも、謙虚な《フラスコ》は決してそれを認めようとしないでしょう。それでも私は感謝の言葉を送りたいのです。その言葉こそが、私をそこから送り出してくれた《フラスコ》への恩返しになると思うからです。


 それを読み終えると、なんだか煮え切らない想いが胸のなかに現れる。その正体を掴み切れず、僕はモヤモヤしたまま彼の卒業論文を机の上に置き、洗い残していた器具を洗浄するために流し台へと向かった。

 フラスコに水と洗剤を入れ、内壁にこびり付いた固化した培養液を専用のブラシで擦り落としていると、授業を終えた教授が研究室に戻ってきて、黙々と器具を洗っている僕の顔を興味なげに一瞥して言うのだった。

「××くん。毎日来て手伝いをしてくれるのは嬉しいんだけどさ、たまにはどこかへ遊びにいった方がいいんじゃない? そんなんじゃ、きみ――」

 その先の言葉はガラス体の奥には届かなかった。

 しかし、周囲が激しく共振して甲高い音が響き出した。

 それは鼓膜で増幅され、鋭い頭痛となって僕に襲い掛かってくる。こめかみを強く押さえて痛みを打消そうとする。しかし痛みに痛みをぶつけても、それは相乗させることにしかならない。抑えきれなくなった痛みが行き場を求め、僕は手に持ったフラスコを流し台の角にぶつけて叩き割ろうとする。でも止める。フラスコの表面に不機嫌な、不満げな、ふて腐れた顔が一瞬だけ映ったからだ。

 この透明な器具を割ったら、そこから僕が転げ出てくるだろう。しかしそれはもう、純粋とは言えない年月を経た僕であって、ぐずぐずに溶けて腐乱したその姿ではもうやり直しはできないのだ。

 教授が僕の背後を通り過ぎで居室に向かう。ここには一人しかいられないわけではないが、僕は洗い途中のフラスコを手にしたまま研究室を出た。

 廊下を挟んだ先にある大窓から見えるキャンパスの景色。奇怪なオブジェの噴水の周囲でキャッチボールをしている学生が、青い芝の広場で談笑している学生が、木陰に居座りキャンバスに向かう学生が、校舎の端からのぞくグラウンドを駈けている学生が、そこら中を歩く学生が送っただろう青春が太陽のように輝いて僕を撃つが、それは衝突する寸前で滑らかな球面に当たったかのように折れ曲がり廊下の隅に拡散していった。

 その景色を見て浮かんだのは、壊したいとか、殺したいとか、陰惨とした感情ではない。しかし、確固とした個人として成熟する彼らに、この空のフラスコのなかにあるものをぶちまけてやりたいと思ったのは確かだ。

 僕は握り締めたフラスコを顔の前に持ち上げ、そのなかを見る。そこには、なにもない空白で透明のなにかが入っている。これから僕はこのなにかを彼らにぶちまけ、彼らが過ごしてきた青春を少しでも汚すことができれば、僕は僕は満たされるのだろうか?

 そんなこと考えながらフラスコ片手に歩き出す。明滅する天井の電灯は意識の混濁。鈍色の金属を吐き出したい。それで床を汚したい。その汚れは僕の歩いた痕跡となり、校舎に残るだろう、いつまでも。本当にいつまでも?

 たとえば悪夢を見たとして、その色合いを無闇に探ったりはしないよう僕は廊下を歩む。靴音の乾いた音だけが響く。その音を聞きたいがため、エレベータではなくて階段で下位層に降りる。

 乾燥した靴音が反響する。それに合わせてフラスコを手摺りにぶつけながら階段を下りていく。カンカンカン、と鋭敏な音が鼓膜を衝く。それは稲妻のように鋭いが決して大気には残ることができないほど脆い音。少し力の加減を間違えれば砕けてしまう、壊れてしまう。それは簡単に破壊することができてしまう。カンカンカンと簡単に。

 一階にたどり着く。ダストボックスを掃除していた清掃員のおばさんが僕の手元を見て首を傾げる。僕は精一杯笑い返し、自動ドアを抜けて外へ出る。

 雲掛かった太陽から緩い光がそこら中にいる学生たちの頭に落ち、頭髪を淡く艶めかせる。自分の頭は見ることができないのでどうなっているか分からない。だから近くにいる学生の集団に声を掛けて訊いてみる。

「僕の頭はどうなっていますか?」

「腐ってるよ」

 だそうだ。僕の頭は腐ってるって言っている。

 フラスコをぐるぐると振り回し、木琴を叩くみたいに小気味よく学生たちの頭を叩いていく。そんな想像だけで満足して僕は歩く。どこへ向かっているのか自分でも分からない。分からない、分からない。分からないことばかりだ。ここにいる学生たちは分かっているのだろうか? 自分がどこへ向かっているのか。分かっていないのは僕だけなのだろうか? どうして僕はなにも分からないのだろう。ああそっか。僕の頭が腐っているからか、あはは。

 あっはっはっ。

 ははは、日頃の運動不足が祟ってか早くも息が切れ始める。僕は校舎の影にあるベンチに座り、息を整えながら辺りを眺める。もうすぐ講義が始まるのだろう学生の姿は疎らになっている。

 木々が風で揺れている。

 風が木々を揺らしている。

 僕はなにかで揺れている。

 僕はそのなにかを揺らすことができるのか?

 学生たちがいなくなった空間を埋めるかのように、どこかからぎこちないギターの音が聴こえてくる。それに続くようにして届いてくるチグハグなドラムスと途切れ途切れのベース。少し遅れてとても上手いとは言えない歌が聴こえてきて、それぞれが反発し合いながらも最近よく耳にするポップスを不器用に奏でていく。

 それは素人でもヘタクソだと断定できる演奏だった。でも、気付けば僕はその無様な絡まりに耳を澄ませ、かろうじて音の群れとなっているそれを必死に追い、手に握られたフラスコでベンチの縁を叩いて、知らぬ間にリズムを取っている。

 演奏は歪な集合と粗雑な結合をめげることなく何度も繰り返す。

 度重なる分散の斥力。

 数多の葛藤がその音らに宿る。

 スティックを握る手から力が抜ける。

 弦を弾く指がためらい、

 空気を震わす声は息詰まる。

 だが、

 離れれば離れるほど、

 強い力で引き合い、

 暴力的に衝突し、

 互いが互いを木端微塵に破壊する。

 そして、

 粉微塵の微粒子が結び付き、

 また新たな音らになって僕の耳に届いてくる。

 それは地球の創生を思わせる偶然といっていい。別個の生物のような演奏が、聞き違えるほどに熟達した一つの演奏に変貌して、僕に届いてきた。

 きっとそれほど長い時間が経ったのだ。

 幾億年、幾兆年の時が経ったのだ。

 彼らが一つの演奏を創り上げている間に僕はなにをしていた?

 ベンチに座ってぐずぐずと腐乱死体になったくらいだ。

 笑いたい。

 誰を?

 僕が?

 笑えるか。

 そう言い続け、笑い方を忘れてしまった顔からまず腐っていった。

 腐臭を嗅ぎ分けるはずの鼻が地面に落ち、続いて腐敗を見取る二つの目玉が落ち、身体をベンチに置き去りにして最後に頭が落下した。

 頭を失くした身体はそれほど困った様子ではない。むしろ身軽になったことを喜んでいるようで、凝りがなくなった肩を上下させ、声なく笑って拍手をしている。

 一頻り笑った後、身体は地面にいる腐ったものをかき集め、空っぽのフラスコに詰め込み、シリコン製の栓で封をする。

 身体はそのフラスコを持って歩き出す。授業を終え晴れ晴れとした顔をした大勢の学生たちが行き交うキャンパスを堂々と進み、道草せず研究室まで戻る。

「あれ? どうしたの顔?」

 教授の問い掛けに肩を竦めた首なしの身体は、フラスコを窓辺の片隅に置いてどこかへ行ってしまった。

 このまま身体は帰ってこないだろう。

 腐乱した頭はそう確信しながら窓の先の景色を眺める。


           風

    空

         谷

 水

   星

               緑

     青


 理知ぶった頭ではそこから見える景色へと永遠に到達できない。

 前へ進むための脚がなければ、

 障害を取り払う腕がなければ、

 信念を貫く胴体がなければ、

 その崇高な景色には、

 永遠にたどり着けない。




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