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正義の味方ブチ切れる

 化け物達のぎゃあぎゃあと鳴く声が耳をつんざく。

 驚くべきことに触手の化け物の口から出てきたのは鳥の化け物一体だけではなかった。その鳥の化け物を皮切りに次々とあらゆる種類の化け物が奴の口から姿を現したのだ。空を飛ぶ鳥の化け物、地をかける獣の化け物がどんどん生み出され、ジェイ達五人は先ほどから必死にその相手をしている。

 倒しても倒してもきりがない。肝心の触手の化け物に接近しようにも、他の化け物たちのそれを邪魔される。邪魔な化け物たちを倒す間に、また触手は新手の化け物を生み出しているのだ。


「レッド!」


 少し離れた場所で戦っているブルーが声をかけてきた。彼が言いたいことは分かる。ジェイと同じことを考えているのだろう。

 ジェイは上空から襲いかかってきた鳥の化け物を剣で斬り裂き、その隙を狙って飛びかかってきた狼によく似た化け物へ蹴りを放つ。犬のような情けない鳴き声をあげて吹っ飛んだ化け物へ向かって駆け、間合いを詰めるとその首を斬り飛ばした。


「魔法許可の申請だろ?」

「そうそう。これじゃあいつまで経っても終わらないぞ」


 ブルーも自分へ向かって来た化け物を倒すと、苦戦しているらしいグリーン、イエロー、ブラックの三人を指差した。

 三人は固まって戦っている。彼らは年下ということもあり、ジェイやブルーよりも経験が少ない。次から次へと現れる敵に手こずっても仕方ない、とジェイは思った。むしろ協力しあい、それぞれが力を尽くして頑張っている。


「援護するから本部に許可を」


 ブルーの言葉にジェイは頷くと、少し下がり通信機を取り出した。本部へ繋ぐと女性オペレーターが応答する。


「こちらレッド。戦闘での魔法使用許可を申請する」

「今総帥がこちらにいらっしゃらないので時間がかかります」

「は? 急いでくれ! こっちは次から次へと現れる化け物と交戦中なんだ!」


 思わずイライラとした口調になったジェイは己に落ち着けと言い聞かせる。


「それは分かってます。ですが総帥がいらっしゃらないので……」

「どこへ行ってる?」

「魔法科学院への視察に……」

「呼び戻せ!」


 ブルーの横をすり抜けて突進してきた熊の化け物の喉元に深々と剣を刺し入れつつジェイは叫んだ。だがそれに対する女性オペレーターの返事の内容は想像を超えるものだった。


「視察に行かれた後、ジャボン国首脳との食事会に向かわれているんです!」

「……もう、どうでもいい。とにかく通信でも何でも使って承認とってくれ。可及的速やかに!」


 化け物の喉元に突き入れた剣を引き抜き、一振りしてその刃についた青い血を払う。上空から新手がこちらを狙っているのに気付いた。この数だ。ブルー一人では時間を稼ぐにも限度がある。


「もちろん組織内システムを使っての承認は可能です。ですが、今ちょうど各地への出動が相次いでいます。こちらも戦場のような状態なんです!」


 ジェイはそう言えば出動前に『無色』の連中が慌ただしく準備をしていたな、と思い出した。対応してくれている女性オペレーターも忙しさのせいか若干パニック気味で、通信機ごしに聞こえる本部の様子も何か騒がしい。

 だがしかし、と思ったその時。離れた場所で戦うイエローがジェイに向かって叫んだ。


「レッドー! ちゃちゃっと承認とっちゃってよ!」


 ジェイは己の堪忍袋の尾が切れる音が聞こえた気がした。

 確かにイエローには悪気はないし、総帥が懇親会へ出かけねばならなのも仕方ない。リーダーである自分が部下ともいえるイエローたちに変わって申請するのは義務だし、上司たる総帥に許可をもらうのも義務だ。もはや誰が悪いとも、誰のせいともいえない。

 強いて言うならば、上司と部下に挟まれ、融通のきかない組織のオペレーターに悩まされる自分の中間管理職的な立場のせいであろう。

 しかし我慢には限界というものがある。

 上空から急降下してきた鳥の化け物を斬り捨て、ジェイは通信機の向こうへ叫んだ。


「ふざっけんな! なにが戦場だ! こっちこそ本当の戦場なんだよ!」


 戦闘は現場で起こっている。

 いやそもそも、戦闘での魔法使用に逐一許可を取らねばならないのがおかしい。どうしても必要ならば出動前に申請を出すとか、やりかたを変えて欲しい。

 前々から要求していたことではあったがもはや我慢も限界だ。次の会議でこの意見をゴリ押しし承認させようとジェイは心に決めた。


「すぐ承認とれないんだったら、こっちの判断で勝手に使うからな」

「今、申請をしています! 勝手に魔法を使うのは始末書ものですよ、レッド!」

「あー、あー、何枚でも、何千字でも始末書書いてやるよ! イエローがな!」

「酷い! レッド!」


 五人の中で最年少のイエローが子どものように抗議の声をあげた。

 その間にもどんどん化け物たちはレッドに襲いかかる。最悪だ、とジェイは笑いたくなった。

 本気で勝手に魔法を使ってやろうと考え始めた時、通信機ごしに『ショウニンシマシタ』という機械音声が聞こえた。


「レッド、承認が……」


 ジェイは女性オペレーターの言葉を全て聞くより前に通信機を背後へ無造作に放り投げ、捨てた。

 目の前は見渡す限り化け物だらけ。ジェイは思わず笑いがこみ上げてきた。


「待たせたな。お前たち、とりあえず全員まとめて死ね」


 魔力を引き出し魔法を構築する。それを放つ寸前にジェイはあのクソ忌々しい触手の化け物だけは本部に持ち帰らねばならないと思い出した。研究狂いのイグレク博士に徹底的に調べさせなければならない。


「レッドが……」

「あちゃー、切れちゃった」


 仲間たち五人がじりじりとジェイから距離を取る。

 あの触手は凍らせて持って帰ることに決め、ジェイはとりあえず目障りな雑魚たちを一掃すべく魔法を放った。



 ***



「じゃあ、それぞれ分担するぞ」

「了解!」


 凍りついた触手の化け物を前にジェイは頷く四人を見回した。

 ブチ切れたジェイの爆発魔法で触手に生み出された化け物たちは跡形も残さず消滅した。そこで今から触手を本部へと持ち帰る者、この近辺の被害状況を調査する者に分かれ行動することにしたのだ。

 本部に帰れば報告書を提出しなければならない。それを考えるとジェイは残り、調査にあたることが必要だった。

 あの『新種』が旧人類をもとに出来ているのと、化け物へ姿を変えた人が元の姿に戻れないことしか今はまだ判明していない。

 それ以外のこと、例えば一体の新種が生まれるのに何人の人間が必要かといったこともわからない。確かにジェイ達は戦闘前に一人の男が食われるのを見た。だが彼一人の犠牲であれだけ大量の新種を触手の化け物が生み出したのか、はたまた奴がジェイ達と遭遇する前に食い貯めておいた者たちを用いて生み出したのかは分からないのだ。

 もし後者だとすれば、それなりの人数が触手に食われた可能性がある。食われたのは通報してきたハイカー達だけではないかも知れない。

 ジェイはブルーと二人で戦闘前に気付いた対岸の木々が大量になぎ倒されている方向へ歩き出した。残り三人は触手を持ち帰る準備を始めている。携帯式の転送魔法具を取り出し、転送先を本部へと設定していた。


「オクダーマには町が一つあるんだよな」


 ブルーの言葉にジェイは頷いた。


「だがもし奴が町に出没してたらもっと早くに通報がきていただろう」

「あー、そうだな。しかもここから町は遠いもんな……」


 ブルーは現在地と町の位置を地図確認し、触手が移動に伴ってなぎ倒したと思われる木々を見た。あの巨体だ。邪魔な木々を倒しつつ移動するのも一苦労だろう。


「町の外に出た連中が何人か食われる可能性は否定しない」

「じゃあハイカー達」


 ジェイはブルーの言葉に首を横に振った。


「そんな何組もハイカー達が戻らず行方不明になったら、もっと大騒動になってる」

「もしかしたら触手は組織から放たれたばかりだったかもよ?」

「まあ、それもそうだが。一番可能性として高いのは、この辺に点在する小さな集落の住人だ。彼らはほぼ自給自足の生活をして、外部との接触も殆どない」

「町と違って中央とも繋がりがないから余計に発覚が遅れた、と?」

「多分な……。とりあえず行けばわかる」


 その言葉を最後にジェイもブルーも黙り込んだ。しばらく二人が重苦しい雰囲気で山道を歩いていると、ジェイの携帯電話から着信音が流れた。


「なんか、ずいぶん可愛い着信音だな」

「リアからだ」


 ブルーに断ってジェイは携帯電話を確認する。リアの子供用携帯電話からメールが届いていた。

 写真付きのそれを見て、思わずジェイは笑みをこぼす。やはり娘は可愛い。殺伐とした血生臭い任務の途中であっても。

 マスクのせいで顔は見えないだろうにブルーはジェイが上機嫌になったのに気付いたらしい。呆れたような声で言った。


「本当にお前はリアちゃん命だな」

「当たり前だ。俺はリアの未来を守る為に戦ってるんだ。あの子の身になんかあったら世界滅ぼして俺も死ぬぞ」

「うーわー……。父親としては模範的かもしれないけど、正義の味方としてはどうなのよ?」


 ブルーの問いにジェイは本音を話そうかと思ったが止めた。もしかしたらブルー——アッシュは聞きたかったかも知れない。果たすべき義務とそれに対する己の複雑な思いを。だがジェイは語るべき時は今ではない気がして黙ったのだ。


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